忘れ物ってそれかよ
急に寒くなってきました。身体は頑丈なのですが、寒いのが苦手な私としては過ごしにくい季節がやってきてしまいました。
寝坊しないように気をつけなければと思いつつ、楽しく小説を書いています。
では第7話、お楽しみください。
恭哉の後姿を見送っていると後ろから肩を叩かれた。振り返れば関ヶ原がニヤニヤしながら立っている。
「お前ら、付き合ってん「声大きい」
関ヶ原は地声が大きいので普通の音量で喋っても周りに聞こえてしまう。それを懸念して続きを遮ったが、少々遅かったようだ。
「何々?桜ちゃんと恭哉君付き合ってるの?」
耳聡い千秋が寄ってくる。憧れているし、尊敬しているが、できればこの人にだけは知られたくなかった。周囲の視線が桜に固定される。関ヶ原を睨みつけると顔の前で拝んで「すまん」という侘びが返ってきた。
あとでぶっ潰す。
「・・・・・・・・・・・そうですけど何か」
内心で関ヶ原に宣言しながら半ば開き直って肯定すると祝福の声が上がった。中には「やっとか」という言葉も聞こえてきた。ざわめきが収まってくると千秋がそっと桜に歩み寄る。
「千夏と春、いえ、夕空家と仲良くしてくれてありがとね。両親に代わって礼を言うわ」
「そんなことないです。家とか関係なく千夏と春兄は大切な家族ですから」
その言葉に千夏が泣きそうなほど顔を歪ませ、春が恥ずかしそうに頬をかく。桜は若干焦りつつ千夏の頭を撫でる。
「おっ、おい。どうした?私なんか気に触るようなこと言ったか?」
「ううん。なんでもないの。私も桜のこと家族って思ってる」
「俺もだ。龍も螢斗も真夜達も皆俺の大事な家族だ」
にこっ、と微笑む千夏に追従する春。しかし、いつもより千夏の笑顔に輝きがない。千夏をよく知らない者ならわからないぐらいごく小さな変化だ。桜は千夏とは生まれた時から姉妹のように育てられた仲なのですぐにわかった。もちろん兄の春は言わずもがな。
「千夏、どうかしたか?」「お前最近おかしいぞ。なんかあったのか?」
二人に重ねて真剣な顔で詰め寄られ、千夏は少し驚いたように目を瞠り、そして困ったように微苦笑する。
「桜とお兄ちゃんにだけは隠し事できないね」
「当たり前だ。俺はお前の兄貴だぞ」
「だてに何十年も一緒にいるわけじゃないからね。で、どした?話したくないなら無理には聞かないから安心しろ」
「もう少ししたら話す。だから今は「「わかった。聞かない」」
千夏のセリフを聞き終わる前にあっさり引き下がる。千夏はびっくりしたように顔を上げ、優しく微笑んでいる春と桜と目が合い息を呑む。
「お前は妙なとこで頑固だからな。話したくなったら話せ。ただし、本格的におかしいと思ったら無理矢理聞き出すからな。そこは覚悟しとけ」
春にしては優しい口調でいい、ボソリと「似合わねぇ」と自嘲気味に付け加えられた。いつも女子に向けている甘い声が嘘みたいだ。
「昔、言ったよな。お前が私の事嫌おうが疎もうが虐げようが殺そうとしようが私はずっとお前の味方でいると。世界中がお前を敵とみなそうが私はお前を信じ続ける」
あの時の笑顔と今の桜の微笑が鮮やかに重なる。あの時絶望の淵に立っていた千夏を救ってくれた言葉だ。ずっと、色褪せることのない大切な言葉。あの時あの瞬間あの場所で春 と桜がいなかったら今頃私は深い闇に飲み込まれていただろう。
だからこそ。自分を救ってくれた彼らだからこそ、言えないのだ。
言ってしまったら、きっと、私は――――
きゅっと唇を引き結んだことに気付かれる前に笑顔に変え、胸中に生じた迷いを打ち払う。
「――――うん。ありがとう」
「へぇ。桜ちゃんって意外と詩人なのね」
青葉が鈴のように笑いながらいつの間にか真横にいた。名を上げられた当人は驚いて大きく仰け反る。その顔が見る見る真っ赤に染まっていく。
「顔、真っ赤よ」
クスクス笑いながら赤い頬を指で突いていた青葉は、耳まで赤くなり、口元を覆って顔を背けてしまった桜に「可愛い反応ね」と追い討ちをかける。
「弄り過ぎだ。青葉」
滅茶苦茶不機嫌そうな声が青葉に突き刺さる。声の主をちらっと見た青葉はおどけたように笑って「番犬の登場?怖い怖い」と身震いしてみせ、踊るようなステップで声の主である愁に近寄り、犬を撫でるように頭を撫でる。ピキッと愁の額に青筋が浮かび、ギロリとそれだけで人が殺せそうな凄まじい眼光で青葉を睨みつける。
その様子を少し離れた所から見ていた千秋が艶やかという他ない笑みを口元に刻み、数名の男子生徒を虜にしていた。
「桜」
作戦会議を終えたらしい恭哉が駆け寄ってきた。首を傾げると手招きされたので彼に近寄る。
「どうかした?」
「忘れ物」
首にかけていたタオルで桜と自分の顔を隠すと、唇を重ねる。数秒すると離れ、悪戯っぽく笑う。仕上げとばかりに桜の髪をくしゃくしゃ撫でるとペロッと唇を舐め一言。
「充電完了」
顔を真っ赤にした桜を残してチームの元へ走っていく恭哉。桜はタオルを片手にまるまる一分その場に佇んでいた。
「試合開始」
審判の教師がホイッスルを吹き鳴らし『玉探し』が始まった。桜達は空いている所に腰を下ろすと試合観戦にていする。つもりだったのに・・・。
「真海さん。邪魔ですよ?」
「あんたの方が邪魔なんだよ、瀧川さん。あっち逝ってくださいませんか?つか存在を消せ」
「上司に向かってその口の聞き方は頂けませんね。書類整理増やしますよ?」
「そういう時だけ上司面しないで頂けますか?はっきり言って、ウザイんだよ」
「そちらこそ仕事上じゃないからといって敬語を忘れてますよ?あなたはあくまでも俺の下だということをお忘れなく」
「上だ下だと狭い男だね、あんた。そんなんだからいっつもフラれんだよ」
「俺はフラれたことなどありませんよ?付き合ってたことも一度しかありません。もしフラれていたとしても、お前には関係ない話だ」
この会話は極寒の地のような冷たすぎる微笑とともにかわされています。正直言って居心地最悪。おまけに人を挟んで会話してるのだから余計質が悪い。
「まぁまぁ。その辺にしときなさい、渚。瀧も」
「はい。お兄ちゃん♪」
コロッと態度が変わる渚。もう鳴れたけどさ、その激変振りはどうなのさ。瀧川さんがそんなに嫌いかね。
そう思っていても決して口には出来ないが。口にしようものなら水の槍が雨のように降ってくるだろう。文字通り、命がいくつあってもたりない。
「ちっ」
涼亮は不機嫌そうに舌打ちすると風下に移動して煙草を吸う。紺色の瞳が冷たく細められている。うん。今は話しかけないほうが無難かも。
どっくん
その時、また心臓より深くで何かが脈打つ。『魂撃』が外へ出ようと暴れているのだ。今度はさっきよりも激しい。
「桜、眠いのか?」「具合が悪いんじゃないのか?」
前屈みになっていると螢斗と龍護が前から心配そうに顔を覗きこんでいた。ついでに二人の声に反応したのか九条さんも。
十年前の記憶は全て甦ったので愁のことももちろん思い出している。それをこの場で伝えるべきか。
ちらっと千秋と青葉を見て、言葉を呑み込む。やめとこう。この二人、特に千秋姉がいる今は絶対ダメだ。
「しゅ・・・・九条さん。後で話が」
愁兄と呼びかけて慌てて言葉を呑み込む。愁は不審げな顔をしながらも「わかった」と返した。桜はほっと息をついて螢斗に自白する。
「『玉探し』でちょっとはしゃぎすぎたかも」
「少し眠る?肩貸すよ」
螢斗の申し出に頷き、九条さんと場所を替わって貰う。螢斗の肩に寄り掛かると「膝でもいいよ」と言われ、お言葉に甘えて膝を借りることにした。螢斗の膝に頭を乗せるとそっと頭に手が置かれた。龍護の手だ。温かくて心地いい。
しばらくそうしていると『魂撃』が暴れるのを止め、大人しくなった。ほっと息を吐き胸元を押さえていた手から力を抜く。
しだいに眠気が襲ってきて 、桜は心の中で恭哉に詫びつつ睡魔に身を委ねた。
完全に眠ってしまった桜を見下ろし、螢斗は薄く笑う。寝ているとまだあどけなさの残る桜の寝顔は昔と少しも変わらない。それが何処となく嬉しかった。
「こうやって見ると正統継承者とは思えないよな」
龍護が慈しむように撫でている妹は、彼の言葉どおり確かに正統継承者という重い責務を背負ってるようには見えない。だが事実なのだ。“空の珠”という天を統べる珠に選ばれ、その珠を守り続けるという責務を生まれた瞬間から負っている。それはどれほど重いものか一時とはいえ選ばれた螢斗にはわかる。普通の者なら逃げ出したくなるほど重いものだ。
たとえどんな手を使っても、人を殺めてでも、守り抜かなくてはならないのだから。
「うん。そうだね。それでもこの子が、正統継承者なんだ」
そう。こんなに幼くても正統継承者として選ばれたからには、その責務を負わなくてはいけないのだ。かつての自分のように。
「重い、んだろうな」
龍護のわかってやれないという自責の感情がこもった声にはっとなる。自分は知っている。しかし、知らない龍護からしたら何も出来ない自分を恨んでいるのだろう。
一度責務の重さを味わった俺から言えるのはただ一つ、
「一人じゃ重いから俺らがいるんだろ」
これだけだ。一人だったら潰されていた。桜が、龍護がいたから俺は潰されなかった。桜もきっとそうだ。
独りじゃない。そのことがどこまでも人を強くし、その人の支えになる。
「その通りだな」
「しっかりしろよ。妹を守るのが兄の務めだろ」
「わかってる」
この小さな背中が責務の重さに潰されないように、俺らも一緒に支えるんだ。
グラウンドにて。
「いよっしゃぁ!!二個目撃破っ」
キラキラと日の光を反射しながら地面に降り積もっていく透明な欠片を背に、勝ち誇ったような声が響く。真っ直ぐに伸びた刀身を覆っていた炎が宙に消えていくのを見届けていた紅い瞳が得意げに横に流れる。視線の先にあるのは、耳につけた小型の無線機。
『耳元で騒がないで頂けますか?うるさいです』
聞こえてきた声はいつもどおりの冷静さと、ほんのわずかな冷たさが含まれていた。声の主の事をよく知っていないとわからない程度の棘に、恭哉はニッと口端を上げて答える。
「今んとこ、俺の勝ち越しだな、悠ちゃん」
わざと相手を逆撫でするような声音と口調を選んで話しかける。無線機越しなので顔は見えないが、彼が今どんな表情をしているかは容易に想像がついた。
『ちゃん付けをしないでくださいとあれほどお願いしたのですが――――恭哉君がそんなに自殺願望がお強い方とは存じておりませんでした。お望みどおり、今すぐ凍死させてあげましょう』
ニッコリと爽やかさ満点の笑みを湛え、けれどまったく笑ってない絶対零度の瞳でこちらを見据えて。さも天気の話でもするような妙に軽く、それでいて冷たく揺ぎ無い声音で死刑宣告を下す。
ぞくっと背筋に寒気を覚えた。脳が状況を判断する前に培ってきた経験が体を動かす。周囲の熱を一気に奪うと、それで自身の背後に壁を作り、完成する前に前へ走り出す。
「『避けるなよ』」
耳につけた無線機と重なって聞こえた肉声。勢いよく振り返った恭哉は相手に向かってニッと口角を上げてみせる。
「避けなきゃ凍っちまうだろーが」
「死にたかったんだろ?なら本望だと思うがな」
予想通りの表情で現われた悠紀は彼の周囲を取り巻く氷よりも冷たい眼差しを恭哉に注ぐ。だが、彼の事をよく知らない生徒達から見ればいつもと同じように見えるだろう。普段と違う事に気がついたとしても「真剣な顔をしてる」程度にしか思わないよう、上手く感情がコントロールされている。
「俺は死にてぇなんて一っことも言ってねーっつの!」
ふっと唐突な勢いで消えた炎の壁の残骸を冷めた目で一瞥し、挑発とも余裕とも取れる恭哉の笑顔に目線を戻すとゆっくり悠紀の腕が持ち上がった。
「次に俺をちゃん付けで呼んだら氷付けにすると言ったはずだが?」
淡々とした言葉に一瞬「え?」という顔をした恭哉は顎を撫で、「そうだった!・・・か?」と曖昧らしい記憶をさらっていく。どれだけ思い返しても該当する記憶がないらしく、やがて諦めたのか困ったような笑顔(一部を除く女子に効果抜群)を貼り付け、フェロモン垂れ流しで手刀を顔の前に作ってみせる。
「ワリっ。覚えてねーわ」
ピシッと空気が凍った。
――――異性を射止める彼のフェロモンも、同性である悠紀には通じなかったようだ。それどころか、彼の怒りを余計に煽る結果になったようだ。
ニッコリと怖ろしすぎる満面の笑みを湛えた悠紀を起点に凄まじい冷気が爆発し、ぐわりと音を立てて周囲を呑みこんでいった。
「んで、桜はオチたと」
六対零の圧勝で『玉探し』が終わり、観客席に戻りながら恭哉が呟いた一言だ。目はうるさい女子の群れから離れたところにいる螢斗の膝枕で寝てる桜に固定されている。その体はどうしてか濡れており、服には所々氷が張り付いている。
「疲れてたみたいだったし、いいんじゃないかな・・・。次は見てくれると思うよ」
同じく全身を濡らした一夜がくしゃみをしつつ小さな声でフォローを入れるが、恭哉は嫌らしい。何が気に食わないのかしかめっ面で渋面を作っている。せっかくの顔が台無しだ。
「「「お疲れ、恭哉君。これ貰って~」」」」「「悠紀く~ん。はい、ドリンク」」「「南絃様。これ、よかったら」」「「一夜君お疲れ~。はい、タオル」」
あっと言う間に数十名の女子に囲まれ、一斉にタオルと飲み物その他諸々を差し出される恭哉達。正直言っていいだろうか。嬉しくもなんともない。ケバい厚化粧の顔にキツイ香水の臭い。思わず顔をしかめてしまいそうなくらいうっとおしい。
「悪いけど彼女いるから受け取れない。君達の気持ちだけもらっておくよ。・・・いや。いなくても受け取らないけど。なにこもってるかわかんないから(若干引き攣った外面笑顔とともに。後半は口の中で)」
「失せろ(冷たすぎる口調で)」
「俺、好きな人以外からは・・・・・受け取れません。ごめんなさい(逃げ腰ながらもしっかりとした口調で)」
「私も彼女がいるので受け取れません。皆さんのお気持ちだけはもらっておきます。すみません(爽やかな外面の顔で)」
上から恭哉、南絃、一夜、悠紀の順である。四人は女子の波をかき分けて進み、何とか抜けると桜達のほうへ駆け寄る。
「お疲れ様、四人とも。特に最後の女子の群れ」
螢斗が心の底から同情を込めて労う。彼も同じ目にそれこそ何十回も合っているのでどうしても同情する声音になってしまう。あの群れの嫌さを知っているからこその言葉だ。
「お疲れ様。お茶どうぞ~」「和菓子もあるよ」「普通のお菓子もね」「こっちには軽食も用意してあるよ」「スポーツドリンクいる人」「はい、タオル。悠紀君以外は早く着替えた方がいいよ。風邪ひいちゃうから」
上から美優、渚、千夏、真夜、千秋、紗夜だ。桜は変わらず龍護に頭を撫でられ、螢斗の膝ですやすやと気持ち良さそうに眠っている。和んでいる声をスルーした恭哉は少し離れた所にいる桜の元へ向かう。
「寝かせといてあげて」
お茶を飲んでいた美優がのんびりとしつつ真剣な響きを孕んだ声で恭哉を引き止める。問うように視線を向けると美優に代わって紗夜が答える。
「桜ちゃん。表面上はなんともないように見えるけどそうじゃないの。体力が回復しきってないのよ。いえ、この場合は異能量かしら。相当無理して異能を使ったんでしょうね。具象化が出てこれないほどに」
具象化が出てこれない。ということは、具象化の形を保てないほど異能を消耗しているという事。つまり、『リミット』限界まで異能を使い切ったということに他ならない。
「・・・・・・それ、本当か?青葉さん」
「えぇ、間違いないわ。だから、寝かせといてあげて。それが異能量を回復できる数少ない方法だから」
「・・・・・・」
黙り込んでしまった恭哉は螢斗の隣に静かに腰を下ろすと桜の頬に触れる。その横顔がわずかだがつらそうに歪んでいた。気付けなかった己の不甲斐無さを責めているのだろう。
「大丈夫よ。私の鈴の音で回復を早めといたから、あと数分もすれば自然に目覚めるわ。異能はしばらく使えないと思うけどね」
「恭哉、桜を頼む」
補足説明にほっと安堵の息をつくと、眠っている桜を恭哉に押し付けて立ち上がる螢斗。落とさないように抱く腕に力を入れつつ戸惑って彼を見上げると、やわらかく微笑みに行き着いた。
「俺ら、この次試合だからさ。アップしとかないといけないんだよ。なっ、龍」
「・・そうだな」
螢斗の言葉に同意を示し、龍護は桜の頭をもう一撫でして腰を上げると行き際に恭哉の頭を軽く叩く。任せたぞ、と言われているようで、恭哉は押し付けられた桜を自分の膝に寝かせ、そっと髪を整えてやる。安心しきったように緩んだ寝顔に不覚にも頬が赤くなる。




