ロリコン=愛称
遅くなりましたか、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。第十一話、お楽しみください。
『はいはい、わかりましたよ。一言言ってもいいですか、くたばれクソ上司』
捨て台詞と共に乱暴に電話が切られる。壁に寄りかかっていた二十代前半の精悍な顔立ちの青年はその言葉にくっと喉の奥で笑いながらぱちんと携帯を閉じる。
顔には左目から左頬にかけて真っ直ぐな傷があり、それが青年の顔に野性味を加えている。口元には意地の悪い笑みが刻まれており、それがまた凶悪犯もタジタジな極悪顔にいらない凄みを加えている。
公道を歩いていたら確実に通報されるか職務質問されるか両方まとめてされるだろう。
飲みかけの缶コーヒーを少し口に含むと、程好い苦味が口の中に広がる。ちなみにブラックだ。
「相変わらず弄りがいのある奴だ」
愉快そうに紅梅色の瞳が細められる。
無理して敬語を使っていんのがバレバレなんだよ。最後の台詞は完全に年上に対する、それも上司に対する言葉遣いじゃねぇし。
再び小さな笑い声をあげ、まだ手の中にあった携帯をポケットの中へと仕舞う。
ま、あれがあいつの素なんだがな。
「相変わらず元気そうね、桜ちゃんは」
「・・・茜原。立ち聞きするなと何度言えばわかる」
薄いこげ茶の髪をかき上げながら近づいてきた女性を横目に睨む青年の首元で紅梅色の両刃剣のネックレスと指輪を通しているチェーンがぶつかり、ちゃりっと軽やかな音を立てて揺れる。ランクは『S+』。
ついさっき電話をしていた時とは明らかに違い、低く不機嫌な声には苛立ちと敵意が混ざっていた。
「あら、愁ったら冷たい。いいじゃないの。聞かれて困るような内容じゃなかったみたいだし」
愁、と実に気安く呼ばれた青年は吐き捨てるように茜原と呼んだ女性へ乱暴な言葉を投げつける。
「プライバシーというものを考慮しろ。名前で呼ぶな」
「なにそれ、美味しいのかしら?」
艶やかな笑みを浮かべるこの女性の瞳は薄い夕空色。薄いこげ茶の髪は白い首筋が覗く程度に短く、耳には薄い夕空色の手裏剣のイヤリング。右手の薬指には指輪があり、ランクは『S+』。
この組織の中でかなり人気のある女性の一人、茜原(夕空) 千秋。情報収集課の若手エリートと囁かれてる三珠内では結構な有名人。名字からわかるように千夏と春の姉である。
確かに彼女は街中を歩けばすれ違った人が二度見してしまうほどの美人であり、仕事も優秀、さらに性格も男女共に評判が良い上に上司からの信頼は厚く、部下からも慕われている。
けれど、それはあくまで仕事上の彼女。
強気で気が短く、強情な上に人の弱みに付け込んで無理難題を平然と押し付けてくるくせにそれで得た利益はちゃっかり自分のものにする最低最悪な悪魔のような本性を知っている青年、九条 愁からしてみれば「お前らの人を見る目は腐ってる」と言いたくなる。
そんな彼は桜達の直属の上司。野生の獣の様な獰猛な容姿と口の悪さで周囲から恐れられている。
「いくら三珠の情報収集課若手エリートと評されてるお前でもやっていいことと悪いことがある。分別をつけろ」
「あなたに説教される日が来ようとは・・・。厄日かしら。それとも、天変地異の前触れ?」
口元に人差し指をやり、おどけたように窓から空模様を確認する千秋。その様子を眺め、愁は苦々しげに吐き捨てる。
「テメェ・・・・・人をなんだと思ってやがる」
「冷徹でいつも不機嫌そうにしてる俺様で、桜ちゃんを弄るのが大好きなロリコン野郎。それから、桜ちゃん弄るときだけ微笑む変態。あっ、それと頭の形は丸いのに性格が尖ってるS上司でヤクザ刑事かしら」
ピクッと柳眉が跳ね上がった。
「ロリコンと変態とSとヤクザ、言うな。・・・・・・殺すぞ」
「今の言葉、殺人予告として脳内に保存しておくわ」
物凄く不機嫌そうに精悍な表情が惜しげもなく歪められる。物騒な口調で物騒な宣告を受けたというのに女性は意味ありげな含み笑いを零す。それを見逃さなかった愁の鋭い眼光が容赦なく女性を貫く。
「俺のセリフにどこか笑える箇所があったか?」
声が先ほどの何倍も冷たく、凄みを帯びている。おまけに視線も冴え冴えと冷たい。絶対零度の眼差しとはこういうのだろう。普通の女性なら目に涙を溜めて震えてしまうであろうこの状況で、しかし彼女の胆力は並ではないらしく、むしろ現状を楽しむかのように口元が綻んでいるくらいだ。
「あら、笑ってた?ごめんなさいね、他意はないと思うわ」
「・・・・・・・絶対自覚してただろ」
「あら嫌だ。被害妄想はやめてくださる?」
ピクッと再び眉が上がり、その額にみるみる青筋が浮かんでいく。
「二人は相変わらず仲良しだね」
「これのどこが仲良しだ、瀧川。その目潰すぞ」
仲良し発言をしたのは愁と同じくらいの年齢と思しき青年だった。深みのある紺色の瞳に癖の強いくるくるの髪は焦げ茶と茶色の中間色。どこか不安げな面持ちが印象的である。緩く腕を組む動作につられ、紺色の十文字槍のブレスレットと指輪が揺れる。ランクは『S+』。
彼の名前は瀧川 涼亮。渚達の上司であり、渚と仲が悪いことで有名な人物でもある。
煙草に火をつけ煙を吐きながら「仲良しでしょ」と涼亮は悪びれず笑う。
「突然会議を抜け出したと思ったら休憩所で二人してイチャついてるんだし、どこからどう見ても仲良しにしか見えないって。美女と野獣みたいでお似合いだと思うよ?」
「イチャついてねぇ!!つか、誰が野獣だっ!」
即座に否定の怒鳴り声を上げて込み上げてくる不愉快さのままに精悍な顔を歪ませる愁と、涼亮の言葉を聞いて込み上げるまま軽やかな笑い声をあげる千秋。
「あっはははっ、私と愁が仲良し、ね・・・。ふふふっ、いい気味ね、愁。嫌で嫌で堪らないでしょうに」
「・・・・・・死ねっ。名前で呼ぶな」
ギッと食い殺しそうなほどキツイ睨みを飛ばすが、千秋はまったく歯牙にもかけず艶やかな笑みを咲かせる。
「なら昔みたいに愛称で呼んであげましょうか?このロリコン」
にっこり、と満面の笑みと共に放られた彼女曰く《愛称》に愁の纏う空気が一層殺気立った。
「誰がロリコンだっ。それは悪い呼称であって愛称じゃねェだろうがッ。この女色魔!!」
「私は何もしてないわよ?少ぉし笑いかけたらあっちがすぐ寄ってくるんですもの。何か悪いかしら?」
「笑いかける必要がどこにある!どっからどう見ても確信犯だろうがっ。おまけに肌露出する服ばっか着やがって・・・。オトす以外で何する気だ貴様!」
「ゆ・う・わ・く」
語尾にハートマークがつきそうだ。ブチッと何かが切れた音がはっきり聞こえた。
「ぶっ殺すッ!」
溜めに溜めた殺気が爆発し、愁の武骨な手が首筋へ、より正確に言えば首にかけてある異能抑制の指輪へと伸びる。
「あらあら。物騒なことね~。いつからそんな乱暴になったの?しゅ・う・ちゃん」
「気色悪い呼び方をするんじゃねぇッ!虫唾が走る!!」
「まぁまぁ。落ち着けよ、愁」
今にも殴りかかりそうな愁と明らかに彼をからかっている千秋の間に無理矢理体をねじ込んだ涼亮はどうどうと愁をなだめる。
その合間に「そうよ。落ち着きなさ〜い、しゅ・う・ちゃん」と実に余計な茶々が入ったが、それに反応しそうだった愁の肩に素早く片手を置き、こちらに意識を向かせる。
「愁達が会議を抜け出してからその話題で持ち切りだよ。なんたって愛想の欠片もない肉食獣みたいな男と三珠一、二を争う美女の千秋さんが同時に席を立つんだから、実は付き合ってるんじゃないかとかぶっ飛んだ話まであるくらいで」
「どうせ噂を流したのは青葉だろうがっ。あの女・・・ッ、いつもいつも余計なことばっかしやがる・・・」
「紗夜はあなたを弄るのが好きだものね」
「迷惑だ」
ばっさりと切り捨て飲みかけのコーヒーをあおる。そんな彼に踊るような足取りで近づいた千秋はまだ笑いながら愁の後ろを指差す。怪訝そうな顔をする彼の耳元で軽やかな声が歌うように言葉を紡ぐ。
「何が迷惑だって?」
「ごふッ」
突如割り込んできた声に愁はコーヒーを飲むのを止め、盛大に咽る。よほど驚いたのか、はたまた気管にでも入ったのか何度も咳き込んでいる。そんな彼をしり目に涼亮は気さくに手を上げた。
「紗夜ちゃん、君も抜けてきたのか」
そこにいたのは千秋に負けず劣らず綺麗でこちらは清楚系な女性だった。腰まである黒髪は背中の真ん中でまとめられ、大きく吸い込まれそうな錫色の瞳は温かい。彼女の名は青葉 紗夜。美優達の上司にあたる。胸元についたコサージュの中心にある鈴が軽やかな音色を奏で、首元で揺れるチェーンに指輪が通されている。ランクは『S+』。
先ほどから出てるこの『S+』というのは、役職を示している。+が刑事、-が医者、×が会社員という感じだ。
「ええ、暇なんだもの。こっちの方が何倍も楽しそうだわ。愁もいるし、ね」
鈴のような声で楽しげに笑う。聞いている人を穏やかな気持ちにさせる不思議な笑い声。千秋がクスクス笑いながら固まってしまった愁を小突く。
「しゅーう。何固まってんのよ」
「あ、あああ青葉・・・・・。てっ、てめぇ何でここに・・・」
余程動揺しているのか、いつもなら即座に飛ぶ「名前を呼ぶな」という怒声がない。
「ん?愁を弄りに」
こちらの語尾には音符がつきそうだ。落ち着きを取り戻すためかコーヒーを呷った愁はギッと青葉を睨みつける。
「てめぇの妙な噂のせいでこちとらいい迷惑だ。上層部に訴えんぞ。それから名前で呼ぶな!」
「お好きなように。その程度の訴えなんか聞き流されるに決まってるわ。その程度の事もわからないようなお馬鹿さんだったの?幻滅したわ、愁」
「この・・・・っ。いや。いい。名前で呼ぶな・・・ッ」
コーヒーが入っていた缶がぐしゃっ、と音を立てて潰される。中はほとんど空だったらしく、中身が出てくることはなかった。
「はいはい、そこまで」
口の端をひくひく痙攣させながら止めに入る涼亮の後ろで千秋が壁に手をついて必死に笑い声を噛み殺している。そんな涼亮を冷たく見下ろした愁は低い声で詰め寄る。
「笑いたけりゃ思う存分笑え。それと同時に貴様の人生は最期を迎えることになるがな」
「お前が言うと冗談に聞こえないんでマジやめてください」
1秒前とは別の意味で口の端を引き攣らせつつまぁまぁと宥めていると、そこになんとか笑いを押し込めた千秋が携帯を取り出す。
「今日久々に弟達の家に遊びに行こうかなと思うんだけど、どう?」
「やめといたら。特に春君が嫌がると思うよ。君の妹さんは喜ぶだろうけどね」
突然変わった話題に驚きつつ取り敢えず乗っておく。助かった、の意味を込めて目を向けると彼女は愁には見えない絶妙な位置で小意気にウインクをして見せた。
潰した缶をゴミ箱に必要以上に力を入れて投げ入れると乱暴に壁に寄り掛かる愁の様子を見ながら苦笑いを浮かべた涼亮の言葉に千秋は残念そうに肩をすくめて携帯を仕舞う。
「そういえばあいつは?まだどっかふらふらしてんの」
「奴なら今、イタリアにいるそうだ」
涼亮の言葉に愁が苦々しさを隠そうともしないで答える。心なしか表情も苦いものへ変わっている。
「一年前はインド、半年前はスイス、今度はイタリアか。本当に旅好きね、貴ちゃん」
ふふっと笑みを交えつつ楽しそうな千秋の横で紗夜は手元の資料をパラパラと捲って苦笑する。
「明日には強制帰還させるって上層部が言ってるわ。まぁまた命令無視するでしょうけどね。彼の異能を前にしたら捕まえられるのは天空 南絃君と関ヶ原君くらいでしょうに」
「関ヶ原には無理だ。奴の異能は色々とめんどうな準備がある上、まず本人にやる気がねぇ。奴にあんのは眠気だけだ」
「あぁ。そういえば関ヶ原さんの異能って条件発動だっけ?」
今思い出したかのように錫色の瞳を瞬かせる紗夜に呆れを含んだ紅梅色の眼差しだが向けられる。彼女のボケについては何も言わず、腕を組んで大仰に落胆してみせる。
「真海家の人間は真面目な連中が多いってのになんであの野郎は一箇所に留まるっつーことが出来ねぇんだよ」
「渚ちゃんとは大違い、だね。兄妹なのに」
「血は半分しか繋がってないんでしょ?」
「そうだけど兄妹に変わりはないわ」
♪♪♪♪
「誰のだ?」
「私のよ、・・・・あら、春じゃないの。久しぶり、元気?」
『元気も何も・・・・まあいいや。千夏が千秋姉は帰ってこないのかって聞いてきたから電話しただけだ』
「・・・私に帰ってきてほしいのかしら」
『俺は嫌だ。・・・・・・・だけど顔ぐらいみせろよ』
「はいはい。素直じゃないわね」
『話はそれだけだ。そっちも元気そうで安心した。じゃ』
「今日暇が出来るから帰りに寄るわ」
『千夏に伝えとく』
その一言と共に電話は切られた。千秋は携帯を見つめてふぅ、と息をつく。
「相変わらず私のことは嫌いみたいね、春は」
「千秋さんが家に帰らないからだろ」
涼亮の突っ込みに千秋は寂しそうに微笑んでまつげを伏せる。それは彼女が悲しいときに見せるクセだった。
「その通りね」
その声がやけに切なさを含んでいることに、彼女は気付いているだろうか。涼亮は黙って天上を見上げる。彼の口から立ち上る白い煙がゆらゆらと漂っていた。
放課後。
「仕事頑張って」
「うん。そっちも部活、頑張れよ」
挨拶もそこそこに恭哉達を伴って早足に教室を後にする。
「今日の仕事は?」
「資料は九条さんが持ってるって言ってたからまず天空の本家に行かないと。て言ってもすぐ近くにあるんだけどね」
「そうだな」
昇降口につくと上履きを脱ぎ靴を出す。と、その靴には画鋲がたくさん敷き詰められていた。それと山ほどの嫌がらせの手紙。
「・・・・・・・毎度毎度厭きないね」
少し馬鹿らしくなって画鋲と手紙をそこらのゴミ箱に捨てる。読まなくても内容は大体わかる。おおかた「私達の恭哉君(それか螢斗君か龍護君か南絃様か一夜君か悠紀君)と気安く話してんじゃないわよ」とかそんな感じだろ。それか「死ね、ブス」かな。よっぽど暇人なんだな、最近の女子高校生は。
「また画鋲が入ってたのか?お前も人気者だな、ある意味で」
「消すか?」
「南絃、殺気立たないの。怖いから」
靴の中に画鋲がないことを確認してから靴を履く。よし、大丈夫。
恭哉やその様子を見て微かに眉を動かす。彼の手がポケットの中にある何かを操作する。桜はそれには気付かず南弦を宥めている。
「喧嘩なら買うんだけどね。こういうのは特になんとも思わないから怒んなくていいよ、南弦。こんなことに対して怒るなんて体力の無駄遣い」
「お前がそう言うなら」
南弦は殺気を完全に抑え込む。
「桜って喧嘩好きだな。男らしすぎる」
「男でも喧嘩嫌いなのいるじゃん。一夜とか悠紀とか」
そんな会話をしながら正門に向かうと、女子達の殺気立った視線が突き刺さる。桜は出かけたため息を呑み込み、代わりとばかりに内心で盛大なため息をつく。針のむしろという言葉を体現したかのような視線の中を歩くのは、ちょっと以上に苦痛だ。
「さっさと行こう」
二人にそう言うと桜は物凄いスピードで駐輪所に走り出す。即座に南弦はその後に続く。恭哉は突然の行動の意図を呑み込めてないのか数秒ポカンとした後、慌てて桜と南弦の後を追いかける。
「待てよ、桜」
「女の私に負けるようじゃ天空 恭哉最速説の名折れだね。その金看板降ろした方がいいんじゃない?」
クスッと嘲るように笑うと恭哉の顔色は面白いように変わった。
「んだと・・・・」
案の定恭哉は挑発に乗って桜を抜かそうと実力発揮。南絃は彼女の意図がわかったのか恭哉よりいち早くスピードアップしていた。
「私のは・・・あった」
自分の自転車を見つけ、すぐさま鍵を鍵穴にさし込み、自転車に乗る。そしてあっという間に正門を飛び出していく。恭哉も負けじと追いかける。
「待てやコラ!」
「待てって言われて待つバカはいないよ~」
「恭哉、乗せられるな」
南絃がそう注意するも恭哉の耳には届かない。そのまま二人は抜いたり抜き返したりしながら本家に到着。少し遅れて南絃も到着。あの二人と並走していたら命がいくつあっても足りない。
「ただいま~」「たっだいま」「ただいま帰りました」
「桜ちゃんだ。お~い、若当主が帰ってきたぞ」「本当か」「ちょ・・・押すなよ」「どこだ、若ぁ」
「すごい人気だな、桜」「若当主の久々の帰還を喜ばない人は天空家にはいないからな」
二人の視線の先にはもみくちゃにされている桜の姿が・・・。「だからやだったんだよ」という桜の声が歓喜の渦に呑まれていく。
「恭哉と南絃もお帰り。九条刑事が待ちくたびれてたぞ」
「九条さん来てんの?それから天空家でその呼称使ったってバレたらぶっ飛ばされるからやめときな」
「そりゃね。奥の間にいるよ」
「桜、奥の間に行くぞ」
「了解」
奥の間に向かう間も桜は彼女曰く家族、もとい天空家の人達に挨拶していく。中には久方に見た当主の姿に涙を流す人までいた。
まぁ桜は天空家全員に実の子供のように可愛がられてきたからな。この反応も当然か。螢斗先輩が帰ってきたときなど号泣してた人いたし。周りの歓迎振りを見ながら心の中でそう呟く恭哉。
「失礼します。天空 恭哉、入ります」
丁寧に断ってから奥の間、通称『朱雀の間』に入る。その後に桜と南絃も続く。
中には九条 愁その人が胡坐をかいて山のように積み上げられた書類を整理していた。その顔からは若干うんざりした様子が窺えた。といっても愁を知らない人にはわからない程度の変化だが。
桜達に気付くと力ない声で「来たか」と呟く。
「これが仕事の資料だ、目を通しておけ」
「はい」
手渡されたのはホチキスで止められた三ページ程度の紙だった。桜と恭哉はそれぞれの資料に目を通していく。南絃も後ろから資料に目を走らせる。
「北村 隆、三十四歳、職業は派遣員、か」
「墨田 多喜子。四十七歳。職業はなし」
細かい経歴をすっ飛ばして肝心なところを声に出して読む。
「異能は人の体を操る、か。異能者も関係なく!?」
「異能は不明、ね」
「厄介だな」
更に読み進めていくと犯行内容が書かれてあった。要約すると、昨日の夜中、帰宅途中の女性に異能を行使。好き勝手やった後殺害。その殺害方法も残酷極まりない内容だった。
「女性の体を動かして自ら車に轢かせた」
一度では息絶えなかったらしく、救急車で運ばれた女性はまだ息絶えていなかった。搬送先の病院で一時間後に亡くなった。
桜の顔が冷たい怒りに歪む。恭哉と南絃も拳を握り締めていた。
「そいつは人を一度殺めた。二人以上殺した場合、俺らが奴を始末しなくてはならない。そうなる前に捕らえろ。今回の任務はお前一人だ。気を引き締めていけ」
「はい」
桜は返事と同時に立ち上がり、部屋を後にする。即断決行が桜の仕事のモットーだ。与えられた仕事は即座に取り掛かる。これが上層部になかなかの評価を受けている事はもちろん桜は知らない。
「空峰もだぞ。お前の場合は異能も犯行手口もわかっていない。天空以上に気を引き締めてけ」
「わかってますよ」
「俺もまだ三珠の仕事が残ってるから当分ここにいる。もしいなかったら本庁にいるからそこに報告しに来い。一条、海堂の迎えは頼んだぞ。関は寝てるだろうから叩き起こせ。俺が許可する」
「了解しました」
桜の後を追うように愁もいったん部屋を出る。二人っきりになった部屋に重い沈黙が流れる。恭哉は気まずげに目を瞬く。そういえば、本当の意味で南絃と二人っきりになったのは今日が初めてかもしれない。
「お前も貴之さんの迎えっていう仕事があるんだろ?行かなくていいのか?」
「関ヶ原の異能があればすぐに目的地に着ける。多少ズレがあったとしても俺の異能なら無に等しい。問題ない」
淡々とした口調で返ってきた答えに「そうか」とだけ返す。また沈黙が流れ、恭哉は居心地悪そうに頭をかく。そっと隣の南絃の顔を見ると、なにがそんなに気に食わないのか物凄く不機嫌そうな顔をしていた。初めて会ったときはムッとしたが、今はそんなことはない。これが彼の地顔なのだと知ったから。
「俺から一つ、聞いてもいいか?」
珍しく南絃から言葉を発した。恭哉は内心少しだけ驚きながらも「何だ」と続きを促す。
「お前は桜が好きなんだろ?なのになんで気持ちを伝えないんだ?」
恭哉は慌てて顔を背け、片手で口元を覆う。そのことかッ。つーか南絃にもバレてるとかヤバいんじゃないのか、俺。顔に出すぎだろ。もっと表情を出さないようにしないと。
昔は表情を隠すのが得意だった。今はもっと上手くなったと自分でも思う。なのにこのことに関してはどうしても平常心じゃいられなくなるのだ。率直に言うと自分の感情がコントロールできない。
「なっ・・・なんでって・・・そりゃ・・・その・・・えっと・・・・・・だから・・・」
しどろもどろになる恭哉。珍しいこともあるもんだ。ここに悠紀がいたらいい玩具にされていただろうに。
「俺は人の感情とかに疎いが、桜はお前のこと好きだと思うぞ。手を伸ばせば、いつだって届くんじゃないのか?」
「――――あぁ。・・・そうかもな」
儚げな微笑をひらめかせ、深く俯く恭哉。そんな恭哉の様子をおかしいとは思ったものの、南絃は何も言わず扉に向かう。そして取っ手に手をかけ、思いついたように振り返る。
「俺はあいつ・・・桜を泣かすことだけは許さない。それをしないと誓えるのなら、俺はお前の気持ちを応援している」
それだけ言い残すと、南絃は部屋を出て行く。あとには己の髪を押さえている恭哉だけが残された。
「んなこと、わかってるよ」
喉の奥から振り絞った声は、誰の耳にも届くことなくかき消えた。
南絃 「・・・」
桜咲 「え~と・・・プロフィールを・・・」
南絃 「・・・・・・(極寒の地のような冷たい眼と表情という表情が拭い取られた顔で睨みつける)」
桜咲 「(困ったなぁ。こうなれば最終手段だっ)。桜さ~ん。ちょっといいですか?」
桜 「何か用?って、ま~たお前かよ。南絃もいんじゃん。いないと思ったらこんなとこにいたのか」
桜咲 「あのですね。この方が何も話してくれないので桜さん代わりに聞いてください」
桜 「はぁ。んで私がそんなことしなきゃなんねーんだよ。めんどくせぇ上にかったりい」
桜咲 「(人選ミスったかも)。まぁそう言わずにお願いしますよ」
桜 「ったく。しゃーねーな。南絃、ざっとプロフィール言ったれ」
南絃 「天空 南絃。16。170cm。54kg。A。三珠学園高等部一年。好きなもの(こと)は天空家の者達と彼らが大事にしてる人。嫌いなもの(こと)は天空家に仇なすものすべて。怖いこと(もの)はない。女など邪魔なだけだ」
桜 「南絃は本当に天空家を大切に思ってくれてんだな。スゲー嬉しい」
南絃 「夕美さんと大斗さんにもらった俺の大切な居場所だからな」
桜咲 「女は邪魔って・・・それは永瀬さんや優稀さん達も含みますか?」
南絃 「奴らは桜が大切に思ってる。だから含まない」
桜咲 「そっ、そうですか・・・。(どこまでも天空家中心なわけね。ある意味わかりやすい)。最後に一言」
南絃 「天空家に仇なす奴らはすべて俺が消す」
桜咲 「(怖~)」




