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POL 終末のロボット警察官  作者: 如月いさみ


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ゼロ丁目駐在所のお巡りさん 2

『世界がロボットだけになったら私は用なしになります』

 

 砂丘前駐在所の詰所で無表情で獅子河豊治は応えた。榊翔也は目をパッチリ開けて

「ほっほー、それは何でだ?」

 と聞き返した。


 窓から朝の光が射し込みノンビリとした砂丘前駐在所らしい午前の風景であった。先日は珍しく市役所から緊急通報があって慌ただしい一日となったが、その後は事件もなく翌日には報告書を次の24時間当番の花田勇助巡査部長と真鍋巡査に渡して報告し、翔也は帰宅の途についた。

 ロボット警察官のPOL031こと獅子河豊治は鳥取警察署へ行き充電を行って砂丘前駐在所に戻るとその時に勤務をしている駐在員のフォローを行い過ごすというルーチンになっていた。


 翔也は非番、休日をゆっくり過ごして再び24時間当番に砂丘前駐在所に出勤し中島郁夫巡査長と津山弘良巡査から報告を受けて二人が帰宅して豊治と二人になった時に休暇の間に考えていたことを告げたのである。


「世界がロボットだけになったら戦争なんておきないよな」


 ロボットには心がない。つまり、人が持っている欲や相手を支配しようとする支配欲や権力欲もない。争いが起きないということである。


 その問いの豊治の答えが『世界がロボットだけになったら私は用なしになります』だったのである。


 翔也は「う~ん」と声を零して考えると

「いや、仕事はあるぞ」

 と言い

「事件が起きないっていうのは警察官にとって凄く良いことだと俺は思う。だがな、警察の仕事には人々の暮らしを見守る巡回っていう仕事がある。これが無くなることはない!」

 と指を立てて告げた。


 何となく。

 そう、何となく、豊治の顔が悲し気に見えたのである。


 ロボットには心がない。と思いつつも、悲しく見えた。と言う矛盾を感じつつ翔也は

「でもなぁ~、そんな感じがしたんだよなぁ」

 と思わず自分に突っ込んだ。


 豊治は笑みを浮かべると

「確かに事件が起きずとも巡回し異常がないかを見て回っていますね」

 と答えた。


 翔也は「そうそう」と頷き立ち上がると

「じゃあ、巡回に出発するか」

 と告げた。

「今日はBだ」


 豊治も立ち上がり敬礼をすると

「はい!」

 と答えた。


 巡回ルートBは緑が迫った山裾を抜ける山陰道を通り、海士の交差点から先日事件が起きた市役所の横手を通って山間にぽつりぽつりとある箭渓と八重原を回り山道を抜けて中や蔵見の方へと回る。

 所謂、先日のAルートが海手ルートならBは山手ルートである。


 翔也は豊治が運転席に座ろうとするのを止めると

「今日は俺が運転する。獅子河は周辺に異常がないかを見てくれ」

 と告げた。

「運転も大事だが巡回の基本は地域の様子を確認することだからな」


 豊治は敬礼すると

「了解しました」

 と答え、助手席に座った。


 田畑が作り出す緑の絨毯が広がり反対側には木々が茂る山裾が迫っている。人の姿は無いが時折り対向車線を走る荷物を積んだ軽トラックとすれ違う。


 日射しは降り注ぐが道路を覆うように枝を伸ばす木々が陰影を描き光と闇とが交互に繰り返された。その中を福部町八重原の集落を確認して山を横に突っ切る道路に左折し暫く登坂を進んで蛇行した下りへと切り替わった時に翔也が反対車線へとパトカーを寄せてその後元の車線に戻ってガードレールの前に止めた。


 転倒したバイクと人が倒れていたのである。翔也はその前に立ち携帯を手にすると豊治がその人物の安否の確認に向かうのを見て救急と警察へ連絡を入れると数メートル先にパトカーに積んでいた白煙等を置いた。

 殆ど車が通ることが無い道だが万一のために事故が起きていることを知らせたのである。


 翔也はその後に駆け寄り

「獅子河、どうだ?」

 と聞いた。


 豊治はぐったりとした女性の応急処置をしながら

「心拍はありますが弱いです。止血はしていますが……打撲の感じから内臓に損傷があるかもしれません」

 と答えた。

「呼びかけましたが意識はありません」


 翔也は女性の肩に手を置き

「しっかりしてください! 聞こえますか?」

 と呼びかけた。

 僅かに女性の睫毛が震えたが開ける気配はなった。免許証で名前と住所を確認し、10分ほどして救急車が来るとバイクの事故で倒れていたことを説明して

「名前は小泉千香子。21歳。住所は福部町中のこちらです」

 と免許証を渡した。

 

 去っていく救急車を見送り鳥取警察署の交通課が来るまで現場保存をしたのである。が、バイクはガードレールに引っ掛かるように横転した状態でミラーのガラス片などが散乱していた。

 豊治はその様子を目に映し

「変則的なスキッド痕がついています。事故だと判断できますが」

 と告げた。

 翔也は目を細めて

「そうだな」

 と答え

「鑑識が来るまで交通整理をするからお前は向こうな」

 と指示した。


 翔也は事故現場の下の方に行くと車が来ていないか監視し、反対側を豊治が行った。鑑識課のパトカーは15分ほどで到着しそのあいだ翔也が想定していた通りに車は一台も通らなかった。


 少し遅れて交通二課の警官が姿を見せた。翔也はパトカーから降りてきた交通二課の秋葉大吉に敬礼をすると

「お待ちしておりました」

 と言い

「あの」

 と豊治を見た。


 豊治は駆け寄ると敬礼した。秋葉大吉ともう一人矢野健治は豊治を見ると「ああ」とPOL031というロボット警察官であることをすぐに理解した。

 ロボット警察官が47都道府県すべてに配属されたことは警察の中では周知徹底されていた。ただ何処に配属するかは正に県警本部長の采配と言うことであった。鳥取県警本部長の織田達彦は駐在所に配属したのである。


 それは『中央にロボットを置いても仕方がない』と言う理念の元だろう。と憶測は呼んでいたのである。


 秋葉大吉は手袋をしながら周囲で現状の遺留品の採取をしている鑑識を眺め

「それで?」

 と聞いた。

「POL031、ロボット警察官の見立ては?」


 豊治は敬礼したまま

「私の名前は獅子河豊治であります」

 と答え

「これは事故ではなく当て逃げ事件だと思われます」

 と告げた。


 秋葉大吉は道路に残っている痕跡を見て矢野健治に視線を向けると頷いた。これまで何件も交通事故や交通事件の現場に携わってきたのである。大体のことは想定できる。

 彼は頷くと

「そうだな」

 と答え

「しかし、こうして喋っていると人間と喋っているみたいだな」

 と苦く笑って呟いた。


 豊治は「あと」と言うと「ん?」と秋田大吉と矢野健治と翔也が視線を向ける中で

「リキッド痕の不自然さからバイクに接触した車は『二度』接触したと思われます」

 と足を踏み出すと横転しただろう痕跡の残る部分を指さし、それが途切れた少し先に再びついている痕を指さした。

「ここで当たり横転しこの痕跡が付き、これまでのデータではこのままこちらに向かって滑っていく痕とバイクがあるはずですが、ここで再びの衝撃痕と微妙な方向のずれが発生しバイクはそこにありました」

 

 翔也も秋田大吉も矢野健治も目を見開いた。

 秋田大吉は少し考えて

「だが、ここは山道で下りのカーブだ。多少の方向のずれは自然に生じる」

 と呟いた。


 豊治はそれに二つ目の僅かな痕跡の場所に立ち

「いえ、坂道と平面の傾きとバイクの重心を計算してこちらに行くはずがこっちに変わっていると思われます」

 と答えた。


 秋田大吉は腕を組んで

「わかった、当て逃げである以上はどちらにしても当てた犯人を捜す必要がある」

 と言い、鑑識を呼ぶと残っているガラス片や塗料などから車種を割り出すように指示を出した。


 翔也は息を吐き出すと

「俺は当て逃げだとすぐに分かったが……二度当てられているなんてことは分からなかった」

 と呟いた。


 秋田大吉と矢野健治は鳥取署からバイクに乗っていた女性の運ばれた病院の場所を聞くと翔也と豊治を見た。

「小泉千香子の運び込まれた病院が分かったが、行くか?」


 秋田大吉には初めて接触したロボット警察官の能力を調べたいという欲がでたのだ。今の事故現場の解説は恐らくパーフェクトだろう。例えば刑事事件に関してはどうなのだろうか? そう思ったのだ。

 翔也もそれを何となく感じて、豊治を見た。ロボット警察官にそういう返答集がインプットされているのだろうかと純粋に気になったのだ。


 豊治は翔也を見ると

「勤務中ですけど」

 と言い

「秋田大吉警部補のご指示に従った方が良いでしょうか?」

 とキョンっと聞いた。


 翔也は「え!?」と息を飲み込んだ。何となくロボットの返答は「イエスかノー」しかない気がしていたのである。が、判断を仰いできたのだ。


 秋田大吉はすっと翔也を見た。

「なるほど、相棒に確認か。益々人間ぽいな」

 

 翔也は息を吐き出すと

「聴取が終わったら駐在所まで返してください」

 と言い

「今回の事故の情報提供も仕事だから秋田警部補に従うように」

 と告げて鑑識が敷いた規制線の前に立った。


 豊治は敬礼をすると

「了解しました」

 と答え、秋田大吉と矢野健治の二人と共に鳥取警察署へと向かって立ち去った。


 翔也は息を吐き出し鑑識の遺留品採取も終わると砂丘前駐在所へと戻った。考えればこれまであまり事件らしい事件が起きなかったがここのところ事件続きである。

 気付けば時間は昼を過ぎており、翔也は詰所の奥の扉を開けて仮眠室と台所が一体になっている休憩所へと入り台所で昼食を取った。その後、詰所に戻り報告書を書き始めた。


 豊治が戻ってくるのは意外なほど早かった。2時間ほどして秋田大吉に送られて戻ってきたのである。

 秋田大吉は豊治と共に中に入ると

「獅子河……巡査を借りて悪かったな」

 と言い

「当て逃げ犯が自首してきた」

 と告げた。

「坂道を下って追い越そうとしてぶつかって驚いて逃げたそうだ」


 翔也はそれに

「二度当てていることは?」

 と聞いた。

 豊治は翔也を見た。


 秋田大吉はそれに

「それについては本人も動揺していたようで逃げる際にぶつかったのかもしれないと言っていた」

 と言い

「そういうことだ」

 と手を振って立ち去った。


 翔也は敬礼をすると秋田大吉を見送り詰所の椅子に座り視線を下に向けた。豊治は翔也を見て「何か気にかかることが?」と聞いた。

 翔也は豊治を見ると

「自首してきた人物の情報を持っているか?」

 と聞いた。

 豊治は「残念ながら個人情報は警察内部でもお話できません」と返した。


 ロボットらしい返答だ。と翔也はため息を零した。

 これまで豊治が酷く人間らしいのでついつい人間らしく扱ってしまったのだ。だが、所詮はプログラムされていたらそれを超えることは出来ないのだろう。


 翔也は息を吐き出し

「そうか」

 と立ち上がりかけた。


 豊治はそれに「例外的に事情を話していただけましたら判断して開示します」と答えた。


 翔也は目を見開いて豊治を見た。

 なんだ、そのプログラム!? である。


 豊治はにこやかな笑みを浮かべた。


 翔也はそれに「AI恐るべし!」と心で突っ込みつつも

「きっちりした理由でなければ弾かれるだろう」

 と理解すると

「車のブレーキ痕がないことだ」

 と告げた。


 豊治は翔也に目を向け続けた。

 翔也は冷静に

「その当て逃げ犯が本当に当て逃げだけだとしたら普通はブレーキが残る。驚いてな。まして二度もぶつかったなら猶更一回以上は残るはずだ。それが皆無だったことに俺は疑問を覚えている」

 と告げた。


 豊治は更に

「それはどういうことでしょうか?」

 と聞いた。

 翔也は真面目な表情で

「『偶々当たった』のではなく『故意に当てて逃げた』気がする」

 と告げた。


 豊治はそれを聞き終えると

「自首してきた人物は『谷村克平』で住所は滝山です」

 と告げた。


 翔也は地図を広げて

「彼女はここで谷村はここか……結構離れているな」

 と呟いた。


 豊治は翔也に

「秋田大吉警部補に二人の周辺を調べてもらいましょうか」

 と告げた。

 翔也は顔を顰めて

「う~ん、当て逃げで起訴しようとしているのに聞いてくれるかぁ?」

 と答えた。


 豊治は笑むと携帯を手にすると鳥取警察署交通二課に電話を入れた。秋田大吉は先ほどバイクの軌道の説明を受けたのでもしかしたら新しい何かがあったのかもしれないと応答に出た。

「獅子河巡査、ロボットでも伝え忘れがあるのか?」

 そう笑って告げた。


 豊治はそれを気にした様子もなく

「バイクの軌道計算に間違いはありませんが」

 と前置きをして

「榊巡査から谷村克平の車のブレーキ痕が全くないのは不自然であると指摘を受けました。且つ『二人には接点が以前からありブレーキ痕がないというのは偶然ではなく故意ではないか』と意見をいただきました」

 と告げた。

「これまでの事故の映像情報から納得いたしましたので報告いたしました」


 秋田大吉は笑みを浮かべると

「ほぉ、二人揃って交通二課が引き抜こうか」

 と言い

「それは俺も感じたから刑事捜査一課に谷村と小泉千香子について調べて貰っている」

 と告げた。

「報告感謝する」


 それを横で聞きながら翔也は

「わかっていたんだ」

 と呟き

「そりゃぁ、向こうはベテランだから当然か」

 と罰が悪そうに笑みを浮かべた。


 その後、小泉千香子が滝山の稲葉幼稚園で働いていてその近くに谷村克平が住んでおり前々からストーカーしていたことが分かったのである。それを追求すると交際を断られて腹いせに業とバイクの後ろにぶつかり轢き殺そうとしたことを告げたのである。


 小泉千香子は意識を取り戻して一命を取り留めたのである。


 その報告を夜に秋田大吉から聞き、翔也は安堵の息を吐き出した。

「しかし、愛した女性を傷つけて……それで好きはないだろう」

 そうぼやいたのである。

「身勝手な執着って怖いな」


 愛しているのなら相手の幸せを考えるモノである。それが出来ないのならそれはもう愛とは言わないのだと翔也は呟いた。


 豊治はそれに

「今回、私が例えブレーキ痕の異常に気付いたとしても理由までは分からなかったと思います」

 と告げた。


 翔也はそれに顔を向けた。


 豊治は笑みを浮かべ

「その心が分からないからです」

 と告げた。

「ただ人をそうやって自ずから殺そうと考えるのも人ですが、人を自ずから助けようとするのも人です」


 ……ロボットは何処まで行ってもプログラムで受動的です……

「だから『どんな命令』でもプログラムされればやり続けます」


 それが悪魔の命令でも。

 改心も。良心もないからです。


 翔也は豊治を見つめた。何故、豊治がその言葉を告げたのか。翔也はふと気になったのだが、今その問いに紡ぐ言葉が見つからなかったのである。


 豊治はそれ以上何も言わないまま、何かを暗示するように前を向き夜の闇が広がる光景を見つめていた。


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