滅多に怒らない人ほど怖いもの
お久しぶりです。読んでくださっている方、お待たせいたしました。
楽しんで頂ければ幸いです。
「・・・・・どーいう状況かな、これは」
「さぁ、私にはわかりかねます。何しろ、まったくと言っていいほど心当たりがないものですから。一夜君は?」
「ぼっ、僕もない」
「一夜君にあるわけないでしょ、悠紀。ただでさえ戦闘のことは苦手なんだから」
三人は生徒会室に向かう途中にある渡り廊下にいた。彼らの前後には合計九人の男女がいて、通路を塞いでいた。逃げ道と言えば窓くらいか。ちなみに、ここは一般棟と特別棟を繋ぐ四階の渡り廊下で、彼女らの目的地である生徒会室は五階。
「一応聞きますか。何用ですか」
若干棒読み感が否めない口調で事務的な口上を述べると、九人のうち一人が意外にも口を開いた。
「真海 渚。真海 悠紀。菊地 一夜で間違いないな」
「・・・名前だけは合っていますよ」
「私達に何か物申したいことでもあるんですか?それとも桜に用事でも?」
最後につけた言葉は中学一年、桜と友人になった時からの口癖だ。こういう場合に来るのはたいてい桜にやられた奴らか、これからやられに行く奴らのどちらかだからだ。今回もその類だろうと踏んでいたのだが・・・。
「天空 桜なら今執行部室前で同志と殺し合い中だ」
「なっ・・・・」
この返答は完全に予想の範疇を超えていた。桜と戦うなんて度胸がある奴がいるんだな。・・・じゃなくって今なんつった?殺し合い中だと言ったか?
「目的は、なんですか」
彼の周囲の空気が氷のような鋭さを帯び、低い声で問う。右手はいつの間に出したのか剣の柄に添えられていた。彼の首元にいつもある指輪がない。それにならって一夜も戦闘体勢に入る。両者の間に痛いほどの沈黙が広がる。男はいびつに歪んだ笑みで答える。
「お前らの殺戮と、“海の珠”だよ」
その言葉が合図だったように九人が一斉に飛び掛ってきた。悠紀は床に片膝をつくと二本の指を床につける。冷徹な声が地を這った。
「凍りつけ」
ビキビキ
「なっ!?」
走り出した九人は例外なく全員氷に足をとられ派手に音を立てて転ける。あれは痛そうだ、と他人事ながら少し顔をしかめる一夜。
「足元にはお気をつけて。今日は一段と滑りがよいみたいですので」
遅すぎる忠告を無様に転がっている九人に冷笑混じりに投げかける悠紀。九人は怒りに頬を赤くし、刃がついている武器を持っている者はそれを支えに立ち、他の者は窓や壁まで這っていき、何とか立ち上がる。
「こんなもの溶かしてやるよ」
九人のうちの一人が氷に触れる。と、そこから氷が溶け、廊下の床があらわになる。それはどんどん広がっていき、ついにはすべての氷を溶かした。
「はっ。俺にかかればこの程度の氷、こんなもんさ」
だが悠紀はさほど残念そうでもなく、顎に手をやってクスッと嘲りの笑みを零す。
「ランク『S』を語るならこれくらいできて当然だと思いますよ?むしろこの程度で自慢できるとはおめでたい方ですね。あなたもそう思いませんか?渚さん」
「そうだね。これくらい当然っしょ。『A』でも出来るよ」
「ナメるなぁ!」
氷を溶かした男が手に得物を持ち突進してくる。悠紀と一夜もそれぞれ武器を構え、迎え撃つ。
「ナメてるのはあなた方の方でしょう」
「真海さん。一人任せていい?」
「・・・一人なら」
申し訳なさそうに投げかけられた言葉に渚は躊躇いながら了承する。さすがに五人相手にするのは二人ともきついのだろう。それぐらい戦いが嫌いな渚にもわかる。本当は四人でもきついのだろう。
数秒瞑目した渚は覚悟を決めて指輪を外し、三叉槍を出す。そこでふっと脳裏に浮かんだことがあった。考えるよりも先にそれは口をついて出る。
「まさか、美優ちゃんの所にも」
「何だと!!」
一番最初に反応したのは一夜だった。激昂をあらわにした彼の怒鳴り声に驚いたのか、ビクッと渚の肩が強張る。普段の彼からは想像もつかないほど激しい怒りをほとばしらせながら渚を睨む深緑色の双眸が特に恐ろしい。
「菊地 美優の所にも二人向かっているはずだ。安心しろ。どうせ死ぬということに変わりは無い。真海 渚も菊地 美優もだがが!?」
セリフが妙な言葉と入れ替わってしまった。これは喋ってた奴の本意ではないし、もちろん口癖でもない。理由はご想像の通り。怒りの臨界点を突破した一夜が喋っていた奴を思いっきり殴り飛ばしたせいである。
渚と悠紀は初めて見る一夜の本気ギレに、そんな場合ではないのだが見入ってしまった。
一夜は男子生徒の胸倉を掴み上げ、低すぎる声音でこう宣告した。
「美優に傷一つでも付けてみろ。テメエら全員地獄送りにして殺んよ。いや、地獄の方が遥かにマシだと思えるほど、叩き潰す。人としての原形留めたままで死ねると思うなよ。深い絶望と痛みの中、己の犯した罪を死ぬその時まで悔いろ」
一夜の口調ががらりと変わった。桜と恭哉を足して二で割ったようになってる。まぁ、あんなある意味刺激的過ぎる人達に囲まれて育ったんだ。こうなるのは至極当然・・・・か?
「はっ。お前程度が一人で粋がろうが、俺ら全員やるのは不可能だ」
嘲笑と共に吐き出された言葉に、一夜はまったく動じなかった。それどころか余裕の笑みを浮かべてすらいる。これも普段の一夜からは考えられない。
美優が関わっていないいつもの彼だったら既に半泣き状態で逃げ腰だっただろう。
「俺一人じゃないさ、これ聞いてキレんの。もう一人いるからな。美優のことになると見境なくなって所構わず暴れまくる人が」
悠紀と渚の頭に一夜の言葉がぴったり当て嵌まり過ぎる人物が一人浮かんだ。紅玉色の瞳を好戦的にきらめかせ、喧嘩っ早くて友達のことになると形振なりふり構わず単騎特攻をかまそうとする無鉄砲で無茶苦茶な少女の姿が。
彼女なら一夜の言うとおり、男子生徒の言葉を最後まで聞くことなく今頃ド派手にブチ切れて校舎を半壊させるぐらいはしているだろう。
「という訳で、桜に連絡してくれる?真海」
「え・・・・あっ、うん」
呆けていた渚は一夜に声をかけられ目が覚めたように携帯を取り出す。指が覚えてる番号を打つ渚に男が飛び掛る。
「させるか!」
「おい。手錠寄越せ」
一夜の豹変振りに魂を抜かれたような顔をしていた男女は我に返り、袋の中から手錠を取り出して投げてきた。
ガシャ
それは見事に悠紀の右腕にはまり、会心の笑みを浮かべる手錠を投げた男。
「“空の珠”の手錠ですか。異能を完全に抑える、異能者にとっては唯一の弱点」
悠紀は右腕にはまった手錠を一瞥すると、まるで他人事のように呟く。
「確かにこれでは異能は使えませんね。しかし――――残念でしたね」
冷たく凍てついた冬空色の眼差しが男女を射抜く。
瞬間、男女は例外なく自分の全身を斬り裂かれるのを感じた。
「なっ・・・」「あ・・・・・・あぁ・・・」
「さすが悠紀。一瞬の殺気だけで全員脅すなんてすごい」
場違いな感想を漏らすのはこの場にいる誰よりも彼の殺気に怯えるであろう一夜だ。本当に何から何まで普段の彼から正反対の反応である。
ガクッと地に膝をつく者、よろめいてしりもちをつく者、ガタガタ震える者。悠紀はそれらに何の反応も示さず携帯を素早く操作し、どこかへ電話する。悠紀の絶対零度の殺気に呑まれた男女は体が竦んで動けない。
「お呼びですか、悠紀さん」
一般棟のほうから歩いてきたのは金の瞳に黒髪の中等部の制服を身にまとった生徒、洸哉だった。おそらく、中等部の校舎の扉から一般棟のどこかの教室の扉へ移動してきたのだろう。彼は鍵穴さえあればどこの鍵穴へでも行けるのだ。いや、鍵穴があろうがなかろうが彼には関係ない。
「無理言ってすみません。この手錠を外していただきたいのです」
「お安い御用ですよ」
ニコッと穏やかに微笑んだ洸哉は右手を水平に伸ばす。袖口からこぼれ出た金色の鍵キーがちゃり、と音を立てる。
「我が元に在りし鍵達よ。閉ざされし門を開放せよ」
洸哉が取り出した金色の鍵が眩く輝き、姿を変える、輝きがおさまってから鍵を差し込むと、カチャ、という音がしていとも簡単に手錠は外れた。
「ありがとうございます。洸哉君」
「いえいえ。今度あなたの異能を分けてくださるのでしたらまたいつでもお呼びになってください」
にっこりと人好きのする笑みを浮かべた洸哉は優雅に一礼をすると一般棟へと戻っていった。また適当な鍵穴から元の場所へ戻るのだろう。
「さあ。続けましょうか」
告げた悠紀は剣に氷を纏わせ、冬空色の瞳を剣呑に細める。一夜は戟を肩に担ぐと近くの窓を二、三個開ける。そこから木の枝が侵入してきて男女九人を絡めとろうと向かってくる。
ようやく殺気の呪縛から抜け出した九人が枝を避けるのに気を取られていると、唐突に声が降ってきた。
「氷刃の雨に、ご注意を」
悠紀の氷のように冷たい声が廊下に響く。親友と話しているときとは別人のようだ。足元を狙ってくる木の枝ばかりに意識を奪われていた九人は突然の声に怪訝そうな顔をしつつも目を上に向ける。雨と言うからにはやはり上を見てしまうだろう。上を見た九人の顔から一斉に血の気が引いていく。
彼らの頭上には数多の氷の刃が出来ていた。もちろん切っ先は下を向いている。これが一斉に落ちてきたら・・・。いくら異能者といえども無傷ではいられない。
「お足元にも、ご注意を」
一夜の声に慌てて足元を見るとすぐそこまで木の枝が迫ってきていた。九人は円状の高速回転を繰り返す黒い物体を出したり、泥の塊を出したりそれぞれの異能や武器で己の身を守ることで頭が一杯になった。だから・・・。
「大波には」
もう一人居ることを忘れていた。彼女、渚が居ることを。それが彼らの致命的な敗因だった。
「ご注意を」
彼女の後ろからボコボコと沸騰ふっとうしているお湯の波が押し寄せてきた。“海の珠”が淡く輝き、お湯の波にさらなる勢いを加える。それは瞬く間に九人を飲み込み、廊下の端まで勢いよく押し流す。
「「ぐはっ!!」」「げぼ・・・ごほッ」
派手に背中を打ちつけた九人中三人は激しく咳き込み、二人が窓ガラスを突き破って外に落下する。残りはその五人のおかげで壁に当たらずに済み、素早く立ち上がると湯気の向こうを見据える。三人分の影を確認。反撃を・・・。
ヒュッ
風を切る音を耳が拾った直後、何かが壁に突き刺さった。これは・・・。
「水の・・・槍」
周りを氷で固めた水の槍だった。
ヒュヒュヒュン
最初の槍に続けとばかりに次々と飛来してくる水の槍。二人落下し、残り七人になった男女はそれを避け、壊しつつ影の方へ三方向に散って襲い掛かる。
「どこを斬っているのですか?私はここですよ」
物覚えの悪い生徒に教える教師のような落ち着いた声が上から降ってきた。上を見上げると外面の笑みを顔面にはりつけた悠紀が天井から音を立てず降りてきた。
「こっちも大ハズレ。お前らはいったい何斬ってんだ?」
一夜、ではない。一夜より一回り背が高く、髪が焦げ茶で瞳が夕空色、――――夕空 春。両手に拳銃を持った姿でふふん、と得意げに鼻で笑っている。入れ替わったのか!?
「オッシー。コッチだよ。コッチ」
まったくと言っても過言ではないほど感情がこもってない声で水の槍を構える渚。七人の目には悪魔のように映った。
「菊地 一夜が逃げた。追うぞ」
誰かが発した言葉に呆然としていた残り組みの三名が一夜が走って行ったであろう方向へ走り出した。が、不自然に三人の足が止まる。彼らの影に刺さっているのはトランプ。
「いっ、いつの間に」
どうにか動こうともがいてる三名の目の前の春の影が盛り上がり、そこから片手にトランプを、片手に板チョコを持った戒が現れた。彼女は口一杯にチョコを頬張りながら一言。
「ひはせなひよ」
「しまらねぇ喋り方だな、おい」
ふはっと噴き出した春は大仰に肩をすくめた。
所変わって二階渡り廊下にある美術室前。男女九人が言ったとおり美優の前には二人の男が居た。どちらも怪しい臭いがプンプンする。当の美優は、
自分には関係ないだろう。
そう思い美術室に入ろうとしたのだが、二人の男は美術室前から退く気配が一向に無い。おまけに射抜くような眼差しでこっちを見てくるのだ。意を決して声をかける。
「あの・・・そこの教室に入りたいので、退いてもらえませんか?」
「菊地 美優だな」
返ってきたのは想定外の言葉だった。美優は怪訝な顔をしながら「そうですけど・・・?」と首を傾げる。彼女の肯定を聞いた男達の瞳に残酷な光が過ぎる。
「殺っちゃいますかぁ!」
「!?」
予想外もいいところの相手の行動にまともな反応すら出来ず棒立ちの美優に白刃が迫る。襲ってくるであろう痛みにぎゅっと固く目を閉じ、腕で顔を庇う。得物が振り下ろされる気配が伝わってくる。
「っ・・・・・・?」
覚悟していた痛みがいつまで経っても襲ってこない。恐る恐る腕の隙間から片目を開けてみると、美優に背を向けた格好で彼女を庇うように片手を横に伸ばし、得物を木の枝で絡めとっている少年と彼を連れてきたであろう別の少年の姿があった。木の枝は得物をそこらに投げ飛ばし、男達に襲い掛かる。
木の枝を操っていた彼は美優の方へ顔だけを向ける。黒髪が揺れ、深緑色の瞳が安堵したように穏やかな色に染まる、一夜は柔和な笑みを浮かべて美優の手に触れる。
「大丈夫?美優」
「うん。ありがとう、一夜。南絃君」
「俺は螢斗さんに頼まれただけだ」
礼を言って触れてきた一夜の手を握る。自分のより少し暖かい手が心地良かった。そうしていると不意に息苦しくなってきて深呼吸する。無意識に息を詰めていたらしい。
「ちっ。邪魔しやがって」
「こいつら、菊地 一夜と天空 南絃だな。こいつらを殺る奴等は何やってんだ」
「その人達なら今春さんと大路先輩が足止め中。桜の所には螢斗さんと龍護さん、恭哉のとこには真夜さんがそれぞれ向かってる。千夏さんは教師に知らせに行ってくれてる」
「足止め役の奴ら、失敗したのか。使えねぇな」
口汚く罵しる男達。一夜は戟を構え、相手を見据える。
「君達程度の実力で春さん達を足止めなんて出来るわけ無いだろ。こうなったのは至極当然。呪うんなら自分達の計画性のなさとランクに伴わない実力を呪うんだね」
「黙れぇ」
逆上した男の片割れがひし形の刃物に持ち手と指を引っ掛けられる丸い輪がついたクナイを片手に突進してきた。一夜は自ら間合いを詰め、戟を振り上げる。金属音が響き、窓ガラスが割れる。男のクナイが一夜の戟に弾かれ、窓の外に弾き飛ばされたのだ。
「南絃君。美優のこと、頼める?」
「ああ」
彼は戟を構え、普段の彼を見慣れている者からは想像もできないような酷薄な笑みを口角に刻む。身体からは間違いようもない敵意が溢れ出す。彼の後ろでは南絃も通常よりやや短めの刀を抜いて美優を庇いつつ下段に構える。
「さぁ、終わらせようか」
このくだらないゲームを。
桜咲 「今回からは桜さん達の同学年と後輩のプロフィールを聞いていきたいと思います。まずはこの人です。ではお願いします」
冬茜 「冬茜・・・優稀。15歳。身長は152cm。体重は40kg。血液型はO型。三珠学園高等部一年で、図書委員会に所属しています・・・。支部は第四十二支部です」
桜咲 「えっと・・・。そんなに離れなくても・・・」
冬茜 「ごめんなさい・・・。私、初対面の人は本当にダメで・・・恐いんです。(今にも消え入りそうな声で)」
桜咲 「・・・あの、一つ伺ってもいいですか?そんなに初対面の人が苦手なのにどうして桜さんの前ではあんなに明るいんですか?」
冬茜 「・・・私、小さい頃からずっといじめられてたんです。中学でもいじめられてて、友達も助けてくれる人もいなくて、それが当たり前だった・・・。でも、桜は違ったんです。見ず知らずの私を、助けてくれた。そして、手を差し伸べてくれたんです」
桜咲 「へぇ、そうだったんですか。もっと詳しく伺いたいところですが、そろそろ終わりに近付いてきました。最後に一言お願いできますか?」
冬茜 「何があっても、私は桜の味方だよ・・・」




