第四百四十九話「怖いもの知らずの三人」
朝からずっと考えているけど考えが纏まらない。一人でいくら考えてもわからない時は誰かに相談してみるか……。
「少し良いでしょうか?」
「うん?咲耶ちゃんどーしたのー?」
「今朝のこと……、でしょうか?」
休み時間に皆が集まっているからちょっと相談してみようと声をかけてみた。すると皐月ちゃんは何か察したのかそう言った。まぁ芹ちゃんと皐月ちゃんは朝俺があの三人を連れて出て行くのを見たんだ。俺が今何か相談があるとすればあの三人絡みだと思うのは普通か。
「え~……、う~ん……。まぁ……、聞いてみてください」
確かにあの三人がきっかけで考え始めたことだけど、あの三人だけの問題でもない。それにはっきりと詳しいことを説明するわけにはいかないから、何となく関係ありそうな、なさそうな話と思って聞いてもらいたい。
「例えばですね……、タイムトラベルやタイムパラドックスを扱った映画などの作品に言われるような所謂『バタフライ効果』についてですね……」
「「「「「…………は?」」」」」
皆が『こいつは何を言っているんだ?』という顔で俺を見ている。俺も自分で何を言っているかわからない。
「え~……、まぁ……、本来の『バタフライ効果』とタイムパラドックスなどで例えられる『バタフライ効果』は違うものなのですが、とりあえずタイムパラドックス側の『バタフライ効果』という意味においてですね……」
本来のバタフライ効果というのは、端折って言えば『蝶が羽ばたくような小さな撹乱でも気象に影響を与えるか?』というところから考え、もしブラジルで羽ばたいた蝶の羽ばたきでアメリカに竜巻が起こるのなら、その全ての事象を観測出来ない限りは長期予想は出来ない、という考え方だ。
そこからタイムパラドックスで使われる『バタフライ効果』は、過去に戻ってほんの小さな影響を与えても、波及的に影響が大きくなり、未来が大きく変わってしまう、という意味で使われている。俺が言いたいのはそちらの……、所謂『ほんの小さな変化が、自分が関わっていない部分にまで影響を与え得るか?』というか何というか……。
まぁぶっちゃけて言えば、『俺がゲームの咲耶お嬢様と違うこと』を繰り返してきたから、『俺が接触していないはずの鬼灯、鈴蘭、柾にまで影響を与えた』のか、それとも俺が何をしようがどうしようが関係なく『現実になったこの世界ではあの三人はゲームとは違う人生を歩むべくして歩んできたのか』ということを問いたい。
「「「「「う~~~ん…………?」」」」」
俺が聞きたいことを、俺や鬼灯達の部分だけ言わずに皆に聞いてみた。でも相変わらず皆は『こいつは何を言ってるんだ?』という顔をして首を捻っている。俺も皆に突拍子もないことを聞いているとは思うけどこれは俺にとっては死活問題だ。
今更そんなことを考えても鬼灯も鈴蘭も柾ももう変わってしまっていると思うかもしれない。でもこれが『俺がゲームと違うことをした結果』なのか、『ゲーム世界が現実になった時点で起こるべくして起こったこと』なのかは重要だ。
ゲーム『恋に咲く花』ではキャラクター達はゲームで設定されたプログラム通りにしか動かない。そのキャラの背景も製作者達が決めた通りのものであり、何度ゲームをやり直そうが、ゲーム開始時点までのキャラクター達は一切変わることなく最初の設定通りになっている。
でももしこの世界がゲーム世界から現実世界になったことで影響を受けたのだとすれば、ゲームでは設定されたキャラクターでしかなかった人物達も普通に生きている人間になったのなら、それぞれの人生というのはゲームに設定されていないものに変わる可能性は高い。
ゲームでは過程は存在せず、一定の時期での結果や数値があるだけだ。例えば伊吹が『近衛家の御曹司として生まれ、全ての能力に優れて育ち、その育つ過程で周囲の人間を自分より劣る者達、自分に集ってくる者達として見下し、俺様王子として育った』と決められていれば、ゲームでは何度やり直そうともそうなる。
でも現実世界なら、ゲームの設定では語られていない毎日を生きて、何かを感じ、成長し、やり直せばやり直しただけ毎回違う人格に育つという可能性はある。
もちろんそれも、世界の強制力によって毎回同じイベントが起こり、同じ人格に育つように修正されるのかもしれないし、同じ人生は二度となく、やり直せばやり直しただけ毎回変化があり、別人のように育つのかもしれない。
後者の場合ならば、俺が咲耶お嬢様と違うことをしようがしまいが、他の登場キャラ達はそれぞれ生きる人間となったことで、ゲームとは違う人間に勝手に育ってしまったという可能性がある。さらに言えばそれに俺が関われば俺の影響も出てくるわけだけど、古都に住んでいた地方貴族である鬼灯達三人に俺が直接影響を与えられたとは考え難い。
もしこの世界でゲームのキャラクターから普通に生きている人間になったことで変化してしまったのなら、今後俺がどうしようがそれぞれの人間が勝手に変化と成長を続けてしまう。でももしこの変化が俺がゲームと違うことをしてしまったために起こったことならば……、今後の俺の動き次第でさらに変わってしまうということになる。
初等科までに俺と関わった登場人物達はゲームの時からそれなりに変わってしまったとは思っていた。でもまさか俺が会ったこともない人物達まであんなに変わってしまっているとは……。この調子なら他の攻略対象や主人公も変わってしまっているのか?
それは非常にまずい……。それでは俺のゲーム知識が何の役にも立たないということになってしまう。
「う~ん?咲耶ちゃんの言われていることは少し難しくてよくわかりません……」
「何か映画か小説でも読まれたのでしょうか?」
「タイムパラドックスでも、どうやっても過去は改変出来ないという場合や、過去を改変したために未来が変わってしまいその結果過去を改変する未来も変わってしまって矛盾する場合や、過去を改変した時点でパラレルワールドになってしまう場合など様々ですしね」
「皐月ちゃん……」
「「「…………」」」
俺のわけのわからない話に一番食いついていたのは皐月ちゃんだった。熱くタイムパラドックスについてなど話してくれたけど、何かそれはとても深窓のご令嬢らしくない。
「もしかして皐月ちゃんは……、そういったSFなどがお好きなのでしょうか?」
「えっ!?えっと……、あの……」
うん……。もう大体わかった。どうやらそういうのが好きらしい。まさか皐月ちゃんがそういうものに興味があるとは意外だった。ただそれがわかった所で何も解決してないけど……。
「咲耶様のお話は難しすぎてよくわかりません!」
「あ~……、はい……」
うん。薊ちゃんは腰に手を当てて反り返り清清しいまでにそう言い切った。中途半端にわかったような顔をしているよりはよほど男らしい。薊ちゃんはこういう所では妙に男らしすぎてびっくりする。
結局皆に聞いてみても答えなど出るはずもなく、ワイワイと話しているうちに短い休憩時間はあっという間に終わったのだった。
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「咲耶っち!一緒に食堂に行こう!」
「……ん!咲にゃん!行こう!」
「あの……、九条様……、私もご一緒してよろしいでしょうか?」
午前の授業が終わると同時にそう言って鬼灯、鈴蘭、花梨が四組から三組にやってきた。俺達もお昼だから食堂に行こうと集まっていたけど、馴れ馴れしくやってきた三人を見て皆が俺をじーっと見ていた。その顔はちょっと膨れているようにも見える。
「咲耶ちゃ~ん?」
「これはどういうことでしょうか?」
「え~っと……、どうもこうも……、私にもよくわかりませんが……」
皆にジリジリと迫られて俺も下がることしか出来ない。そんな顔で見られて問い詰められても俺だってわからない。確かに今朝あの三人と友達になるということで一旦お開きにしたけど、まさかその日のお昼に昼食を誘いに来るなんて思ってもみなかった。
「まぁまぁ!これからは私達も入れてよ!ね?」
「……ん!わたし達も咲にゃんのお友達。だから貴女達もお友達」
「あの……、えっと……」
鬼灯は気安く皆にそう言い、鈴蘭は何故かもう勝手に皆と友達になったと主張していた。花梨だけはこちらのメンバーの家がかなりの格上ばかりなので不安そうに視線を泳がせていた。それでも引き下がらずちゃっかり混ざってきている。その覚悟は本物と言わざるを得ないだろう。
「はぁ……。どうせまた咲耶ちゃんがその魅力で女の子を虜にしてしまったんでしょうね……」
「まぁ概ねその通りですね」
いや!皐月ちゃん!違うでしょ!?俺は何もしてない!無実だ!
「え~っと……、とりあえず食堂へ向かいませんか?その間に皆さんで自己紹介をしましょう」
「芹ちゃん……」
何か微妙な雰囲気になっている所へ芹ちゃんが妥協案を出した。あのままグループの皆と鬼灯達に任せていてもきっと何も解決せずグダグダになっていただろう。芹ちゃんは結構ああいう時に上の家の相手にもちゃんと意見が言えるよな。
芹ちゃんといい、花梨といい、もしかしたら地下家出身の子の方が優秀なんじゃ……?
……いや、まぁ、そうとも言い切れないか。俺が親しくなった地下家の子は優秀な子が多いというだけだ。実際にはやっぱり幼少の頃から叩き込まれている英才教育というのは大きい。芹ちゃんと花梨は特別優秀っぽいし、この二人ならすぐに仲良くなれるかもしれない。
「おっ!いいね!それじゃ私からね!私は河村鬼灯!向こうの都に住んでる地方貴族で……」
皆でゾロゾロと食堂に向かいながら、まずは鬼灯が自己紹介を始めた。ゲームでは外部生の地下家ながら内部生達と渡り合っていただけあってこういう所は度胸が凄い。皆でそれぞれ順番に自己紹介しながら話しているとあっという間に食堂に到着していた。
「ああ、咲耶ちゃん!お姉さん会いたかったわ!」
「むぎゅぅ……」
そして今日は何故かもう茅さんが中等科の食堂に来ていた。新学年が始まってから茅さんは来るのが遅くなっていた。何故かはわからない。サロンに来るのも高等科から初等科までよりも距離は近くなったのに前よりも遅い時間だし、高等科三年にもなれば何かと用事も増えるのかもしれない。
「あら?この子達は?」
茅さんはすぐに見慣れない三人に目をつけてジロジロと品定めするかのように見始めた。
「私は河村鬼灯です」
「……ん。加田鈴蘭」
「吉田花梨です」
「ふぅん……。正親町三条茅よ」
花梨は茅さんのことを最初から知ってたっぽいな。ガチガチに緊張していた。でも花梨の凄いところは、相手が何者かわかっていても、引き下がることなくちゃんと挨拶をしている所だ。普通なら茅さんや薊ちゃんや皐月ちゃんが相手ならば萎縮してしまってもおかしくはない。でも花梨は相手がわかった上で、それでもちゃんと挨拶している。それは中々出来ることじゃない。
「私達は咲耶っちのお友達で、今日から食事も一緒にしようって話してたんです」
「……ん。咲にゃんと一緒」
「さっ、咲耶っち!?咲にゃんっ!?」
茅さんは何故かそれを聞いてヨロヨロと後ずさったかと思うとフルフルと震えていた。
「私の咲耶ちゃんに向かってなんて呼び方を!」
カッ!と目を見開いた茅さんがそう言って鬼灯達に迫った。もしかしたらこのまま組み付くんじゃないかと思って慌てて止めようとしたけど……、事態は俺の思わぬ方向に転がった。
「友達ならあだ名くらいつけますよね!」
「……ん!鬼灯にはないけど咲にゃんにはある!」
「なっ!?とっ、友達ならあだ名をつける……?」
ガガーンッ!という効果音でも聞こえてきそうなほどショックを受けていた茅さんは再びヨヨヨッと後ずさった。
「咲耶ちゃん!お姉さんも!お姉さんも咲耶ちゃんのことをあだ名で呼びたいわ!」
「はぁ……?」
いや……、そう言われても知らんがなという話なんだけど……。あだ名なんて自分で言い出すものじゃないだろう?周囲が勝手につけてくれて定着したものがあだ名なんじゃないのか?茅さんが何を考えているのかは知らないけど、俺にそう言われても『じゃあ○○と呼んでください』と俺が自分で言うものじゃないぞ。
「それじゃー、私達も咲耶ちゃんのあだ名考えるー?」
「いいわね!」
「咲耶ちゃんにぴったりの可愛いあだ名がいいですね!」
何故かそこに皆が混ざって俺のあだ名をあーでもないこーでもないと話し合い始めた。でも聞いている限りでは何かあまり良いあだ名は出てきていない。これなら下手に変なあだ名をつけられるよりは名前で呼んでもらった方が良い気がする。
「え~……、皆さん……、『咲耶』でお願いします……」
「「「「「え~~~っ!」」」」」
皆はかなり不満そうだったけど、結局良いあだ名は出てこず、皆も最初のまま『咲耶』と呼んでくれることになった。変なあだ名がつかなくてよかった……。




