番外編 魔のカウントダウン 壱
お久しぶりです。突然なのですが昨日、いろいろ考えた結果に出した結論を行動にしたのですが、どうしてかスッキリしません。なんでだろうと考えて、多分私は後悔してるのだろうとわかりました。今まで築き上げてきたものを、もらったものを全て投げ捨ててしまったことに。
そんな後悔や自分に対する否定的な思い、誰もが一度は抱いたであろうものを少しでもこの小説の中で形に出来ればと思っています。
《Side渚》
オレンジの空は今にも消えそうで、すぐそこに夜が迫っていた。雲の隙間から見える夕日はとてもきれいで、桜がこれを見たら大喜びで写真撮るだろうな、とここに来るきっかけをくれた少女の顔を思い浮かべる。きっと携帯を取り出してああでもないこうでもないとブツブツ言いながら角度などを調節して撮るんだろうな。その光景が用意に想像できて私は噴き出した。
「なにか面白いものでもあったのか?」
眩しそうに目を細めながら同じように夕日を眺めていた悠紀が不思議そうにこちらを見る。夕焼けに照らされて黒い瞳がオレンジがかって見える。どうしてか彼の目を直視することが出来ず、私は再び夕日に目を戻した。
「この夕日、桜も見てるかな、って思って」
「・・・あぁ。きっとどこかで見てるさ」
「?」
一瞬間が開いたように思えたのは私の気のせいだろうか。ちらりと横にある彼の横顔を盗み見ると普段と変わらない表情がそこにあった。私の視線に気付くことなくやけに熱心に夕日を眺める彼は軽く頭を振り、私の方を向いた。
「次はどこ行く?たしかこれとこれがまだ乗ってなかったよな。あとは・・・これもか」
地図を広げて彼が指差したものは、確かにまだ乗っていなかった。「うん」と頷いてみせると地図をしまった彼が手を差し出してきた。そうすることが当然だとでも言うような自然な仕草に無性に嬉しくなってわざと勢いよく彼の腕に飛びつく。
「うぉっ。どうしたんだよ、いきなり」
大きく目を見開いて驚きながらもその腕は優しく私を包み込んでいる。少し背伸びすれば触れ合えるぐらい間近に彼の驚いた顔がある。こんな風に彼が感情のままに表情を動かすのは屋敷の外でだけだ。
もっとたくさんの表情が見たい。出来ればそれを、誰よりも近くで見たい。
「なんでもない」
名前がつけられない複雑な感情。兄に対して感じている感情とも違う。桜達に感じている感情でもない。けれど、この胸にあるだけでとても温かい。
こんな気持ちになるのは彼にだけ。
「足元気をつけろよ」
さり気なく人とぶつからないように誘導してくれる悠紀が不意に斜め下に視線を落とす。涼しげな黒の瞳が彼をじっと見ていた私を映し、目元が和らぐ。
「何でそんなにまじまじと俺の顔見てんだ?なんかついてる?」
空いている手で風に遊ばれる髪を撫でつつ首を傾げてみせる。その仕草が妙に彼に似合っていて不自然に心臓が跳ねた。
「ううん。・・・カッコいいなぁって、思っただけ」
思ったままを口にしたら彼の顔が夕日に負けないくらい赤く染まり、雪のように白い指が形の良い唇を覆う。
「・・・」
ボソッと悠紀が何かを言ったようだが、タイミング悪く大声で話す集団が隣を通り、かき消されてしまった。
「何?」
集団が離れていってから問うと、耳まで赤くした悠紀は目を泳がせて忙しなく左右を見回す。いつもの彼らしくない様子に再度声をかけようと口を開くとそれを制するように悠紀が声を上げた。
「ぁあそこにあるクレープ、凄い美味しいらしいから買ってくるよ!チョコでいいか?」
「えっ・・・う、ん」
唐突な話題転換についていけず、つい反射で頷いてしまった。まぁチョコは自分の好物であるし問題はないのだが。
「ちょっと待っててな。っと、寒いから」
道の端にあるベンチまで私を誘導してくれた悠紀は腰掛けるように促しつつ自身の首元に手をやる。腰掛けつつ鞄を隣に置いたタイミングでふわっと肩に何かがかかり、顔を上げると淡い空色が一瞬視界を占領した。
「気休め程度だけど、ないよりはマシだろ?」
肩にかけるように回されたのは悠紀のマフラーだった。遅れてふんわりと広がる彼らしい清涼系の爽やかな香りに胸が安らぐのがわかる。眼前の彼を見上げると荷物を私の隣に置いて深い青の財布を手に持ったところだった。
「すぐ戻ってくるから」
そう言い残して屋台に向かおうとしたその服の裾を摑む事に成功したのには私自身が一番驚いた。大した力ではなかっただろう彼は逆らうことなく足を止め、振り返る。
「渚?」
不思議そうな瞳は本来ならついさっきまでの空のように澄み切った青を湛えているのだ。私の大好きな、彼の瞳。その目に映っているのが自分だけだと思うととても嬉しくて、幸せだと思う。
「マフラー、ありがとう」
その気持ちのまま笑いかければ、彼はまじまじと私の顔を見つめ、それから満面の笑みを返してくれた。
「どういたしまして。律儀だな、渚は」
心からの笑顔で、おかしそうな声で、彼は私の頬に手を当てた。一瞬ひやりとした感覚がして、けれどすぐに自分の体温と混ざり合う。
「体、冷やすなよ」
囁かれた言葉と共に指が離れて行く。それを惜しいと思っているのは何故だろう。今度こそ屋台へ向かっている悠紀の後姿を見送りながら私は今まで感じたことのない自分の気持ちに戸惑いを隠せなかった。
クレープを食べながら休憩した私達は次の乗り物へと向かう途中にあった店の中にいた。せっかくだし皆へのお土産をいくつか見繕っていく事にしたのだ。
「何がいいかな?」
「お菓子とか・・・キーホルダーとかでいいんじゃないかな。あいつらは特に何も言ってなかったし――――ほら、これとかは?温度によって色が変わるんだって」
「ホントだ。わぁ、きれい」
狭い店内で行き交う人々に私が流されないように手を引いていた彼が空いている手で指し示したのは、この遊園地でクリスマスイブからクリスマスに変わる瞬間にのみ打ち上げられる雪の結晶を模った花火をキーホルダーにしたものだった。試しに握ってみると、白く染まっていた結晶が瞬く間にピンクへ、そして赤へと変わっていった。
「これにする?」
「そうする!」
自分でも驚くほど弾んだ声が口から飛び出した。鼓膜を叩いたその声が自分のものだと遅ればせながら気付き、はっと口を塞ぐのとふはっと噴き出す声が聞こえたのは同時だった。
「よっぽど気に入ったんだな、それ」
笑うな、と言おうとして顔を上げ、息が止まった。
悠紀が笑っていた。いつも学校で見せる優等生の仮面を被ったお愛想笑いともお馴染みメンバーと共にいる時のような楽しそうな笑顔とも違う。いつも二人っきりのときに見せる心に染み入るような柔らかい笑顔とも嬉しそうな笑顔とも違う。
これ以上ないほどの愛おしさで満ち溢れた優しくて温かい生き生きとした笑顔。
こんな表情、見たことない。
けれど、今まで見てきたどの表情よりも彼らしいと、どうしてか思った。
「じゃあお土産はこれで決まりだな。光によって色が変わるのもあるけど・・・渚?」
瞬きすらせずじっと見入っている黒の視線に気付いたのか、訝しげな顔へと表情を変えた悠紀が緩く首を傾ける。彼の仕草につられて艶のある少し長めの黒髪がさらりと流れた。
いつも見慣れている仕草のはずなのにこの時はどうしてかどくっと心臓が跳ねた。
「渚・・・?」
呼びかけても一向に反応しない私の様子に訝しげな顔が心配そうな顔へと変わる。艶のある黒い瞳が不安げに揺れたのをぼんやりと映していた瞳が一つ瞬き、一瞬で正気に戻る。
「あっ・・・。ごめんっ。何!?」
忘れていた呼吸がようやく再開され、少し早い呼吸を繰り返しながら固まってしまった唇をどうにか動かすと悠紀がほっとしたように表情を緩める。
「どうかしたのか?」
「っ、何でも・・・ない」
走ったわけでもないのに勝手に疾走を始める鼓動を宥めながら緩く首を振ると、僅かに悠紀の双眸が細められる。けれどもそれ以上追求しようとはせず、話を変えた。
「これ、光の加減によって色が変わるんだってさ。こっちも買ってくか?」
「うん」
話が変わったことにほっとしながら嘘をついてしまった事を内心で悠紀に詫びる。彼はおそらく自分の様子がいつもと違う事がわかっている。それでもその理由を無理にでも聞こうとしないのは、私の事を信じているからに他ならない。私が「なんでもない」と言ったから彼は引いたのだ。しかしこれが本格的にまずいことがあった時だと彼は逆に容赦なく問い質してくる。どうしてかわからないが、彼は聞かなくてはまずい時と聞かないでいい時の判断が実に的確だ。
「体温で変わる方を桜達女子に、光で変わる方を菊地君達男子にする」
返事の後に続けた言葉に「わかった」と頷いた悠紀は人数を思い返しながらキーホルダーを持っていたかごに入れる。
「あとは・・・渚、自分へのお土産はいいのか?」
「うーん。ちょっと手持ちが厳しくて・・・」
キーホルダーの値段と個数、そして今現在のお財布の中身を脳裏に描くと苦笑いしか浮かばない。
家出した時は着の身着のまま、そしてその時から今まで真海家からの援助を一切断っている私は現在委員会の仕事で手に入った僅かなお金が全財産だ。(世界一カッコよくて誰よりも大好きな)貴之が毎月仕送りをしてくれているのだが、(もったいなくて)一銭も手をつけていない。何しろ彼は学費など三珠学園でかかる費用を全て負担してくれているのだ。これ以上負担をかけたくない。
「けど、ほしい物はあったんだろ?」
さらりと言われ、ぐっと言葉に詰まる。何で知っているんだ、と思ったが、自分でも熱心に見ていた自覚があるためばれても当然だとも思った。
「まぁ・・・あった・・・けど」
自分らしくない歯切れの悪い物言いに途中で口を閉じる。これでは未練たらたらなのが丸わかりだ。ふいと顔を背けた先に先ほど私の心を惹きつけたお土産が視界を掠めた。
錠のネックレスと鍵のネックレスが一つの袋に入っている二つで一つの商品。惹かれたのはそこではなく、形。錠のネックレスは鍵穴の周りが雪の結晶を模った深い青い粒で覆われており、内側から外側へとグラデーションがかかっており外側は白い。鍵の方も鍵穴に差し込む部分が同じように青から白へとグラデーションがかかっている。
光の当たり具合で淡い空色にも深い海の色にも見えるそれを目にしたときから私は惹かれていた。
「ゆうきっ」
「これらを頂けますか?」
人がいなくなったタイミングを見計らったように流れるような動作で人の合間を縫ってレジへと近付いた彼はかごを台の上へと置く。何の前触れも心構えする暇さえなく至近距離で悠紀のお愛想笑いを見た女性店員は一瞬で熟れたリンゴのように赤くなり、ぽーと見惚れている。
人の波に遮られてしまいどうしても悠紀の元へ辿り着けない私はいつもならムッとする場面にも関わらず内心で「よしっ。そのまま動くな」と念じていた。理由は簡単。つい数秒前まで私がじっと見ていた商品を悠紀がとても自然な動作でかごの中に入れ、そのままレジへと向かったからだ。あまりにも自然すぎて思わず止めるのを忘れてしまい、我に返ったときはすでに彼はレジ台に商品の入ったかごを置いていた。
「悠紀!」
名前を呼ぶが彼の姿はかなり遠くに見えた。入った時より人が増えたように感じる店内で小柄な私の体はあっという間に押し流され、今や出入り口やレジから一番遠い隅っこにまで押しやられていた。
「このっ・・・」
さすがに苛立ちを覚え、ふわりと風もないのに髪や上着が浮き上がる。急速に色変わりを始めた黒い瞳が完全に青玉に変わる前に温かい手のひらが頬を掠めた。
「落ち着け、渚」
静かな声を耳が捉えた途端ふっと唐突な勢いで風や上着がペタンと体にはり付き、瞬き一つで色変わりを始めていた瞳が黒で統一される。ほっと一つ息を吐いた私は胸元に手をやり、そこにある服の中に隠れた指輪を肌に押し付けるとわずかに滲み出ていた異能を完全に消し去る。
「・・・ごめん」
「それは俺のセリフだよ。ごめんな、渚」
どうしても顔を上げる事が出来なくて斜め下に視線を落としたまま謝ると、ポンポンとまるで気にするなというように頭を撫でられる。続けられた言葉に否定の意味で首を振ると、正確にその意味を察したであろう悠紀が「じゃあこれであいこだ」と私の手を引いて出入り口へと向かう。
一人だったときは押し流されるままだったというのに悠紀に先導されながら進むと呆気ないほど簡単に外へと出ることが出来た。ようやく苦手な人込みから解放された私は疲れと安堵が混ざったため息を一つつく。
すでに薄暗さで満たされた園内は色とりどりの光がそこかしこで灯され、昼間とは違う幻想的な世界へと姿を変えていた。
「大丈夫か?渚」
近くにあったベンチへと私を誘導した悠紀は隣に腰掛けず目の前で膝を折り、気遣わしげに顔を覗き込む。真っ直ぐに向けられる黒い瞳を見ていると人込みで辟易し切っていた心が不思議と安らぎ、私は頷いて見せた。
「大丈夫。ありがとう、悠紀」
気遣わしげな色がふっと薄らぎ、「よかった」と笑った彼は立ち上がる。隣に座るのかと思ったのだが、彼は手に持っていた先程買ったばかりの袋を漁り始めた。
「あっ。そうだ、お金」
すっかり頭から抜け落ちていた事を思い出し、財布を取り出す。中を見るとちょうどいい具合に小銭も入っているのでこれなら多少細かくても出せる、と安心する。
「いくらだった?」
事前にお土産は割り勘、と約束していたおかげか、悠紀は渋る事なく金額を告げる。金額を頭の中で反芻しながら財布からお金を取り出すと、ちょうどピッタリあった。それを悠紀に渡すと、彼は「別にいいのに」と零しながら財布の中に仕舞う。
「良い訳ないでしょ。私と悠紀、二人のお土産なんだから。私も半分持つのが当たり前だよ。悠紀が逆の立場でもそうしたでしょ?」
「そうだな」
降参、と言わんばかりに肩を竦めた悠紀だったが、「けど」と言葉を続けた。
「これは俺に奢らせてくれよ」
袋から取り出したのは、私が欲しいと思っていたあのネックレスだった。驚いて固まった私の前で丁寧な手付きで箱からネックレスを取り出した悠紀は迷わず錠の方を指で摘み、鍵の方をベンチに置くと私の首へとその手を回す。
「俺からのクリスマスプレゼント」
ひんやりとした感触が首元を撫で、すぐに体温と同化してわからなくなる。けれど、目線を落とせば確かに錠のネックレスが自分の首にかかっているのが見えた。元の位置まで身を引いた悠紀が悪戯っぽく微笑み、一つ頷く。
「似合ってるよ、渚」
「・・・」
震える両手の指先が恐る恐る胸元に下がった錠に触れ、手のひらに乗せられ、大切そうに握り込まれた。
「どうして・・・」
小さな問い掛けを拾った悠紀は続けられるはずだった言葉を正確に読み取り、片膝をつくと握り込まれた両手に己の手を重ね合わせる。冷たい指先に渚の熱がじんわりと広がり、心地良かった。
「わかるよ、渚の事なら。なんせ、小さい頃からずっと傍にいたからな」
そう言った後、寒さのせいで薄っすらと赤く染まっていた頬をさらに赤くし、悠紀は照れ臭そうに笑う。今まで見たことのないその表情は、今まで見てきた彼のどの表情よりも鮮やかに渚の心に焼き付いた。
その笑顔が自分というたった一人に向けられているのだと思うと、満たされたような幸福感と共に、どうしてか心臓が早鐘を打ち始め、息が苦しくなった。
「あっ、ありがとう」
詰まりながらも口にしたお礼の言葉は自分らしくないほど小さく掠れていた。赤く染まっているであろう顔を見られたくなくて俯き、けれどどうしても彼の顔を見たいという気持ちがわずかに勝り、そっと目線だけを上げる。
「っ」
見上げた先にあった彼の顔がついさっきまでとは比べものにならないほど真っ赤で、可愛いと思ってしまったことは私だけの秘密だ。
私的にはこの二人には特に幸せになってほしいと思っています。そして、この小説を読んで少しでも誰かの励ましになればと、願っています。




