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珠巡り  作者: 桜咲 雫紅
二章 記憶
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雨の記憶

今回は少し不思議な人が登場します。

ではどうぞ。それから、遅くなってすみません。

雨が降っている


この罪を断罪するように、雨は降り続ける


雨音を締め出そうと耳を塞ぐ


この音は、思い出したくないものを呼び起こすから


けれど、完全に締め出せるわけがない。そんなことは誰よりも私がわかっている


だって、そうでしょう?


この雨は、私の罪そのもの


その雨(つみ)から逃げ出すなど、出来るはずもないのだ


たとえ、誰が許そうとも――――


私(あめ)が、決してそれを許さない


この雨音は、私を責め苛む断罪の声


きっと、この先ずっと雨音が聞こえるたびに、私は思い出す


私の罪を









手の中で鈍く輝く灰色の雲と無数の雨粒に覆われた珠が、ひどく冷たい気がする。







ザァー



雨が、降っている。まるで、私の心をそのまま映しだしたかのように。



黒い服を着た人達が泣き崩れている。その中心に、私は居て。


「あなたのせいじゃないのよ」


生き残った人達が私の頭を優しく撫で、時には抱き締める。皆、泣いている。なのに、私は泣けなくて。


私のせいなのに、誰も責めてくれなくて。それが余計に、辛くて苦しくて悲しい。


「お前のせいだ!」


突如(とつじょ)響いた声。のろのろと目をやると、双眸(そうぼう)に憎しみの焔を灯した少年がいた。その子を周りの大人達が必死に押さえつけている。


顔は知っている。よく本家に来ていた少年だ。あの時の愛らしい表情は醜い憎悪に塗り潰されていて跡形もない。


「お前のせいで父ちゃんと母ちゃんは死んだんだ!」


「やめなさい!誰のせいでもないのよ」


誰かが諌めるが少年は止まる気配をみせない。瞬くことを忘れたかのように大きく見開かれた紅玉色の瞳に向かって少年は呪詛の言葉をぶつける。


「俺はお前を許さないッ。絶対にお前を殺してやる。覚えていろ。俺は必ずお前を殺すッ!お前さえいなければ父ちゃんも母ちゃんも死ななかった!お前みたいな死神といなきゃ、俺の両親は死ななかったんだッ!!」


「死・・・・神・・・」


その言葉に心のどこかで納得している自分がいた。あぁ、そうかもしれない。自分のせいで天空家の人達が大勢死んだ。そんな自分には一番似合いの言葉だろう。少女の口元に自嘲の笑みが宿り、消えていく。


「お前・・・・・・この子がどんな気持ちでいるかわからないのか!!」


「わからないね。わかりたくもない。死神の気持ちなんか!」


死神、と罵(ののし)られるたびに、少女の心に亀裂(きれつ)が入っていく。



――――お前が死ねばよかったのに。



不意に耳の奥に直接響いた憎悪で塗り固まれた言ノ葉。それは鋭利な刃物のように少女の心をズタズタに引き裂く。


「この子の心がわからないのにこの子の心を殺そうとするお前こそ死神だ!」


「うるせえ、じじい!何も知らないくせに知った口を利くなっ!」


憎々しげに吐き出された言葉は鋭利な刃物のように少女の心に突き刺さった。少女の隣にいた黒い髪を持つ少年が、死神と言った少年に殴りかかる。


「やめなさい。子供だからって言って良いことと悪いことの区別をつけなさい」


大人たちが慌てて割ってはいる。そんな大人たちを鼻で笑いながら少年はさらに声を張り上げる、


「俺を叱る前にそいつに教えてやれよ。お前の存在価値は塵ほどもないってことをよっ」


彼のセリフが鼓膜に触れたと認識すると同時に黒髪の少年が再び少年を殴り飛ばす。殴り飛ばされた少年が床を滑る。殴られたときにどこか怪我したのか唇から二、三滴赤いモノが滴る。


黒髪の少年の体からは怒りで制御が出来なくなっている黒い炎が立ち上る。負けじと少女を死神と言った少年の体から赤茶のオーラが溢れ出す。


「こいつは残りたいと言ったんだっ!。天空家(かぞく)を置いて行きたくないと、一人で逃げたくないとッ!!あの時、あの瞬間、あの場にいなかったお前に、こいつを悪く言う権利は一切ない!!!」


「あるさ。俺はこの死神のせいで両親を亡くしたんだ!こいつさえ生まれてこなければ“珠狩”が現れることもなかったんだ!!俺の親が死ぬこともなかったんだッ!!」



――――刻み付けろ。お前の「罪」を。



少女の顔が今にも泣きそうなほど、歪む。耳を押さえ、入り込んでくる言葉を締め出そうと目を閉じる。それでも、否応なく言葉は入り込み、少女の心に、魂に、癒えぬ傷を刻み込んでいく。



――――お前さえ、いなければッ。



少女の膝から力が抜ける。ガクッと体勢を崩し、床に座り込む。


「もうやめて!誰のせいでもない。この子が生まれなくても本家は狙われた。この子のせいじゃない」


座り込んでしまった少女を庇(かば)うように抱き締めながら叫ぶ女性。黒い瞳の少年が少女の異変に気付いて微かに目を見開き、瞬時に顔色を変える。慌てて駆け寄り、壊れものを扱うようにそっと少女の薄黒の髪を撫でる。


「桜・・・っ」


喉の奥から絞り出した声には深い悲しみと絶望が混ざり合っていた。放心したように座り込んでいる少女の目は、どこも見ていない。焦点が合っていない。


「螢斗ッ。俺は、お前の妹すら守れないのか・・・」


今にも泣き出してしまいそうな声で少女を自分の胸に抱きこむ黒髪の少年。


「いいや、こいつのせいだ。俺はこいつを呪い続ける。お前ら本家を呪い続けてやる!覚えてろ、俺の名は・・・」





ガバッ



「はっ・・・・・・はッ・・・・・・はぁ・・・夢・・・・・・か・・・」


荒い呼吸を繰り返しながら少女は目を覚ました。全身が汗でびっしょりだ。少女は胸元を押さえながらゆっくり深呼吸する。


本当に、久しぶりに見た。


ポタッポタッ、と汗が滴る。ぎゅっときつく目を瞑(つむ)り、小さく呟く。


「死神・・・か」


くしゃりと震えてる指で髪をかき上げ、外を見る。ずっと忘れていた、出来れば思い出したくなかった言葉。呪詛のように絡みつき、身動きが出来なくなる呪いの言ノ葉。


「龍兄・・・」


耳にこびりついている、今にも泣き出しそうだった黒髪の少年の声。あんな声を聞いたのはあれが初めてだった。彼のおかげで、あの時踏み止まれた。


♪♪♪♪


携帯のバイブにびくりと体を強張らせ、枕元にある携帯を開く。


「――――――――」


書いてある文章を何度も読み返し、携帯を布団に投げつける。


「くそ・・・タイミングワリィよ・・・」


炎を吐くように呟くと腹いせまじりにベットを蹴る。メールの内容が余程不服だったのか、枕を部屋の反対の壁に投げつける。



ズックン



瞬間、胸が激しく痛み、少女はその場に倒れ込む。意識が一瞬遠のきかけた。霞がかった視界の向こうにあの少年が見えた気がした。憎しみの炎を宿した紅い双眸(そうぼう)が真っ直ぐ少女を射抜く。痛みが輪をかけて襲ってくる。


「さすが呪いの力を、扱いし一族。・・・・・そうか・・・今日が約束の日か。だからこのメールが・・・・」



――――俺が二十歳になったらお前に呪詛をかける。どんなに遠くにいても必ずだ。


それは徐々にお前の命を蝕み、死に至らしめる。それと同時に俺も死ぬがな。お前を殺せるならこの命、安いもんだ。


そう言って、笑っていた。



――――簡単に殺すのはつまらないからな。お前はその呪詛が発動した日から十日後に死ぬ。苦痛はじわじわとお前を襲うだろう。いい気味だ。死神には似合いの死に方だろう。



「・・・ぅ・・・・」


胸元を掴み、喘ぐ。呼吸がし難い。体の中を灼熱の炎が縦横無尽に駆け巡っているような錯覚を起こす。


「・・ぅ・・・く・・ッ・・・」


必死に呻き声を噛み殺す。隣の部屋の実兄(あに)、螢斗に聞こえたら心配をかける。それだけはっ。胸元が激しく上下する。噛み締めすぎた唇にうっすらと血が滲む。


『桜ッ』


不死鳥が焦ったように顕現(けんげん)する。狼も同じように顕現し、悲しげに鳴く。


「お前らに・・・・頼み・・・があ・・・る・・・」


途切れがちながらもはっきりとした口調で桜は固く閉じた目を開く。激痛が体中を駆け巡ってるはずなのに、その紅玉色の瞳には強い光が宿っていた。










「桜が起きてない?」


「珍しいこともあるもんだな」


朝食を食べながら真夜が呟く。千夏が心配そうに眉根を寄せて上を見つめる。


「今日も学校あるのに。大丈夫かな、桜」


「そのうち起きてくるんじゃない?ねぇ、悠紀」


「そうだといいんだけど」


千夏はちらちらと上を見つつ朝食を食べる。龍護は螢斗に目配せする。その意図を正確に悟った螢斗は小さく頷く。こういうときの桜はたいていろくでもないことをしでかすに決まってる。


食後、すぐに桜の部屋に(一応ノックして)入ると誰もいなかった。ただ窓が全開になっていて、パジャマがそこらに放り出されていた。


「ちっ、遅かったか」


ベッドに触ると微かに温もりが残っていた。先ほどまでは桜は確かにここにいたのだ。


「いったいどこに・・・」









憎しみの炎で満ちた紅い双眸(そうぼう)が、私をとらえて離さない。











『桜、本当にいいのか』


「いいんだよ。こうした方が、いいに、決まってる。この呪詛・・・は、私達みたいな異能を持ってる人にも影響するんだから」


苦しげに顔を歪ませて言う。あの少年は確かにそう言った。それなら出来るだけ遠くに、みんなに迷惑をかけないところに・・・。


脳裏に紅い瞳がちらつく。恭哉のとは違う。憎しみと絶望に彩られた瞳。


朝からこの瞳が私をとらえて離さない。振り払っても、逃げても、どこまでも追ってくる。


「で、どこに向かうんだ?」


「・・・・・・・・・・・・・なんであんたはついてくるの?そして何故私と同じ人間の姿になってんの!?」


横から聞こえた声に目を開け、鬱陶(うっとう)しげに流れる汗で頬に張り付いた髪を耳にかけるとじろっと横を睨む。睨まれた当人は飄々(ひょうひょう)とした態度で桜の方を向く。


「あんたじゃなくて翼。物覚え悪いぞ、桜」


「馴れ馴れしく、呼ぶな!」


弱ってるとは思えないほど大きな声を出し、派手に咳き込む。彼曰く翼は呆れたように鼻で笑ってボソリと、だが確かに桜に聞こえるような音量で哀れむように呟く。


「学習能力もないみたいだね。可哀想に」


「お前に言われたか・・・ないわ!」


時は数分前に遡(さかのぼ)る。


『ここから出てく!?正気か?』


「いたって正気だよ。この呪いは他の能力者も巻き込む。それだけは嫌なんだ。だからここから出てく」


『そんなことを螢斗達が許すと思いますか』


狼が厳しい口調で問い詰める。桜は隣の部屋に目をやり、儚げに微笑する。


「許さないだろうね。だから黙って出てく」


この呪詛には波があるのか、今は痛みもあまりなく動くのに支障はない。手早く着替え、荷物を纏(まと)める。といっても持つのはお金ぐらいだけど。


『“空の珠”はどうする。お前ひとりで守れるのか』


「無理だろうね」


いつ激痛が襲ってくるのかわからないのに戦いなど出来るか。仮に出来たとしても・・・この呪詛は桜の異能を徐々に蝕(むしば)んで、大きくなっている。これじゃあ勝ち目はない。


「だから螢兄に頼む」


『はっ?』


「来てくれ、紅羽(こう)」


桜が静かに呼ぶと紅い鬣のペガサスが現れた。ペガサスは桜を見据えて甘えるように鼻を押し付けてくる。


説明すると、こいつは螢斗の異能が具現化した姿だ。普段は螢斗の部屋で大人しくしているが、呼ばれると出てくる。


「頼みがある。これを」


常に身に着けている“空の珠”をペガサスの首にかける。


「螢兄に渡してくれ。今回は私じゃ守りきれないから」


いいよね、“空の球”、とついでのように付け足す。“空の珠”は淡く輝き点滅を繰り返す。なんとなく怒ってる感じだ。


「なにが不満なのさ。私は今通常の半分以下の異能しか使えないの。これじゃああんたを守れない。だから螢兄に頼む。文句あんの」


「大有りだ!」


ペガサスの首にかけた“空の珠”が光を放つ。あまりの眩しさに目を閉じると、目の前に影が差す。そっと目を開けると、見知らぬ青年が立っていた。突然現れた青年に桜は目を瞬かせる。え・・・?今なにが・・・。


「お前は俺の主なんだぞ。そんなんでどうする」


「ぇ・・・えっと・・・すみません・・・・?」


見ず知らずの人にいきなり説教をされ桜は逃げ腰だ。つか誰だよ、こいつ。


見た目は桜と同い年か年上って感じか。見たことのない空色の異国の衣装を纏(まと)っていて、腰には空色の剣を帯びている。髪は空色で瞳は悠紀より濃い空色。うん、自信をもって断言できる。やっぱり見たことないと。


「俺は“空の珠”だ。人型をとるのは久方ぶりだが・・・懐かしいな」


空色の瞳が何かを思い出すかのように細められる。口元には嬉しそうな笑みが宿っている。どうでもいいが、女うけしそうな顔だな。私はまったく興味ないが。


「あんた・・・“空の珠”・・・なの・・・・?」


むしろその方が驚きだ。青年はにっと笑い肯定する。どことなくイラッとする笑い方だ。


「あぁ。俺の名は天空 翼。よろしくな、優香(ゆか)の血を継ぎし者よ」


「優香?・・・誰?」


「お前の遠い先祖だ。それにしても間近で見るとホント似てるよな、お前」


「誰に?」


「優香に」


知らない人に似てると言われても・・・複雑だな。


桜は助けを求めるように不死鳥達に視線を流す。不死鳥は一つため息をつくと背後の扉を一瞥(いちべつ)する。


『早くしないと螢斗達が来るぞ。逃げるんだろ』


「逃げるんじゃない。一時離れるだけだ。この呪詛とけりをつけるまでな」


そうして二階の自室から飛び出し、こうして走ってるわけだ。


「いや~、お前ら性格もそっくりだな。無茶苦茶で無鉄砲で無謀なところとかもうそっくり」


「しつこい!だいたい誰だよ、その優・・・とかいう人。私の遠い先祖って言ってたけど」


翼はどこか遠くを見るように目を細めて懐かしむような顔で口を開く。


「昔の話だ。俺らは一緒に旅してたんだ。三珠の社を探す旅を」


「三珠の・・・社?」


「まっ、この話は今度な。で、どこ行くんだ?」


「ちょっと遠いけど大きな森がある。あそこに隠れる。昔から隠れるのは上手いんだ」


子供のようにニコニコしながら楽しそうに言う桜。え~と。うん。こいつ自分の置かれてる状況理解してないな。


「それから、どうするんだ?」


「うん・・・・。私に呪詛をかけてる人のところに行く。そんで解いてもらう。この命は両親と天空家の人達が守ってくれたものだ。むざむざ捨てるなんて今の私には出来ない。それに、悲しませたくない人もいる」


昔の死にたがりの桜とは明らかに違った言葉だ。その言葉には桜自身の感情が見え隠れしている。自分を責めているが、この命に恥じないように生きようとする直向な思いが。


『変わったな』


「まあね。確かにこの呪詛かけた人には償いをしたいと思ってる。でもこの命はあげられない。大事な家族が守り抜いてくれたものだから」


『そうか』


「そこ右ね」


曲がると天空家跡地に出た。桜達は階段を駆け上がり焼け跡を通って走っていく。翼はあの日のまま放置されている天空家跡地を見て眉を潜ませる。何があったか一目瞭然。なにより人間の視力じゃ見えないだろうが所々に黒い焦げ跡が残っている。


「ここ、なんでこのままなんだ」


気になって訊ねてみると、桜は感情の読めない声で淡々と答える。


「わからない。でもこのままがいいって言う天空家の人が多数いてね。それであの日のまま放置されてるみたい」


この出来事を忘れないようにしよう、という天空家の大人達の考えだろう。それとも、犠牲者のことを忘れないようにしよう、か。どっちにしてもあの時ここにいた桜にとってここはトラウマがある場所のはず。立ち直ったのか。あるいは・・・。


「待て」


突如発せられた声は桜の足を地に縫いとめた。声のしたほうを見ると、逆光で顔は見えないが人がいた。しかも二人。あの見覚えのある紅玉色の瞳と黒い瞳は・・・・。間違えない。

慧斗さんの具象化が出てきましたね。いろいろと悩んだんですが、彼はペガサスの背に乗って駆け回るのが合ってるかな、と思ってペガサスにしました。


もし「~の具象化これがいい」などありましたらどんどん書いて下さい。

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