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第四百二十九話「中等科入学式」


 別れの季節が過ぎ去り、舞い散る桜と共に新たな出会いの季節がやってきた。藤花学園に限らず、全国どこでも毎年繰り返されている恒例行事ではあるが、しかし今年度の入学式において藤花学園は未だかつてないほどの緊張感に包まれていた。


 入学式自体は例年と何ら変わることはない。言葉の内容が違うだけで、プログラムとしてはほとんど先日行われたばかりの卒業式と同じようなものだった。


 開式、入場、国歌斉唱、入学許可、各種挨拶などは入学式も卒業式もそう変わらないものだ。毎年行われるそれらの行事など教職員達にとっては慣れたもので、式そのものは滞りなく進められている。それなのに何故今年度はこんなにも緊張しているのか。それは今年度に入学してくる生徒達が錚々たる顔ぶれだからだ。


 家格一位の近衛家の御曹司をはじめ、鷹司家や徳大寺家、西園寺家といった五北家、七清家の子供達がズラリと並ぶ。世間的には超当たり年の世代などと呼ばれているがとんでもない。教職員達にとっては取り扱い注意の家ばかり集まった『地獄の世代』あるいは『悪夢の世代』などと呼ばれている。


 この世代の担当となる教職員達は入学前にすでに胃痛や精神疾患を訴えている。藤花学園の中等科、高等科では入学時に自分達の担当となった生徒達が卒業するまで、教職員達も担当が変わることなく繰り上がっていく。


 今年の新入生達の担当となる教職員達は、去年卒業した三年生達の担当だった。そして今年の新入生の担当となれば、来年は学生達が二年に繰り上がると担当教員達も二年の担当に、三年に上がると三年の担当にと卒業までついていくことになる。今年度の新入生担当になった教職員達はこの『地獄の世代』の卒業までずっと担当しなければならないのだ。


 そこまでならいい。それだけならばベテラン教員達は慣れたものだ。多少有力な家が多い年や少ない年というのはあれども、藤花学園の教職員をしていれば嫌でも上位の家の子女達の担当をしなければならない。それを嫌がるような者はそもそも藤花学園の教職員になどならない。


 だが……、今年はそれだけではないのだ。家格一位の近衛家の御曹司に対してですら、それほど気負わないはずのベテラン教職員達でさえも緊張を強いられる相手がいるのだ。それは『地獄の世代』筆頭、『完璧女帝』九条咲耶様がいるということ……。


 初等科から聞こえてきていた伝説は数知れず、何らかの行事や事情でお見かけしたことがある者も多い。何しろ遠目にもその存在感はあまりに圧倒的すぎ、遥か向こうから歩いてこられているのを見かけたならば、道の端に寄って頭を上げることも許されずにひれ伏してしまいそうになる。


 曰く、気に入らない教員をクビにさせただの、校長や理事長に理不尽な要求をたびたび突きつけているだのと『完璧女帝』の噂は枚挙に暇がない。


 この『地獄の世代』の有力家の子女の大半はすでに『完璧女帝』の軍門に降っており、九条咲耶様の不興を買うということは『地獄の世代』全てを敵に回すも同然となる。そうなっては藤花学園どころか社交界からも追放され二度と日の目を見ることはないだろう。


 まさに『女帝』!その圧倒的力とカリスマによって、各派閥、門流が群雄割拠であった社交界の勢力図を塗り替えてしまった異端児。それまでの派閥、門流政治であった社交界において、自派閥、門流以外の子女の多くを取り込み、一つに纏め上げた化け物だ。


「きっ、来たっ!?」


「――ッ!?」


 今、その異端の化け物が姿を現した。入学式の新入生入場において、本来であればクラス毎に分かれ、男女が出席番号順に入場してくるはずの列がまったく変わってしまっている。


 出席番号も並びも全て無視し、先頭を歩くのは扇子で口元を隠した『完璧女帝』九条咲耶様だった。切れ長のやや吊り上った目がその内に燃える激しい感情を表しているかのようだ。敵対者には一切容赦がなく、相手を完膚なきまでに叩き潰す苛烈な性格が滲み出ている。


 その後ろに続くのはこれまた出席番号などに従わず付き従っている者達だった。左右の後ろには『華麗女王』徳大寺薊と『清楚女王』西園寺皐月、さらにその後ろに付き従うのは『四天王』と呼ばれる最側近のご令嬢達。それら最側近の後ろにはこれまた出席番号順ではなく、まるで序列順に並んでいる女官のように女子生徒達が従っていた。


 異様。あまりに異様。


 これが初等科を卒業したばかりの、ようやく中等科に上がってきたばかりの新入生達とはとても思えない。完璧に統率されたその集団は、粗相がないように徹底的に訓練されてきたかのように見える。他派閥の者もいるというのに、ここまで完璧に人心を掌握し、統率している。


 その圧倒的カリスマ性を見せ付けるかのように堂々と歩いていた『完璧女帝』は、クラス割など関係ないとばかりに講堂の中心に進み、特別に用意されている席の前に立った。


「どうぞ、咲耶様」


「ありがとう」


 鈴を転がすような声でそう答えられた九条咲耶様は、他のご令嬢達に傅かれ、中央に広々と空間が取られてデカデカと置かれている特別な席に着席された。在校生も教職員も保護者達も、そのことに何一つ言えない。


 普通の学校で普通の生徒が相手であったならば、この破天荒な振る舞いに抗議する者もいただろう。教員から厳重注意も受けたかもしれない。しかしこと藤花学園においてはこのような振る舞いも許される。否!このような振る舞いが許される者が通うのが藤花学園なのだ。


 初等科から一緒であった家々は特に何も思わない。これこそが藤花学園の日常であり、この超当たり年、『地獄の世代』、『悪夢の世代』の常識だった。しかし中等科から入学してきた生徒や保護者達はポカンとしたままあまりのことに理解が追いつかなかった。


「ははっ……、何あれ……」


「…………ん」


 中等科から入学してきた、女子にしては背の高い生徒が、小柄な生徒にこっそり声をかけた。背の高い女子生徒は活発そうな髪型や顔立ちをしているが、小柄な女子生徒の方は大人しそうな外見通りなのか無口で静かに頷くだけだった。


 確かに藤花学園は中等科、高等科、大学と外部生を受け入れている。上に上がるほど外部生が増え、初等科からの内部生の割合が下がるのは必然だ。


 初等科の頃から入学している家の方がより上位の家である可能性が高く、中等科、高等科と上に上がるほど家柄ではなく成績で考慮された者が増えてくる。しかしそれも必ずしもそうとは限らない。


 例えば地方在住の貴族家だったならば、藤花学園の初等科に通わせるために僅か六歳の子供を一人こちらに住ませるというのは選択し辛い。まったくないとは言わないが、それほど多くはないだろう。


 本家が地方にあったとしても、上位の有力な家ならば都内にも会社やこういった通学のための家を持っている。二条家などはまさにそれで、名目上本宅というのは古都にあることになっているが、実際にそこに住むのは祖父母世代くらいで、子や親世代は都内の屋敷に住んでいる。


 上位の家ほど仕事や通学の関係上、都内に屋敷を持っている可能性が高く、子供が生まれれば迷わず藤花学園に入学させる。それに比べて本宅とは別に都内に家を維持出来なかったり、子供と離れて暮らせない状況の地方の家は初等科から藤花学園に通わせるのは難しい。


 ある程度成長して、親から離れて生活しても大丈夫だという年になってから都内で一人暮らししたり、寮に入ったりする貴族家もある。もちろん一人暮らしと言っても家人やメイド達がついている場合もあるだろうが、この場合の一人暮らしとは本当に一人という意味ではなく、家族と離れて、という意味においてである。


 通学に耐えない距離に住む家や、もう完全に地方住みの有力家で子供と離れたくない、離れられないために藤花学園の初等科に通わせない、通わせられない家というのは一定数いる。だから中等科、高等科から入ってきたから全て庶民であり貴族ではないとは限らない。現にこの二人の女子生徒も貴族家の出身ではあった。


 だが今まであまり都内を中心とした有力家のパーティーなどにも参加したことがなく、中等科になってからようやく藤花学園に入学してきた二人にはこの様子はあまりに異様に見えた。


 しかし困惑する外部生やその保護者達に反して、式は滞りなく進んでいく。まるでそれが当たり前かのように、あのあまりに圧倒的な存在感を放つ中央に座る一団に誰も何も言わない。いや、言わないどころか必要以上に遠慮し配慮しているのが見て取れる。


 これは一体何なのか……。初めてこれらを見せられる者達はこうして次第に『藤花学園の常識』を知っていくのだった。




  ~~~~~~~




『在校生代表、生徒会長、速水(はやみ)石榴(ざくろ)君。新入生代表、近衛伊吹君』


 アナウンスを受けて三年生の現生徒会長、速水石榴はやや緊張した面持ちで壇上へと上がった。藤花学園では在校生代表の祝辞と新入生代表の答辞を同時に壇上にあげて、応答するかのような形で行われる。


 何も知らない外部生達は五北会への反発が根強い。一応は選挙で選ばれる生徒会と違い、家柄のみで、それも初等科から通っていた生徒しか選ばれない五北会が、学園で好き勝手しているようにしか見えないからだ。だからこそ外部生は五北会への対抗組織として生徒会に期待している者が多い。だが実際にはその実力差は明白だ。


 架空の物語では生徒会とは絶大な権力を握っている描写が良くある。しかし実際の学校の生徒会といえばほとんど雑用か、適当に定期的に集まって話し合いという名目の伝達事項を伝えられるだけの組織でしかない。何の権限も決定権もなければ、そもそもまともな事務仕事もない。やることと言えば本当にただの雑用ばかりだ。


 学校、学園内の諸問題を話し合ったり、予算会議を開いたりしているといっても、所詮は教職員監修の下でそれっぽく話し合っているフリをしているだけに過ぎない。実際には前年の踏襲を繰り返したり、教職員が決めたことをそのまま決定しているだけだ。


 それに比べて五北会は自分達で予算を出し合い、その執行について決定する権限がある。そもそも五北会からの寄付がなければ学園の運営そのものに支障をきたしかねない。だからこそ学園や理事会ですら五北会には頭が上がらないのであり、予算と権限を握っている者が最も強いのはどこでも当たり前のことだろう。


 ただ外部生の一般生徒達はそんなことを知らない。学園の自治は生徒会によってなされるべきだという考えから五北会に反発し、生徒会を応援している。


 速水石榴は中等科から藤花学園に入学した外部生だ。速水家は藤原北家良門流で、下北面の地下家である。ただし速水家は一度絶家しており、石榴の速水家は再興されたものであり、かつての速水家とは内情は異なる。


 それでも石榴は地下家としてそれなりに貴族社会、社交界を理解しているつもりだった。その上で生徒会長として五北会とも毅然として渡り合ってきた……、つもりだった。


 藤花学園では入学式に在校生代表の生徒会長と、その年の家格トップの新入生代表が同時に壇上に上がり、まるで対決するかのように祝辞と答辞を述べ合う。だがこれは本当は三年の生徒会長ですら、五北会の新一年生にも敵わないという吊るし上げの場面なのだ。


 普通なら迎える先輩である生徒会長の方が上に立ち、新入生達を温かく迎えるものだろう。だが藤花学園の入学式では、新入生や在校生代表達の前で、生徒会長が五北会の新入生に頭を垂れ、屈服する様を見せるためにこのような形が取られている。


 それはわかっている。わかっているが石榴は入学してからこれまで生徒会役員として働いてきた自負がある。外部生の地下家でも生徒会役員となり五北会と渡り合ってきた。そしてようやく会長になり、家格一位の近衛家の嫡男を迎え撃つためにこの場に出てきたのだ。


 例え家格一位の近衛家であろうとも、この場が生徒会が五北会に屈服して頭を垂れる場面を見せ付ける吊るし上げの場だとしても、今までの自負と実績をもって自分でも渡り合えると思っていた。いや、実際にこの目の前に偉そうな顔をして立っている新入生を見ても自分が引けを取っているとは思わない。そう……、この目の前のお坊ちゃんに対しては……。


 だが……、壇上に立った石榴は冷や汗が止まらなかった。新入生達の方を向いて話そうとするとどうしても目につく存在がいる……。


 クラス分けなど関係ないとばかりに講堂の中央を大々的に占拠し、一人だけ周囲とは違う異様に豪華な椅子に座る人物。その人物に見られていると思うだけで、これまでずっと生徒会役員をしてきて、壇上に立つことにも慣れているはずの石榴が緊張で震える。


 石榴は外部生で中等科から入ったから知らなかったのだ。初等科の詳しい内情など伝わってくることもなければ、外部生と内部生の確執もあるために初等科の内部生の情報を教えてくれる者もいなかった。だから家格一位の近衛伊吹こそが『地獄の世代』の首魁だろうと思っていた。


 だが何のことはない。家格一位などと言っても所詮は近衛伊吹など真の首魁の手足の一つに過ぎなかったのだ。近衛伊吹が相手ならば石榴もある程度渡り合える自信はある。目の前で見てもそう言える。実際の権限や予算は桁違いで対抗組織と呼ぶにはあまりにもおこがましいが、それでも生徒会による自治だけは維持出来る。いや、近衛伊吹が相手ならば維持出来ただろう。


 あの化け物さえいなければ……。


 講堂の中心から見詰めてくる視線を受けるだけで石榴は喉がカラカラに渇き、緊張で声が震える。真の覇者の存在感がヒシヒシと伝わってくる。この新入生達の世代が何故『地獄の世代』、『悪夢の世代』と呼ばれているのか……。それを肌で実感した生徒会長、速水石榴は早々に『完璧女帝』の軍門に降ることを決意したのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] その実完璧に見えるが中身は思い込みの激しいアホの子である( ˘ω˘ )
[一言] 自分が思ってることと周囲の反応は違うって言う典型的な奴だこれ。こういうすれ違い的な展開で 主人公が幼女の皮を被った化け物と言われる某小説を思い出した。
[一言] 咲耶お嬢様、内から見るか外から見るか() 外から見れば超弩級の恐ろしき爆弾 内からみれば花火すら色褪せる魅力の塊 ギャップが激しいってレベルじゃねぇぞ!!www 大丈夫だよ外部生並びにその…
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