第三十九話 君の隣にいたかった
静寂。
先ほどまで戦場だった場所に。
もう魔物の声はなかった。
古びた騎士は。
大地に膝をついたまま動かない。
◇◇◇
「アルト……!」
セレスは必死に名前を呼ぶ。
操縦席。
傷ついた少年は、ゆっくりと目を開けた。
「……セレス。」
「よかった……。」
その一言に。
セレスの張り詰めていたものが崩れる。
「喋らないでください。」
「今、何とかします。」
しかし。
アルトは静かに首を振った。
「無理だ。」
「機体も。」
「俺も。」
「もう限界だ。」
「そんなこと……!」
否定したかった。
でも。
セレスには分かっていた。
◇◇◇
「変だな。」
アルトが小さく笑う。
「何がですか。」
「ずっと。」
「知られたくなかったんだ。」
セレスは黙って聞く。
「この騎士のことも。」
「俺が戦っていたことも。」
「誰にも。」
少し間を置いて。
「でも。」
「今は。」
「知られてよかったと思ってる。」
◇◇◇
アルトは目を閉じる。
「俺はずっと。」
「何かになりたかった。」
「父さんみたいな騎士に。」
「誰かを守れる人間に。」
「でも。」
「俺自身には、何もないと思っていた。」
セレスは首を振る。
「違います。」
迷いなく。
「あなたには、ありました。」
「誰よりも大切なものが。」
「守りたいと思う気持ちが。」
◇◇◇
アルトは少し笑った。
「……そうかな。」
「はい。」
「だから。」
セレスは手を握る。
「あなたは騎士です。」
「誰よりも立派な。」
◇◇◇
静かな時間が流れる。
遠く。
街では人々が戻り始めている。
誰かが言う。
名前も知らない騎士が。
街を救ったのだと。
でも。
この場所には。
二人しかいない。
◇◇◇
「セレス。」
「はい。」
「最後に。」
「聞いてほしい。」
セレスは顔を上げる。
アルトはゆっくりと言葉を探す。
「俺は。」
「君の隣にいたかった。」
「……。」
「ずっと。」
「君は眩しくて。」
「俺なんかが隣に立っていいのか分からなかった。」
「でも。」
「本当は。」
「ずっと。」
「君の隣にいたかった。」
セレスの瞳が揺れる。
胸の奥に。
いくつもの記憶が蘇る。
幼い頃。
絶望の中で手を差し伸べてくれた誰か。
顔も。
名前も。
分からなかった。
ただ。
優しい人だった。
そして。
今日まで。
誰にも知られず戦い続けていた名もなき騎士。
街を守るため。
傷つきながらも立ち上がり続けた存在。
その二つが。
今。
一人の少年へと重なる。
「……そうだったんですね。」
セレスの声が震える。
「アルト。」
「あなたが。」
「昔、私を助けてくれた人だったんですね。」
アルトは目を見開く。
「……知っていたのか。」
「いいえ。」
セレスは首を振る。
「今、分かったんです。」
「ずっと別々の人だと思っていました。」
「私を助けてくれた人。」
「名もなき騎士。」
「そして。」
「いつも近くにいたアルト。」
涙がこぼれる。
「全部。」
「同じ人だったんですね。」
アルトは何も言えなかった。
「どうして。」
セレスは小さく笑う。
「どうしてあなたは。」
「そんなに優しいのに。」
「自分のことだけは、いつも後回しにするんですか。」
「……。」
「私は。」
「あなたが弱いなんて思ったことはありません。」
「だって。」
「誰も見ていない場所で。」
「誰にも知られないまま。」
「ずっと誰かを守っていたじゃないですか。」
アルトの視界が滲む。
初めてだった。
自分の全てを知られたのは。
そして。
それを否定されなかったのは。
「……ありがとう。」
アルトが呟く。
「こちらこそ。」
セレスはアルトの手を握る。
「私を助けてくれて。」
「私を守ってくれて。」
「そして。」
「最後に、本当のあなたを見せてくれて。」
静かな時間が流れる。
二人は。
騎士でも。
英雄でもない。
ただの少年と少女として。
初めて向き合った。
そして。
二人は互いの想いを確かめるように。
静かに距離を縮めた。
◇◇◇
やがて。
古びた騎士から。
小さな光が消えていく。
しかし。
最後まで。
その内部には。
二人の温かな時間が残っていた。
◇◇◇
数日後。
街は復興へ向けて歩き始めた。
多くの命が救われたその理由を正確に知る者はいない。
ただ、人々は語り継いだ。
絶望の日。
一機の古びた騎士が現れたこと。
誰にも知られず。
誰にも称えられず。
それでも。
最後まで戦った騎士がいたこと。
◇◇◇
その騎士の名を。
知る者はいない。
どこから来たのかも。
なぜ戦ったのかも。
誰も知らない。
ただ。
あの日。
確かに。
誰かを守るために戦った存在がいた。
それだけは。
決して消えることのない記憶になった。
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