第八百十四話「留学生」
始業式が終わって教室へと戻ってきた五組では他のクラスでも例年行われている体育祭の出場競技決めが行われていた。
「「はいっ!それでは私達は二人三脚に立候補します!」」
そして競技決めが始まると同時に向日葵と花梨は声を揃えて二人三脚に立候補した。他の生徒達の大半は今回が初めての競技決めなのでまだ戸惑っている。その間に二人は事前に打ち合わせていた通りに動いた。
今年入学してきたばかりの外部生にとってはこの流れはわからなかったことだろう。しかし花梨のように中等科の頃にも競技決めを経験している者達にとっては始業式の後のこの流れは予想出来た。そして花梨は向日葵の身の安全を考えて一計を案じた。
花梨は生徒会役員ではないので今年の体育祭の種目や競技について知っていたわけではない。だが毎年恒例の種目・競技というものはある。二人三脚などは毎年恒例なので恐らく今年もあるだろうと思っていた。そしてもし二人三脚が無理だった場合や種目になかった場合に他にどの種目を選ぶかいくつか候補を選んでいた。
もし何も対策しないまま普通に出場競技を決めていたら小手毬達が何か善からぬことを企む可能性は高い。例えば集団で何かをするような競技に出ていればドサクサに紛れて何かされるだろう。それを未然に防ぐために花梨が提案したのが二人三脚のような二人で出来る競技にさっさと立候補してしまうというものだった。
例えば向日葵と花梨がペアで二人三脚への出場が決まってしまえば小手毬達は練習中や体育祭の最中に何かすることは出来ない。二人だけで行えて他人が干渉する余地がない種目さえ選んでしまえば良いのだ。
「くっ!」
「「…………」」
小手毬とその取り巻き達は自分の席に座ったままお互いに視線を飛ばしていたがうまく連携出来ない。向日葵は事前に花梨に今日のことを説明され、予想される種目を事前に選び、いくつかの候補と対策を話し合って考えていた。それに比べて小手毬達は何も出来ていない。
そもそも始業式が終わって戻ってきたらいきなり体育祭の出場競技を決めるなんて知らなかった。だから何の打ち合わせもない。そして花梨と向日葵を妨害するための方法もなかった。
もしここで自分達も二人三脚に立候補してもうまくいかない。
小手毬達がうまく向日葵だけをターゲットに出来る方法は、二人三脚の出場人数を小手毬の仲間と向日葵と花梨だけで一人だけ人数オーバーになる形にして、花梨だけを二人三脚から人数オーバーという理由で排除するしかない。これ以外のケースだったならば全て失敗となる。
向日葵が人数オーバーであぶれてしまっても失敗。向日葵と小手毬達以外の誰かが残ってしまった場合も、向日葵が小手毬達以外の人物とペアを組めるので失敗となる可能性が高い。向日葵が絶対に小手毬達のグループの誰かとペアを組まざるを得ない状況にしなければ小手毬達の作戦は失敗となる。
事前に打ち合わせでもしていたのならば例え失敗してもやるだけやってみるとか、最初から諦めるとか、何らかのアクションは取れたかもしれない。しかし何の打ち合わせもなかった小手毬グループはこの状況でどうすれば良いか各自で判断するしかなかった。
その結果何の対応も出来ずにオロオロしている間に向日葵と花梨はペアで二人三脚に出場することが決まったのだった。
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始業式があった日の翌日、花梨と向日葵はその日も一緒に学園へと登校していた。
「昨日はうまくいきましたね」
「はい。吉田さんのお陰です」
もし普通に体育祭の出場競技を決めていたら、向日葵は小手毬達と同じ競技になって何らかの嫌がらせを受けていたかもしれない。事前に花梨が対策を考えてくれて説明してくれていたので競技決めを無事に乗り越えることが出来た。
もちろんそれで小手毬達の嫌がらせや実力行使を今後全てブロック出来るわけではない。しかし今回はうまくいったと二人はとても上機嫌で学園へとやってきた。
「おはようござ……」
「「「「「…………」」」」」
教室へと入った向日葵と花梨にはどことなく冷たい視線が集まっていた。その理由にいくつか心当たりがある。
まず第一に近衛家のパーティーの件だろう。昨日は何だかんだと有耶無耶のままに終わってしまったが、有耶無耶になる前の時点で空気は完全に九条様が悪いという流れになっていた。当然咲耶派閥である花梨やその庇護を受けているであろう向日葵に対しても良い感情を持つはずがない。
実際には違うかもしれないと思っている者もいる。だがスケープゴートにして不満の捌け口に出来る所があれば、もしかしたら違うかもしれないと思っていてもスケープゴートに使う者は一定数いる。そして大勢がそうなれば違うと思っていても口を噤んで様子を見る者が増える。
結果一部の声が大きい者達の意見がさも全体の意見かのように取り扱われ、特にそれを支持しているわけでもない大多数は口を噤んで知らん顔を決め込むことになる。
そしてそれとは別に昨日二人が早々に体育祭の出場競技を決めてしまったのもあまり良くなかった。二人がペアで二人三脚に決まったことで競技で何か嫌がらせや暴力を受ける可能性はほぼなくなった。しかしあれほど迅速に立候補して電光石火で決定してしまったのは良くない。
直接的な手を出せなくなった小手毬達は近衛派閥も使って早々に競技を決めた花梨と向日葵の悪評を流した。その前の時点で咲耶グループへの風当たりがきつくなっていたので世論の誘導は簡単だった。
花梨と向日葵は咲耶グループに事前に始業式が終わった後に体育祭の競技決めがあると聞かされて知っていた。そこで自分達に都合の良い競技を早々に決めてしまおうと事前に手を打っていた。だからあれほど即座に反応して決められたのだ。そう言われれば昨日の状況を見ていた者なら誰もが納得出来てしまう。
事前に情報を聞かされていて、打ち合わせをして、自分達に都合の良い結果を引き寄せた。それだけを聞かされたら反発してしまうのが人というものだ。
何故花梨と向日葵がそうやって競技決めを早々に切り抜けたのか。それは小手毬達が何かしかねないから身を守るため……。冷静に考えればそれくらいわかるはずだろう。しかし『自分達だけ事前情報で得をした』と聞かされては妬む者も出てくる。それらによって今日の五組の空気は非常に悪いものになっていた。
花梨と向日葵は肩身の狭い思いをしながらも、あまり反感を買わないようにと思って大人しく席に着いていた。やがて生徒達が登校してきて朝のホームルームの時間になった。
「は~い。それでは今日は留学生の紹介をします」
「え?」
「留学生?」
教室に入って来た五組の担任はそう言った。それを聞いて教室内がざわつく。
「はいはい!静かに!それじゃ二人とも入ってきて」
扉の向こうに声をかけると二人の少女が教室へと入って来た。一人は金髪碧眼で背が高い。もう一人は髪も瞳もシルバーかグレーかというような色で、西洋人にしては小柄かな?と思えるような体格の少女達だった。
「「「おぉ~~~っ!」」」
一部の生徒達が色めき立つ。グラマラスな金髪美少女と儚い妖精のような美少女が入って来たのだ。男達に反応するなという方が無理な注文だった。
「それじゃ順番に自己紹介して」
「ハーイ!ワタシはデイジー・ロックヘラーと言いますデース!ヨロシクお願いしますデース!」
「「「おぉ~~~っ!!!」」」
快活な上にプルンプルンしているビッグな物に男子達は総立ちになっていた。いや、椅子から立ち上がることが出来なくなっていた。
「私はガーベラ・ロスチルドと申します。どうぞよしなに」
「「「うおぉぉ~~~っ!!!」」」
もう一人の儚い妖精のような少女は西洋風な見た目に反して言葉も流暢で話し方もまるで大和撫子のようだった。その様子に男子達のテンションは留まる所を知らなかった。
「お~っほっほっほっ!お二人とも!よくこられましたわね!」
「オーッ!リリー!おひさデース!ツツジもー!」
「御機嫌よう百合、躑躅」
「お久しぶりです、デイジー、ガーベラ」
自己紹介をした二人に百合が気安く話しかけた。二人の方もすぐに百合に応じる。三人、いや、躑躅も含めて四人が顔見知りであることは明らかだった。留学していた百合と躑躅が今日藤花学園にやってきた留学生と顔見知り。ということは二人、いや、朝顔も入れて三人が海外留学していた頃の顔見知りであろうことは誰にでも予想出来たことだった。しかし問題はそこではない。
デイジーとガーベラの容姿に惑わされている男子達は論外としても、それ以外のこのクラスの生徒達も大半は何もわかっていなかった。このデイジーとガーベラが一体どれほどの人物であるのか……。
ロックヘラーと言えば新大陸でも別格の大財閥である。デイジーはその新大陸最大の大財閥の娘だった。この国で言えば近衛家の子女というようなものだがロックヘラー家は近衛家を上回る超大財閥とも言える。
そしてロスチルド家は昔から旧大陸を支配する資産家の家系だ。新大陸発見時には新大陸にも大きな影響力を持っていた。今でこそ新大陸の新興勢力の後塵を拝していると思われているが実際にはその影響力は衰えていない。数々の陰謀の裏にはロスチルド家がいると言われているほどだった。
ロスチルド家が陰謀に加担しているかどうかはともかく、ここではっきりしていることはロックヘラー家もロスチルド家も、この国で最大にして最上位である近衛家ですら上回る大財閥、大資産家の家であるということだ。それが意味する所を一般外部生は理解していない。
しかしこのクラスにいるのは一般外部生ばかりではない。一部の内部生や外部生貴族もいる。その者達は二人と仲良くしている百合達を見て全てを察した。
初等科の頃から藤花学園に通っている生徒達にとっては不思議だったのだ。何故一条家が残る五北家のうち四家を纏めて敵に回すようなことをしてきたのか。そして自派閥の家ですら簡単に切り捨ててきたのか。それは一条家には確固たる勝算があったからに他ならない。
世界有数の大財閥と世界有数の大資産家を味方に引き入れているという確固たる勝算が……。
もしロックヘラー家、ロスチルド家に一条家や一条派閥が加わったならば、残る五北家の四家が集まっても敵わない。もちろん単純な収支や保有資産などで全てが決まるわけではない。しかし総資産だの売上だの利益だので考えていけば四家連合が勝っている点は何一つなかった。それで誰が四家連合が勝つと思うだろうか。
いくらこの国でトップレベルの四家だと偉そうに言ったところで、所詮世界に出てみれば井の中の蛙でしかない。世界にとっても無視し得ない存在ではあるが、だからといってどうしても勝てないというほどの存在ではないのだ。それを今思い知らされた。
「朝顔も元気にしておられますか?」
「ええ!朝顔も元気でしてよ!お~っほっほっほっ!」
何故朝顔が元気なことで百合が威張って高笑いしているのかはわからない。しかしこの状況がまずいことはわかる。明らかに親しげな百合達とデイジー、ガーベラの様子を見て花梨は焦っていた。
(九条様……、まずいです……。まずいですよ……。このままでは……)
「え~……、それではロックヘラーさんとロスチルドさんはあそこの空いている席に座ってください。それでは朝のホームルームを終わります」
担任は二人のために用意されていた席を二人に勧めると事務連絡を済ませて出て行った。そして間もなく一時間目の授業が始まったのだった。
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今日の朝初めて留学生がやってきたというのに昼になるまでには高等科中の噂になっていた。そして昼休み……、その噂の中心人物デイジーとガーベラが動き出す。
「ソレでは行きまショーウ!」
「そうですね」
二人は席を立つと食堂へと向かった。ターゲットはお昼休みになるとほぼ食堂に居ることがわかっている。毎日必ずとは限らないが事前の情報通りに食堂にはターゲットが座っていた。
「オーウ!アナタがサクヤデース?」
「それでは伝わらないでしょう。貴女が九条咲耶さんですね?」
「はぁっ?貴女方は一体……」
食堂の一角で固まっている少女達の中にターゲットが居ることを確認してデイジーとガーベラは声をかけた。急に外国人に声をかけられた咲耶は驚いた顔をしている。
「間違いないデース!」
「ええ。事前の情報通りね」
「情報?」
咲耶の顔写真などを事前に確認していたデイジーとガーベラは、そこに座っている少女がターゲットであることを確認してニヤリと不敵な笑みを浮かべたのだった。




