呼ぶ声
お久しぶりです。もうすぐ新年ですね!
この小説を書き始めてからもう6年は経っていることになりますが、当初に比べて少しは内容などがマシになってきたなぁ、と読み返しつつ思っています。それでもまだまだ修正しなければいけない所があるので、来年からもしっかりしなければっ、と早くも意気込んでいます。
では9話お楽しみください!
桜は突然目が覚めた気分になった。
「?あれ??」
真っ暗な闇の中に佇んでいた。どこを見ても闇ばかり。光など欠片もない。それなのに自分の体はいやにはっきりと見える。
ここはいったいどこだろう。
きょろきょろと周りを見回しながら最後の記憶を掘り返してみると、恭哉の試合の真っ最中に眠ったことを思い出した。
「怒られるかな」
見とけ、と言われたのに眠気に勝てず寝てしまった。螢斗の膝枕で。おまけに龍護が頭を撫でてくれていたっけ。気持ちよかったなぁ。
なのに何故、
「こんな真っ暗なとこにいんだよ、私は」
試しに兄の名前を呼んでみるが、返答はない。それどころか物音一つしない。聞こえるのは自分の息づかいのみ。・・・いや、違う。
「――――」
呼んでいる。どこからか声が聞こえる。ねっとりと、絡みつくような声で。心臓が何かに叩かれたかのように大きく脈打ち、バクバクと走り始める。
「――――」
それがつむぐのは彼女の名前ではない。だが確かに、自分を呼んでいる。
「――――」
何度も何度も繰り返し。絶えることのない声が、呼んでいる。
「応え、―――-」
呼ばれるたびに脈打つ心臓が、答えてはダメだと脳へと警告を鳴らす。この声に、応えてはダメだと。
「応え、――――。我らの声に」
戦慄した。声が、すぐ後ろから、真後ろから聞こえてきた。
心臓が悲鳴を上げて疾走している。背筋を氷塊が滑り落ち、呼吸が上手く出来ない。
どくどくと耳の奥で鳴る鼓動がうるさい。
意を決して振り返る。
彼女は見た。
顔立ちは整っている、自分より年上であろう青年の姿を。視界の隅に揺れる、銀色の髪。白みがかった銀の瞳が、闇の中で冷たく笑う。
「応え、――――。そして我らの元へ、来い」
無意識に距離をとろうとするが、どうしてか身体が動かない。声に反応して心音がどんどん速くなる。
誰か!
――――・・・ら・・・。
祈るように心の中で叫ぶと、別の声がした。脳裏を掠める紅の瞳。
「さぁ、応え」
白みがかった銀色の瞳が桜の目を捕らえて離さない。手が、ゆっくりと桜を捕らえようと伸ばされる。
――――・・・くら・・・。
声。呼んでいる声が。
桜は全霊を振り絞って叫んだ。
「――――ッ。恭哉!!」
「桜!」
耳元で叫ばれて桜は覚醒した。息が、不自然なほど荒く、速い。鼓動がまるで全力疾走した後のように激しい。額にはじっとりと脂汗が浮いていて、異様に寒かった。
目線を上げるとひどく焦っている恭哉の紅い瞳が自分を見下ろしていた。それと同時に力強い腕の感覚が伝わってきた。
「きょ・・・や・・」
掠れた声がくぐもって、喉の奥で絡まる。つばを呑み込んで喉を湿らせると、幾分かマシになった。
「大丈夫か?ずいぶんうなされてたようだが・・・悪い夢でも見たのか?」
心配そうな恭哉に頷いて桜は深呼吸を繰り返した。まだ動悸が収まらない。身体を動かすと額からパタパタと汗が滴る。身体が小刻みに震えているのを感じて、桜は拳を握り締めた。
恭哉は自分の腕の中で震えている桜を見下ろす。紅玉色の瞳は頼りなさげに揺れ、水を伝えやすい細い髪から汗がいくつも滴り落ちている。悪夢を見たのか?という問い掛けに頷いた。ということは、よほどその悪夢が堪えたのだろうか。
「落ち着いたか」
呼吸が整うのを辛抱強く待っていた恭哉が真剣な瞳で見つめてきた。桜はもう一度頷く。呼吸も心音もほぼいつもどおりに戻ってきていた。
「悪夢のこと、聞いていいか?」
遠慮がちな物言いをする恭哉が似合わなくてくすりと小さく笑みが零れた。
「うん」
桜は思い出しながら夢の内容を話していく。
「真っ暗闇にいて・・・」
時々考えながらなるべく正確に恭哉に伝えようとする。
「それで、銀髪で銀色の瞳の男の人が出てきて、恭哉の声がして目が覚めた」
恭哉、と。
必死に叫んだ。それはもうありったけの力を振り絞ったと言っても過言ではないぐらい全霊を込めて。
あのままでは、自分は確実に殺られるかしていた。
夢だというのにあの恐怖感は現実だった。
話し終えると恭哉は難しい顔で虚空を睨んでいた。ただの夢。そう言い切ることは出来ない。何かの予兆かもしれない。それとも新手の異能者、とか。
「その声に聞き覚えは?」
「ない。・・・・・・・・と思う」
自信なさげに付け足された言葉を指摘すると、桜は困ったように曖昧な笑みを浮かべる。
「なんか・・・・・上手く言えないんだけど見たことのあるような顔だった。のかな?う~ん。でも昔とは違ってました、みたいな?」
つまり昔会ったことのあるようなないような顔だったけど、少し違ってたってことか。桜を抱きしめる腕に力を込めると震えが止まった。不思議に思って顔を覗き込むと真っ赤になっていた。
「顔、赤いぞ」
ふっと口端をあげて笑う恭哉。桜の頬は更に赤みを増す。
「うっさい」
キッとムキになって睨んでくるがたいして怖くはない。まぁこれを言っては十中八九火に油を注ぐようなものになるので黙って心に留め置く。
「桜ちゃん。起きたなら前、見てみ」
二人から少し離れたところにいた涼亮の笑みを含んだ声に促されて前に視線を向けると、螢斗と龍護、ついでに春が試合をしていた。
「委員会所属者の有志による試合、始まってたの?」
呆然とした桜の呟きに愁が答える。
「五分前にな」
それを聞いた桜の表情が一気に暗くなる。ほんの五分でも試合を見逃していた事が相当ショックだったようだ。
「そういう時は起こしてよ・・・」
力ない声で訴える桜は目に見えて落ち込んでいる。済まなさそうな顔をした一夜が説明する。
「一応起こそうとしたんだけど、恭哉が許してくれな・・・・く・・・て・・・・」
声がだんだん小さく聞き取りにくくなっていく。理由は余計な事を言うなといわんばかりの顔で恭哉が睨めつけているからだろう。それも射抜くような鋭い眼差しで。
一夜は真っ青になり地面にへたり込む。すでに涙目だ。これで怒鳴られでもしたら一目散に逃げ出しそうだ。いや。もしかしたら泣き出してしまうかも・・・。
「桜に言った罰として飲み物買ってこい。今から二分以内だ!」
「ハイ!スミマセンでした」
はじかれたように立ち上がり、恭哉から投げて寄越された財布を受け取ると同時に物凄いスピ-ドで教室棟を目指す。あまりの速さに止める間もなかったほど。
相変わらずのパシられ具合だ。いつもなら悠紀がストップをかけるのだが、間の悪いことに彼はここにいない。悠紀以外で暴君を止められる者|(と止めようとする者)はいなかったようだ。
「恭哉!一夜をパシりに使うなって何度言ったらわかる。飲み物ぐらい自分で買いに行きなさい!子供じゃあるまいし」
一人いた。一夜の背中が見えなくなってから我に返った桜だ。憤然とした様子で恭哉を睨みつけている。当の恭哉はそ知らぬ顔であらぬ方を見て聞こえないふりを決め込んでいる。
「聞いてんの!?恭哉」
「あ~、うるさい黙れ」
片目を閉じてうるさいとアピールする恭哉はまだぎゃあぎゃあと言っている桜の口を己ので塞ぐ。突然のことに大きく目を見開いた桜は状況を理解すると同時に顔面を真っ赤に染めて暴れ出す。
「黙るなら離してやる。・・・どうする?」
耳元で低く告げられた内容に悔しそうな顔で不承不承ながら頷く。名残惜しそうに解放された桜は素早く恭哉から離れ、ギッと彼を睨む。
「公衆の面前ですることじゃねーだろうが!!場を弁えろ!!!」
肩を上下させながらの全力抗議に恭哉はやかましいと言いたげな表情で意地悪く口端をつり上げる。
「もっかいやって欲しいのか?」
「――――っ!!!」
条件反射だろうが、素晴らしい俊敏さで口を両手で隠す桜。ぶぶぶんと首がもげて飛んでいきそうな勢いで左右に振る桜を見て渋い顔になった恭哉はゆらりと立ち上がった。
「気が変わった。もう一回やってやる」
「ぎゃーっ」
何故にどうしてなんか私やりましたか!?
不穏な気配をだらだら垂れ流しながら近寄ってくる恭哉から全身全霊で逃げながら悲鳴を上げる桜は自分より遥かに凄まじい勢いでこちらへ向かってくる土埃を見た。
「買ってきまし・・・た・・・」
ある意味グッドタイミングで戻ってきた一夜は鬼ごっこをしている二人を見て一瞬で真っ青になる。そのままカチンコチンに固まって石像と化した一夜を前に、恭哉はつまらなさそうにしながら追いかけるのをやめる。そうして一夜の顔を眺めて言った。
「具合悪いのか?顔面蒼白だぞ、お前」
「ホントに買ってきちゃったの?こんな奴の言う事無視していいって言ってんのに」
明らかにほっとした様子でいつもの調子に戻った桜を不機嫌そうに視界の端に留めている恭哉から不自然なくらい顔を背けた一夜は弱々しい声で答える。
「えっと・・・でも、僕はあんまり役に立たないから・・・これぐらいはしないといけないと思う・・・」
たどたどしいながらもそう言った一夜に呆れのため息がぶつかった。
「ホンッキでわかってないみたいだから言ってやる。お前、充分役に立ってるよ。マジで、一夜が後ろで美優ちゃん達守ってくれてるってわかってるから私達は気兼ねなく暴れられるんだって」
ポン、と怯えて引け腰になっている一夜を軽く叩き、桜の発言にビックリしている深緑の瞳を覗き込んで目を合わせる。
「だから、引け目なんて感じなくていいんだ。そんなこと言うならお前、私はそこら中に迷惑かけまくってんじゃねーか。謝っても謝ってもキリねーよ」
確かにその通りだ。思わず同意するように頷くと、軽く睨まれた。
「ホント正直だな。まっ、そこが一夜の良い所だよな」
からりと笑った桜の横で、いつの間にか寄ってきていた恭哉が腕時計を見て感心したように微かに目を見開く。
「二分ピッタリ。サンキュー、一夜」
「お邪魔してスミマセン」
何度も頭を下げ買ってきた飲み物を恭哉に渡すと一夜は美優達の方へ戻っていく。彼が腰を落ち着けるまで見届けた桜はがばりと勢いよく恭哉に向き直る。
「これからは学校でこういうことするなよ。特に人がいるところでは絶対に!」
「学校以外で人がいなかったらいくらでもやっていいって意味か?それ」
「よくないわ!」
間髪いれず吼えてやるが、恭哉は笑いを堪えるように口元を押さえてニヤニヤしている。この野郎・・・。完璧に遊んでやがる。そう感じ、さらなる怒りが上澄みされていく。
「ふ~ん。素直じゃないねぇ。嬉しすぎて顔真っ赤にしている桜チャン」
赤く染まった桜の頬に触れ、わざとらしく「あっち~」とオーバーリアクションしてみせる恭哉。桜の額に青筋が浮かぶ。
「・・・てめぇ・・・」
「はいはい、怒らないの。今度は二人っきりの時してあげるから」
余裕の笑みで桜の抗議を軽く聞き流す恭哉。その笑みが桜の神経を逆撫でする。
「・・・の野郎・・ッ」
低く物騒な唸り声を上げ、ギッと睨みつける紅玉色の瞳に怒りの焔が揺れる。殺気を飛ばして恭哉を睨んでいた桜だが、すぐに無意味と悟ったのか試合観戦に集中する。
「今のはお前が俺の試合見てなかったお仕置きだ」
小さくふて腐れたように呟かれた言葉は幸か不幸か桜の耳には入らなかった。
試合を見ると、ちょうど攻撃をかわしたところであろう春が壁を蹴り、空中にありながら銃を構え、そこに異能を込めて撃ったところだった。彼の異能で速度を操られた銃弾を龍護の異能が守るように包み込み、防御のために展開された相手の異能を燃やし、残った春の銃弾が見事に玉を撃ち抜いた。女子の黄色い悲鳴が喧しいことこの上ない。
「今の攻撃、上手いわね。それに龍護君の援護も。互いの異能の特性をよく理解してるわ」
「私の兄は無駄に運動神経だけいいんですよ。運動神経だけ」
「そうね。頭の出来は人並み以下なのに運動神経は人並み以上なのよね。世の中って不思議だわ」
「頭にいくはずだった栄養が全て運動するために費やされたのか。いるところにはいるもんだな、本当に。漫画の中だけかと思ってたよ。脳みそ筋肉の運動馬鹿」
上から順に紗夜、千夏、千秋、涼亮だ。下にいくにつれ内容がひどくなっているのはきっと多分気のせいだと思うことにしよう。
「ひどい言われようだね、春さん」
「うん。半分褒めて半分貶されてるね。南絃君はどう思う?」
「・・・どうでもいい」
「冷めてるねぇ」
お茶を飲みつつボソリと呟かれた美優の言葉を一夜が拾い、南絃に振ると冷たく返され、関ヶ原が苦笑する。
ピー 「試合終了。六対五で勝者、生徒会・執行部!!」
ホイッスルと共に審判が勝敗を大声で告げた。両チームは中央で礼をし、次のチームと入れ替わる。
「お疲れ。螢兄、龍兄、春兄」「お疲れさん、螢斗、春、龍」「お疲れ様、三人とも」
満面の笑みで三人に飲み物とタオルを渡す桜と真夜と千夏。三人は飲み物とタオルを受け取り礼を言う。
「千夏、見てたか?俺の華麗な攻撃シーン」
六つの玉のうち、二つは螢斗の、一つは龍護のアシストで春が破壊したのだ。螢斗との時の一つは鏡越しに玉の中心を撃ち抜き、見事な射撃の腕前を惜しみなく披露して女子生徒のファンを大いに沸かせていた。
「うん。見たよ。さすがお兄ちゃん」
棒読みの口調で褒める千夏の目は兄を映してはいない。では何を見ているのかと言うと、その向こうにいる対戦委員会であった風紀委員委員長、金城 直樹という螢斗と同じクラスの先輩を映していた。チームメイトと笑い合う金城をぽーっと頬を染めて見惚れている千夏に何を勘違いしたのか、「そんなに俺がカッコよかったのか?」と斜め方向に誤解して気障な仕草で髪をかき上げる。
・・・どうしてだろう。その仕草が癇に障る。
そんなんだから千夏に嫌われるんだよ、ちょっとは螢兄を見習えば、と心の中でカッコつけたがりな親友の兄へ呟きながら自身の兄二人を見上げる。
「龍兄も螢兄もカッコよかったよ」
「そう?嬉しいな」
「・・・褒めても何もでねぇぞ」
言葉どおり嬉しそうな螢斗は受け取ったタオルで汗を拭いながら笑い、龍護は優しく微笑みながら減らず口を叩く。それに桜は不満を言い、二人の間に入った螢斗が宥める、という日常的な展開になったのは言うまでもない。
その後、桜達は二回戦突破を果たした。そして、一日目の目玉、『ミス三珠 ミスター三珠コンテスト』の出場者が体育館へ呼ばれる。螢斗、龍護、春、恭哉、悠紀、一夜、南絃、真夜、千夏、渚、美優は体育館へ足を向ける。桜は訝しげに眉根を寄せ、恭哉の肩を小突く。
「ねぇ。ずっと気になってたんだけどミスコンってなに?」
「お前、知らないのか?三珠学園祭の目玉の一つだぞ。簡単に言うと出場者が一分という限られた時間の中で自分の魅力をアピールし、会場にいる全員に誰が一番よかったか投票してもらってその結果でミス三珠 ミスター三珠が決まるってことだ」
「ふーん。興味ないや。私みたいな不細工な奴が出るもんじゃないってことだけはわかったし」
気だるげにあくびをすると木陰を探す。見ても暇だろうからどこかで寝ようという魂胆が丸見えだ。
「なに言ってんだ?お前も出るんだよ」
「はっ?」
初耳だ。いつ誰がそんなこと決めたんだ?
不思議そうな顔をしていると渚が悪戯っぽく笑って親指を立てる。
「私が出場届け出しといたよ」
してやったり、という渚にしては大変珍しい悪戯っ子風の表情を見て、一瞬本気でこの親友に殺意が沸いた。今なら衝動的に人を殺したくなる奴の気持ちが少しだけわかる気がする。
「てめぇ・・・。なに余計なことしてくれてやがる」
思わず腰元に手が伸びかけた桜は必死に自制してギロリと睨みつけるだけに止める。一ミリたりとも動じない様子はさすがだが、今はその姿ですら怒りを煽る要素にしかなり得ない。
「面白そうだったから」
あっけらかんとした口調で告げられた内容にプチッと何かが切れる音が聞こえた。腰元に集まった炎を無造作につかんで本当に引き抜こうとした桜に顔面を蒼白にした一夜が抱きつくことで止め、悠紀がなだめ、螢斗が頭を撫で、龍護が野次を飛ばすことでどうにか血を見ずに済んだ。
「んじゃ、全員でレッツゴー」
やる気満々の恭哉を尻目に、(野次を飛ばしていた一名を除く)三人によって落ち着きを取り戻した桜は暗澹たるため息をついた。何故勝負が見えてることに頭から突っ込まなきゃいけないんだろう。内心激しく渚を恨みながら重い足取りで体育館へと向かうのだった。




