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ラージアンの君とキス 作者:月宮永遠

4章:君にハグ&キス

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 八月。夏休み。
 眩しい晴天が続いているが、外は厳しい残暑だ。とても出掛ける気になれない。
 夏樹はだらしなくソファーに寝転びながら、アイスを食べていた。両親に見つかれば、怒られること間違いない。何といっても、先月お台場で買ってきたばかりの新品だ。

 ――もう一ヵ月は経つのに、まだ時差ボケしているみたい……。何か、やる気出ないなぁ……。

 この夏休み、一月以上も旅行していた。贅沢にも、FIFAワールドカップの開催国、ブラジルで生の試合を観戦してきたのだ。それも弾丸ツアーなどではなく、セレブ張りにゴージャスな一ヵ月を過ごしてきた。

「夏樹ー、ヨシ兄のとこ行くけど、一緒に行く?」

「行かなーい……」

 祐樹の顔も見ずに返事した。

「ていうか、ヨシ兄が旅行の話、聞きたいって言ってたよ。現地でワールドカップ見てきたんだろー、教えてあげなよ。ヨシ兄、ネイマールのファンなんだよ」

「今度ね」

「しゃーない……」

 やる気のない夏樹の返事を聞いて、祐樹は残念そうに呟いた。

「じゃ行ってくる!」

「行ってらっしゃーい……」

 夏休み前から学校を休んで、現地にワールドカップ観戦に行ってきた、夏樹の話を聞きたがる人は多い。

 ――旅行の話すると、自分の口じゃないみたいによく回るんだけど……、いい加減話し疲れたよね。

 ブラジルを巡っていた日々は、思い返せば毎日がジェットコースターみたいだった。目まぐるしくて、刺激的で、それでいてお祭りみたいに楽しかった。
 十五年間生きてきた中で、こんなにエネルギーに溢れた日々を過ごしたことはない。
 宝箱みたいな一ヵ月だった。
 ひっくり返せば、次から次へと、キラキラした想い出が零れてくる。
 けれども……、キラキラし過ぎているせいなのか、全て幻なのではないかと、ふとした瞬間に思うことがある。

 ――充実し過ぎてたせいかなぁ……、私の人生じゃないみたいっていうか……。

 スマートフォンを起動して、フェイスブックにアクセスした。
 現地を案内してくれた、ブラジル人の友達の近況をチェックするためだ。

 ――ちゃんと写真も残っているのに、どうしてこんな風に感じるんだろう……。

 すごく可愛いプラチナブロンドの女の子と、すごく格好いいアッシュブロンドの男の人の写真がWEBに掲載されている。
 二人の写真が一番多いが、中にはユニフォームを着て、大勢でわいわい集まっている写真もある。
 どれも楽しそうに、白い歯を見せて素敵な笑顔で映っている。おまけに美男美女ばかりだ。その中には、白鳥の群れに紛れ込んだアヒルの子みたいに、糸目で満面の笑みを浮かべる夏樹が映っている。
 ヨシ兄や祐樹に限らず、皆が夏樹の話を聞きたがるのも無理はない――。
 このキラキラした人達に、興味津々なのだ。

 ――こんな神様みたいな人達と、私よく知り合いになれたよなぁ……。一緒に映っているのが、嘘みたいだよ。合成なんじゃないの……って思っちゃう。本当に、なんでサッカーに興味を持ったんだっけ……。

 ワールドカップを通じてフェイスブックで知り合い、ブラジル人の超お嬢様を筆頭に、ご友人方々から大歓待を受けたのだが……、一月もの旅行を終えた今も、あまり実感はなかった。
 ずっと夢を見ていたような気もする。
 散々サッカーの試合を観たことだけは間違いないのだが……。
 そもそもどうして、サッカー観戦のために、ブラジルまで行くほどのめり込んだのか、きっかけをよく思い出せない。
 長年インドア派で生きてきたのに、アクティブ過ぎて自分じゃないみたいだ。

 ――でも……、楽しかったなぁ……。すごく……。

 最近は旅行の思い出を反芻しては、溜息をついている。
 心にぽっかり穴が開いてしまったみたいだ。
 毎日、フェイスブックをチェックして、更新がないと知ると肩を落としている。彼等に会いに行けたらいいのに……。

 ――ブラジルは、遠いよ……。会いに行きたくても、そう簡単に行けやしない。

 ブラジルの長期旅行も、相手の好意で全額負担してもらえたからこそ、身一つで遊びに行けたのだ。
 WEBに掲載された写真をしみじみと眺めた。モデルのように美しい彼等を見ていると、懐かしさと、切なさと、そのほかの暖かな気持ちが込み上げてくる。

「ディーヴァ、シュナイゼル……、元気かなぁ」

 特に親しくしていた二人の名前を、そっと呼んでみた。
 お人形みたいに可愛いディーヴァ。ふわふわのプラチナブロンドに、鮮やかなパライバトルマリンの瞳。クリスタルのような声で、元気いっぱいに「夏樹」と何度も呼んでくれた。
 天真爛漫で、我がままで、可愛いお嬢様。
 ブラジル滞在中は、概ね彼女に振り回されていた。
 目を閉じると、彼等と過ごした日々が鮮やかに蘇る。
 観戦する時、ディーヴァはいつでも本気だった。完璧なコスチューム、小道具を用意していた。しかも、一緒に観戦する人間にも同じことを強要する。
 恥ずかしい恰好に耐えられず、何度も逃げようとしたが、その度に捕まった。

”夏樹っ! どっち応援する? ……夏樹!?”

”ディーヴァ……、夏樹を抱き潰している”

 ディーヴァは外見を裏切る怪力の持ち主で、夏樹は何度も酷い目にあった。
 困っている夏樹を助けてくれたのは、いつでも……、大人で、頼りになる、それもモデルみたいに格好いいシュナイゼルだった。
 彼と比べたら夏樹は全然子供で、相手にされないって分かっているけど……、好きだった。
 誰も知らない、夏樹の秘めた想いだ。

 ――シュナイゼル、会いたいなぁ……。

 蝉の声を聞きながら、どうしようもないほど、寂寥が込み上げてきた。

「メール見てないのかなぁ……」

 日本に帰ってきてから、もう一月以上経つ。
 帰ってきてから何度かメールを送ったけれど、一度も返信はない。旅行へ行く前は、頻繁にやりとりしていたのに……。
 WEB更新自体されていないから、忙しいのかもしれない。

 ――寂しいよ……。皆、今頃何してるのかな……。




 彼等と連絡が取れないまま、夏休みは終わった――。



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