ゼロ丁目駐在所のお巡りさん 1
名称はPOL031。
製造番号だ。
日本で初めて試験運用されたロボット駐在員であった。POL031は鳥取砂丘に近い砂丘駐在所に勤務し、仕事は砂丘へやってくる観光客の監視と周辺の巡回であった。
見るからにロボットの姿をしていることは景観的にも良くないということで悪役刑事と言うドラマの主演俳優『高峰慎之介』に似せて作られた美丈夫なロボットであった。
彼の他にも各都道府県に一体ずつ作られ実際47体の試験運用ロボット駐在員が存在していた。
「そんなSFな」
そんなバカな、と同じリズムでぼやき彼の相棒として白羽の矢が立った榊翔也はPOL031の横に立つ上司の花田勇助巡査部長をチラリと見た。
「まあ、そういうことなんだよ」
苦く笑って告げる上司に彼は鼻から溜息を零した。
丸投げしようとする気持ちがありありと見て取れる。
一見すると人間と変わらない。ロボット工学もここまで来たかと言う具合のロボット駐在員。勿論、初めての試験運用である以上は使い物になるかならないかはこれからの47体の働きによるということになる。
翔也は肩を竦めて
「何で『いま』ロボット導入なんだよ」
とぼやきながら、花田勇助に
「POL031と言うのは言いにくいので通名付けていいですか?」
と告げた。
花田勇助は困ったように
「俺はロボットのことが良く分からん」
と両手を前にピラピラ振って
「とにかく、任せた」
仲良くやってくれ! と昨日の報告書を翔也に渡して逃げ去ったのである。
駐在所の詰所でPOL031と向かい合い、翔也は「やっぱり、逃げた!」と心で叫んだものの肩を竦めると
「POL031、とりあえず俺はお前のことを……う~ん」
と顔を顰め
「獅子河豊治と呼ぶ」
と告げた。
POL031は冷静に
「それは名前と言うことでいいですか?」
と返した。
翔也は頷いて
「ああ、巡査部長は逃げたから俺が勝手にする」
とにやりと笑って
「俺の名前は榊翔也だ」
と敬礼した。
POL031こと獅子河豊治も敬礼すると
「私の名前は獅子河豊治。宜しくお願いいします」
と返した。
鳥取県警察ではこうやって試験用ロボット駐在員は受け入れられたのである。他の都道府県でも同じ時に様々な形で導入されていた。
翔也は花田勇助から受け取った報告書を詰所の奥の壁に備え付けられている棚の中のファイルに差し込むと
「獅子河、朝の引継ぎ時に前日の当番の人間……俺たちの場合は花田勇助巡査部長と真鍋幸男巡査だが二人から報告書を受け取ったら中を確認してファイルする」
と説明した。
豊治は敬礼すると
「はい!」
と答えた。
翔也は地図を広げると
「この砂丘駐在所の管轄は」
と後ろを親指で示し
「主には向こうに砂丘が広がっていて観光客がいるからそこでトラブルが発生していないかの監視を兼ねた巡回と」
と言い、地図の鳥取市の福部町と書かれている区域を丸く覆い
「この範囲の巡回だな」
と告げた。
「まあ、俺達は事件が起きた時は鳥取署の刑事第一課の方へ連絡を入れて規制線を張って現場の現状を守ること。捜査や裏取りにはほぼほぼ参加することはない。勿論、刑事課が案内や地域の人間の詳細を聞いてくることがあるからその時は報告する」
豊治は「了解しました」と答えながら地図をじっと見つめて
「福部町はかなり広いですが住宅数自体は少なく点在していますね」
と告げた。
「移動はパトカーですか?」
翔也は頷くと
「ああ、巡回ルートがAからCの3パターンあるから順次だな」
と告げた。
「今日はAだな。海士から岩戸、細川を回って戻ってくるコースだ」
豊治は敬礼すると
「了解しました」
と答えた。
翔也は豊治を見ると
「いやいやいや、こうやって話してると本当に人間と話してるのと変わりねぇだろ! マジか!」
と自分に突っ込んだ。
21世紀に入って急速にAIと言う人工知能が発達し様々な分野にロボットが介入し始めた。早い時期にロボット警察官と言うのが作られたが、このような実務に関わるものではなくそれこそ広告塔のような『警察のお仕事は~』と説明する程度のモノであった。
しかし、いま相棒として同行している獅子河豊治は正に人間と変わりのないくらい高性能なロボットであった。レベルが違っていたのである。
翔也はパトカーの助手席に座り、豊治の運転で鳥取砂丘の北側に位置する福部町海士の方へと向かった。観光地として有名な鳥取砂丘の防砂の為の松林が左手に広がり右手には美術館や旅館、土産屋がパラパラと見受けられた。
もちろん観光客が歩く姿も散見された。
そこを超えると暫く砂浜の海岸沿いを走り岩戸海水浴場の横にあり漁港へたどり着く。その辺りになると人の姿は殆どなく漁港には漁に出ていた船が停泊し競りの軽いざわめきが広がっているだけであった。
翔也は駐車場にパトカーを止めさせてその様子を見てトラブルがないことを確認するとパトカーへと戻って今度は内陸の方へ走るように指示を出した。
内陸の方に緑の山間に幾つかの集落がありそれぞれ様子を伺いながら見て回った。それだけでも時間を結構使うのである。岩美町との境まで行くと折り返して山陰道と沿うように走っている細い一般道を通って戻るのである。行きは観光地の様相が強い海辺の道だが、帰りは田畑が広がる集落が点在する住宅区域で時折畑仕事をしている住民が軽く手を上げて応えてくれるのである。
巡回ルートAを回って砂丘駐在所に戻ると翔也はパトカーから降りて
「迷うことが無いっていうのがすげーな」
と告げた。
翔也は中道を覚えるのに結構苦労をしたのである。
豊治はそれに
「地図と教えていただいた巡回ルートパターンは記憶しましたので大丈夫です」
と微笑んだ。
翔也は「あ」と言うと
「そうか、ロボットちゃんだったな」
と心で呟き駐在所の中に入ると
「それで戻ってきて問題がなかった場合は報告書に午前の巡回として記録する」
とペンと報告書を出して『異常なし』と巡回ルート名を書いた。
時刻は12時である。
翔也は詰所の時計を見て
「昼か……」
と豊治を見ると
「休憩いるのか? ロボットは」
と聞いた。
豊治はそれに
「私は詰所で待機しておりますので休憩してください」
と答えた。
翔也は「休憩なしなんだ」と少しの罪悪感を覚えつつ
「じゃあ、奥の仮眠室で飯食ってくる」
と奥の戸を開けて中へと入った。
豊治はそれを見送り椅子に座るとビシッと背筋を伸ばしたままで前を見つめていた。
いつも通りの長閑な正午であった。が、それを壊す通報の電話が響いたのは翔也が温めた弁当をテーブル席で食べ終わった時であった。聞こえてきた電話の音に慌てて立ち上がると短い廊下を二歩で渡り扉を開けた。
「おい!」
その目の前で豊治が受話器を上げて
「こちら砂丘駐在所です。事件ですか? 事故ですか?」
と応答していたのである。
豊治は紙に内容を書き受話器を下ろすと驚いたまま扉を開けて固まっている翔也に
「事件です」
と告げた。
「福部町細川の市役所の方で暴れている人がいるとのことです」
翔也は頷くと
「わかった」
と言うと、管轄の鳥取署に連絡を入れて
「急いでいくぞ」
と駐在所を出た。
福部市役所は内陸側の道を抜けるのが早く運転席に座った豊治に
「山い……」
と言いかけた。
が、豊治が先に
「山陰道から抜けて福部駅の方へ向かう方が早いですね」
と告げた。
翔也は頷いて
「そうだ」
と答えた。
山陰道は田畑とポツリポツリある家々を抜ける国道で日頃ならノンビリと走ることが出来る道であったが、事件が起きた時はそういう風景を眺めることなどできない。
翔也は時計を見ながら
「7分でも勿体ないが仕方ないよな」
と心で呟き、パトカーが到着すると飛び降りて市役所の前で遠巻きにパラパラと見ている野次馬をさり気なく押し退けながら一旦戸口の手前で立ち止まり警棒をいつでも使えるように警戒しながら中へ声を掛けた。
「警察だ」
声に職員の女性が飛び出てきて
「こちらへ今押さえているんですけど」
と必死の顔で告げた。
翔也と豊治は頷いて中へ入り受付カウンターの外で椅子を盾にして取り囲む男性職員と棒を持って暴れている男を見つけると警棒を手に足を進めた。
「警察だ! 傷害と公務執行妨害で逮捕する」
男は顔を向けると
「煩い!!」
と棒を振り上げて振り下ろした。
それに椅子を盾にしていた男性職員は足をずらしてしまいその間隙から男が飛び出すと翔也は警棒を手に男の懐へと入った。男はそれに反応して棒を振り下ろしたが、翔也はその棒を避けて腕を掴まえると警棒を捨てて背負い投げをすると押し倒したまま上に乗り腕を掴んだ。
「確保!」
豊治は声に弾かれるように素早く手錠をすると、反対の手にも嵌めた。数舜の逮捕劇である。全員が安堵の息を吐き出すと座り込んだ。
男は翔也を睨み
「俺は何もしていない!! ただここは落ち着いた良いところだと聞いてやってきたのに……これまでの俺が住んでいたところと全然違って、こうしろ、ああしろ、って煩い上に言っても聞いてくれねぇんだ。それを訴えていただけだろうが!!」
と叫んだ。
翔也は肩を竦めると
「落ち着いた良い処だとやってきたってことは住んでいたところはお前にとって落ち着かない嫌なところだったんだろう。だが、その常識を無理やり持ち込めば結局お前が嫌だと逃げてきた場所と同じようになる」
と言い
「お前がここが嫌だと思うなら良いと思うところを探すしかないだろ。住んでいた人たちにお前の常識を押し付けるのはその土地を育んできたモノを壊すことになる」
と告げた。
「それも暴力で変えようとする身勝手さを見逃すわけにはいかない!」
……立派な傷害罪だ……
外では連絡を受けてやってきた鳥取署のパトカーから刑事が降り立ち中へと姿を見せた。
鳥取署刑事課捜査一係の松本長二が翔也と豊治を見ると
「お、榊巡査。POL031と相棒を組んだって聞いたが早速活躍か」
と告げた。
翔也は敬礼すると
「はっ! あと、POL031ではなく獅子河豊治と改名いたしました」
と告げた。
「呼びにくいので」
松本長二は笑って
「そうか、了解した」
と答え、豊治から男を引き受けると
「ったく、最近こういうのが多くてな。郷に入れば郷に従えって言葉を馬鹿にするやつがいるがこの土地に住む人間や歴史やそういうモノをテメー勝手にないがしろにしていい権利なんてねぇんだよ」
そういう意味も解らねぇで闇雲に古いモノに蓋をする奴が増えて困るぜ、と言いながらパトカーに運び入れて立ち去った。
市職員も顔を見合わせると苦い笑みを浮かべた。
翔也は豊治を見ると
「行こうか」
と呼びかけた。
豊治は「はい」と答え敬礼をするとパトカーへと向かった。
翔也は助手席に乗り込み、前を見つめた。長閑な、田畑が広がる田舎の町だ。確かに因習めいたところもある。だが、その全てが悪いわけではないのだ。
「最近は世界各国でこういうのが起きているな」
世界各地で自分の国の常識を、色を、押し付けようと戦いを起こして侵略しそこに住む人々を蔑ろにしていく。恐ろしいくらいに日本各地だけでなく世界のあちらこちらで戦争と言う『自分の色の染めあい』をしているのだ。
翔也は運転をする豊治を見て
「ロボットにはそういう感覚ってないんだろうな」
と何となく考えた。
「人間って愚かだよな」
パトカーが走る農道の向こうに広がる空は暗雲が広がり、雲の間にピカピカと眩い光が駆け抜けていた。