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珠巡り  作者: 桜咲 雫紅
三章 兆候
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雪花の記憶 弐

随分と間が空いてしまいました。覚えている方はおられますでしょうか?桜咲です。

最近気持ちの浮き沈みの幅が大きくてついていけていない感がすごいです。

やる気が出たり出なかったりして自分に振り回されてます。

小説内もドタバタが続きますが、どうぞ最後までお付き合いいただけましたら嬉しいです。

それではどうぞ、ご覧ください。



終わり(やみ)が近づいてくる


その最中 空から舞い落ちる純白の結晶


まるで 六つの花びらのようで


その花に伸ばされた手がぱたりと落ちる


静かに世界(いのち)が終わりを告げる


純白の花びらに声なき声で問い掛ける


願えば、本当にこの願いを叶えてくれるだろうか


祈れば、本当にこの祈りを届けてくれるだろうか


望めば、本当にこの望みを伝えてくれるだろうか


願えば叶えてくれるのなら、祈れば届けてくれるのなら、望めば伝えてくれるのなら、どうか――――










ずいぶん歩いた気がする。この研究所は意外と大きいらしい。そんなことを思いながら前を行く少女の背中を見つめる。


「ねぇ。どこまで行くの?」


どんどん奥へ進んでいく少女の背に不安と恐れが入り混じった声を投げる。まったく光の射さない漆黒の闇の中、恐怖だけが(いたず)らに(つの)っていく。


「このさきまでだよ」


少女は歌うように答える。悠紀と違い、恐怖を欠片も感じていない明るい声。悠紀は頭の中で警鐘が鳴り響くのを聞き、足を止める。言い知れぬ違和感がモヤモヤと心の中に広がっていく。


何だろう。何かが変だ。


何が変なのかはわからない。だが、本能と呼ぶべきものが訴えてる。逃げろ、と。早く、一秒でも早くここから逃げろ。さもないと――――


「どウしたの?おにいちゃん」


突然少女の声に奇妙な歪みが混ざる。心臓が早鐘を打つ。頬を伝う冷たい雫。二人は立ち止まったまま動かない。悠紀は言い知れぬ違和感の命ずるまま一歩足を引く。だが、それ以上は動かない。


頭の中で絶えず鳴り響く警鐘。それに従おうにも何かに縫い止められたかのように動かない足。


「悠っ!」


このこう着状態を破ったのは、遠くから聞こえる悲鳴に近い姉の叫び声だった。ビクッと身体が跳ね、声に反応して反射的に振り向こうとさらに足を引く。


「姉さん!!」


自分の居場所を知らせるために大声を出しながら少女の手を離す。


「ごめん。僕の姉さんが探してるみたいだから、行かないと」


早口にまくし立てると姉の元へ行こうと足を動かす。もう一秒たりともここに、この少女の傍にいたくなかった。



ガッ



子供の、それも十歳前後の少女とは思えない力で服の裾を摑まれ、悠紀はその場にしりもちをつく。体勢を立て直す暇さえなかった。それほど強い力で摑まれたのだ。片目を瞑り、強かぶつけた痛みに耐える。


「どこいくの?オにイチゃん」


その声を聞いて戦慄(せんりつ)した。喋っているのは少女のはずなのに、その声には少女特有の声とは別の低い声が混ざっていたのだ。間違ってもこんな子供が、少女が出すような声じゃない。


そろそろと顔をあげると、表情という表情が全て抜け落ちた少女の顔が至近距離にあった。思わず口から悲鳴が出かけた。それを寸前で抑えられたのは(ひとえ)に悠紀の直感のおかげだろう。


一声でも出せば命が危うい。そんな予感がした。


「おイていカないデ」


カタカタと身体が小刻みに震えだす。逃げたいのに、意思に反して身体が動いてくれない。少女の虚無(きょむ)を湛えた瞳から目が逸らせない。声の歪みがどんどんひどくなっていく。


「ネェ。どこニイくの?オニいチャん」


「う・・・・・・ぁ・・・・・・」


恐怖が身体を縛り、指一本動かせなくなる。何かが気管を圧迫(あっぱく)して上手く呼吸が出来ない。


「・・・っ・・・れ・・・・・・な・・・」


呑まれるな。呑まれるな。恐怖に、恐れに、絶望に、闇に、呑まれるな。


右手の人差し指がピクリと動く。その動きにつられるように他の指も動き、握り込まれる。きつく唇を噛み締める。


「・・・のま・・・・・・れ・・・・・・・・・るか・・・」


握りこまれた右拳が色を失って白くなる。その手がおもむろに開かれ、腰に()いた剣の柄へゆっくり伸ばされる。


「僕はっ・・・・・・」


弱々しい、だが、決して諦めていない声。恐怖に支配されていた冬空色の瞳に強い光が灯る。


「僕は、絶対に、呑まれない!」


短く叫ぶと剣を逆手に抜き、思いっきり振り下ろす。服を裂き、肉を絶つ音が静寂に満ちた通路に響く。間をおいて何かが床に落ちる。


「うぐ・・・」


激痛に顔を歪ませながらも素早く少女から離れる。が、着地した瞬間、ガクッと膝から崩れ落ちた。液体が滴る音が一定の間隔を置いて耳を打つ。


『恐怖から抜け出すためとはいえ思いっきり刃物を己の身に突き刺す馬鹿がどこにいる!』


(よく見えないが)凄い剣幕(けんまく)で叱り飛ばされた悠紀は太ももに突き刺さった剣を引き抜き、バックから応急手当用の布を出すと手早く傷口をきつく縛る。その上から氷を張り、二重に止血する。


「痛みで(すく)んだ身体を動くようにしただけですよ。そんなに怒らないでください」


それと、狙ったのは摑んでたあの子供の手です、と荒い呼吸(いき)を繰り返しながらつけ足し、薄く笑ってみせる。暗闇で見えないが。呆れた気配が伝わってきた。


『とにかく逃げるぞ。あいつは、ヤバイ』


「・・・っ・・・わかってます」


よろめきながら立ち上がり、足を引き摺りながら海紀の声がした方へ向かう。しかし、数歩も行かないうちにその足は止まった。


「ドコイクの?」


「くっ・・・」


いつの間に先回りされたのか、右手首から先を失った少女が目の前に立っていた。足が止まったのもそのためだ。悠紀は壁に寄り掛かった体勢でおぼろげに見える少女の輪郭に全身全霊を集中する。


気を抜けば、られる。


今まで感じたことのない感覚が神経を駆け巡る。


「ネェ。コタエテ」


ぞくっと背筋が粟立った。声の歪みが、もう取り返しのつかないほどになっていた。脂汗が頬を伝い、顎から滴り落ちる。手に持った柄に力を込める。


「僕は、姉さんの所に戻ります。邪魔を・・・しないでください!」


断言すると剣先に異能を込め、語尾とともに床に叩きつける。通路を氷が覆っていき、立っているのはおろか走るのなど論外なほどつるつるになる。


「氷!」


『任せときな』


氷は悠紀の後頭部に背をくっ付けるような体勢で襟首を摑むと翼を広げ、羽を動かす。悠紀は滑るように氷の上を進んでいく。少女は立っていられず、その場で片手両膝をつく。


「ニガスカァ」


少女の怨嗟(えんさ)(うめ)きを背中に受けながら、悠紀と氷は物凄い速さで氷の上を滑っていく。とにかく海紀と氷瀧と合流しなくては。あの少女が何者かは知らないが、非常に危険なことは嫌でもわかった。あの少女と二人のどちらかが鉢合わせしたら間違いなく殺されてしまう。


「氷。二人の居場所はわかりますか?」


『わからん。何かに妨害されてるみたいだ。いったん外に出るぞ』


「姉さん。氷瀧さん」


悔しげに歯噛みする悠紀。その時、前方でふらりと何かが動いた。悠紀ははっと目を見開く。あの少女が追いついてきたのか?それとも、新手か。剣を握り締めると前方を凝視(ぎょうし)する。ふらりと動いた何かは光るものを持っている。


ん?光る・・・もの?


目を凝らして何かを見る。光で照らし出されてる顔は・・・物凄く見覚えがあった。


「氷!ストーーーープ」


泡を食って止まるよう指示するも、時既に遅し。悠紀はろくに速度を落とさず前方の光るものを持っている何かと派手に激突する。相手が避ける間もなく、だ。


「っててて~。痛ーぞコラ。何しやがんだ、悠」


『氷瀧の巻き添えを食らうなど不覚』


「ごめんなさい、氷瀧さん。深希さん。気付くのが遅くて止まり切れなくて・・・」


ぶつけた頭をさすりながら苦情を言う氷瀧と彼の相棒の深希に、同じく頭をさすりながら謝る悠紀。氷はいち早く危険を察知し、止まり切れないと判断するや否や主人を見捨てて上へ避難していた。薄情な奴め。


悠紀の集中力が途切れたせいか、床の氷が融けていく。


「まっ、いいや。怪我ないか?悠」


「はい。まったく・・・った・・・」


今の激突で太ももの傷口に痛みが走り、傷の少し上を押さえる。歯を食い縛って痛みに耐えている悠紀の太ももを見て、氷瀧は目を細める。


「この傷はどうした?」


『刺し傷だな。敵と遭遇したのか?』


「それも、あります。ですが、この傷は、自分で、やりました」


正確にはあの少女の手から逃げるために少女の手を切り落とし、その勢いのまま自分の太ももも突き刺してしまった、だ。まぁそこまで言う必要はないだろう。


要領を得ない抽象的な悠紀の言葉に氷瀧は顔をしかめる。詳しい説明を求むと顔面に書いてある彼の肩に氷が止まり、そうなるに至った経緯を説明する。


『実はな』


話を聞いていくにつれ氷瀧の顔が不機嫌になっていく。悠紀は痛みで乱れた呼吸を鎮めようと努めてゆっくり呼吸をする。予想より深く突き刺してしまったらしく、いっこうに痛みがひかない。


その時、少し遠くで物が壊れる音がした。はっと顔をあげると氷瀧が鋭い眼差しで音のした方角を睨んでいた。


「姉さん・・・っ」


足の傷など忘却(ぼうきゃく)彼方(かなた)に押しやり、猛然(もうぜん)と駆け出す。その後に氷瀧と深希が続く。音は断続的に聞こえてくる。音が消える前に着かないと。


「あそこか」


前方に天上が大きく壊されたホールのようなものが見えてきた。光で満ちているそこに迷いなく駆け込む。壊されたホールの天上から晴れ渡った青空が覗く。


「姉さん!」


ホールの中心に右手首の先がない少女が立っていた。少女を守るように黒い影のようなものが彼女の足元で(うごめ)いている。少女から少し離れた場所に海紀はいた。見る限りひどい怪我は負ってないようだ。そのことにまず安堵(あんど)する。


「悠!無事だったのね。あら・・・」


駆け寄ってくる弟を見て嬉しそうに顔を綻ばせた海紀は、彼の後ろに氷瀧がいるのを見た途端冷めた表情になる。


「涼ちゃんもいたのね。丁度いいわ。こいつを釣る餌になってくれない?相手が喰いついたら私が倒すわ」


『相変わらず姉御(あねご)は手厳しい』


合流したそばから恐ろしいことを言う海紀。氷瀧は多少傷はあるものの普段と変わらない軽口を叩く海紀に安堵(あんど)の息をつく。


「よかった。無事みたいだな」


「まぁね。それより悪い知らせよ。後から来た人皆殺されてたわ」


氷瀧と悠紀の表情が瞬時に凍りつく。全員殺られたってことは・・・全滅?


「マジか」


「嘘を言ってどうするのよ。悠と連絡出来なくなってすぐに外に出たのよ。そしたらみんな死んでいたわ。全員一撃。ろくに反撃した後すらなかった」


悠紀は最初に少女にあった時のことを思い返す。あの時少女の服は湿っていた。そして、頬や髪は汚れていた。ということは・・・。


「あなたが・・・」


震えた声で少女に問うと、全身が総毛立つような(わら)い声が少女の口からこぼれる。隣の海紀が目元を歪ませ、氷瀧が嫌悪に満ちた顔で少女を睨む。


「ソトノオジサンタチノコト?ソウダヨ。ワタシガコロシタンダヨ。ヨワスギテツマンナカッタ」


耳を塞ぎたくなる声に悠紀はぐっと耐える。こんな奴に勝てるのだろうか?増援は全員海紀達よりランクの上の『Z』だったはず。そんな人達が反撃も出来ずにやられたのにランク『Z』一人に『A』と『B』でどうにか出来るとは到底思えない。


「圧倒的不利ってやつか。笑えねぇ」


さすがの氷瀧からも弱気発言が出る。険しい顔で少女を見据えていた海紀はそれを聞いてさらに表情を険しくする。


逃げるのも難しそうね。なら、


「やるしか、ないか」


「そうみたいね。悠、行くわよ!」


「はい!」


三人共、内心は違えど腹を括った顔で各々の武器を構える。少女はにぃ、と口端だけをつり上げて、嗤う。少女の足元の黒いものがゆっくり立ち上がり、三つに分かれる。それは鋭利な刃へと先端を変え、三人へ襲い掛かる。


「散れ!」


氷瀧の号令で三人は三方へ分かれる。しかし、悠紀は足の傷の影響で僅かに反応が遅れ、避け切れなかった刃が体を(かす)めていった。遅れて浅く血が飛ぶ。


「っぅ・・・・・・」


新たな痛みに小さく呻きながら別方向から迫ってきた影の刃をかわす。時には武器で受け、時には互いに庇い合いながら悠紀達は完全な守勢に追い込まれていた。動きが速いのと手数が多いのとが相まって攻撃に転じる暇がないのだ。


「くそっ」


苛立ち混じりに吐き捨てると氷瀧は水車のように振り回していた十字槍の切っ先に異能を込め、少女目掛けて勢いよく振り切る。


「『空間切除』!走れ!深希」


視界がいくつものコマに切り分けられたかのようになり、氷柱が砕けるような快音がそこら中を駆け巡った。空間すべてに縦横無尽な切断線が刻印され、不快を伴う浮遊感と共に床の感覚がなくなる。ふわりと浮いた体に忌々しげに舌打ちすると、少女は近くの影の上に乗り、かろうじて崩れていない場所へ移動する。


それを見た氷瀧は十字槍を肩に乗せ、ちっと舌を打ち鳴らす。


「この程度じゃダメか」


『あの影、思ったより厄介だな』


彼の異能は『空間』。空間を切り裂くことはもちろん、空間を付け足したり消したり作り出したりすることもお手の物だ。


「悠。大丈夫」


氷瀧が少女の注意をひきつけている隙に海紀が悠紀に駆け寄る。影が掠った左腕の傷は浅い。問題は太ももの傷で、激しい動作を繰り返していたせいで傷口が完全に開いてしまっていた。


「今、止血するから」


傷に響かないようにそっと太ももの傷に手をかざした海紀が異能で止血していく。それを黙って見ていた悠紀は不意に顔をあげた。なぜかはわからない。ただ、嫌な予感がしたのだ。そして、その予感は的中した。


姉の肩越しに鋭利な刃が真っ直ぐこちらに向かってきている。このままいけば二人とも串刺しにされてしまう。考える間もなく悠紀は海紀の体を異能で突き飛ばし、反動でよろめきながらも自分は反対へ跳ぶ。止血することに集中していた海紀は簡単に突き飛ばされた。


「ゆ・・・悠紀ィーーーー!!」


突き飛ばされた姉が宙に浮いた状態で目にしたものは、彼の左腕に黒いものが突き刺さり、背中側から飛び出したそれが勢いそのままで壁に突き刺さり、そこへ深々とひびを入れるところだった。悠紀の腕から伸びた黒いものから真っ赤な鮮血が滴る。一瞬遅れて悠紀の口から絶叫が(ほとばし)った。


「悠!」


考えるよりも先に幾重もの影による怒涛(どとう)の攻撃を掻い潜り、悠紀の元へ滑り込んだ氷瀧が彼の腕を貫いている影を斬り、安全な場所(くうかん)を作る。完成する間際に海紀が中へ滑り込んだ。


「悠!しっかりしろ」


「悠紀っ」


必死に呼びかけている二人と悠紀を囲んだ空間に数多の影の刃が突き刺さり、破ろうとする。空間は不穏(ふおん)な音を立てながらもなんとか持っている。しかし、それも時間の問題だろう。あの少女の異能量は異常だ。一人の人間が持てる量を遥かに上回っている。


おそらく、レベル『10』以上はあるだろう。


「事件の謎が、解けたな」


なんとか空間を保とうと全霊を振り絞りながら唸るような声を発した氷瀧の表情は暗い。彼は悠紀と合流するまでにこの研究所は何をするために作られたのか、何をしていたのかということを調べていた。


この研究所は人工的に異能を生み出す実験をしていたらしい。おそらく、その実験の最中に生み出された異能を入れる入れ物(うつわ)とされたのがあの少女だ。研究員を皆殺しにしたのもこの少女だろう。推測に過ぎないが、少女は入れられた異能を制御できずに暴走してしまい、自我を失い、殺戮(さつりく)兵器と化してしまった。

人口異能者にはよくある症状だ。


『マズイぞ』


蜘蛛の巣のように細かな亀裂(きれつ)が空間のあちこちへ生じ始める。なんとか亀裂の修復を試みようとするが、亀裂を直そうとする彼の異能より破壊しようとする相手の異能の方が遥かに上回っている。悔しげに唇を噛んだ氷瀧の紺の瞳に力が入る。


もう、持たない・・・ッ。


「人体実験」


吐き捨てるような海紀の言葉に氷瀧は頷くことで肯定する。人工的に異能を作ることはもちろん、それを人へ入れることも固く禁止されてる。被害者である少女には罪はないが、他に被害が及ぶのは防がなくてはいけない。


『破られるぞッ』



バキ・・・ン



ついに空間が壊された。氷瀧と悠紀を抱えた海紀は別方向に跳ぶ。


『氷瀧。乗れ』


「こっちだ」


大声をあげて深希の背に飛び乗り、異能をぶつける氷瀧。自身に意識をひきつけて、海紀が悠紀を手当てしやすいようにするためだろう。


「悠、もう少し待ってて。あいつ倒したら、すぐに戻ってくるから」


影が届かない場所。すなわち日の当たらない場所に悠紀を横たえると、青白い頬に手を当てる。悠紀は血の気の失せた顔で弱々しく微笑む。


「足・・・引っ張って・・・っ・・・・・・ごめんなさっ。・・・姉・・・さん・・・」


「なに言ってるの。あなたがいなかったら私はあの影に貫かれて死んでたわ。助けてくれて、ありがとう」


そう言うと悠紀の額に己のを軽くぶつけ、氷瀧の援護に向かう。悠紀は辛うじて動く右手でなんとか上半身を起こすと海紀達の方を見る。二対一だというのに少女はかすり傷一つ負ってない。少女から一定範囲内の攻撃は全て影が自動的に防いでいるようだった。


「・・・っ氷」


苦しげな呼気の合間に相棒の名を呼ぶ。氷は悠紀の肩に止まり、首を傾ける。


『なんだ?悠紀』


「この剣に、僕のありったけの異能を、込めます。それを、姉さんに・・・」


『わかった』


ピクリとも動かない左腕には姉の氷で止血が施されていた。それを一瞥(いちべつ)すると(ほの)かな笑みを浮かべ、柄を握る。手に吸い付くような馴染みの感触が痺れた脳に伝わる。


「我が身に・・・宿りし冷気よ・・・。ッ・・・この剣に、触れしすべてを・・・・・・破滅へ誘え・・・」


囁くような声で命ずると、剣を淡い冬空色の光が覆っていく。いま自分が操れる限りの異能を込め、氷に目配せする。相棒は正確にその意を読み取り、足で柄を摑むと飛び立つ。


「・・・頼みました・・・ッ・・・ょ・・・」


氷は低空飛行で少女の死角から海紀側を目指す。見つかったら最後、重い荷物(けん)を持っている自分などあっという間に串刺しにされてしまう。そうでなくても剣を手放さないと避けられない。


戦っている二人へ目をやると、氷瀧が悠紀の剣を持って飛んでくる氷に気付いたようで少女に気付かれないように海紀へ目配せしている。海紀はさりげない動作で氷に上昇するように指示する。


「涼ちゃん!」


「任せとけ。やるぞ」


『承知』


氷瀧が片手を振るとあちこちの空間が一瞬で切り裂かれる。それに深希の異能がプラスされ、広間がズタズタになる。足場が不安定になり、少女の気が足元に向く。その瞬間、わずかな間隙(かんげき)を突いて海紀は剣を手にがら空きの脇へ滑り込む。


「コザカシイっ」


間合いに突入してきた海紀に影の刃が雨霰(あめあられ)と降り注ぐ。それらを掠らせながらもかわし、速度を緩めずに少女へひた走る。


「これで終わりよ!」


「キサマガナ」


海紀の背後から影の刃が迫る。鋭利な影の刃が間近まで迫ってもまったく速度を緩めず、ただひらすらに少女だけに意識を絞る。彼女の背後に迫っていた影は突如(とつじょ)付け足された空間によって距離感が狂い、狙いが逸れる。


「はぁっ」


(れっ)ぱくの声とともに剣が振り上げられる。それは真っ直ぐに少女の胸へと吸い込まれていく。


ニヤッと少女の口が笑みの形に歪む。


「ッ!!」


少女の体を貫いて飛び出した影の刃をかろうじて軌道を変えた剣で弾く。わずかに舞った自身の赤い雫越しに驚愕(きょうがく)で見開かれた冬空を模した瞳が少女を映す。貫かれた少女の体から血が一滴も出ない。代わりに傷口を黒いものが覆っている。


「まさに『入れ物』ってことだな」


いったん後退した海紀の傍に歩み寄った氷瀧が嫌悪感たっぷりの顔で呟く。あれは少女の皮を被った異能そのもの。『入れ物(しょうじょ)』の中を喰い尽し、自分の住処(すみか)にしているのだ


「ドンナコウゲキモ、コノカラダノマエデハムイミダヨ」


狂ったように哄笑(こうしょう)しながら少女の体から飛び出した影の刃は二人を攻撃する。海紀はちらっと上空を見上げ、ほくそ笑む。


「今よ!氷」


海紀の声とともに何かが風を切る音がした。それは徐々に近づいてくる。音の出所に気付き、上空(うえ)を見上げた時にはもう遅かった。少女の身体から影が爆発し、四方八方へ散るが、当たる前に生じた空間に阻まれ、すり抜けて剣に当たったとしても瞬時に凍りついて止めるには至らない。悠紀の渾身(こんしん)の異能だ。


「ギャアアアアアアアアアア」


断末魔(だんまつま)の悲鳴をあげて少女は真っ二つに裂ける。裂けた少女の間には空色の剣が陽光を受けて輝いていた。四方に散った影が壁やら残った天井やらを壊したが、海紀達には当たらない。


「ナイス、氷」


氷瀧がぐっと拳を握る。旋回(せんかい)しながら降りてきた氷は、疲弊(ひへい)し切った様子で悠紀の頭の上に落ちる。


「・・・ありがと・・・ございます・・・。氷」


『もう、二度とはごめんだぞ』


「これで帰れそうだな」


「ええ」


刹那(せつな)


時が止まった。

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