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忘れたはずの彼が、気になってしまう。 ―琥珀の瞳が、嘘をつく―  作者: HANABI
卒業後編

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番外編:記憶の器と、知る者たち (再会後 宿屋の店主とレヴァンの会話)

再会後 宿屋の店主とレヴァンの会話

山を越えたあとの夜。


空気はすでに冬に近く、冷えた風が宿の軒を鳴らしていた。

カウンターの奥、ランプの灯りだけが揺れている。


店主はグラスを拭きながら、目の前の男を見ていた。

レヴァン。

いつも通りの無表情。

だが――ほんのわずかに、空気が重い。


「そもそもさ」


店主が口を開く。


「なんで俺に紹介させた?」


レヴァンはグラスに視線を落としたまま答える。


「お前のところは、人が集まる」


「まあな。山越えの拠点だからな」


「情報も流れる」


「裏も表もな」


「だからだ」


簡潔な答え。

だが店主は鼻で笑った。


「それだけじゃねえだろ」


沈黙。

火のはぜる音だけが、やけに大きく響く。

数秒。

レヴァンが、わずかに息を吐いた。


「……観察だ」


「回収者としてじゃなく?」


「――人間としてだ」


店主の手が止まる。


「……あの嬢ちゃん、そんなに特別か」


レヴァンは答えない。

代わりに、ゆっくりとグラスを置いた。

コト、と小さな音。


「……“あれ”を持っている」


「琥珀か」


「ああ」


空気が変わる。

軽さが消える。

店主はゆっくりと腰を下ろした。


「……あれが何か、分かってんのか」


「断片的にはな」


「完全じゃねえんだな」


「完全に分かっている人間は――もういない」


静かな断言だった。


「……死んだのか」


「……ああ」


レヴァンの視線が、ほんのわずかに遠くを見る。


「“影に焼かれた”」


その言葉に、店主の眉がわずかに動く。


「焼かれた……?」


「記憶ごと、だ」


低い声。


「肉体が消えるわけじゃない。だが――」


少しだけ、言葉を選ぶように間を置く。


「その人間を構成していた“記憶”が、すべて奪われる」


「……廃人か」


「それより酷い」


レヴァンは淡々と続ける。


「何も残らない。“誰だったか”すら消える」


「名前も、関係も、存在の意味も」


店主は黙る。

グラスを握る手に、わずかに力が入る。


「……それが影か」


「正確には違う」


レヴァンは首を振る。


「影は、“結果”だ」


「……どういうことだ」


「人の記憶が喰われたあと、その残滓が形を持つ」


「それが影だ」


沈黙。


「……じゃああいつらは」


店主の声が低くなる。


「元は、人間か」


「……ああ」


静かに、肯定。

ランプの灯りが揺れる。


「完全に消えなかった“感情”や“執着”が、歪んで残る」


「それが動く」


「それが――人を襲う」


「……最悪だな」


店主が吐き捨てるように言う。


「だから回収する」


レヴァンは淡々と返す。


「放置すれば、連鎖する」


「記憶は喰われ、影は増える」


「世界が、薄くなる」


その言葉に、店主は黙った。

しばらくして、ぽつりと呟く。


「……じゃあ琥珀は何だ」


レヴァンの目が、わずかに細くなる。


「“器”だ」


「器?」


「奪われた記憶の“残滓”を、受け止めるためのもの」


「……そんなことが出来るのか」


「本来は出来ない」


即答だった。


「だが、あれは例外だ」


レヴァンは続ける。


「触れれば、断片が見える」


「感情ごと、流れ込む」


「強い想いほど、深く」


店主の顔が曇る。


「……危険すぎるだろ」


「ああ」


「だから使い手を選ぶ」


「選ぶ……?」


「意志があるかは分からない」


「だが、適合する人間しか持てない」


「でなければ――」


一瞬の間。


「飲み込まれる」


空気が冷える。


「記憶に、か」


「……ああ」


レヴァンは頷く。


「他人の人生に溺れる」


「戻って来れない場合もある」


店主は大きく息を吐いた。


「……あの嬢ちゃん、大丈夫なのかよ」


「今は、な」


「今は?」


「共鳴している」


「誰とだ」


その問いに、レヴァンは迷わなかった。


「カイだ」


沈黙。


「……やっぱりな」


店主が苦く笑う。


「温度の話か」


「ああ」


「近くにいると温かい。離れると冷える」


「感情の同期だ」


「……それってよ」


店主がじっと見る。


「かなり深いぞ」


「分かっている」


レヴァンは静かに答える。


「だから観察した」


「二人でなければ成立しない」


「片方だけでは、壊れる」


「……つまり」


店主が言う。


「二人で一つってことか」


レヴァンは否定しない。


「役割が違う」


「カイは“断つ側”」


「記憶を消し、影を終わらせる」


「リナは“受け止める側”」


「記憶を見て、癒し、解放する」


「……真逆だな」


「ああ」


「だから成立する」


しばらくの沈黙。

火が小さく弾けた。

店主がぽつりと聞く。


「……その“完全に分かってた奴”ってのは」

レヴァンの目が、ほんの一瞬だけ揺れる。


「誰だ」


少しだけ間が空いた。

そして――


「カイの母親だ」


静かに、落ちた。

店主の目が見開かれる。


「……あの火事で死んだって話の?」


「正確には違う」


レヴァンは首を振る。


「死んだのは、肉体だけじゃない」


「記憶を守るために――焼いた」


「……焼いた?」


「自分自身を媒介にしてな」


その言葉の重さに、店主は言葉を失う。


「影に喰われる前に」


「記憶を琥珀に逃がした」


「……それが、今の?」


「ああ」


「完全な継承ではない」


「だが――」


レヴァンはゆっくりと言う。


「意志は残っている」


沈黙。

長い沈黙。


「……だから、あの嬢ちゃんが選ばれたのか」


「選ばれたかは分からない」


「だが」


レヴァンの声が、わずかに低くなる。


「繋がったのは、偶然ではない」


店主はグラスを置く。


「……重いな」


「ああ」


「でもよ」


少しだけ笑う。


「悪くねえな」


レヴァンは視線を向ける。


「何がだ」


「“守る側”がいるってのは」


店主は肩をすくめる。


「この世界、だいたい壊すやつばっかだからな」


ほんのわずか。

レヴァンの表情が緩んだ気がした。


「……そうだな」


小さく、肯定する。

ランプの灯りが揺れる。

夜は深い。


だが――

確かに、何かは繋がっている。


記憶も、想いも。

まだ、消えていない。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


ストックがなくなってきましたので、

今後は不定期更新とさせていただきます。

一応今月中には完結予定です。

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