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珠巡り  作者: 桜咲 雫紅
三章 兆候
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大暴れの時間です

お久しぶりでございます!寒さに震えております桜咲です。


今年もなんだかんだと慌ただしく過ぎて行き、もう残り2ヶ月を切ってしまいましたね。

この時期になりますとよくここまで物語が続いたなぁ、と感慨深い思いでいっぱいになります。当初考えていた世界観から大きく脱線しており、先の見えない見切り発車だったにも関わらずここまで来れたことがとても嬉しいです!

それではどうぞお楽しみいただけましたら幸いです。

「・・・・・・と天空 桜。交代」


「ぃよっしゃあ!」「楽しんできな」「もっちろん」


疲労困憊(ひろうこんぱい)といった様子で安全地帯(しばふ)に帰ってきた生徒と入れ違いに桜は戦場(グラウンド)に足を踏み入れる。同時に四方から異能の固まりが迫ってきた。


口角に浮かぶ、嬉しさ全開の笑みの欠片。


「全力出しても・・・いいよな」


『お前の好きなようにしろ。まぁ俺の好みから言えば全力で叩き潰すのがいい』


『私も桜鈴と同意見です』


『我モダ』


「よしゃぁっ。いっちょド派手にやりますか!」


言下に彼女を守るように火柱が上がる。四方から迫ってきていた異能は火柱に阻まれ、一瞬で燃やし尽くされる。心地よい熱風が頬を叩き、桜の髪が大きく翻(ひるがえ)る。



ひゅっ



わずかに開いた隙間から風が滑り込んでくる。風はまだ太刀も抜いてない桜の背後に一瞬で移動し、斜め下から少し短めの刀を突き上げた。


「やっぱり疾(はや)いな、南絃は」


本当に楽しそうな声音が耳朶(じだ)を打ち、彼はふっと口角をあげる。彼の刃を見事に受け止めている紅桜の太刀が火柱を反射して輝く。ただ受け止めているだけではない。わずかな幅しか持たない太刀の腹で南絃の突きを完全に受け止めていた。


火柱がおさまり、固唾(かたず)を飲んで様子を窺(うかが)っていた生徒はそれを見てざわめく。


夕空 春以外まともな反応ひとつ出来なかったあの天空 南絃の攻撃を防いだ!?


「南絃と一度戦ってみたかったんだぁ。全力でこいよ」


「あぁ」


「俺もいることをお忘れなく」


銃声とともに春の声が鼓膜を叩く。桜は勢いよく地面に身を投げ、南絃は音速でそれぞれ別方向に跳んで弾を避ける。


続けざまに銃声が轟(とどろ)き、桜の目にぐっと力が入る。弾が服や太刀に当たらないように注意を払ってかわしていく。当たったらその物のベクトルを操作されてしまう。銃声が途絶え、春は手元も見ずにマガジンを換える。


「忘れてなんか、ないよ」


弾を全てかわしきると装弾(そうだん)している春へダッと駆け出す。彼女の足元に、頭上に、時には身体に、異能の固まりが着弾し、うねりを上げて通り過ぎる。それらを異能で防ぎ、時にはかわしと一気に間合いを詰める。


「・・・・・・と真海 悠紀。・・・・・・と天空 恭哉。交代」


「げっ。二人いっぺんに交代かよ」


読み上げられた聞きなれた二つの名前に桜は異能の固まりを『終焉の劫火(ごうか)』で防ぎながら一人ごちる。ちらっと一瞬だけ視線を向けると、悠紀が戦場に足を踏み入れた瞬間彼の足元から氷が広がっていき、近くにいた恭哉は今にも舌打ちしたそうな表情(かお)をして『火炎』で氷の侵食を止める。両者の間で早速火花が散る。


相変わらず仲が良いな、あの二人。


「よそ見してる暇があるのかな」


「っ!!」


いつもどおりの様子に苦笑いを浮かべていると、耳に忍び込むものがあった。それと同時に左斜め下から右斜め上へと紅桜の軌跡が宙に線を刻む。それを完璧な見切りでかわした春はクスッと笑む。


「敵は四人。少しでも気を抜くとあっという間にやられるぞ」


「それは春兄も――――ね」


語尾をその場に置き去りにした桜は後方へ大きく跳躍する。おかしそうな顔をした春の頭上に影が差す。何かが陽光を遮っているのだ。目を閉ざした春は己の感覚に身を任せ、銃を頭の上でクロスさせる。


ガギィッと歪(ひず)んだ嫌な音がして春の前に何かが降り立つ。


「不意打ちとはね。そんなに俺と戦いたいのかい?悠紀」


「強い人と戦いたいのは男として当然だと思いますよ。そうでしょう?春先輩」


手のひらに冷気が集まり剣に姿を変えていく。両手に持った銃で振り下ろされた剣を防いでいる春に空いている手に作られた氷の剣が叩き込まれる。両手を塞がれている春は腕から力を抜き、後方へ跳躍(りょうやく)する。


「そうすると思ってましたよ」


春に触れた剣を迷いなく跡形もなく消し去るとすすっ、と流れるように間合いを詰め、斜め下から剣を振り上げる。掠ったのか浅く血が飛び、こげ茶の髪が数本ひらひらと宙を舞う。春の口角があがり、逆に悠紀の冬空色の瞳が見開かれる。


「しまった」


己のこげ茶の髪のベクトルを操ると、悠紀目掛けて目にも留まらぬ速さで撃ち出す。


己の失態に凛々しい顔に苦々しさを滲ませながらも身をさばく。それでも全てをかわしきれず浅く傷を負う。制服が所々変色していく。


「相変わらず貫通力半端ないですね・・・」


傷口を全て凍らせた悠紀は唐突に身を伏せる。ひゅっ、と彼の頭上を風が過ぎり、それを追うように熱い固まりが通り過ぎていく。炎の固まりと、それに追われるようにして音速で避けている南絃だ。


「ちょこまかと・・・」


炎を操っている恭哉の瞳が一際きらめく。彼は片手を高々と上げ、叱声とともに振り下ろす。


「鬱陶(うっとう)しいんだよ!!」「手を貸すぞ」


立ち上る炎が大きくあぎとを開く龍に姿を変え、南絃を丸呑みにせんと迫る。その炎に春が横合いから一発撃ち込む。炎はさらに速度・威力共に増して南絃を、そして、その近くにいる悠紀と桜をも飲み込まんとする。


「無駄にデカイな~」


「ここは協力しませんか?桜さん。南絃君」


「桜がそれを望むなら」


桜、悠紀、南絃は互いの顔を見合って頷く。間近まで迫ってきていた『火炎(ほのお)』を桜の『終焉の劫火(ごうか)』で食い止め、せめぎ合っている炎と劫火の左右から悠紀の『絶対零度』で作った槍で恭哉と春を攻撃する。


「おっと」「っ悠紀か!」


「南絃!」


その声が合図だ。おもむろに地に手をついた南絃の手から発せられた音波の振動によって地面が破壊される。広範囲にわたって地割れが生じ、足元が大きく揺れる。


「うぉっ・・・」「やり過ぎだろ」


割れ目に足をとられないように後方へ逃れる恭哉と、『反射』で難を逃れる春。二人とは反対方向に氷で道を作った悠紀は滑ってその場を離れ、桜は何故か南絃の肩に担ぎ上げられており彼の異能によってすでに安全圏にいた。


「ありがと、南絃」


「礼を言われるほどのことじゃない」


彼の肩から下ろされ、ホッと息をつく。何度体験しても音速で移動するのには慣れない。何より自分では絶対出せない速度なので、いきなりやられると正直少し怖い。ま、楽しがってる部分もあるのだが。


「夕空 春と天空 龍護。交代」


「ちぇ。もうしまいかよ」


「ふぁ~ぁ。んどくせ~。ちゃっちゃと終わらせるか」


本当につまらなさそうに舌打ちをした春は渋々といった様子で龍護の方へ早足に駆けていく。心の底からめんどくさいという雰囲気をかもし出している黒い瞳が駆けて来る春を映し出し、肩をすくめて拳を前に突き出す。


「めんどくさがってねーでしっかりやれよ。惰眠(だみん)王子」


「っせェよタラシ。つ王子つうな。気色悪(ワリ)い」


「つーかよ、お前、干渉・間接系異能だろ?んで攻撃系の試験受けてんだよ。恭哉もだけど」


「あ?二十分もちんたらやってられっかよ。一発でぶちのめすのもダメらしくてな。めんどいからこっちにした」


なんて不純(ふじゅん)な動機(どうき)だろう。許した教師も教師だが、実際に言う生徒も生徒だろ。


まっ、こいつはそういう奴だからな。


「お前らしいな」


拳をぶつけ合いながら軽口を叩き合う二人。


「龍!頑張って」


心の声をそのまま口に出したような真っ直ぐな言葉が龍護の背中に当たる。戦場(グラウンド)に一歩足を踏み込んだ体勢で止まる。振り向かなくても誰でどんな顔をしているのかわかる。きっと少しだけ頬を赤く染め、恥ずかしさと照れくささの入り混じった笑みを口元に乗せていることだろう。


「お前に応援されると力が抜けんだよ」


「なっ・・・」


声の主、真夜が龍護の言い草に咄嗟(とっさ)の反応できず絶句している気配が伝わってきた。その様子も容易に想像が出来て喉の奥で笑う。彼の顔が愛おしさに満ちていたことを彼女は知らないだろう。だが、その表情はすぐにかき消える。


「ランク落ちしない程度に、な」


そのセリフが終わると同時に炎が襲い掛かってきた。龍護の手のひらに黒い炎が生じ、L字になったそれを摑むと拳銃が現れる。


銃声が空気を震わす。銃口から飛び出した黒い炎を纏った弾は炎とぶつかり、炎を燃やす。炎を放った張本人、恭哉はこれぽっちも残念ではなさそうに口角をあげる。


「やっぱダメか。チャンスだと思ったんだけどな」


「めんどぇがそう簡単にやられる気もねぇんだ。・・・っと」


最後のセリフを言うとすぐ横へ跳ぶ。一瞬前まで龍護がいた場所に氷が鋭利な刃となって突き刺さり、燃え盛っている劫火がそれを溶かしていく。


「燃え尽きろ!」


「凍りついてしまいなさい!」


熱した鉄を水につけたような音を何倍にも大きくしたような音が耳朶(じだ)を叩く。二人分の叱声がその音に負けないくらい大きくあがる。桜と悠紀が鍔(つば)迫り合う度に劫火があがり、厚い氷が張る。


「無理すると身体に悪いよ!そろそろ力抜いたらどうだい!」


「あなたこそそろそろ限界なんじゃないんですか!?足が震えていますよ!」


いつも教室でしているような軽い言い合いが弾ける。そこに南絃が加わり、三人は激しく斬り結ぶ。


龍護と恭哉はそんな三人から少し離れた場所で向かい合っていた。相手から一瞬たりとも目を離さない。緊迫した空気が二人の間に流れる。そこへ、弾き飛ばされたらしい紅桜の太刀が飛んできた。それは丁度二人の間に突き刺さる。


「うぉっ。危ね」


「気ィつけろ!桜」


おどけたように大袈裟な反応をする恭哉と怒鳴る龍護。怒鳴られた当人は左手で紅玉色の太刀を抜きつつ「ごめん龍兄!すっぽ抜けた」となんとも間抜けな答えを真面目な顔で返してくれた。龍護はその答えを聞いて抑えきれない呆れを不機嫌そうな顔に浮かべ、拳銃を持っていないほうの手で頭を押さえる。


刀ってすっぽ抜けるか!?しかも戦闘中に。


一瞬本気でそう突っ込みたくなった。それをかろうじて呑み込むと空になったマガジンを取り出し、予備マガジンを差し込む。


「天空 南絃と天空 真夜。交代」


「よっし。はぁッ!」


己の名前を呼ばれると同時に戦場に飛び込んでいった真夜が劫火と氷がせめぎ合っているその中心地点に青い炎をぶつける。拮抗(きっこう)していた異能に新たな異能が加わり、三つの異能は反発しあって爆発する。


「うわっと」


「おっとっと」


突然の乱入者に驚く間もなく青い炎が迫ってきた。ぶつかる一秒前にその場から逃れた悠紀と桜は劫火と氷、青い炎が消えると真っ先に猛然と抗議する。


「真夜先輩!気をつけてください。避けられなかったらどうしてくれるんですか!?」


「真夜姉!私達まで燃やす気?」


二人分の抗議を涼しい顔で聞き流し、背後から気配を殺して滑り込んできた生徒に炎を投げつける。気配を殺して彼女の背後に滑り込んだ生徒、恭哉は『火炎(ほのお)』で『青い炎』を防ぎ、真夜へと鋭い突きを繰り出す。


「あんたがこの私に不意打ちなど千年早いわ!」


太刀の腹に後ろ蹴りを放ち、軌道を逸らすと勢いのまま突っ込んでくる弟の腹に拳を叩き込む。大きく体勢を崩した恭哉だったが、左手を横に伸ばすとそこから炎を噴出し、華麗に側転を決めると身を捻(ひね)って着地。


「凶暴な姉貴(おんな)だな。そんなんだから男が寄ってこないんだよ」


息つく間もなく追撃(ついげき)を受け、反撃しながら軽口を叩く恭哉。弟の言葉に真夜はグサッと刺されたような顔をし、ちらっと龍護の方へ視線を走らせる。当人はというと桜と悠紀と戦闘中だった。銃声が絶えず鳴り響き、金属同士がぶつかって澄んだ音があがる。


「凶暴で悪かったね!でも女っタラシよりは遥かにマシだと思うよ~。桜が可哀想」


引き合いに出された桜が一瞬真夜を見る。だがすぐに視線は外れ、悠紀の剣を受け流す。


「そこのお二方!姉弟喧嘩してる暇があるのなら手足を動かした方がいいですよ!」


悠紀が真夜と恭哉を見ずに氷の刃を飛ばす。二人はそれぞれの異能でこれを防ぐ。


「これ、防げるかな」


悪戯を思いついた悪ガキのように瞳を輝かせた桜の身体から『終焉の劫火(ごうか)』が溢れ出す。それは彼女の頭上に集まり、四つの火の玉へと姿を変える。一つ一つの大きさがバスケットボールぐらいだ。桜の口元に本当に楽しそうな笑みが浮かぶ。


「紅炎球!ってのは、どう?」


鋭く叩きつけるような声とともに四つの紅炎球は物凄い勢いで四方に散り、四人へ迫る。


素早くマガジンを交換した龍護は手の中の銃に異能を込めると紅炎球に狙いを定めて撃つ。銃口から飛び出した弾は黒い流星のように尾を引きながら飛んでいき、紅炎球に命中するとそれを燃やし尽くす。


すっと目を閉じた悠紀は自身が耐えうるギリギリまで異能を高めていく。胸に鋭い痛みが走ったが、歯を食い縛ってそれに耐える。不可視の力でワイシャツが浮き上がる。右手に高め切った異能を凝縮し、剣を作り出すと完璧な動作で投げる。紅炎球に突き刺さった剣は一瞬でそれを凍らせる。


短く息を吐いた真夜はいったん太刀を鞘に仕舞い、抜刀する構えになると刀身に『青い炎』をまとわせる。そうしている間にも紅炎球はどんどん迫ってきて、ついに目と鼻の先にまできた。真夜は静かに目を閉じる。一瞬、真夜の手先が霞む。瞬間。鮮やかな燐光が 紅炎球 に幾筋も線を刻む。パチン、と真夜が太刀を鞘に収めると、その線にそって紅炎球に亀裂が入り、粉々に砕け散る。


恭哉はサッカーボールくらいの大きさの同じような紅炎球 を作り、ポ-ンポ-ンと数回リフティングするとろくに狙いも定めず蹴る。火のボールは正確に紅炎球に当たり、呑みこまれる。



ぎゅるるる



何かを吸い込むような音が聞こえたと思ったらあっという間に紅炎球は消失し、残ったのは恭哉が蹴った時の倍以上の大きさになった火のボールだけだった。


「ごちそうさま」


恭哉の足元に戻った火のボールは淡い光を放って消える。淡い光は恭哉の周囲を周り、彼の体の中に入っていく。


「「「お返しだ(です)!」」」


三人分の声とともに氷、青い炎、炎が互いに混ざり合いながら桜を目指す。彼女はそれを他人事のように眺め、口元に不敵な笑みを刻む。右手にはいつの間に拾ったのか紅桜の太刀が握られている。左手には紅玉の太刀があり、それで肩をトントンと叩いてる。


その合間に『終焉の劫火』が幾重もの紐のように姿を変え、渦を巻きながら二本の刀身を覆っていく。それを身体の前でクロスさせ、左右に払う。二つの刀身に渦巻いていた『終焉の劫火』が絡み合い、一つの巨大な竜巻となり三つの異能を燃やしていく。


「ん~。初めてにしてはまぁまぁの出来かな。これなら学校でも壊せそうだな・・・。よし、劫炎渦(ごうえんか)と名付けよう」


物騒なセリフを無邪気な子供のような笑顔付きで呟き、さっそく名前をつける桜は小学生が人形に名前をつける時の心境だろう。


「うわー。すんげーの」「呑みこまれたら灰になるまで燃やし尽くされそうですね」「あ~らら。これはちょっと」


劫炎渦と命名されたそれが三つの異能を燃やしていると、そこに黒いものが混ざっているのが見えた。


「げっ」


とてつもなく嫌そうな顔でとてつもなく嫌そうな声を出す桜。この色はもしかしなくても・・・。


黒い炎が四つの異能を燃やす。その中から別の黒い炎を纏った弾が飛び出してきた。狙いは桜。


「やっぱり!」


右の太刀で弾を受けると左の太刀を手放し、右の太刀の峰に手のひらを当てて支える。それでも完全には受けきれず、徐々に後ろへ押されていく。


「・・・っ・・・」


ギリッと歯噛みする。このままじゃ確実に押し負ける。腕が小刻みに震え始め、さらに後方へ押しやられる。受け流せばいいのだが、桜はそれをしない。何故って?答えは単純明快。負けたくない。それだけだ。誰にも、何にも、ただ負けたくない。


勝つ。


その思いが桜の胸に溢れている。


「どこまで負けず嫌いなんですかね。桜さんは」


「それが桜だから仕方がないさ。この間の一件でさらに負けず嫌いの度が増したみたいだしな」


すでに傍観者に呈してる悠紀がやれやれと首を左右に振り、恭哉が目元を和ませる。その横には苦笑している龍護とじっと見守っている真夜がいる。


「ま・・・け・・・」


紅玉色の瞳が剣呑にきらめく。低い唸り声が食い縛った歯の隙間から漏れ、彼女の体からこぼれる紅玉色の欠片が勢いを増す。まるで桜を守るように、支えるようにいくつもの炎の輪が体を包む。


「る・・・かぁ!!」


彼女を起点に突如火柱が生じ、薄黒髪が大きく翻(ひるがえ)る。紅桜の太刀が黒い炎をまとった弾を真っ二つに切断する。それを見た龍護はヒュッと口笛を鳴らす。


さすがだな、桜。


「ふぅ。終了」


キン、と澄んだ音を立てて太刀を鞘に収める。してやったぞ、と言わんばかりにニヤッと口端を上げ、龍護を見やる桜。龍護はその笑みを見て穏やかな表情で小さく頷く。


「真海 悠紀と天空 螢斗。交代」


「悠紀、お疲れ」


タイミングを見計らったかのように交代の声がかかる。悠紀は誰にも気付かれないようにホッと息をつくと螢斗と交代する。


「無理し過ぎだよ。ゆっくり休んどきな」


すれ違いざまにそう囁かれ、悠紀ははっとして螢斗の顔を見る。気遣わしげな紅玉色の双眸が凛々しい顔に僅かな痛みを滲ませている悠紀を映す。


「君は桜と同じで自分のことをよくわかってるはず。俺は君のことをまだよく知らないけど、君の身体は強大な異能を支えきれていないようにみえるよ」


この数ヶ月で見抜いたのか、俺の身体が強大な異能に耐え切れないことに。悠紀は内心舌を巻く。さすが天空 大斗の息子、といったところか。桜はまったく気付いていないのに。いや、気付いているかもな。


桜は意外なところで本当に鋭いから。それを少しでも別の方面に発揮してあげたら恭哉の気苦労も減るだろうに。


「お気遣い痛み入ります。私は「はいストップ。真海家が身分にうるさいのは知ってるけど、俺は嫌い。学校でも寮でも、俺にもいつもどおり接してくれないかな?」


「・・・はい」


紅玉色の瞳が笑う。螢斗は桜の頭を撫でるように悠紀の頭を撫でると、鎌を出して戦場へ飛び込んでいった。残された悠紀は撫でられた頭を押さえ、複雑な面持ちで芝生へと戻り、美優達から少し離れた場所に腰を下ろし、寝転がる。


頭に残った温もりが切なく彼の胸を締め付ける。彼は小さく、本当に小さく口の中で呟く。


「・・・海紀(みき)姉さん」


久しく口にしなかった名が耳の奥ではじけて消える。自分と同じ冬空色の瞳が脳裏を過ぎ、彼の表情が一瞬大きく歪む。すぐに元の表情に戻ったが、冬空色の双眸には痛みの色が見え隠れしている。


そっと空を仰ぐと、僅かな雲と青空が広がっている。あの時と同じ、皮肉なほど晴れ渡った空。


「こんな異能(モノ)、いらない」


己の両手を見つめ、固く握り込む。


「俺が望んだのは・・・」


ありふれた願いだったはずなのに、それすらも叶わなかった。


「姉さん。俺はっ・・・」


言葉に詰まり、忙しない呼吸を繰り返す。ぐっと閉じた瞼の裏に広がるのは、儚げに舞い散る真っ白な雪。

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