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ラージアンの君とキス  作者: 月宮永遠
4章:君にハグ&キス
41/42

5(4章完)

 九月。残暑の盛り。

 始業式を終えて、まだ熱い日差しの下を歩いていると、ふっと視界に影が差した。


『夏樹ーっ! やっほー!!』


 突然、名前を呼ばれて、飛び上がらんばかりに驚いた。

 真上を見上げると、飛行機のような、戦闘機のような、スタイリッシュなフォルムの、恐ろしく静かな乗り物が宙に浮いていた。

 夏樹はアスファルトの上に立ち尽くし、泉のように蘇る記憶の波に襲われて、くらりとよろめいた。


 ――私、知ってる! あれが何か、知ってる……!


 夏樹の身体は、見えない力に手を引かれるようにして、ふわりと宙に浮き上がった。すごく身に覚えのある既視感デジャブだ……。

 ぐんぐんと上昇し、黒塗りの小型戦闘機へ吸い込まれた。

 フォン……ッという電子音と共に、宙を浮いていた感覚は消え失せて、確かな重力が戻ってくる。気づけば、真っ青な照明に染め上げられた、不思議な空間に立っていた。


 ――ほらね――っ! やっぱり!!


 夏樹は期待を込めて、部屋中を見渡した。誰も見当たらなかったが、すぐに壁の側面が大きな口を開けて、続々と……、人間が入ってきた。


「――っ!?」


 てっきりラージアンに会えると思っていた夏樹は、驚いて目を丸くした。

 フェイスブックに映っていた、ゴージャスなブロンド集団がぞろぞろと入ってくる。先頭にいるのは、美少女に擬態しているディーヴァと、アッシュブロンドの……、


「シュナイゼル!?」


「そうだ」


 声は確かにシュナイゼルのものだ。

 でもどうして、人間に擬態しているのだろう。混乱してしまう。どこまでが現実で、どこからが偽造の記憶なのか判らない……。

 記憶の中では、目の前の美しい男は、ブラジル旅行中にお世話になったシュナイゼルだ。


 ――でもそれは、偽物の記憶だよね? だって私は、ラージアンに攫われて、ずっとコロニーで生活していて……。あれ……? そうだよね……??


「軽いリカバリ障害が起きてるね。すぐに落ち着くから大丈夫だよ。移植された記憶も、全部が嘘なわけでもないしね。彼はシュナイゼル、あっちはシド、こっちはカーツェだよ」


 ディーヴァはにこやかに告げたが、夏樹は増々混乱した。


「どうして皆、人間に擬態しているの?」


「フェイスブック、更新しようかと思って! しばらくさぼっちゃったからね」


「えっ?」


「私達も夏休みを満喫しようと思ってね。宇宙旅行してるの。その様子を掲載しようかと思って」


「いやいやいや……、宇宙人だってばれるよ!?」


 それに十分、夏休みを満喫したのではないのか。サッカーとラージアンカップに夢中だったではないか。


「よく出来たフィクションと思ってくれるよ」


「っていうか、何でいきなり……」


 相変わらず、何もかもが突然過ぎて、ちっとも展開についていけない。


「だって、会いたかったんだもん」


 ディーヴァは、拗ねたような口調で呟いた。


「……」


 どう応えればいいか判らず、ディーヴァとシュナイゼルを交互に見た。シュナイゼルの方は、見慣れなくて混乱する……。

 じわじわと理不尽さに対する、怒りが込み上げてきた。


「私の記憶を消したくせに……」


「ごめんね」


「何で、今頃迎えにくるの?」


「夏樹の電磁波が恋しくなっちゃって……」


「――夏樹」


 シュナイゼルに呼ばれて、ドキッとした。顔を上げると、鮮やかなパライバトルマリンの瞳と目が合う。


 ――なんて恰好いいんだろう……。二十歳くらいかなぁ……。


 いくら声がシュナイゼルでも、外見が違い過ぎて、同一人物とはなかなか思えない。

 隣でディーヴァが、すごく人間臭い……というか、わざとらしい仕草で「コホンッ」と咳払いをした。


「ほらほら皆、出よう! 邪魔しないの。二人にしてあげよ」


「えっ」


 動揺する夏樹と、冷静なシュナイゼルを置いて、ディーヴァ達は部屋を出て行った。余計な気を回してくれたようだ……。二人きりにされても、何を話せばいいのか判らない。


「元気そうだ」


 その一言は酷くないだろうか。


「……元気じゃなかったよ。寂しかった」


「記憶を消して済まなかった」


「消しきれて、なかったよ……」


「?」


 シュナイゼルは夏樹の記憶を消したことで、夏樹がラージアン達を忘れて、心穏やかに過ごしていると……、そう思っていたのかもしれない。でも実際は、記憶を失くしている間も、彼等のことが……シュナイゼルが恋しかった。


「だって私は、ずっとシュナイゼルのことが――っ」


 何を言おうとしているのか気がついて、カッと顔が熱くなった。不自然に口を噤むと、シュナイゼルに抱きしめられた。


「わ……、シュナイゼル、ちょっと」


「会いたかった」


 真っ直ぐな言葉に、呼吸が止まりそうになった。しかも人間の姿で抱きしめられているせいで、ひどく動揺してしまう。


「宇宙旅行に連れ出したのは、こちらの勝手だ。次に地球へ送る時は、時間軸を合わせると約束する。連れ出したあの場所、あの時間に寸分違わず送り届けよう」


 夏樹はガバッと顔を上げた。


「タイムトラベルッ! そんなこと出来るのっ!?」


「可能だ。前回は地球にデータを残す為に敢えて時間を進めたが、光速を凌駕する空間移動を可能とする我々に、時間の概念は無きに等しい」


「す、すごい! 過去にも、未来にも行けるの?」


「技術的に可能ではあるが、本来、量子重力効果における”タイムマシン”は自然界に生まれるべきではないとされている。因果律を破ることでパラドクスが生まれるからだ。銀河法廷の規約にも細かく条件が記されている。一切の自然界に影響を与えない”復元”だけが合法とされている。だから、夏樹を連れ出したその瞬間に照準を当てることしか出来ない」


「う……、でも、私がいた場所、時間に戻れるってことだよね……」


「そうだ」


 今後は突然ラージアンに攫われても、その辺りの心配はせずに済むらしい。


「ところで、ディーヴァの言ってた、フェイスブックって……あれ本気なの?」


「本気だ。既に私を含め、ラージアンの主要個体の戸籍や経歴を地球に作成済だ。これでいつでも……、夏樹に会いに行ける」


「……」


「夏樹を想えば、コロニーで共に過ごすことは出来ないが……、時間軸を元に戻して地球に帰せるのであれば、こうして時々会いに来ることを、許してくれるだろうか」


「……会いに、来てくれるの?」


「今回のことは、ディーヴァの要望を満たす形で、実のところ……私の願望を叶える為に実行に移した。夏樹の電磁波を一番恋しく思っていたのは、間違いなく私だ」


「シュナイゼル……」


「全ての危険から、例え私自身からさえも、夏樹を守ると約束した。あの誓いを上書きさせて欲しい。夏樹を手に入れたい。その為に、夏樹が泣くことがあったとしても……、傍に在りたい。その代り、私に出来ることなら、何でもしよう。誰よりも大切にすると約束する……」


 夏樹も半泣きで、腕を回してシュナイゼルに抱きついた。


「うんっ!! 会いたかったよぉ……っ」


 頬に大きな手が触れて上向かされると……、自然と唇が重なった。

 ラージアンとは違う、柔らかな唇を感じる。

 触れるだけのキスでも、夏樹はいっぱいいっぱいでドキドキしていたが……、シュナイゼルはその先に進もうとした。閉じた唇の合間を舌で優しくつつかれて、夏樹は目を見開いて顔を離した。


「あ、あのねっ、そういうのは、ちょっとまだ、早いっていうか、心の準備が……」


 しどろもどろで説明すると、無表情に近かったシュナイゼルは、ふわりと優しく微笑んだ。


「――っ!!」


 額と頬に、触れるだけの可愛いキスをされて、夏樹は羞恥のあまり絶句した。シュナイゼルは面白がっているような気がする。


「……ラージアンの姿に、戻らない?」


「夏樹が望むなら」


「どっちもシュナイゼルだけど、ちょっとだけ、戻ってくれる?」


「御意」


 シュナイゼルは音もなく、いきなりラージアンの姿に変身した。一瞬の変化に目を瞠った夏樹だが、懐かしい姿を見て、すぐに目元を和ませた。


「久しぶり。会いたかった……。好きだよ、シュナイゼル」


 あらためて告白すると、艶やかで、少しひんやりした腕でそっと抱きしめてくれた。


「私も会いたかった。夏樹。私だけの女王……」


 硬い胸に頬を押し当てて、夏樹は幸せそうに微笑んだ。

 外で様子を伺っているディーヴァ達が乗りこんでくるまで、あと五秒――。





- Fin -





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