お別れしなくて、良かったね
予定がきつきつすぎて一ヶ月前の自分に物申したい桜咲です。どうしてこんなに予定を二月に詰めまくったのか問い質したいです。はい。
ちょっと流血シーンが続きます。苦手な方は避けた方がいいかもしれません。では第二十八話をお楽しみ下さい。
鎌を下段に構えた螢斗がダッと瞬き一つで間合いに踏み込み、真道に斬りかかる。身を反らすことでこれをかわした真道はちらっと龍護に視線をあて、口の中で小さく「異能のみを消す異能、ですか。邪魔ですね」と形だけ動かす。
「何故桜に近づいた」
質問と同時に鎌が振り下ろされ、太刀でそれを受けた真道は空いているもう片方の手をさりげない仕草で背中に回す。目だけでその行為を追った紅玉色の瞳が真意を見定めようかというように細められる。
「さぁ、何故でしょう」
人を食ったような笑みと共に答えをはぐらかす真道。受けられたと見るや否や鎌の切っ先が転じ、新たな斬撃となって相手を襲う。それも受け、背に隠していた手に作り出したモノをぱっと離し、口の形だけでニヤリと笑う。作り出されたモノは真道の手を離れた瞬間、姿が見えなくなる。
「まずは、厄介な異能をお持ちの彼にご退場願いましょうか」
「?何をッ!!――――龍、避けろっ!!」
言葉の正確な意味を量りかね、一瞬怪訝な顔をした螢斗だったが、すぐに真道の意図を掴み焦った声で注意を喚起する。
しかし、その一瞬が致命的だった。
真道と螢斗の体に隠れて見えなかった龍護は螢斗の声とともに大きく横へ跳んだ。が、作られたモノの方が断然速く龍護を捉えた。
作られたモノは龍護の右脇腹に突き刺さり、貫通して龍護の背中から鮮血を撒き散らしつつ飛び出す。赤く染まったモノは彼の血によって姿を現した。――――透明な太刀だった。
太刀はそのまま龍護の体を壁に縫い止める。余程勢いよく突き刺さったのか、太刀は壁に深々と刺さっていて龍護が動いても抜ける気配はなく、ただ傷口が広がり出血量が増えるだけだった。
「・・・ぐ・・・ぁ・・・ッ・・・」
食い縛った歯の隙間から零れる鮮血が顎を伝い、廊下へと滴り落ちてまだらを作る。苦悶の表情を刻んだ龍護は襲い来る激痛に堪らず苦しげなうめきをもらす。
「龍兄ぃぃッ!!!」
悲痛な叫びが廊下をつき抜け、桜は龍護に向かって弾かれたように駆けていく。隣にいた恭哉が止める暇もなかった。
「っぅ・・・さ・・・・・くら・・・来る・・・なッ・・・」
遠目からざっと診た様子では急所は外れているようだ。だが、肺に突き刺さっているようで上手く呼吸が出来ていない。早く手当てしないと命が危うい。桜は転げ込むように龍護の元に辿り着くと、手始めに太刀を抜きにかかる。まず壁から龍護の背中にかけて赤に染まった刃を死滅の異能で折り、横向きに寝かせると残りを再生の異能を送りつつ抜く。
「ぐっ・・・・・く・・・・・・」
ビクン、と龍護の体が跳ね、つらそうに唇が噛み締められる。咳き込むたびに吐き出される薄赤の霧が桜の中に生まれた嫌な予感の種を肥大させ、頭の中で急かす声がいくつも木霊す。
「もう少し・・・・。もう少し・・・だから・・・っ」
泣きそうな声で龍護、というよりは自身に言い聞かせるように何度も繰り返す。激痛を堪える為に噛み締めていた龍護の唇に薄く血が滲む。それが余計に桜を焦らせる。
カラン
血濡れの折れた太刀を投げ捨て、まずは最も傷ついた組織から再生に取り掛かる。大体傷口を塞ぎ終えたら次は流れ出てしまった血が再生され、最後にすべてが怪我を負う前の状態になる。これが桜の異能、『再生と死滅』――――別名『命を司る力』――――だ。血も、肉も、壊されたもの全てを例外なく再生する。
しかし、治す対象が大きいほど、失ったものが多いほど、行使者への負担は大きくなる。
龍護の制服を染め上げていた血が広がるのをやめ、逆に元の色に戻っていく。彼の呼吸が徐々に落ち着きを取り戻してきたのを感じ、恭哉が感嘆の眼差しで桜を見つめる。この異能、陽斗さんと同じだ。治癒速度といい、治り具合といい、まだ陽斗さんには及ばない部分もあるが、それでもかなりの腕だ。
疲労を色濃く顔面に滲ませた桜は難しげに眉間に皺を寄せながらも「安全ライン、確保」とほっと息をつく。まだ完全に安心は出来ないが、取り敢えず命に関わる状態は脱した。
「桜がいてくれて助かった。龍は大丈夫だな。・・・でも」
目先の戦闘に意識を絞りながらほっと心中で安堵の息をもらした螢斗は、やや置いてどうしてか眉を曇らせた。
「あれが命を与え、奪う『再生と死滅』の異能。確かに凄まじい異能ですね。ですが我々が興味を示しているのは第三の異能ですよ」
「第三・・・だと」
相手の太刀を受け流し、反撃しつつ胡乱げに問い返す。真道は心底から意外そうな眼差しで螢斗を見やる。
「知らなかったのですか?実の兄ともあろうお方が」
「君に言われたくわないね」
紅玉色の瞳が冷たく染まり、彼にしては珍しく少々荒い語気で吐き捨てると語調とは裏腹に冷静な動作で鎌を振り下ろす。そこへ、開いた窓から青い炎が滑り込んできた。
「やぁーと着いた。道間違えんなよなぁ、あお」
場にそぐわない能天気な声に応じる声もまた、軽い調子ではずんでいた。
『仕方ないじゃんか。僕、じゃなくて俺は方向音痴なんだからさ~』
真道と螢斗の僅かな隙間に青い炎を纏った狐とその背に乗っている女子生徒が降り立った。紅玉の瞳を目一杯見開いた螢斗は冷静な顔に焦りを滲ませ、ぐっと奥歯を噛み締める。
「ギリギリ・・・・止まった」
心の底から安堵したように冷や汗まじりの息をつく螢斗。真夜は自分の首数ミリ先に突きつけられた鋭利な輝きを放つ紅玉色の鎌を見て唇の端を引き攣らせ、ごくりとつばを飲む。人体の急所である首からわずか数ミリ程度しか離れてないところに刃物を突きつけられれば、誰だってこうなるだろう。一歩間違えば死んでいた。
「おやおや」
面白そうに顎に手を当て、口角をあげる真道。嫌な予感がした螢斗は鎌を真夜から離そうと力を込める。だが、鎌は動かない。おまけに体も動かない。
「『血の領域』は破れませんよ?それが僕の異能なのですから」
「くっ・・・真夜、避けろ」
「そうしたいのは山々なんだけど・・・・体が動かない」
『僕。じゃなくて俺もだ』
あおも同意を示す。くっと奥歯を噛み締めた螢斗は異能を使おうとするが、顔を歪ませ呆然と呟いた。
「使えない・・・」
「螢斗さん!」
恭哉が(狐を入れて)三人の異変に気付き、駆け寄ろうとしたが思い至ったように足を止める。自分もああなったら意味がない。足元にサッカーボール大の炎のボールを作り、上へ蹴り上げるとタイミングよく蹴る。
「サッカーですか。僕も好きですよ」
地を這うように飛んできた炎のボールを蹴り返そうと真道が足で受けると、恭哉がニヤッと笑う。真道の足に炎のボールが触れた瞬間、炎のボールは爆発して真道を直撃。それでも三人は動けない。
「真夜姉の足元!血で文字が書いてある、それを狙って!!」
「おう、任せろっ」
もう一つ炎のボールを作ると、ろくに狙いも定めずに蹴る。ボールはうねりをあげて飛んでいき、真夜の足元にある文字に真っ直ぐ向かっていく。文字が書いてある床に着弾すると同時に爆発する。が、それでも二人と一匹は動けない。
「くっ。これじゃあダメか」
悔しげに歯噛みした恭哉が再びボールを蹴り込む。桜は上手く働かない頭で左右を見回す。なにか・・・。なにか使えるものは・・・。
不意に視界に黒いモノが映り込む。窓から差し込む日の光を浴びて黒く輝く銃身。
龍護の拳銃。おそらく刃が突き刺さったとき手放してしまったのだろう。
桜は拳銃まで這って行き、伸ばした手がグリップを握る。意外と重い。普段使っている太刀とは違うズシリ、とした重量に桜は両手に持ち替えた。扱い方はわかってる。確か、この拳銃はオート・ピストルでセミオートだったはず。
昔聞いた言葉を脳裏で思い返しながらいつも兄がやっているように弾倉を取り出し、残り弾数を確認する。
よし。まだある。
片膝立ちになると慎重に照準を合わせる。当たらない確立の方が高いのでなるべく中心に狙いをつけ、引き金に指をかけると迷いなく引く。
銃声が轟き、驚きの視線が桜に集まる。弾は床に書かれた文字を逸れて真夜の足元に着弾した。真夜の頬を冷や汗が流れる。あと数センチズレてたら当たってたよ。
外した。
ちっと舌打ちして再度構える。後ろにいる龍兄が気になって集中なんて出来やしない。意識してゆっくり深呼吸をし、気を落ち着かせる。今は龍兄のことを頭から締め出せ。考えていいのは目標を撃ち抜くこと。それだけだ。
自分に言い聞かせると引き金に指をかける。次は当てる。そう眦を決したその時、
「・・・さく・・・ら・・・」
締め出そうとしていた龍護の掠れた声が耳に忍び込む。ピクッと桜の肩が反応を示す。それを知ってか知らずか、龍護は続ける。
「・・・おれ・・・の・・・・・・横にっ・・・・・・来い・・・」
龍兄の横に?
不思議に思いながら龍護の横に両膝をつく。真道は面白そうな顔でこちらを見ている。それが妙に癪にさわったが、(苦労して)無視することに成功した。
龍護は桜の手を借りてなんとか上体を起こし、壁と桜にもたれかかって体勢を安定させる。それだけでもかなりの体力を使ったのか、苦しげに呼吸が乱れている。いつもの仏頂面がつらそうに歪められていた。普段表情を動かさない人なだけに、かなり無理しているのがわかった。
「・・・・・・れが・・・支え・・・・・・て・・・やる・・・から・・・・・・」
弱々しい微笑を浮かべ、龍護の右手が桜の両手を支える。その手は氷のように冷たかった。
「・・・お前・・・は・・・発砲の・・・衝撃・・・で、三センチ上にブレ・・・る・・・。だか・・・ら、構える・・・とき、・・・っ・・・その分・・・下に・・・さげろ・・・・・・。お前なら・・・やれる・・・っ」
いつも優しく自分の頭を撫でてくれる龍護の手が、こんなにも冷たい。桜はその冷たさに泣きそうになりながら拳銃を構える。龍護の指が優しく桜の両手を支えてくれている。それだけでも彼女にとってはこれ以上ないほど心強い。
再び銃声が轟く。銃身から飛び出た黒い炎を纏った弾は真っ直ぐ床に書かれた文字に向かっていく。弾道を読んだ螢斗の瞳にぐっと力がこもる。
弾は見事に命中し、ようやく動けるようになった三人はよろめきつつも離れる。
「っ消えろ!!」
鎌は真夜の首の薄皮一枚斬ったが、半瞬後に螢斗が鎌を消したおかげでそれ以上は何もなかった。
「はぁ、死ぬかと思ったわ。ちょっと斬れたし。サンキューね。桜、龍」
「済まない、真夜。でも、身体と首がお別れしなくて良かったな。桜、龍、ありがとう」
「笑顔でなにほざいてんだ!てめえはっ。誰のせいだと」
『僕、じゃなかった俺としてはお別れしてほしかったけどね』
「聞こえてんぞ、あおぉ!ってか、元はと言えばテメーのせいだろうがッ!!」
螢斗の言葉に噛み付いていた真夜は、下から聞こえてきた聞き捨てならない言葉に牙を剥く。桜はほっと息をつく。とりあえず無事みたいだ。よかった。
少し痺れた両手を下ろし、拳銃を龍護の右太ももにあるホルスターに仕舞う。銃は黒い光に包まれてネックレスに戻る。
「ありがとう。龍兄」
龍護の右手を強く握りながらそっと囁く。龍護は微かに口角を持ち上げ、薄い笑みの形を作ると弱々しく桜の手を握り返す。冷たい手にわずかながら温もりが戻っていた。
「・・・俺は・・・・・・少し・・・寝るぞ・・・」
「うん」
目を閉じて深く息を吐く龍護の顔を見つめ、そっと彼の髪に触れる。桜と螢斗と同じ癖のない髪は触れていて心地よかった。ふっと頬を緩め、兄の体を横たえると結界を張り、目線を戻す。
「あいつの異能、厄介だな」
血で書いた文字を自分の近くに居るものすべてに強制的に従わせる。桜達は少なくとも十メートル以上は離れてる。ここまでは異能も届かないようだ。それとも範囲を狭めているだけか?
「ふぅ。今のは少々驚きました。さて、やられっぱなしは性に合いませんし」
「ッ!!」
「反撃といきますか」
真道の言葉が終わった瞬間、恭哉の右の腿から派手に血飛沫が上がった。桜が横に目を移すと恭哉の右腿に斬られたような傷ができていた。動脈を掠ったらしく、右足を押さえている手がみるみる鮮やかな赤に染まっていく。桜は呆然と呟く。
「血の・・・刃」
「おや、見えましたか。結構速くしたんですがね。そうです。今のは僕の血で作った刃です。僕もあなたと同じ多重能力者ですよ。二つとも血液関係ですがね」
真道の指先に血の玉のようなものがある。あれで恭哉の足を切り裂いたのか。いや、問題はそこではない。ほとんど見えなかった。
その事実に気付き、ぐっと奥歯を噛み締める。今まで遊んでただけってのか。
「恭哉・・・」
呼び出した狼に龍護のことを任せ、恭哉を引き摺って龍護の傍の壁にもたれさせる。血を吸って色が変わっているズボンを一気に破ると鮮やかな鮮血があふれ出してきた。やはり動脈を掠めていたらしく、血が止まらない。渚が見たら卒倒するだろうな、とどうでもいいことが脳裏を掠めた。
残りの異能量で足りるか。
ざっと傷口を診て残った異能をかき集めようとしたそのタイミングで螢斗の声がかかった。
「桜!俺がやる。お前は真夜のサポートに回ってくれ」
「何で!」
「さっきの龍の治療と自分自身の治療でお前、限界だろう。隠さなくていい」
咄嗟にあげた抗議の声に真剣な声音と目で返され、桜はぐっと言葉に詰まる。やっぱり気付かれてたか。
窓から差し込んでくる日に照らされた桜の顔は真っ青だった。異能の使い過ぎと軽い貧血だろう。こんな状態で『再生と死滅』を使えば彼女が『リミット』してしまう。これ以上の戦力損失はこちらの不利にしかならない。
桜は少し悔しそうにしながらも従う。今の桜の異能量では『終焉の劫火』よりかなりの負担がかかる『再生と死滅』を一日に何度も行使すればすぐ『リミット』してしまう。毎日異能量を増やすために鍛錬しているが、それでも足りない。それだけ負荷が大きい異能なのだ。
「龍は?」
「一応出血は止めた。でも、傷はまだ全然癒えてない。治癒系異能者と違って私の異能は損傷が激しい部分から癒していく。一見大丈夫そうに見えてもまだ・・・」
自分の力不足に唇を噛み、泣きそうな顔で説明する。そんな妹の頭を優しく撫で、頬に手を当てて目線を合わせる。
「大丈夫。後は俺に任せて。・・・・・・ほら、泣かないの」
「ん・・・・」
ごしごしと目を擦り、頷く桜。螢斗は優しく微笑み、龍護をそっと狼の背中からおろす。桜は太刀を抜き、真道に向かって走る。
「思い出しましたよ。あなたは大切な人とやらが傷つくたびに涙を流し、その度に瞬間的に異能量が増すんでしたね。あなたにとってその方達は何ですか?」
「大切な親友と、家族だ」
「親友?親友が大事だと?」
おかしなことを聞いたと言わんばかりの口調で嘲笑する真道。桜は額に青筋を浮かべ、今にも斬りかかりそうなところを真夜に止められている。
「今すぐぶっ殺す。離せ、真夜」
いつもの真夜姉という呼び方ではなく、呼び捨てで呼んでいる。しかも物凄い低い声で。
「桜は自分のことじゃキレないのに親友や家族を馬鹿にされるとキレるんだよね」
恭哉の傷を癒しながら会話を聞いていた螢斗が苦笑する。真道は馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻で笑う。
「親友や友など所詮絵空事。一人で生きられない弱者が仮初に築き上げる幻想でしかないんですよ。都合が悪くなったら容易く切り捨てられる脆い絆。あなたも都合が悪くなったら裏切られる。そんな奴らを命をかけてまで守る価値がありますか?」
本気でそう思っているのだろう。言葉には真しかない。
一拍置いて、桜は静かに口を開いた。
真夜「・・・」
桜咲「本当に済みませんでした!(深く頭を下げる)」
真夜「・・・今回は特別に許してあげるわ。けど、次に同じような事があったら――――覚えておきなさい」
桜咲「はい!すみません!!」
真夜「ふん。天空 真夜。17。身長168cm。体重50㎏。血液型はB型。好きなことは運動。嫌いというか苦手なことは料理。恐いものは特になし」
桜咲「今回は恭哉さんと洸哉さんのお姉さん、真夜さんのプロフィール紹介です・・・。何故彼女のだけこんなに後なのかと言いますと、彼女の存在をきれいさっぱり忘れていたからです・・・はい・・・」
真夜「ホント信じられない。普通私の事を忘れるかしら。忘れるとしたら翔太とかそこらでしょう!?あんたの頭は飾りか何かなの!!」
桜咲「面目ないです・・・。(ガックリと項垂れる)」
真夜「ったく。次からは気をつけなさいよね。だいたい、主要メンバーが多すぎるのよ、この話は。だから抜けたり飛んだりするのよ。どうにかなさい!」
桜咲「善処します・・・」
真夜「じゃあ、私はこの後用があるから失礼するわ。あなたはしばらく反省なさい」
桜咲「はい・・・。以上、真夜さんのプロフィール紹介でした・・・」




