第四百九十四話「許可」
週が明けて月曜日の朝、学園では早速選挙活動が繰り広げられていた。
「この度、生徒会会計に立候補しました……」
「……よろしくお願いします」
「清き一票を……」
あちこちで選挙演説をしている立候補者や、場合によってはその立候補者の応援演説まで行われている。中等科の生徒会選挙なんて遊びのようなものだと思っていたけど、藤花学園では遊びとは言えないほど本格的に展開されているようだ。
前世の生徒会選挙なんて立候補者もほとんどギリギリ。投票だってほとんど信任投票だけで対立候補なんて滅多に出てないのが当たり前だった。むしろ事前に調整してたんじゃないかと思えたほどだ。
俺は立候補したことがないから知らないけど、もしかして前世では裏でそういう調整があったのかもしれない。立候補したい役職が被ればまだ立候補者のいない役職にスライドさせたり、立候補者が足りなければ先生が誰かに勧めたり、対立候補が出そうになったら片方を説得して取りやめさせたり、そういうことが横行してたんじゃないかとすら思える。
それに比べて藤花学園の立候補者は何故か多い。俺が立候補していると聞いたら皆取り下げたくせに、張り出されている候補の数などを見ると結構な数だった。候補者は一年四組と二年四組の生徒がほとんどなのにだ。中には四組じゃない生徒がいるけどそれは四組以外に配置された外部生ばかりだった。立候補者は完全に外部生しかいない。
二クラス分くらいの人数の中からしか立候補者がいないのにこれだけ盛況というのは、本当に生徒会役員が人気ということの証明だろう。俺なら何故わざわざ自分の時間を使ってまでそんなことをしなければならないのかと思うけど、外部生の生徒達にとっては憧れの生徒会といったところだろうか。
「御機嫌よう」
「御機嫌よう、咲耶ちゃん」
「咲耶ちゃん、おはようございます」
今朝はいつものメンバーしか来ていなかった。皆にとっては生徒会役員選挙なんてどうでもいいイベントだということだろう。もし関心を持っているイベントだったなら俺より早く来ているはずだ。それがないということはどうでもいいという気持ちの表れでしかない。
皐月ちゃんと芹ちゃんの三人で話しているうちに皆もポツポツといつもの時間に登校してきていた。生徒会選挙については邪魔だとか、迷惑だとか、うるさいというような意見が少し出ただけであとはほとんど興味ないとばかりの態度だった。
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「え~、今週から生徒会役員選挙週間です。週末に行われる投票までに各立候補者の演説を良く聞き、誰に投票するかきちんと選びましょう」
朝のホームルームで担任から選挙に向けた説明などがあった。でもうちのグループだけじゃなくてクラス全体としてもあまり選挙には興味がないという空気を感じる。生徒会選挙に盛り上がっているのは外部生ばかりで内部生は興味がないようだ。
「え~、それから……、先週の教職員会議において一年三組の喫茶店について話し合われ正式に許可が下りました。これにより一年三組の出し物は喫茶店ということで……」
「やったーーーっ!やりましたよ!咲耶様!」
「あ~……、ええ。薊ちゃん……、それはわかりましたが少し落ち着きましょうか」
まだ先生が話している途中だというのに、喫茶店の許可が下りたと聞いて薊ちゃんがはしゃぎ始めた。先生だって困っている。喜ぶのは良いけどそういうのは良くないと思う。
「ゴホンッ……。許可が下りたということでこれからは喫茶店を出すという方向で具体的な話を決めていきたいと思います」
朝のホームルームが終わってから皆若干騒がしくなった。それはそうだろう。あれだけビジョンを示したんだから許可されるだろうという気持ちはあった。でも実際にそれが許可されたとあっては皆が浮き足立つのもわからなくはない。
「それではもっと具体的な案について考えておかなければなりませんね!」
「他のクラスに聞かれないようにしなくちゃ!」
「あっ!そうですね!あまり大っぴらには出来ません……」
皆張り切ってるなぁ……。まぁ俺だって前世でも喫茶店なんて出し物はしたことがない。団扇とかお菓子のようなちょっとした物を売るような出し物はあったけど、それにしたって喫茶店とではやることが違う。
「それじゃお昼休みに食堂で話し合うってわけにはいかないわねぇ」
「それぞれで考えておくというだけでも意味がありますよ」
「そうね!」
うちのグループだけじゃなくてクラスメイトの皆も何だかソワソワしたまま月曜日の授業が始まったのだった。
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六時間目、本日最後の授業はまたしても文化祭の話し合いの時間だった。すでに出し物が決まっているクラスは実際にその準備に向けてこの時間を自由に使って良い。まだ出し物の決まっていないクラスは出し物を決める話し合いを進める必要がある。
俺達も男装執事喫茶が却下されていたらこの時間の間に何をするか考えなければならなかった。でも俺達は勝利した。そう!男装執事喫茶は学園からの許可を勝ち取ったのだ!だから考えるべきは他に何をすれば良いかではなく男装執事喫茶について詳細を詰めていけばいい!
「え~、それでは一年三組は男装執事喫茶ということで、具体的に準備するものなどについて話し合いたいと思います」
そうして始まった話し合いは色々と大変なものだった。内装をどうするのか。仕入れる茶葉やお茶請けは何にするのか。そして……、誰が男装執事と女装メイドを担当するのか……。
「はいっ!男装執事は咲耶様が良いと思います!」
「咲耶ちゃんは決まりですね」
「そうだねー!」
「いや……、あの……、皆さん、少し落ち着いて……」
やばい。このままでは俺が男装執事をさせられてしまう!……って、別にいいか。男装執事自体にはそれほど抵抗はない。俺の精神は男だから執事の格好そのものは受け入れられる。受け入れられないとすれば俺が接客出来るのかということくらいだ。でもそれも一応ある程度はわかるからやろうと思えば出来ると思う。
それよりも問題なのは俺だけでそれをしても何も面白くないということだろう。どうせ他にも人手は必要なんだし俺だけそんな目に遭うのを黙っているわけにもいかない。
「他にも人手は必要でしょう?もっとたくさんの方を任命しなくてはならないのではありませんか?」
「私は西園寺様の執事姿が見てみたいわぁ!」
「えっ……」
そう言われて皐月ちゃんがご令嬢がしてはいけないような顔をしていた。でもそれで終わらない。
「あっ!それなら私は徳大寺様が見たい!」
「はっ?」
「河鰭様もきっと似合うわよ」
「えー!」
「ここは武者小路様よ」
「あの……」
クラスメイト達が次々とうちのグループの子達の名前を挙げていく。皆まさか自分まで言われるとは思っていなかったのか焦った顔をしているけど自業自得だ。俺だけにさせようったってそうはいかない。
「案外北小路様のような方にも似合いそう」
「あっ!わかるー!」
「えぇっ!?」
「もちろん東坊城様もですよね?」
「あぅ……」
何かクラスメイト達がここぞとばかりにそんな風に皆を攻めていた。もしかしてうちのグループってクラスメイト達に恨みでも買ってるのかな?
「そうなると樋口さんもですよね」
「えっ!?わっ、私もなんですか!?」
おいおい芹ちゃんや。まさか自分だけ逃げられるとでも思っていたのかね?もうこうなれば俺達のグループは一蓮托生だ。全員まとめて男装執事をやってやろうじゃないのさ。
「皆さん女装メイドもお忘れではありませんよね?女装メイドとしてまず一人目は錦織君でしょう」
「ちょっ!?九条さん!何で俺!?」
お前はいつも俺をリレーや短距離走に推薦してるじゃないか。それが自分に返ってきたからって何を驚くことがある?くっくっくっ!皆一緒に地獄に落ちようぜぇ!
「それでは男装執事は交代要員も含めて十名、女装メイドは三名ということで良いでしょうか?」
「「「異議なーし!」」」
こうして俺達のグループの他に二人の女子を加えて男装執事十名。錦織他男子二名を加えて女装メイド三名ということで割り振りが決まった。
他のクラスメイト達は無地の食器やテーブルクロスを買ってきて、そこに絵を描いたり染めたり、デコレーションを貼り付けたりする役となった。あと当日は教室内も飾り付けるのでその準備も必要になる。手作りお菓子はクッキーに決まり、前日までに家庭科調理室で焼くことになった。
まだあれこれと皆話し合っている最中だけどウェイター・ウェイトレスに選ばれた俺達十三名だけ授業を抜け出して車で町へと向かう。執事・メイド服の採寸と発注のために今から店に向かうためだ。芹ちゃんが面子が決まったら採寸に向かうというから先に車を呼んでいた。文化祭に関わる買い出しとかには担任の許可を貰えば出て良いので遠慮する必要はない。
「授業の途中で学園を抜け出すなんて何だか変な気分だね」
「普通はそうかもしれませんね」
錦織の言葉に曖昧に相槌を打つ。茅さんとかは平然と授業中でも抜け出してくるから俺達は、いや、少なくとも俺はあまり違和感がない。自分が抜け出す側になるのは滅多にないはずなんだけど、それでもそういうことに慣れすぎてしまっているというか何というか……。
「あっ!ここですよ!」
「「「へぇ……」」」
芹ちゃんが案内してくれたお店は何というか……、普通の商店街の中にある小ぢんまりとした店だった。俺達が普段行くようなブランド店が軒を連ねるような高級店街でもなければ、店自体も名前も聞いたことがないような小さな店だ。
「すみませ~ん」
「はい、いらっしゃい」
人の良さそうな店員か店主らしき人がすぐに芹ちゃんに応じる。芹ちゃんは手早く事情を説明していた。文化祭で男装執事、女装メイド喫茶をするのでその衣装を用意してもらいたいこと。開催は来月中旬なのでそれに間に合うようにして欲しいこと。料金予算は一着二十万未満であることなどを確認していた。
「一ヶ月以内に十三着ですね。二十万なんてそこまでかかりませんよ。素材や作りによりますが精々数万から高くとも十万に満たないほどです。まずは生地などを選んでいきましょう。あっ!その間に着られる方は採寸をしておきますか?」
「いえ、衣装が必要なのは私達全員なので……」
「ああ、それでは先に生地から選びましょうか?」
店員と芹ちゃんのやり取りでトントン拍子に決まっていく。俺達も多少会話に参加しているけどあまりよくわからない。ただ見せられた生地などは相当安物であることはわかる。本当にこんな安物の生地で良いのかと不安になるけど芹ちゃんはこれでいいと決めてしまった。
「それでは採寸しましょうか。……ところで女装メイド服の胸はどうされるんでしょうか?パッドとかで盛られます?それによってはサイズが変わってきますが」
「はい。当日はパッドを入れてブラをしますので胸も必要です」
「えっ!?ちょっ、ちょっと樋口さん!?俺達そこまでさせられるの!?」
「当然でしょう?中途半端なクオリティでお茶を濁そうなどと考えていたんですか?ウィッグもつけて、お化粧もしてもらいます。咲耶ちゃんに男装執事をさせるのですから他が中途半端なもので許されるわけがないでしょう?」
「「「…………」」」
男子三人が白目を剥いてチーンとなっていた。いい気味だ!ざまぁみろ!じゃなくてご愁傷様。
「それではそれぞれ採寸していきましょうか」
細かい衣装のデザインなどはお店に任せることにした。お店がすでに用意してあるデザインの方が時間がかからないと言われたからだ。まず何をおいても予算を超過しないことと期限が守られる必要がある。それらを勘案すれば多少生地が安物だとか、デザインがどうとか言ってられない。お店がすでに用意してあるデザインに寸法だけ変更を加えるような形で落ち着いた。
男子の女装メイド服についてもそうだ。でもメイド服の方はあまり困らない。こちらは執事服なのに胸をつけなければならない。でも男子はパッドまで入れて本格的に女装するから普通の女性服とそう違いがない。あとは事前に誰がどの胸のサイズにするか決まっているというだけのことだ。
「衣装はこれでどうにかなりましたね!」
「そうですね」
皆本当に予算内で収まって、期日までに納品されるか心配だったんだろう。でもこの店なら金額も期限も大丈夫だと言われた。皆ほっとした様子で店員に頭を下げる。
「「「それではよろしくお願いします」」」
「はい。お任せください」
ニッコリ笑ってくれた店員に全てを任せて俺達は再び車に乗り込み学園へと戻ったのだった。




