第四百四十八話「ズレ」
昨日の紫苑との話し合いは失敗してしまった……。つい俺が一言漏らしてしまったために、紫苑に滅茶苦茶嫌がられて逃げられるという大失態を演じた。穴があったら入りたい……。でも学園をサボるわけにもいかず、いつも通りの時間にやってきた。
今日も早くから来ている皐月ちゃんと芹ちゃんの三人で席に着いて話をする。四組の問題に俺が介入していたことで何か言われるかと思ったけど、昨日も特に何も言われなかったように今朝も何も言われない。芹ちゃんはともかく皐月ちゃんはサロンに居たんだから知らないはずはない。それでも何も言わないのは何故だろう?
「九条咲耶様!お話があります!」
そんなことを考えていると三組の教室へと押し入ってくる三人の姿が……。
「…………良いでしょう。それではこちらへ」
本当は叫びたいほど驚き、逃げ出したいほど混乱しているけどそれはおくびにも出さずに立ち上がる。少なくともこんな所で話すわけにはいかない。驚いているけどせめて場所くらいは変えなければ……。
「咲耶ちゃん!」
「私一人でお聞きします。皐月ちゃんと芹ちゃんは教室で待っていてください」
皐月ちゃんも慌てて立ち上がろうとしたけど止める。折角皐月ちゃんと薊ちゃんがこの話題に触れないようにしてくれているのに、もし立ち会ってもらったらまたややこしいことになりかねない。
少し不安そうな表情をしている皐月ちゃんと、何か苦笑いのような表情を浮かべている芹ちゃんに見送られて三組の教室から出て行く。
「ここなら良いでしょう」
「ここは……」
鬼灯達三人を連れてきたのは中等科五北会のサロンだ。ここなら壁も扉も厚いから少々のことでは音が漏れる心配はない。それに朝からサロンに来る者は滅多にいないから急に誰かがやってくる心配も……、まぁほぼないだろう。たぶん?
「それで……、どのようなお話でしょうか?」
いつもの席まで行くほどでもないのでサロンの中央で振り返って話を聞く。俺は中等科五北会サロンでも一番奥の隅に座っている。目立たないように端で大人しくしているというわけだ。
……でも、確か最初の日は最奥の席も他の席と同じ椅子が置かれていたと思ったけど、いつの間にかまた俺が座っている最奥の席だけ椅子が変わっている。何か不具合でもあって交換することになったんだろうか?誰が換えているのか、何故換えたのかは知らないけど、俺の椅子だけ周囲の椅子と違うと何か浮いて見えるな……。
まぁそれはともかく、今は鬼灯達や花梨の方が問題なのでそちらに集中しよう。
「じゃあまずは私から!」
「…………どうぞ」
俺はてっきり花梨が俺に用があるのかと思ったけど、どうやら鬼灯や鈴蘭も俺に用があるらしい。一体どんな用なのかと我知らずゴクリと喉を鳴らしていた。
「まずは助けていただいてありがとうございました!」
「ですからそれは私は知らないと……」
「いいえ!九条様が助けてくださったお陰です!違うと言われても、知らないと言われても、それは変わりません!」
「…………はぁ」
まぁ当事者であった花梨から事細かに聞いていれば、俺がここで知らぬ存ぜぬを通しても効果はないだろう。少なくとも鬼灯と鈴蘭は俺が関わっていたと確信しているはずだ。ただだからといって俺もはいそうですかと認めるわけにはいかない。あくまで知らん顔をしてとぼけておく。
「九条様!私のお姉様になってください!咲耶お姉様!」
「…………は?」
そして……、急にキリッとしていた表情が崩れてヘニャヘニャの表情になった鬼灯がそんなことを言い出した。
…………ん?
意味がわからない……。
「あぁっ!素敵な咲耶お姉様!どうか私のお姉様に!」
「えっと……」
何がどうなっている?『私のお姉様になってください』?聞き間違い……、ではないよな。これだけ何度も連呼しているんだ。言い間違い、聞き間違いはあり得ない。
「……ん。鬼灯邪魔」
「むぎゅぅ……」
そう言うと、片膝をついて、片手を胸に当て、片手を前に突き出していた鬼灯の顔を鈴蘭が押し退けた。そして鈴蘭が俺の前に立つ。
「……ん。九条様、思慮深く、行動力も、リーダーシップも、カリスマもお持ちの偉大なる九条咲耶様。わたしも九条様にお仕えさせてください」
「…………は?」
…………お?
意味がわからない……。
「ちょっと二人とも!私のために来てくれたんじゃなかったんですか?もう!九条様!どうか……、どうか愚かな私にもう一度チャンスをください!どのような罰でもお受けいたします!ですから、どうか!もう一度私が九条様のお傍にお仕えする機会をお与えください!」
「いえ……、あの……」
そしてその二人に触発されたのか、花梨まで前にズズイッと出てきてそんなことを言い始めた。花梨は俺が嫌になったから秘密を暴露したんじゃなかったのか?もう何が何やらわからない。
「咲耶お姉様!」
「……ん!九条咲耶様!」
「九条様!」
「ちょっ!ちょっと待ちなさい!」
グイグイくる三人を何とか押し留める。まずは落ち着け。こういう時は深呼吸だ。
ヒッヒッフー……、ヒッヒッフー……
よし……。おおおっ、落ち着いたぞぞぞ……。
一人ずつ処理しよう……。まずは最初に言い出した鬼灯だ。鬼灯は『お姉様』とか何か百合り~ん♪なことを言っている。だけどおかしい。ゲーム『恋に咲く花』では鬼灯は百合趣味という設定はなかった。これは公式資料とかに載ってない。主要キャラで重要人物である鬼灯の設定資料に一切書かれていないということは、実質的にそういう設定は存在しないと公式が否定しているということに他ならない。
それなのに今目の前にいる鬼灯は間違いなく『そっちの気』がある様子だ。今も俺に抱きつこうとしながら、あのキリッと格好良い女性であるはずの鬼灯がヘニャヘニャになっている。これはどう考えても異常事態だろう。
その次に鈴蘭……。鈴蘭もゲームではこんなにベラベラしゃべるキャラじゃなかった。本当に無口で『……ん』くらいしか言わないとファンの間でもネタにされるくらいの語彙の少なさだ。それなのにここにいる鈴蘭はやたらとしゃべる。無口キャラとは程遠い。
そして花梨……。花梨は俺にあれこれ指示されて、自分だけが働かされるのが嫌になったから暴露して俺から離れたんじゃなかったのか?それなのに、自分に罰を与えて、もう一度仕えさせてくれという意味がわからない。
鬼灯と鈴蘭に関しては、ファンの二次創作などでよくカップリングされていた二人だ。主人公サイドの重要キャラで、しかも登場時から仲良しの親友である二人はよくカップリングのネタにされていた。でも公式ではそんな設定はなかったし、そもそも鬼灯がそっちの気があるという設定すらなかった。それなのにこの世界の鬼灯は明らかにそっちの人だ。
俺も……、俺以外で本当にこっちの気がある人と出会ったのは初めてだけど……、確かにそういうタイプの人だと思う。俺は肉体的にはそっち側だけど、精神的には男のつもりだから女性が好きであることはおかしくないと思っている。でも鬼灯は生まれながらにして女なのにそっちの気がある……。これは驚きだ。まさかそんな人が身近に実在したなんて……。
鈴蘭が思ったよりもおしゃべりなのはまだわからなくはない。ゲームの時は切り取られた一部分だけが表示されているわけだけど、実際に生活していれば、いくら無口っぽい人でも最低限の会話くらいは普通にするだろう。だからゲームでは無口キャラとして表示されていても、実際にはゲーム外の部分では最低限の会話くらいは普通にしていてもおかしくない。
ゲームの世界の時ならその時映っている視点での、そのワンシーンしかないから無口で通せるけど、今のように現実世界になっていれば相応に会話していることもあるだろう。これはこの世界が現実となり、それぞれの人物がゲームの登場人物から生きた人間になったことで起こった誤差や変化であるという説明はつく。
花梨に関してはゲームに登場しない。いや……、もしかしたら顔なし、名前なしのモブとしてどこかに出ているのかもしれないけど、少なくとも名前や顔や設定上では出てこない。だから花梨に関してはゲームとの相違はわからないんだけど……。
「とにかく一度落ち着きなさい!」
「「「はいっ!!!」」」
俺が一喝するとようやく三人は少し落ち着いたようだ。あのまま迫られていたら組んず解れつで大変なことになっていた。主に俺の精神が……。
今は細かいことを考えている余裕がない。俺も突然のことで考えが纏まらない。まずはこの三人をどうにかしよう。考えるのはそれからだ。
そして……、鬼灯、鈴蘭、柾の三人は九条咲耶お嬢様にとっても超重要人物かつ危険人物でもある。この三人の取り扱いを間違えれば俺だけじゃなくて九条家にまで危害が及ぶかもしれない。まずは慎重にならなくては……。
このまま三人の要求を受け入れるというのはあり得ない。まだこっちだって何が何やらわかっていないのに、向こうに言われるがままに全て受け入れていては余計にどうなるかわからない。出来れば鬼灯達や柾とは関わりたくない……、んだけど……、それはもう今更無理だろう。だったらどうすれば良いのか……。
「こっ、こうしましょう!まずはお友達!お友達から始めるのです!」
「お友達……」
「……ん」
「くっ、九条様……、それは私もなんでしょうか?」
鬼灯と鈴蘭はピタリと止まったけど花梨だけは不安そうな顔をしていた。こいつ……、何て顔をするんだ……。俺はそういう弱った子犬のような表情で見られたら弱いんだ!
「ええ、もちろんです。花梨とは元々お友達だと言ったでしょう?ですが先の件で花梨が不安だったというのなら……、もう一度お友達になりましょう」
これはもう実質四組のイジメ問題に俺が関わっていましたと自白しているも同然なんだけど、まぁどうせ鬼灯達はそうだと確信しているから隠す意味もあまりない。
「わかったよ!それじゃ私達はこれから友達だ!咲耶っち!」
「さっ、咲耶っち?」
急にキリッとハンサムな顔に戻った鬼灯がそう言って手を差し出してきた。
「……ん。友達ならあだ名をつける。咲にゃん」
「さっ、咲にゃんっ!?」
さらに鈴蘭まで手を差し出してくる。でも俺の右手は一本しかない。二人と同時に握手は出来ないぞ。
「九条様……」
「花梨……」
花梨まで手を差し出してきた。これで三本だ。生憎俺の右手は一本しかない。迷っている俺に、鬼灯と鈴蘭が出しかけていた俺の手を握ってきた。そしてそこにおずおずと花梨も手を乗せる。四人の手が重なっていた。これなら四人でも握手(?)出来る。
「これで今日から私達は友達だ!」
「……ん!友達!」
「私まで入れていただけるなんて……、うれしいです」
「え~……、まぁ……」
何が何やらまださっぱりわからないけど、とりあえず時間もないし、この場では俺と鬼灯と鈴蘭と花梨が友達になったということでお開きとなったのだった。
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教室に帰ってから授業中も今朝のことをずっと考え続けていた。あの場ではとりあえず鬼灯と鈴蘭と友達になったけど本当にあれでよかったのか?
花梨はゲーム本編には登場しない。もしかしたら居たのかもしれないけど詳しいことは何も書かれていない人物だから、多少俺が関わったり友達になってもそう大きな問題にはならないだろう。でも鬼灯と鈴蘭は違う。あの二人は細かい設定もあるし、それまでの生活というか、人生や経験というものもある程度公式に設定されている。
ゲームの『恋に咲く花』で鬼灯、鈴蘭が咲耶お嬢様と友達になったことがあるなんて設定はない。むしろ中等科一年の時から揉めて犬猿の仲になったような因縁の相手として設定されている。それなのに俺があの二人と友達になって本当に大丈夫なのか?
いや……、それで言えば今更ながらそもそもゲームの時とは皆の性格があまりに違いすぎないか?
伊吹がどう成長したら『俺様王子』になるというのか。槐だって到底『白雪王子』には程遠い。桜は『女装王子』といっても女装していることだけしか同じ点はない。ゲームの桜は格好だけ女装しているだけで、中身までこちらのようにあんなナヨナヨした女の子のようなタイプじゃない。
皐月ちゃんはもっと色々と画策しているタイプだし、薊ちゃんは本当に悪役令嬢という性格そのままのはずだ。こちらのグループの皆だってあまりに性格が違いすぎる。
もちろん……、初等科から俺と関わりがあった子達は、俺がゲームの咲耶お嬢様と違う人生を歩んできたから、その影響を受けて変わってしまったという可能性はある。でも俺は鬼灯とも鈴蘭とも柾とも会ったこともない。それなのに中等科から入学してきた面子の性格まで変わってしまっている。これはどういうことだ?
もしここがゲーム『恋に咲く花』に影響された世界ならば……、普通はゲームと同じようになるように強制力が働くものじゃないのか?それなのに俺がまったく接触したこともない者までまるで別人のようになっている。
こちらの鬼灯は何故か女の子好きという属性がついているし、鈴蘭は無口設定にしてはおしゃべりだ。柾は『冷徹王子』どころか『熱血王子』か『空転王子』といったところだろう。どこが冷徹なのかその面影すらない。
ここは本当に『恋に咲く花』と同じ世界なのか?確かに良く似た人物達は現れる。グラフィックに関しては同じ、名前も同じ、でもその中身はまったくの別人とすら言っても差し支えない。これは……、一体どういうことなんだ?




