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第八十二話「壁新聞」


 日曜日が明けて月曜日の朝、今日は少しばかり気分が軽い。錦織や近衛の周りはちょっと気になるけど、まぁはっきり言えばそれは俺の問題じゃない。クラスでいじめとかあったら嫌だから、そういう場面に遭遇すれば止めにも入るけど、錦織、萩原、近衛の関係については近衛家の者がどうにかすればいい。俺の知ったことじゃない。


 それよりも伊吹のパーティーも、運動会も終わったとなれば、あとは二学期の重要なイベントと言えば来月予定されている皆でのお出かけだ。色々鬱や面倒なことはあったけど、これだけは楽しみで仕方がない。


 皆で練り上げたプランも完璧だ。どこをどういう順番で回っていくかまで決まっている。皆でお出かけ……、楽しみだなぁ……。早く来月にならないかな。


「咲耶、随分楽しそうだね」


「え?ええ、まぁ……。ようやく運動会も終わりましたし、次のイベントが楽しみなんです」


 兄に聞かれたから素直に答えておく。ここで嘘をつく理由はない。皆とお出かけ。皆とお出かけ。楽しみだなぁ。




  ~~~~~~~




 軽い足取りで教室に入る。いつも通りの面子しかいない教室を歩いて皐月ちゃんに挨拶をする。


「御機嫌よう、皐月ちゃん」


「咲耶ちゃん御機嫌よう。今日は随分楽しそうですね?」


 おっと、皐月ちゃんにも兄と同じことを言われてしまった。いつも思うけど俺ってそんなにわかりやすいのかな?前世ではポーカーフェイスのさくやと呼ばれていたはずなんだけどな。まぁ俺の中でだけだけど……。


「ええ。ようやく運動会も終わりましたし……。運動会では思わぬアクシデントもありましたから、少しだけ今後のクラスについて心配なこともありますが……。それよりも!来月が楽しみなのですよ」


「そうですね……。本当に……、来月が待ち遠しいです」


 おおっ!皐月ちゃんがふんわり微笑んだ!いい!凄くいい!美少女の微笑み!今までの少し硬い、取り繕ったような態度とはかなり違う。明らかに皐月ちゃんがデレてきている!もうちょっとだ!皐月ちゃんを落とせる日はそう遠くないぞ!


「うふふっ。本当に楽しみですね」


「ええ」


 二人で笑い合ってから自分の席に着く。本当に楽しみだなぁ……。この時のために伊吹のパーティーや運動会を頑張ったと言っても過言ではない。むしろこれがなかったらとっくに俺がグレていたかもしれない。来月お出かけ出来るからこそ他の全てが我慢出来るというものだ。


「おはよう!」


「アザミちゃんおはよー!」


「アザミ様おはようございます」


「ごきげんようアザミ様」


 また今日も元気良く薊ちゃんが登校してきた。本当に薊ちゃんは元気だなぁ。薊ちゃんを見ているとこちらまで元気を分けてもらえるような気分になってくる。活発な女の子も可愛い。皐月ちゃんのようにお淑やかな女の子も可愛い。いや、うちのグループの子は皆可愛い!他のグループ?他は知らない……。


 俺って幸せ者だなぁ……。可愛い女の子達に囲まれて……、これこそが俺の求めていたキャッキャウフフじゃないか?とても順調に思える。こうして可愛い女の子達に囲まれて、楽しい青春を過ごす。いい!素晴らしい!咲耶お嬢様に転生してよかった!まぁ俺自身なんだけど!


「おはようございます咲耶様!何か良いことがあったんですね!おめでとうございます!」


「御機嫌よう薊ちゃん。ありがとう」


 薊ちゃんは何があったのかも聞く前からすぐにおめでとうと言ってくれる。悪い気はしないけど何か妙な感じだ。悪い気はしないからいいんだけどね。


「一体何があったんですか?差し支えなければ教えてください」


「何かあったというほどのことではないんですよ。ようやく運動会も終わって、あとは皆でお出かけの日を待つばかり……。楽しみでついつい笑みが零れてしまうのです」


 薊ちゃんにも正直に答える。すると薊ちゃんも満面の笑顔になってくれた。眩しい笑顔だ。


「そうですね!来月が待ち遠しいです!」


 皆もお出かけを楽しみにしてくれている。早く来月にならないかなぁ……。




  ~~~~~~~




 お昼休みに皆で食堂に向かう。その途中で血相を変えた水木がこちらに向かってきていた。何か急いでいるのかなと思ったけど真っ直ぐ一直線にこちらに向かってくる。


「咲耶ちゃん!ちょっと来て欲しい!」


「え?あの……?」


 俺の前まで来た水木はかなり険しい表情でそう言った。こんな感じに水木に呼び出される覚えはないんだけど……。俺何かやらかしてたかな?近衛門流である広幡水木が俺にこんな風に迫ってくるなんて、思い当たることと言えば錦織か萩原のことくらいだけど……。


「広幡様!一体咲耶様が何をしたというのです!」


「そうです。そんな態度で女の子を呼び出して連れて行こうなど……、一体どういう了見でしょうか?」


 俺の前に薊ちゃんや皐月ちゃんが立ってくれる。あれ?何だかこれって俺が守られているお姫様みたいな構図に見えなくもないな。まぁ二人はそんなつもりはないだろうけど、左右の騎士様に守られるお姫様の図……。うん……。そういう風に見えなくもない。


 本当なら男の俺が二人を守ってあげなくちゃいけないのに……。そもそも俺って中身は結構な年齢なわけで、小学校一年生の女の子に守られるってちょっとアレだな……。


「ああ……。ごめんごめん。俺もちょっと気が動転していてね。咲耶ちゃんが悪いわけでもないし、何か責めようというわけでもないんだよ。ただちょっとついて来て欲しい。咲耶ちゃんにとって大変なことになってるよ」


「わかりました。それでは少し広幡様と行ってきます。皆さんは先に食堂へ……」


「食堂なんて行くわけないじゃないですか!私達は咲耶様と一緒に行きます!」


 薊ちゃんは水木にはっきりと意思を伝えた。水木も真剣な表情で頷いた。


「いいよ。それじゃ皆で向かおう」


 こうして……、俺達は食堂に行く前に水木に案内されてどこかへ向かうことになったのだった。




  ~~~~~~~




 水木に案内されてやってきたのは藤花学園の玄関口付近、掲示板等が並んでいる一画だった。


「何やら人だかりが?」


「一体何故こんな時間にこんな場所に人が……」


 どうやら皆掲示板に向かって立っているようだ。何か重要なお知らせでも貼られているのかな?でもそれなら先生からも説明や注意があるだろうし……。今朝のホームルームで何も言われなかったけど……。


「なっ!」


「これは……」


「こんなの酷い!」


 一緒に掲示板にやってきた皆はそれを見て口元を押さえて口々に言葉を零していた。


「あ~……」


 そして俺はそれを見て何というか……、無気力感に襲われたというか……。そこには壁一面にデカデカと壁新聞が貼られていた。内容はだいたい先日の運動会についてだ。


 『傲慢なるご令嬢の本性』とか色々とセンセーショナルな見出しが躍っている。書かれているのは俺のことについてばかり。


 薊ちゃんや皐月ちゃん達を侍らせて、タオルや飲み物を持ってこさせたり、扇がせたりしていた。という写真や見出し、記事の内容。


 それにリレーで転んだ錦織を叱責している場面とその文言。こちらは当時目撃者も大勢いたから言い訳のしようもない。確かにここで書かれている言葉を普通に考えればそう受け止められても止むを得ないだろう。


 俺は別に錦織を責めたり、早くしろと急かしたつもりはなかった。でも転んで泣いている一年生にあの言葉だけを聞けば周囲がそう受け取っても止むを得ないだろう。俺が浅はかだったと言えばその通りだ。


 薊ちゃん達を侍らせていたのも本当。錦織にキツイ言葉を飛ばしたのも本当。どちらも俺の意図とは違うとしても、少なくとも客観的に見たらこの壁新聞に書かれていることは間違いではない。何も事情を知らずに客観的に見ればそういう解釈も可能だ。


 それらはまだ良い。まだギリギリ嘘じゃない。目撃者も大勢いる。運動会の中で、生徒や保護者達がいる場で行なわれたことだ。でもこの先はちょっと黙っていられない。


 まずクラスに戻ってからの一悶着。この壁新聞には俺は閉会式や片付けの時にも何度も錦織に人前で謝らせて責め続け、しかもそれでも許さず教室に戻ってからもクラスメイトの前で錦織を罵倒して責めたと書かれている。それを止めに入ったクラスメイトにまで当り散らしたと書いているけどそんな事実は一切ない。


 人伝にこの話を聞いて情報が捻じ曲がったのか、わざと曲解したり嘘を織り交ぜて書いてあるのかはわからない。ただ何故かクラスで揉めた時の写真まである。


 運動会の時の写真や映像があるのはわかる。学園が用意した撮影班や各家のカメラが回っていた。そこで俺の様子が映っていてもおかしくはない。でも何で教室で、あの時錦織を囲んでいた者達と揉めた時の写真がある?これは一体いつ、どこから撮られたものだ?


 そもそもこの内容も滅茶苦茶だ。クラスの男子達が錦織が転んだことを責めていたから俺が止めたのであって、内容や事実関係が逆さまになっている。でもそう書かれて写真が載せられていればまるで本当にそういう場面のように見えてくるから不思議だ。


 そして一番の問題……。記事の一番最後には俺が萩原紫苑を呼び出して話した中庭の様子が書かれていた。泣き崩れる萩原紫苑とそれを見下ろす俺。そんな写真と共に書かれている内容は、俺が萩原紫苑に一組の妨害をするように命令したのに、萩原紫苑がそれをしなかったから叱りつけている場面と書いてある。


 場面だけではその会話が何であったかなんてわかるはずもない。この記事の内容も出鱈目だ。でもここに『音声データを入手している』と書いてある。それだけで一気に信憑性が増す。俺は会話の内容を知っている。当然だ。俺が話していたんだから……。だからその音声データとやらを出してみろと言いたい。


 でもこれを見ただけの者はどう思うだろうか?そこまでの俺の態度と、この壁新聞に散々書かれている内容、そして運動会の裏で行なわれていた悪事の写真と音声データもあるという主張。これを読んで他の生徒達はどう思うだろうか?


 俺達の声を聞いて、この壁新聞を眺めていた者達がこちらに気付いた。そして一斉にズザザッ!と離れる。ヒソヒソと『こんなことをする奴だから何をされるかわからない』『関わらない方がいい』『早くこの場を離れよう』という声が聞こえてくる。これが答えだ。誰もがこの内容を本当だと信じてしまう。


「おい!これは何の騒ぎだ!」


 そこへ……、ややこしい奴が現れた。


「近衛様……」


「…………なるほどな」


 伊吹は壁新聞をサッと眺めてから俺の方に向き直る。その表情は険しい。この記事では俺が伊吹を貶めるために企みを働いていたということになっている。伊吹や近衛門流からすれば笑えないことだろう。もし記事通りに本当に錦織、萩原の近衛門流にそういうことを強要していたのなら一大事だ。


「九条さん……」


 槐も困ったような顔でこちらを見てくる。面倒なことになったものだ……。


 周囲の生徒達は遠巻きにこちらを見ている。どうなるのかと興味津々ということだろう。あちこちから『近衛様が傲慢令嬢を叩き潰す』とか『やっちまえ』という声が聞こえる。どう考えても伊吹が正義、俺が悪という認識が広まっている。


「九条咲耶!ここに書かれていることは本当か?」


「本当なわけないでしょ!こんなの全部出鱈目よ!」


「薊ちゃん、落ち着いて……」


 俺が答える前に興奮し切っている薊ちゃんが声を荒げて伊吹に噛み付く。ここで下手なやり取りがあったら俺だけじゃなくて皆にとっても命取りだ。ここは落ち着いて冷静に対処しなければならない。


「これらの写真は別の内容の写真を持ってきてあたかも記事の内容の出来事であったかのように嘘が書かれています。写真自体を否定するつもりはありませんが、この記事を書いた者が主張している内容は全て誤りです」


「……じゃあお前はこれが嘘だっていうんだな?」


 俺の言葉に伊吹は静かにそう問い返してきた。真っ直ぐに伊吹を見詰め返してからはっきり頷く。


「はい。この記事の内容は出鱈目です」


 周囲から『そんなわけないだろ』とか『俺達だって見てたぞ』とか『言い訳して逃げるつもりか』という声が聞こえてくる。


 まぁそう思われても仕方ないよな。実際薊ちゃん達を侍らせていた場面や、転んだ錦織に大声を送ったのは本当だ。そこだけを見ていた者からすればそう思っても仕方がない。


 伊吹と槐が俺をじっと見ている。水木もいつの間にか二人の後ろに立っていた。俺の周りには皆が立ってくれている。これじゃまるで伊吹のグループと俺のグループの争いみたいじゃないか……。


 周囲が興味本位で見守る中、俺と伊吹は真っ直ぐに視線を逸らせることなく見詰め合っていたのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] はぁ、タブロイド紙から悪役の娘の悪役やドラマを避けることはできません。 朔夜様のアンティックから生まれるゴシップは好きですが、どこが悪いのかを物語るのもいいですね。
[一言] さて、どう解決するんでしょうね? あと、お出かけに影響しなければいいが。
[一言] 一方その頃、犯人は茅さんにシメられていましたとさ...
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