性格悪い人
今回の前半も“空の珠”が活躍します。それと三話目ぐらいに桜と渚を襲った敵の正体もわかります。それではどうぞお楽しみください。
「山下・・・先・・・輩・・・」
「やっ、桜ちゃん」
気さくに笑ってこちらに手を振るのは山下 大地。三珠学園高等部二年だ。ランクは『Z』。茶髪の髪が風に遊ばれ、朱色の瞳が笑う。その手にはブーメランが握られている。
「ブーメラン・・・。まさか・・・」
脳裏を過ぎったのは夏休み前の自分と渚を襲った謎の男。山下は肯定も否定もせず、相変わらず笑っている。それだけで答えがわかった。
つまり、こいつは・・・。
無意識に固く握り締めていた拳にはうっすらと汗が滲んでいた。心の中で動揺の嵐が荒れ狂う。
『挟まれましたか』
「桜ちゃんが思ったより強いからさぁ~弱ってる今のうちに“空の珠”いただいちゃおって話になってね。悪いけど覚悟してね、桜ちゃん」
語尾を後方に置き去りにして疾走を開始する山下を視界に入れた桜は、咄嗟に“空の珠”を握り、考えるよりも先に叫んでいた。
「雪よ!」
「ちっ」
ビキビキ ガシャーン
声と同時にブーメランが空を斬り裂く。ガラスが砕けるような音が辺りに鳴り響く。それより半瞬前に半袖でも汗ばむ天候にもかかわらず白い固まりが視界を埋め尽くす。それどころか気温も下がっていく。
「視界を奪う作戦かな、悪くない。でも残念。俺には・・・」
彼の体を朱色のオーラが覆っていく。瞼を閉じた山下は短く命じた。
「吹き飛ばせ」
彼の体を包んでいた風が雪を吹き飛ばす。が、目の前に桜達の姿はなかった。
「逃げたか」
さっきまで桜達が浮いていた下の地面には、彼女が居た証に血痕が残っていた。
『桜さん、大丈夫ですか』
「へーき。掠っただけだから」
雪が完全に周囲を覆う前に山下が投げたブーメランが弱ってた結界を破り、桜の右腕を掠めたのだ。彼女の言うとおりかすり傷だが、弱った体にはそれなりに堪えたらしい。呼吸が若干乱れている。
『そろそろ二十分経ちます。痛みが一気に押し寄せてくるはずなので・・・耐えてください』
「わかってる・・・・。痛みには・・・慣れてるから・・・・へ~きだよ」
どの辺が平気なのがまったくわからない力のない声と荒い呼吸。狼は言いたいことを抑え込み、前方を見据える。
『そう・・・ですか。そこ左です。そろそろ合流できるはず』
狼の声が終わるか終わらないかのうちに龍護の姿が見えてきた。
「桜!!!」
彼は桜の姿が視界に入るや否や凄い勢いで駆け寄ってきた。龍護にしては大変珍しく顔から血の気が引いている。隣の恭哉も血相を変えてこっちに駆けてくる。
「龍兄・・・恭哉・・・来てくれたんだ」
「当たり前だ」
狼の背から桜を下ろすとなにを思ったのか恭哉に押し付ける。思わず受け取ってしまった恭哉は目を瞬いて龍護を見上げ、ぎゅっと桜を抱き締める。
「怪我の手当てしないと・・・ちょっと見せて」
美優は桜の頭の傷と脇腹の傷に手を当てて顔を顰める。どっちも酷い。特に脇腹が。焼いて止血したみたいだけどそのせいで治すのに時間がかかりそうだ。
「急いで治癒しないと」
棒を出して治癒開始。ついでに右腕の痣も治しておく。痛み止めの効果が切れたのか、桜は激痛に身をよじる。
「逃がさないよ」
汐と山下 大地だ。しかも亜衣莉達までいる。新顔もいるようだが後ろにいるせいで顔が見えない。“血染めの十字路”と“隻眼の堕天使”を合わせた通称“珠狩”と呼ばれる異能組織。
「琉璃・・・なんでここに」
驚きを隠せない渚の声は震えていた。琉璃は花が咲くような美しい微笑とともに周囲を飛び交っている黒アゲハを一匹指に止まらせる。黒アゲハは瑠璃の指の上でゆっくり羽を閉じたり開いたりしている。
「私は“隻眼の堕天使”に所属してるの。あなたとは、敵よ。渚」
渚の顔に一瞬だけ動揺が走った。しかし、すぐにいつも通りの顔に戻り、水の三叉槍を出す。
「敵なら倒すまで」
迷いない口調で言い切った渚を見て、琉璃は儚げな微笑を口元に乗せる。どこか悲しげに見える微笑みだった。
「いいね。渚のそういうとこが、私は好きよ」
独白するような呟きを零した藤紫の瞳が心底から楽しそうに笑む。
「杉浦ッ。てめぇどの面下げてきやがった!」
激情をあらわにした表情で怒鳴る悠紀。ここまで怒りを表に出す悠紀は大変珍しい。いつもなら笑って誤魔化すか冷たい笑顔で相手を威圧するかのどちからなのに。
亜衣莉は悠紀の方などまったく見ず、恭哉に微笑みかける。
「恭。いい加減私と付き合う気になった?」
「なるか!くどいぞ。お前みたいな最低の女と同じ空気を吸ってると思うだけでも虫唾が走るッ」
嫌悪感を込めた声音で言い切り顔を歪ませる。握りこまれている拳が微かに震えているのはきっと見間違えではないだろう。紅い瞳に痛みの色が見え隠れする。
「恭哉・・・」
吐息のような声で恭哉の名を呼ぶ桜。恭哉の肩が目に見えて強張り、恐れを帯びた紅い瞳がゆっくりと桜を映し出す。
「さく・・・ら」
「ふふっ。まぁ~だ引き摺ってるんだぁ。そ~だよね。忘れられるわけないよねぇ」
語りかけるように紡がれる亜衣莉の毒のある一言一言が、まるで鋭利な刃物のように恭哉を貫く。
普段の彼からは想像がつかないような激しい感情を剥き出しにした悠紀が鋭い眼光で亜衣莉を睨みつける。今にも飛び出して亜衣莉を殴り飛ばしそうな悠紀を渚が必死に押さえている。
「大切な大切な親友の桜を――――恭が刺したんだもんね」
なぶるような口調でゆったりと告げられた内容に、恭哉の瞳が音を立てて凍りついた。現場にいた悠紀達は射殺できそうな眼差しで亜衣莉を睨むか、悲しげな眼差しで桜と恭哉を見つめるかに分かれた。龍護達は後から人伝に聞いたのみだが、その時の事は容易に想像ができたので怒りに染まった瞳で亜衣莉を射抜いている。
「君が、そうさせたんだろうがッ」
唸るような一夜の声に亜衣莉は耳障りな笑声を上げる。聞いているだけで気分が悪くなる。
「引っかかる方が悪いんだよ?」
嘲りを多量に含んだ物言いに悠紀がぎりっと唇を噛み締める。よく見れば今にも飛び出していきそうな悠紀を含めた四人を美優と千夏と渚が必死に押さえていた。
杉浦 亜衣莉。桜達と同じ中等部で、三年間同じクラスだった。桜達とは一応友達だったが、今は違う。亜衣莉は最悪の形で縁を切ったのだ。
亜衣莉は、恭哉の事が好きだった。そして、恭哉と仲が良い桜の事が邪魔で邪魔で仕方がなかった。だから、亜衣莉の異能で、恭哉を使って桜を殺そうとした。
「てめぇ・・・ッ。それ以上言ってみろ。殺すぞっ」
物騒なセリフに抑えきれない殺意を込めて言い放ったのは普段冷静な悠紀だ。冬空色の瞳が激怒にあまり濃い色に染まり、ぐっと握り固めた拳が小刻みに震える。
今にも飛び出していきそうな悠紀を前から抱きついて必死に抑えていた渚はふと視線を動かした。ふらりと視界の隅で、何かが動いたのが見えたから。
「天空・・・」
映った光景に小さい呟きを零し、渚は目を逸らした。
一瞬映りこんだ光景には、いつもの明るさが欠片も見受けられない弱々しい顔で、揺れた瞳で、無言で体を震わせている姿だった。
その時だった。
「・・・斗」
龍護の絞り出すような声が耳に届いた桜のは。身体全身を駆け巡る痛みを抑えて無理矢理上体を起こすした彼女はそこにいた人物を視界にとらえた瞬間、紅玉色の瞳がこれ以上ないほど大きく見開かれる。見間違えじゃない。あの瞳。あの髪。あの顔。
「螢・・・兄・・・」
そこにいたのはずっと行方不明だった天空 螢斗だった。七年前より背が伸び、一段と美人になっているが間違いない。なんで“珠狩”と一緒に。
「螢斗!?お前なんで“珠狩”にいんだよ」
「龍、か。久しぶりだね」
綺麗な顔に、これまた綺麗な微笑を浮かべた螢斗は順に龍護達の顔を見て、その目が桜へ移る。瞬く事を忘れたように大きく見開かれた瞳が彼を映す。が。
「僕のいないうちに親しい仲間が出来たようだな」
今なにが起こったのか、理解するのにひどく時間がかかった
「くれ・・・・・・に・・・・・・」
確かに、桜を見たのだ。自分と同じ紅玉色の瞳は確かに桜を映した。目が合った。それなのに。
あの目は。
見開かれたままの桜の瞳から涙が零れ落ちた。信じられない。信じたくない。でも。
螢兄の中に、私がいない――――。
引き攣れたような呼吸を繰り返す桜を訝しげに見つめ、渚が隣の美優を小突く。
「誰?あの人。桜とすごく似てるけど・・・」
声を潜めて美優に問うと、信じられないという感情がこもった声で堪えてくれた。
「桜ちゃんのお兄さんだよ。あの日にいなくなった」
「えっ・・・!?」
確かにどことなく桜に似ている。雰囲気とか髪とか。あの吸い込まれそうな紅玉色の瞳などそっくりだ。顔立ちも、どことなく桜を髣髴させる。
「“空の珠”の主、天空 桜が動けない今がチャンスだ。いくぞ」
聖の合図で“珠狩”が迫ってきた。くっと奥歯を噛み締めた翔太はお馴染みメンバーを振り返って言った。
「とりあえず逃げるぞ。今ぶつかったらこっちのが不利だ」
亜衣莉と螢斗の登場でこちらは多かれ少なかれ動揺している。このまま戦えば動揺が動きを鈍らせる。とにかく気を落ち着かせないと。
「あの廃ビルにいこう。あそこなら・・・」
「そうと決まれば、行くよ!!」
ふと思いついた場所が千夏の口をついて出た。提案を聞くや否や真夜の号令で全員走り出す。衝撃のあまり硬直してしまった桜を龍護が抱き上げる。彼らの背を目で追いかけながら聖に歩み寄った大地が囁く。
「追いますか?」
「ゆっくり行こうじゃないか。急ごうがゆっくり行こうが同じ事だ」
心底から楽しそうな笑みを口角に刻んだ聖の言葉で“珠狩”の面々はゆっくり歩き出す。
「ここからバラバラになるぞッ!」
走りながら全員に聞こえるよう声を張り上げた翔太の言葉に、若干遅れ気味の渚が息を荒げながら抗議の声を上げる。
「この状況で、バラバラになって、いいんですかっ!?もし、あの聖っていう、リーダーとあたったら、その組はっ・・・終わりですよ!!?」
「そうかもしれないが、三つの珠を一緒にしとくのはもっと危険だと思うぞ」
「春の言うとおりだ。まず美優には一夜と千夏。真海には悠紀と春。桜には俺と真夜と恭哉。今一番狙われてんのは桜だからな。異論は?」
「「ない!!」」
「じゃあ散るぞ。全員死なないようにな!!」
「縁起でもないこと言うな!」
それぞれの組と共に三方向に散っていく。美優は桜に薬を渡し、祈るような声で言い聞かす。
「この薬は傷を全部治す作用がある。けど、副作用がある。いざって時にしか飲んじゃダメだからね」
「わかった・・・・・・ありがとう・・・」
ぎゅっと薬ビンを握り締め、薄く今にも壊れそうな笑みを浮かべる桜。その笑みに美優は泣きそうになった。傷ついた顔に浮かべた作ったような笑み。この笑みを再び見る事になるなんて・・・。
美優のおかげで大きな傷は塞がった。頭の傷と右腕の痣は完治している。熱も治してもらったしこれなら戦える。
「いくか」
「奴ら、ここで三方向に分かれたみたいだな。どうしますか?」
ぐっと手のひらを握り締めた翼がとても楽しそうに、愉しそうに笑っている聖を見る。ふっと口角をあげた聖は表情同様愉しげな声で語りかける。
「好きな方向に行けばいい。誰に当たるかはわからないが、それもまた一興だろう」
汐と琉璃と翼は右へ、螢斗と聖と大地が直進、亜衣莉と陽菜と春と龍護のクラスにいた山岸 那実が左に向かう。
楽しそうな笑い声が閑静な住宅街に響きわたっていた。
数分後、美優達は小さな森林公園にいた。ここなら広いので存分に戦える。
「木も草もたくさん生えてる。一夜君にとっては好条件が揃ってるね」
純白の弓矢を手に持ちつつ一夜に話しかけた千夏に、戟を片手に周囲をぐるりと見回した彼は笑って頷く。
「うん。これなら僕の異能が生かせる」
二人の会話を背に、美優は棒を両手で持ち気を静めていた。
私は戦闘が苦手だけど、二人の足を引っ張らないようにしないと。私も一応訓練受けてたしそれを今生かさないと意味無いじゃん。
「来たみたいだね」
一夜の言葉に、美優と千夏は顔を上げた。
ほぼ同時刻。渚達は森林公園から少し離れた河川敷にいた。ここなら渚と悠紀にの異能を最大限に生かせる。と翔太が胸を張って言っていた。「春先輩の異能は生かせるんですか?」と問うたところ、「俺はどこでもいけるぜ」と得意げに胸を張っていた。
「水気が満ちてる。やっぱりここは落ち着くね」
渚が川に手を入れ気持ちよさそうに目を閉じている。悠紀はそんな渚を横目に入れつつ剣の柄に手を掛けると気になっていたことを春に聞く。
「ずっと気になってたんですけど、春先輩の異能ってなんですか?俺の異能は『絶対零度』。平たく言えば氷です」
「俺の異能は『ベクトル』だ」
「ベクトル・・・?って力の向きのことですか?」
「そうだ。俺の体に触れた空気、電気量、熱量。あらゆるものの力の向きを操作・変換することが出来る」
下にある石を拾い、それを上に投げて「たとえばだな」と悠紀の方を見たまま異能を操作する。
「これを」
唐突に石の落下速度が遅くなった。のろのろと下に向かっていく石を見ていると翔太がいかにもついでっぽく呟く。
「音速並みの速さで打ち出すことも可能だ」
今度は目に見えない速さで地面に落ちる。石が落ちた地面には深々と穴が開いていた。悠紀がごくりとつばを飲む。
「ちなみに、生きるのに必要最低限かつ無害の空気とか以外はいつも無意識かで反射するよう設定してあっから、奇襲しても無意味って訳。ヤッベ。俺って最強じゃん」
最後のセリフが激しく余計だが、確かにすごい。
「すごい異能ですね・・・」
思ったままを口にすれば、春はスポーツマンらしく爽やかさ満点の笑顔で笑った。
「龍の異能のがすごいよ。俺はあいつには勝てない。他のどの異能者もあいつには勝てないだろうな。あいつとはやりたくないぜ、マジに」
「龍先輩の異能?」
「おっと。その話はまた後で。お客様のご登場だ。歓迎会といこうか」
はっと気を引き締めて前を見据える。
二組とはちょっと遅れて桜達も戦う舞台についていた。廃ビルだ。
「桜、無理すんなよ。まだ完治してないんだろ」
「・・・わかってるって。・・・心配、しすぎだよ」
ここに来るまで耳にたこが出来るくらい言われた言葉に同じ返答を返す。どうして私の周りの人はこうも心配性なのか。大丈夫なのに。
「あいつ。本当に螢斗だったのかな」
真夜がポツリと零した一言に桜の顔が瞬時に強張る。逃げ出しそうになるのを必死に堪えて震える身体を抱き締める。
「私が、いない・・・」
螢斗の中に、桜がいない。螢斗の目が桜を素通りする。それがどれほど恐ろしいことか。悲しいことか。残酷なことか。
だからこれは、あの時の罰なのだ。あの時、螢斗の手を握らなかった私への。螢斗の手から、逃げ出した事への、罰なのだ。
「もう、戻れない・・・」
「何でそう思う?」
桜はのろのろと頭を振る。
「戻れない?本当に?あいつが何故“珠狩”にいるのか。どうしてお前を無視したのか確かめなくていいのか?」
「確か・・・める・・・」
声音に怯えがある。いつもの輝きが感じられない紅玉色の瞳が龍護を映している。
「勘違いするな。今大切なのは螢斗がどう思っているかではなく、お前が今どう思っているか。お前がどうしたいかだ」
相手の事を慮っていても、いつか必ず破綻する。そうなる前に、気づけ。
「考えろ。誰かのためではなく、自分のために。お前は、どうしたい?」
「私は・・・私・・・は」
いつもいつも、願うのはただ一つ。
「嫌われても・・・」
桜の顔がくしゃくしゃに歪む。
たとえ、嫌われても。拒まれても。疎まれても。それでも。
そばにいたい。――――会いたい。
「会いたい・・・。たとえ・・・」
その心に、私が欠片もいなくても。
私が覚えている。私の心は私のもので、誰にも奪えない。
想うことは止められない。想うことは、望むことは、この世の誰にも奪えない。
「そうか」
「本人が来たら逃げずに問えよ。大丈夫。私たちがいるから」
「そのご本人が着ましたよ」
恭哉が鞘から太刀を抜き、構える。桜達の顔に緊張が走る。目の前に現れたのは螢斗と聖と大地の三人だった。
「俺達は当たりを引いたらしい。さて、始めようか。三珠を受け継ぎし者達よ」
次回からそれぞれの戦いを書いていきます。過去シーンもボチボチ書いていこうかな、と思っているのでどうぞ気長にお待ちいただけると嬉しいです。
ただいま受験の準備でばたばたしているので更新が遅れる事があるかと思いますが、一ヶ月以内には更新できるよう頑張りたいと思います。




