02
街は割とすぐに見つかった。その姿は、俺の想像していた町とはまったくもって違っていたが。
とりあえず街中に足を踏み入れ、きょろきょろとあたりを見回す。相変わらず視界はぼやけていたが、それでも街中を歩く人々の髪色がおおよそ人間ではありえない色をしているのはわかった。染めているのだとしても、黒髪が一人もいないのはおかしい。
やはりここは天国なのだろうか。首をひねっていると、どすんと体に何かがぶつかった衝撃がした。まずい、前を見ていなかった。反射的に「す、すみません!」と謝罪を口にする。
俺にぶつかって来た人影は、俺よりも小柄な人のようだった。つばの広い帽子をかぶっているため顔は見えないが、背中の真ん中あたりまでは広がる銀髪からきっと少女だろうと推測する。
「こちらこそすみません...!」
そんな言葉とともに、帽子で隠されていた顔がこちらへと向けられた。相変わらずぼやけているが、かろうじて予想通り少女だということは分かる。
その瞬間、ぶわりと強い風が吹いた。
風に乗って、彼女のかぶっていた帽子がぶわりと空を舞う。銀髪が風になびき俺の視界を覆った。
「あっ......!」
焦ったように彼女が帽子へと手を伸ばすが、その手は帽子に届くことなく虚しく空をかく。反射的に俺も手を伸ばすと、このぼやけた視界ではうまく距離感は掴めないがなんとか帽子の端をつかむことができた。手元まで引き寄せると、はい、と彼女に帽子を渡す。
「あ、ありがとうございます...」
「いえいえ。なんとか掴めてよかったです」
お礼を言われて悪い気のする人間はいないだろう。俺は少女に向かって笑いかけると、それでは、と言って彼女の横を通り過ぎようとした。
けれど、その歩みはすぐに止められることになった。彼女が俺の手首を掴んだからだ。
「なんですか?」
突然のことに驚いてそう問いかけると、彼女は俺の手首を握ったままうつむいた。長い銀髪に隠されてまた顔が見えなくなる。
いったいなんなんだろう。俺は早く眼鏡屋を探したいんだけどな。
もう一度、なんですか、と声をかけると、彼女は意を決したようにがばと顔を上げた。
「あの......!」
その瞬間、その言葉に被せられるようにしてどこか遠くから声が響いた。
「いたぞ!化け物だ!」
目の前の少女がびくりと肩を震わせる。目を凝らすと、どうやら複数の男たちがこちらに向かって走って来ているらしいことがわかった。
化け物とは目の前の彼女のことだろうか。たしかに髪色は銀色だけれど、それ以外に特に変なところは見当たらない。いや、視界がぼやけてよく見えないからあまり分からないと言ったほうが正しいのだけれど。
すると、いきなり彼女が駆け出した。——俺の手首を掴んだまま。自然と引っ張られるような形になり、転びそうになりながらもなんとか俺も走り出す。
彼女はその銀髪をはためかせながら、一度も俺の方を振り返ることなく一心不乱に走り続けた。そして、人影のない路地裏でようやくその足を止めた。
それと同時に、ずっと俺の手首を掴んでいた手が離される。俺はその手を自身の胸に当てると、すー、はー、すー、と何度か深呼吸を繰り返した。運動不足の体に突然の全力ダッシュはきつい。
荒れた息をなんとか整えていると、「あの」と声をかけられた。視線を向けると、少女は先ほど渡した帽子を大切そうに抱えて俺をまっすぐに見ているのが分かる。
「なに?」
「......私のことが、怖くはないのですか」
予想外のその言葉に、俺は目を丸くした。
「え、なんで?」
「なんで、って......」
なにが怖いのだろう、と首をひねっていた俺は、あることに気づいて目を瞬かせる。そうか、この銀髪のことを言っているのか!
「俺は綺麗だと思いますよ。貴女によく似合ってます」
いや、顔はぼやけてよく見えないけどね?それでも彼女が髪を染めたヤンキーだったりしたら怖いし。とりあえず褒めとくべきだろう。
その銀髪が綺麗だな、と思ったのは本当だし。
そんな俺の言葉に、彼女は「......そんなこと、初めて言われました」と震える声で返した。




