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珠巡り  作者: 桜咲 雫紅
二章 記憶
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人は『人形』ですか?

今回はいつもよりちょっと派手な流血シーンがあります。苦手な方は回れ右をしてください。

「螢兄と龍兄・・・:」


「何してる」


「二人こそ何してるのさ、こんなところで。学校あるでしょ」


自分も学校とやらをサボってるくせになに言ってんだか、と言わんばかりの翼の足力一杯を踏みつける。翼は顔を引き攣(つ)らせて無言でその場にしゃがみ込む。


「お前を探してたんだ。勝手に家抜け出しやがって。帰るぞ」


「却下。私にはやることがあッ・・・!」


話している途中で痛みが全身を貫き、桜はふらりとよろめいたが、後ろに足をやりなんとか体勢をたて直しすと胸元を押さえながら続ける。


「私には、やることが・・・ある。螢兄達には・・・関係、ない」


体内で荒れ狂っている激痛をおくびにも出さずきっぱり言い切る。じんわりと額に脂汗が滲んできた。先ほどより痛みが激しい。絶対一日で殺すつもりだろう、あいつ。


「桜?」


桜の様子が常とは違うことを感じ取ったのか、螢斗の訝しげな声がかかる。


「なんでもない。寝不足なだけ」


即座に考えてあった言い訳を述べる。用意しといてよかった、言い訳。といっても自分は嘘が下手だ。どこまで隠しきれるかわからない。


「じゃ、そーいうわけで」


「なっ!ちょっと待て翼ーー!!」


今の今まで空気のようにしていた翼が止める間もなく荷物を担ぎ上げるような気安さで桜を肩に担ぎ上げると、物凄いスピードで走っていく。桜の抗議の声があっという間に遠ざかっていく。


「待て!」


螢斗達は後を追うが、翼はなにか異能でも使っているのかありえないほど速かった。余裕の顔で車を追い越し、電車をも追い抜く。はっきり言って人間の出せるスピードじゃない。南絃なら追いつけるだろうが、螢斗達には無理だった。


「速過ぎるね、あの人。とてもじゃないけど追いつける気がしないよ」


「・・・ちっ」


二人は桜達の気配が完全に読めなくなったところで足を止める。これ以上追っても追いつける気がしない。あとで南絃に頼んでみよう。


「逃げ切れたかな」


翼は桜が言っていた森に着いたので足を止める。脇に抱えている桜は気絶寸前といった感じでぐったりしていた。


「すまんすまん。つい駆け足になっちゃって」


「これで駆け足とか・・・ありえないから」という桜の小さな声が弱々しくする。翼はあはは、と爽やかに笑い、桜をおろす。


「着いたか。とりあえずここに隠れよう。夜はあいつを探すことに費やす」


一番高い木に目印をつけながら翼に言う。彼はあからさまに嫌そうな顔をして文句を垂れる。


「寝る時間ねえじゃん」


「今寝れば?私は飯を取ってくる」


「どこから?」


「金ならある。スーパーでいいんじゃん?」


事もなさげに言うと走ってく。翼は本当に大丈夫なのか、と不安げな面持ちでその背を見送った。


「ん?てかすーぱーって何だ?」


聞き慣れぬ単語に翼は首を傾げる。桜が戻ってきたら聞いてみよう。










四日後の朝方。


「見つかったか?」「いや、見つからない。隠れ家を見つけても逃げた後だ」


桜はどさりと枝に腰を下ろし木に寄りかかる。ここに隠れて四日。なのにいっこうに呪詛をかけている奴が見つからない。たいてい逃げた後か外れかだ。


「ったく。逃げ足だけは速いみたいで。イライラする」


木に拳を叩きつけて騒ぐ桜。翼は微笑とも苦笑ともとれる微苦笑を浮かべつつ頭をかく。あいつは昼は動かない。そう知った桜達は昼に探すようにしているのだが・・・・隠れ家を探すのに一日かかり、夜に見つけたと思ったら逃げた後。鬼ごっこかよ、と言いたくなってしまう状態。


「いい加減ウザったくなってきた」


呪詛の痛みはしだいに酷くなっていき、夜は眠れないほど。おかげで昼眠り、夜は起きているという逆転生活。最悪だ。


「さて、じゃあそろそろ行きますか」


休憩終わり、とばかりに立ち上がる翼。桜ははぁ、とため息をついて「そうだね」と呟き下に下りる。今日も昼過ぎには眠くなって寝ちゃうんだろうな。なんか夜行性の動物になった気分。決していい気分ではない。


「今日も分かれて探す?一緒に探す?」


「好きにすれば」


「冷たいなあ。じゃあ一緒に」


「あっそ」


半ば投げやりに返し、昨日とは反対方向に行く。怪しい所はとにかく虱潰しに探した方が得策だろう。昨日なんて小学校の校庭に住処があったのだから。


「螢兄達に会いたくなってきた」


螢斗達が来たのを最後に今のところ誰にも会ってない。皆に会いたいと痛烈に思う。あの温かな場所に帰るにはさっさとこの呪詛を解いてもらわないと。


「天空 標、ね」


呪詛をかけているあいつの名前をぼそりと呟く。それと同時に彼の言の葉が頭の中を駆け巡る。


自嘲気味な笑みが口元に刻まれる。彼の言葉は正しい。私は死神だ。だが、たとえそうでも私は生きたい。自分の意思で生きたいと心底から思う。螢斗達と一緒に、これからも生きたいと。


「あら、こんな所で会うなんてね。桜」


弾かれたように顔を上げる。今の声は・・・。


予想的中。桜の前には髪は焦げ茶、瞳はピンクの少女が立っていた。


「亜衣莉(あいり)」


唸るようにその人物の名を口にする。亜衣莉は背筋が冷たくなるような明るい笑顔で手を振る。


「やっほ~。学校サボってこんな所でなにやってんの。まぁ学校で派手に暴れちゃいけないって言われてたから私にとっては都合いいんだけどね」


「あんたには一切関係ない事」


「つれないね。あれ?隣にいるのって彼氏?超カッコいいじゃない。じゃあ恭は貰っていいんだ」


おそらく翼のことを言っているのだろう。私の隣には翼(こいつ)しかいないし。


「恭哉は物じゃない」


当の本人、翼はにこっとお愛想笑いを顔面に貼り付けて訊ねる。


「誰?」


「私?私は杉浦 亜衣莉って言います。よろしく」


溶けそうな声で愛嬌(あいきょう)を振りまく亜衣莉。語尾にハートが付きそうだ。翼は引き攣(つ)った顔で「よ、よろしく」と返す。こういう女性は苦手らしい。


桜はそんなどうでもいい事を思いつつ亜衣莉を睨む。


「あんたこそなにしてんの。学校には行かないわけ?それともついに不良の仲間入り?」


「あんたと一緒、サ・ボ・り・よ」


「人のこと言えないじゃん」


「で、彼氏なの?」


「んなわけあるか。いっぺん死んで腐った性根叩き直して出直して来い、馬鹿」


呆れたように言い放つ。なんで私が翼と付き合ってることになってんだよ。私は一生誰とも付き合う気はな・・・。


そこまで心の中で言ったとき、脳裏に恭哉の笑顔が浮かんだ。桜は顔を顰(しか)めて腕を組む。なんで今恭哉(あいつ)の顔が・・・。しかもなんであの日の・・・・。


「おい!」


「はいぃぃぃぃ!!」


いきなり大声で声をかけられ、反射的にぴしっと背筋を伸ばしてしまう。声の主を見上げると不機嫌そうな空色の瞳とぶつかった。


「前見ろ!あいつの魔法か知らんが人がうじゃうじゃわいてくるぞ、家とか道路とかから」


慌てて前を見ると確かに一般人と思しき人達が亜衣莉のもとに集っている。パジャマを着ているものやスーツを着ているもの、あっちには着替え途中だったのかボタンがちゃんと閉まってないものなどもいる。


「!」


目が空ろで機械的な動き。この特徴的な表情と動きは・・・間違いない。亜衣莉の異能だ。


「一般人相手にどこまで戦えるかな」


言下(げんか)に結界が張られていく。桜は露骨(ろこつ)に嫌そうな顔をし、一応太刀を抜く。もちろん峰のほうで戦う。


翼は剣なので素手で構える。“空の珠”が人型と取ったとか言っていたから翼も天候を操れるのだろうか。聞いてみたいが亜衣莉がいるのでやめておく。


「『人形劇』」


「人間は人形じゃない!」


亜衣莉の言葉を即行で叩くと襲い掛かってきた一般人の腹に柄を入れ、もう一人に手刀を入れる。続けざまに蹴りを放ち、一気に三人を落とす。が、倒れた一般人を踏み越えて新たな一般人が襲い掛かってくる。


「数、多すぎでしょ・・・」


気絶させてもきりがない。異能者(あいり)を叩ければいいのだが行こうとすると一般人の壁が立ちはだかる。


「っ・・・」


脇腹に入った蹴りに顔を歪ませる。避け続けるのも限界がある。一般人(こいつら)を操ってる紐を切ってはいるが、切った矢先に別の一般人が突進してきて、それの攻撃を受けている間に紐が元通り。これでは堂々巡りだ。


本当は一気に燃やし尽くしてしまえたら手っ取り早いのだが、そんなことをすると一般人に死傷者が出る可能性が高くなる。それだけは避けたい。


「吹っ飛べ」


翼の声と共に一般人が吹っ飛ばされる。桜は呼吸を整えつつ構える。この程度じゃ退かないだろう。


「それがあなたの異能?ふふっ、楽しくなってきた」


吹っ飛ばされた一般人が立ち上がる。その手には鋭利な輝きを放つ刃物が握られている。鋸(のこぎり)や鉈(なた)、包丁はもちろんチェンソーを持っている者までいる。なんでそんな物騒な物持ってんだ、と突っ込みたくなったが、それどころではない。これは非常にまずい。


「ヤバくね。傷つけずにいられる自信なくなってきた」


「同感。でも一般人は斬りたくない」


「綺麗事言ってると、死ぬよ?あの時もそれで死に掛けたんだもんね」


刃物を持った一般人が襲い掛かってきた。翼は血相を変えて剣を抜く。素手じゃ即、殺られる。



ギィーン 



「ぐ・・・っ・・・重っ」


さっきより力が倍増している。


受けきれない。


悟った桜は自ら力を抜き、相手が体勢を崩した隙に後ろに飛ぶ。先ほどまで桜がいた場所に斧や包丁がアスファルトに突き刺さる。


通常ならありえない光景に少し目を見開いた桜は痺れた腕を振り攻撃をいなしていく。その度に腕が悲鳴を上げる。こんなの何回も受けてたら腕がイカれる。


後ろから機械音が聞こえた。ぞくりと背筋が震え、咄嗟(とっさ)に横に身を投げる。


「――――――ッ!!・・・・ぅ・・うああぁ・・・ぁぁ・・・ッ」


「桜!」


今のは苦痛に歪んだ声。それは滅多に桜が出すことのない声だ。もちろん翼はそんなことは知らないが、今のは明らかに常軌(じょうき)を逸(いっ)した声だ。


「あはは。いい気味。私から恭を奪うからこうなるのよ」


一瞬遅かった。桜の背中は深く抉(えぐ)られ、鮮血がアスファルトを真っ赤に染め上げる。亜衣莉の笑声が酷く耳障りだった。


「桜!・・・・・くっ」


血相を変えた翼が駆け寄ろうとするが、それを遮るように振り下ろされた鉈を鞘で受ける。亜衣莉がくすくす笑いながら腰に手を当てる。


「ちょーと、遅かったようね。驚いた?私の紐は太くするほど強く、細くするほど弱くなる。太くすると操っている人間のどこかが強まり。細くすると人間のどこかが弱まる。つまり、今桜を襲った人間は紐を細くして寸前まで気配を弱めたって訳。そして、斬るときに筋力アップ」


得意げな顔で説明してくれる亜衣莉。楽しそうに言えるその神経がわからない。


意識がぶっ飛びそうな激痛に歯を食い縛りながらなるほど、と心の中で呟く。だから寸前でようやく気配を感じ取れたって訳か。よりによってチェンソーにやられるとはね。


痛みに歪んでいる顔に皮肉げな笑みが浮かぶ。しかし、すぐに苦痛の表情と取って代わる。傷が深いせいか上手く異能が使えない。それどころか異能を使おうとすると輪をかけて激痛が酷くなる。


「傷は浅くはないが、深くもない、か。ぎりぎりで結界を張って弾いたんだ。あの一瞬で。ホント、戦いのときは反応速いんだね。だけど、その傷ならたとえ治癒能力に優れてる異能者でも十分致命傷。これでようやく恭は私の物」


「うっ・・・せ・・・・ぇ・・・」


太刀を支えになんとか立ち上がろうともがいていると、前から包丁を持った一般人が突進してきた。


運悪くその時、呪詛の痛みが襲ってきた。ある意味グットタイミングだ。


背中の痛みと呪詛の痛みが同時に桜の体を襲い、一般人の包丁は息をつめた桜の脇に刺さる。壁に叩きつけられ、激痛で一瞬記憶が途切れる。口端から血が滴り、更なる苦痛が彼女を襲う。苦悶(くもん)の声が血に濡れた口から零れ落ちた。


「ふふっ。いいね。その苦痛に歪んだ表情(かお)。恭に見せてあげたい」


「ぐ・・・・・・ぁっ・・・・・・何も、こん・・・・・なっ・・・と・・・に・・・」


包丁を持った一般人に頭突きを見舞いそこらに投げ捨てると刺さっている包丁を引き抜く。痛いどころの騒ぎではない。痛みに大声で叫び出さなかった自分に賞賛の拍手を送りたいぐらいだ。悲鳴を上げないように食い縛った歯の隙間から唸るような声が漏れ、血が滴る。


脇腹に手を当てると、生暖かい鮮血(モノ)が瞬く間に手を赤く染め上げていくのがわかった。


背中の傷と脇から絶えず血が流れていく。思ったより傷が深く、出血量が酷い。背中を押し付けている壁とアスファルトがあっという間に真っ赤な血色に染まり、痛みと失血で意識が遠のいていく。それを気力で引き戻しながら鉛のように重い瞼を抉(こ)じ開ける。霞む視界に翼が映る。


「離れろ!」


翼を起点に暴風が吹き荒れ、一般人を吹き飛ばす。翼は桜を庇うように戦っている。その彼も傷だらけのぼろぼろだ。空色だった衣装も鮮やかな鮮血に染まっている。このままじゃまずい。


「・・・っ・・・・・・さ・・・」


音を立てて喉元まで競りあがってきた血を吐き出す。口内の血の味がひどく不快だった。辛うじて動く左手で弱々しくアスファルトをかく。


「・・・・・・・・・っそ・・・」


忌々しげに悪態をつくと左手に異能を込めようと無駄な努力を試みる。だが、激痛を増幅させるだけで出血を止めることすら出来ない。


そこに、場違いな幼い声がした。


「お姉ちゃん、大丈夫?手当て、しようか?」


霞む目を瞬かせて声のしたほうに目だけをむける。本心では顔全体を動かしたかったのだが、少し動くだけでも激痛が酷くなるため、それが精一杯だった。


霞んだ視界に小学生ぐらいの子供が映る。色素の薄い黒髪に、青緑の瞳。亜衣莉に操られていない。その証拠に目は空ろじゃないし、機械的な動きじゃない。けれど、何故一般人が結界の中に。操られてるんじゃないならこの結界から省かれるはずなのに。まさか。


一つの可能性が脳裏に気泡のように浮かんで消える。


「手当・・・て・・・・・・き・・・ッ・・・が・・・?」


唇から血が滴る。口の中にさらなる血の味が広がり、顔をしかめる。そのままずるずると地面に崩れ落ちる。体に力が入らない。これは本格的にヤバそうだ。呼吸がだんだん浅く、途切れ途切れになる。


異能者といえど、不死ではない。一般人より治癒力は高いが、それでも急所をやられれば同じように死ぬ。桜の場合、他の異能者と比べても治癒能力がずば抜けて高いが、このままだと失血死は免れない。

桜さん。絶体絶命です。次回最終回になりそうな深手を負っています。どうなるんでしょう。


亜衣莉さんの異能、使い様によってはたいへん危ないものですね。恐ろしいです。


次回は少女がなぜ結界内に入れたのかわかります。では次回。

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