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第四百話「ご心配をおかけしました」


 結局あの後母と椛と三人で散々話し合ったけど良い解決策は浮かばなかった。今回の件に関しては九条家があまりに不利すぎる。


 『大変そうですね。お手伝いしましょうか?』と言われた時に、『お気遣いありがとうございます。ですがこちらでどうにかするので大丈夫です』と言って断っていればそれで何の角も立たずに済んだ話だろう。でも『お手伝いしましょうか?』と言われた時に『じゃあお願いします』と言ってしまった状況だ。それを今更こちらから断るのは失礼にあたる。


 向こうからすれば『手伝って欲しい』と言われたから手伝う用意をしていたというのに、今頃になって『やっぱり手伝ってもらう必要はないです』と言われれば腹を立てるだろう。それを周囲の人間が聞いたらどちらが悪いと判断するかは一目瞭然だ。だから今更近衛家に『手伝いはいらない』とか『手を出してくるな』とは言えない。


 しかも近衛母は用意周到に契約書まで交わしてしまっている。今更俺達がやっぱりなしでと言っても、向こうは契約をたてにこちらに譲歩を迫ってくるだろう。なので近衛家に口を出させないとか、手を出させないというのはもう実質的に不可能だ。


 母も椛ももうそれに関してはどうしようもないと言っている。俺も色々考えたけど解決策は浮かばなかった。演奏メンバー全員が近衛系列の芸能事務所に所属して、幸徳井家の喫茶店がそのオフィシャルショップになることはもう避けられない。


 避けられないのならば……、今後どうすれば良いのか。それも浮かばない……。


 近衛母の狙いは何だ?俺達の曲の権利を奪って自由に販売することか?コンサートの後に近衛母も言っていたけどそれは違うだろう。近衛家にとってはそれで円盤が百万枚売れようが、二百万枚売れようが大した金額じゃない。売れないよりは売れる方が良いけど、演奏メンバーの全ての家から恨みを買ってまで曲の権利を取り上げて、その程度の売上を得ても損失の方が大きい。


 近衛母の目的がわからない。だからこちらも対策のしようがない。


 相手の狙いがわかればその狙いに対する策も立てられるけど、相手が何を狙っているかもわからない状況で、それに備えた策を立てるのは不可能だ。


 事務所に所属することはもう不可避。そして幸徳井家の喫茶店がオフィシャルショップになるのも避けられない。それらへの対策は不可能だ。それなのにそうなった後の近衛母の目的がわからない。わからないから対策しようがない。ここで行き詰ってしまう。


「はあぁぁぁ~~~っ……」


 ベッドで横になっても溜息しか出てこない。まったく……、面倒なことになってしまったものだ……。まぁ俺が自分で蒔いた種なんだけど……。


「咲耶様はこの椛がお守りいたしますよ!ですから!さぁ!私の胸に飛び込んできてください!一緒に寝ましょう!」


「椛……」


 俺がベッドの上でゴロゴロしていると隣に立った椛が凄い表情をしていた。ちょっと年頃の女の子がして良い表情じゃない。何というか……、やや血走った目にすけべそうな緩んだ顔。鼻息も荒くフスーッ!フスーッ!と凄い音がしている。これはちょっと人に見せて良い状況じゃないな……。


「椛……、折角の綺麗なお顔が酷いお顔になっていますよ……。もう少し落ち着いてください」


「私は落ち着いています!さぁ!これまでも毎晩一緒に眠っていたではありませんか!さぁ!咲耶様!今夜も一緒に寝ましょう!」


 うん……。絶対無理。


 いくら俺が鈍感とか馬鹿でもこれはさすがにわかる。今夜椛と一緒に寝たら俺はきっと大変なことになる。確かに椛の言う通り昨晩までは一緒に寝てたんだけど、昨晩までの椛はとても頼りになる良いお姉さんだったと思う。昨晩のまま誘われたなら俺はきっと椛に心も体も開いていたことだろう。でも今はそんな気はまったくしない。


 この残念すぎる状態になっている椛に迫られて、あぁ、このまま全てを委ねてしまおう……、なんて絶対に思えない。昨晩までの優しく美しいお姉さんだった椛はどこへ行ってしまったんだろう。何故一晩でこんな残念に変身出来るのか、そちらの方が不思議でならない。


「もう添い寝は必要ないので今夜からは自室に戻って寝てください」


「しょっ、しょんにゃ……」


 一瞬で情けない顔になった椛がなおも食い下がろうとするけど、俺がベルを鳴らすとやってきた家人達に引き摺られて、椛は自室へと強制連行された(かえっていった)のだった。




  ~~~~~~~




 結局昨日散々考えたけど良い解決策は浮かばなかった。どうにかしなければと気持ちばかり焦るけど妙案は浮かばず、何とも落ち着かない気分のまま道場へとやってきた。


「咲耶よ……。もう悩みは解決したのか?」


「へっ……?」


 道場に行くと師匠にいきなりそんなことを言われた。でもそれよりも何よりも……、何故か師匠がめちゃくちゃ不機嫌になっている!?


 今までも不機嫌だなとか、俺に『たるんどる!』とか注意もしてこないなとは思っていたけど、それでもまだ今までも見たことがある程度の不機嫌さだった。でも今日、今の師匠はそんな不機嫌のレベルを遥かに超えている。これはもうお怒りとかそんな生易しいものじゃないだろう。


「あああっ、あの……、えっと……」


 この前まで師匠は俺に何も言ってこなかった。菖蒲先生とかは会うたびに毎回『大丈夫?』とか、『何か悩みでもあるの?』とか『相談に乗るわよ』とか言ってくれていた。でも百地師匠は別にそんなことは言っていなかった。もしかしたら俺が悩んでいることなんて気にもしてないのかと思っていたけど……、今日のこの不機嫌は一体何なんだ?


「そうかそうか……。もう悩みは解決したか……。ならば今までの修行の遅れも取り戻さねばならんのぅ!」


「ひぃっ!」


 まっ、まずい……。このままでは俺は殺される。本能がそう告げている。このまま怒り狂った師匠の修行をまともに受けてはいけない。どうにか……、どうにかこの場を切り抜けるんだ!


「しっ、師匠!そっ、相談があります!」


「……ふむ。相談とな?」


 師匠の眉がピクリと動いて若干怒気が収まった。今のうちだ。今のうちに師匠の怒りを抑える方法を考えるのだ。でなければ俺は今日生きて帰ることは出来ない。直感がそう告げている。


「じっ、実は先日師匠にもご同行願いました近衛家との話し合いで……、あの時の私は少し正常ではなかったために非常に不利な契約を結んでしまいました。ですが今更それを覆すのは大義名分がなく……、困っているのです」


「ほ~~~うっ!」


 あるぇっ?何か師匠ますます怒ってないか?


「え~……、つきましては師匠にもご助力いただけないかと……」


「あれほど弱るほどの重大な悩みの相談はせぬが、他人の喫茶店がどうだとか、近衛家との契約がどうだとか、どうでも良い相談ならばわしにすると?」


「あわわわっ……」


 こっ、怖い……。怖すぎる……。今日の師匠はどうしてこんなに怒り狂っているんだ……。いっ、一体どうすれば……。


「せっ、先日まで私が塞ぎこんでいたのは!『少女』から『女性』に変わる際に起こるホルモンバランスの変化によって起こっていたもので!女性ならば誰でも起こり得る上に相談してどうにかなる問題でもありませんでした!ですが!近衛家の問題に関しては!とても頼りになる方にご助力願わねば!この未熟な私ではどうすることも出来ません!どうかお力をお貸しください!」


「ふむ……」


 …………あれ?師匠の怒りが収まった?


「それならそうと早く言えばよかろう。何ならば百地流の秘薬を処方してやったものを。百地流の秘薬の中には月経を止めるものもある。現在で言うところのホルモンバランスを変えるものもある。おなごがおのこのように筋肉を発達させたり、月経を止めたりも出来る。何なら咲耶も飲んでみるか?」


「いっ、いえ!それは困ります!このままでいいです!」


 それって絶対やばい薬だろ!?月経が止まるとか、女が男みたいに筋肉が増大する薬って何だよ。現代のドーピングで女性が男性のようになる薬もあるという。アスリートがそういったドーピングをすれば違反になるけど、百地流のようなクレイジー忍術なら別にドーピングしようが何だろうが勝てば良いんだろう。でも俺がそれを飲むのはお断りだ。


 確かにホルモンバランスが男性に近づいたり、月経がなくなった方が俺の精神としては楽だろう。毎月月経がくるだけでも嫌になるのに、今回の件でホルモンバランスの影響まで強く出て大変だった。でも無理やり月経を止めるとか、女が男のようになる薬なんて飲むのはノーサンキューだ。


 男と結婚して、アレやコレをして子供を産むなんて絶対にお断りだけど……、でも薬で無理やりそれを止めてしまうのは違うと思う。俺の心は男のつもりでも、この体は間違いなく女の子なんだ。それを俺の気持ちだけでそんな風にしてしまうわけにはいかない。


「ふむ……。まぁこれらは本来任務などで一時的に服用するもので常用するものではない。咲耶にも飲ませることはないから心配する必要はない」


「そっ、そうですか……」


 それなら何故そんなことを言い出したのか……。もしかして知らない間にこっそり薬を盛られていても気付かないんじゃないのか?少なくともそんな薬の存在を俺に教えたために、俺はこれからずっとそんな疑念を抱いたまま過ごさなければならなくなってしまったぞ……。


「それで本題じゃったな。どれ……、この頼りになるわしが近衛家を血祭りに上げてきてやろう。近衛家を根絶やしにして契約書を奪ってくれば万事解決じゃろう?」


「ちょっ、ちょっと待ってください!?」


 このクレイジーニンジャは何を言い出すんだ!?近衛家を皆殺しにする気かっ!?


「もっ、もう少し穏便な方法はないのでしょうか?」


「ふむ……。忍び込んで契約書だけを破棄する方法もあるが、それでは契約書がなくなったことに気付いた近衛家が、こちらが何かしたと気付くじゃろう。そうすれば報復に出てくる可能性も高い。それならば最初から根切りした方がよかろう?」


 『よかろう?』じゃない!そんなことをしたら大事どころじゃないだろう!このクレイジーニンジャは何を考えているのか……。


「え~……、人を殺したり、殺されたりしない方法はありませんか?」


「ふ~む……」


 師匠は真剣に考え込んだまま暫く何も言わなくなった。どうやら師匠のあの自信満々にどうにかするというのは、誰かを始末したりする方法ばかり考えていたらしい。


「咲耶、何をしておる!わしは考えておくゆえお前はさっさと修行を始めよ!」


「はっ、はいっ!?」


 怒られた俺はいつも通りのメニューを始めた。でも師匠はずっとうんうん唸ってるだけでこちらに何も言ってこない。まぁ最近は常に俺に何か言ってくるということもなくなってきていたし、固定のメニューをしている間は別に指示も必要ない。


 ここの所自分でも塞ぎ込んでいて修行が疎かになっていたと思う。今日は久しぶりに思いっきり体を動かして、ちゃんと身になる修行が出来たような気がする。


 でも結局師匠は最後まで良い案は浮かばなかったようで、また考えておくといって今日の修行を終えたのだった。




  ~~~~~~~




 一番頼りになると思った母や、凄い裏技でも出してくれるかと期待した師匠でも解決策はない様子だった。気持ちが落ち込んでいたものからは開放されたけど、今度はまたとんでもない悩みに悩まされることになってしまった。


 皆にも相談したいけど、冬休みの間は会えないと以前に断られているし、今更また何か言っても同じように言われるだけだろう。冬休みの間に少なくともこちらである程度は解決策を考えておかないと、休み明けに皆に会わせる顔もない。


「あら、咲耶ちゃん。もう大丈夫なの?」


「御機嫌よう、菖蒲先生。もうすっかり大丈夫です。ですが別の悩みが出来てしまいまして……」


 菖蒲先生も俺が塞ぎ込んでいる間随分と心配してくれていた。無関係というわけでもないので色々説明した方が良いだろう。


「……ということになっていまして」


「そう……。私がマスターの所に誘ったせいで大変なことになっていたのね」


「いえ、菖蒲先生のせいではありませんよ」


 俺がここの所塞ぎ込んでいたのは、母の見立てではホルモンバランスが変化していて体が戸惑っていたからだと伝えた。菖蒲先生も同じ女性だからか、それを聞いてもそちらに関しては簡単に納得してくれた。もしかしたら菖蒲先生も昔に似たような経験があるのかもしれない。


 そして幸徳井家の喫茶店についての取り扱いで、塞ぎ込んでいる状態だった俺が判断を誤って失敗してしまったことも伝えた。自分の恥を晒しているようであまり言いたくはないんだけど、この失敗は俺だけじゃなくて演奏メンバーの皆や、幸徳井家の人達にも迷惑をかけてしまっている。


 俺一人の失敗で俺一人が苦労するのなら笑い話でもよかったけど、他の人にまで迷惑をかけてしまっているのでは笑っていられない。とにかく誰かの手を借りてでも、知恵を借りてでも、解決出来るのならまずはこの問題を解決しなくては……。


「ふ~ん……。それじゃ……、今からマスターに会いに行きましょうか?」


「……え?」


 少し悪戯っぽく笑っている菖蒲先生に連れられて、俺は再びマスターの喫茶店に向かったのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] ハッ、咲耶様がぶっ飛んでるのもこの師匠のせい…?
[一言] 何か妙案はあるんかねぇ
[一言] さて、どうなるかな
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