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12 狙われた少女

 フルールルは、背後に感じた気配に鋭く振り返った。

 しかしクラスメイトだとわかると、構えていたレイピアを腰におさめ、ふぅと息を吐きながら表情を緩める。


 戦っている最中は、同性をも惹きつけるりりしさであったが、いつもの穏やかな表情は、誰しもが見とれる可憐さであった。

 この勇ましさと優しさのギャップが、彼女をより魅力的にしている多くの要素のひとつでもある。



「あら、グレフくんに、トリマキアくんにトリマキーくん。調子はどう?」



 フェイスごしの顔をにこやかにしながら、対面に浮かぶみっつの顔を見やるフルールル。


 中央にいる、グレイの禍々しい機体の上には、ウルフカットに吊り目の、狼のようなグレフ少年が。



「グルル……フルールル、ここにいやがったか、探させやがって」



 嬉しそうに喉を鳴らしながら口を歪め、狼牙のような八重歯を覗かせていた。


 彼の両脇に控える機体はどちらも同じデザイン。

 カラーリングからして、人類から等しく嫌われる害虫のような見目であった。



「ヒヒヒ……! ようやく見つけたでヤンス!」「ヒヒヒ……! しかもひとりとは、チャンスでヤンス!」



 トリマキアとトリマキーは、双子のようにそっくりな顔つき。

 茶羽根のようなベトついたおかっぱ頭で、下卑た笑い声をあげる様が不快すぎるので、女生徒全員から嫌われているコンビである。


 誰に対しても分け隔てなく接するフルールルではあったが、このトリオは少し苦手であった。


 グレフは『カルフール王国立 第四騎士(シュヴァ)中学校』に転校してきたばかりだというのに、威圧的な態度でクラスメイトに接するワルである。


 少しでも気に入らない男子生徒がいれば胸ぐらを掴み、逆に気に入った女子生徒にはいきなり胸を掴んだりもする。

 かと思えば食事を手づかみで喰らったり、授業中にいきなり机の上に乗って遠吠えを始め、



「血が騒ぎだしやがった……! 狼の血がな……!」



 などとのたまう、いろいろな意味での問題児でもあった。


 フルールルは彼に気に入られてしまったようで、事あるごとに絡まれてきたのだが、彼女はいつもスルーしていた。

 今回の実習でも、いっしょにフケようぜと誘われていたのだが、断っていたのだ。


 わずかに警戒心を滲ませながら、フルールルは尋ねる。



「私を探してたって……なにか用があったの?」



「グルル……! 大ありさ、だってこの実習で、お前の上でジルバってやろうって決めてたんだからな……!」



「ヒヒヒ……! 大人しくグレフさんと、ラブ・メイクするでヤンス……!」「ヒヒヒ……! そしてグレフさんのラブ・メイトになるでヤンス……!」



 少年たちの用件は、思わず耳を疑いたくなるような内容であった。

 「えっ」と呆気にとられるフルールル。



「グルル……! 聞こえなかったのか? この俺が、フィバってやろうって言ってんだよ……!」



「ヒヒヒ……! さぁ、さっさと服を脱ぐでヤンス!」「ヒヒヒ……! そして股をおっ広げるでヤンス!」



 彼らの言動は、完全にゴロツキのそれであった。

 聞き間違いではなかったことを確信したフルールルの表情が、キッと引き締まる。



「せっかくのお誘いだけど、遠慮しておくわ。この事は聞かなかったことにしてあげるから、実習に戻りなさい」



 すると、ゴロツキたちは声を揃えて笑った。



「グルルル……! おい、聞いたか、今の……!」



「ヒヒヒ……! 聞きやした! 『せっかくのお誘いだけど、遠慮しておくわ』でヤンス!」



「ヒヒヒ……! それに、『この事は聞かなかったことにしてあげるから』でヤンス!」



 大げさな裏声で、フルールルの声マネをしてみせるトリマキたち。

 その挑発的な態度に、少女の美しい柳眉がクッと持ち上がる。



「いい加減にしなさい! 真面目に実習をやらないなら、先生に言いつけるわよ!」



 少女は怒った顔も美しかった。

 そして普段は滅多に怒らないので、凍りつくような迫力があった。


 しかしゴロツキどもは、肩をすくめるばかり。



「グルル……! いいのかい、そんなことを言っても……。おい、アレを見せてやれ」



「はいでヤンス! じゃじゃーんっ!」



 グレフからアゴで指示されたトリマキア。


 何かを背中に隠すような仕草をしていた彼が、手を掲げると、そこには……。

 マニピュレーターに握りしめられた、クラスメイトの少女が……!



「うっ……! ううっ! た、助けて、助けてぇぇ……!」



 すでに騎士(シュヴァ)どころか衣服すらも奪われてしまったのか、下着姿のまま拳の中で泣きじゃくっていたのだ……!


 カッ……! と目を見開くフルールル。



「ぐ……グラシアスさん!?」



 グラシアスは、クラスでいちばんの落ちこぼれ少女。

 座学の成績は優秀なのだが、どんくさいのでゴーレム操縦が下手で、実技はてんでダメという、クラスでも浮いた存在である。


 度の強いメガネをかけており、それがなくなると何も見えなくなる。

 ちょっとしたはずみで床にメガネを落としていまい、「メガネメガネ……」と這いつくばるのは日常茶飯事。


 それどころかゴーレムに乗っていてもメガネを落としてしまい、ゴーレムごと四つん這いになって「メガネメガネ……」とやってしまう、典型的なドジっ娘であった。



「あなたたち、グラシアスさんになにをしたの!?」



「グルル……! まだ、なーんにもしてねぇよ。こんな三流女には興味ないんでね。俺がしゃぶるのはいつも、一流の女だけなんだ……!」



 じゅるり……! と舌なめずりをするグレフ。



「まぁ、お前さんを釣るエサの役割が終わったら、コイツらにマワしてやるつもりだけどな……!」



「ヒヒヒ……! ありがたく、ゴチになるでヤンス!」「ヒヒヒ……! アッシらにもついに、女ができるでヤンス!」



「あなたたち……こんなことをしていいと思っているの!? バレたら、ただじゃすまないわよ!?」



「グフフ……! バレねぇさ……! なぜならこれから起こることは、ぜんぶコイツがやったことになるんだからな……!」



  グレフからアゴで指示すると、今度はトリマキーが動いた。

  「じゃじゃーんでヤンス!」と取り出されたのは、ズタボロにされた、死刑囚のひとりであった。



「いま起こっていることは、俺の機体にあるレコーディング機能でぜぇんぶ収めてある。それをあとからうまいこと編集して、この死刑囚がお前と三流女を襲ったことにするんだ。そして俺が颯爽と駆けつけて、死刑囚をブチ殺したようにすりゃ……! 俺は学園のヒーローになれるってワケよ!」



「そ……! そんなこと、私とグラシアスさんが証言すれば、一発で終わりじゃない!」



「グフフ……! それは違うな、だってお前たちは、これから俺には逆らえない身体にされちまうんだからな!」



「そんなこと、させるもんですかっ!」



 フルールルは腰のレイピアに手をかけたが、すかさず声で牽制するグレフ。



「おおっと、下手な真似はするなよ!? この三流女を握り潰されてもいいのか!? お前は騎士の名門のお嬢様なんだろ!? たとえどんな理由であったとしても、クラスメイトを見殺したとあっちゃ……その輝かしい家柄に、傷がついちまうんじゃねぇのかぁ!? ああん!?」



 フルールルにとっては、家柄などどうでもよかった。

 目の前の下衆を討ったならば、両親はむしろ褒めてくれるだろうとすら思っていた。


 しかし、そのためにクラスメイトを犠牲にするわけにはいかない。

 たとえクラスじゅうから馬鹿にされている少女であっても、フルールルにとっては大切なクラスメイトである。


 そしてその精神があったからこそ、彼女は多くの者たちに慕われているのだ……!


 「クッ……!」と歯噛みをしながら、レイピアの柄から手を下ろすフルールル。



「グフフ……! ようやくわかったようだな……! じゃあ次は、キャノピーを開けろ! そして生まれたままの姿(ベイビー・スキン)になるんだ……! 学園イチのお嬢様のヌードを、バッチリ記録に残してやるぜ……!」

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[良い点] グラシアス……グラスパリーンの親類がこんなところにも居たのか(笑) とても騎士学園に在籍してるとは思えない卑劣漢の悪行の舞台が整った……heroは如何なる登場の仕方をするのか? 次回、…
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