1-4.一瞬の凪
見上げた空は、ひどく青い。
柩が濡れずに済むと、兄妹は安堵した。
首都の大通りを走る、柩を乗せた馬車。歩道には黒服の民衆たち。
ついに来てしまった。父との別れの日が。
シュッツェの脳裏に蘇るのは、たった数日間の出来事。
※
臨終のあと、父はストレッチャーに乗せられた。
レーヴェのすすり泣きと、車輪の軋む音。
遺体を囲む、看護師たちが遠ざかる。
シュッツェは憲兵学校へ戻り、教官に報告した。
いくつもの視線が、寮を出る時まで貼り付いていた。
市街地を見下ろす実家──ハイリクローネア城は主人を失った。
そのせいか廃墟のような、時間が止まった空気を纏っている。
喪服に着替え、すぐに病院へ戻った。
霊安室で対面した父は、すっかり別人になっていた。
血色のない顔、半開きの口。落ち窪んだ瞼。
『死』を感じ取り、シュッツェの手は震えた。
触れた頬は冷たく、肌は張りがない。
その後、遺体は大聖堂へ。
国内外から駆けつけた弔問客の列が、途絶えることはなかった。
弔問客には首相に閣僚に議員。行政区長に国家憲兵局長。
両親の親族に兄妹の友人。さらに隣国からも首脳や王族が訪れた。
遠方からの弔電もあとを絶たない。
対応に追われ、父が死んだことを忘れていた。
※
柩掛けの国旗が風に揺れた。
青と黒。二色の間に描かれた王冠。
『常に空は青く。たとえ空が黒くとも、王冠は星のように輝く』
それが国旗に込められた思い。
少女が握る小さな旗。
旗の裾を握りしめ、肩を寄せ合う男女。
旗を胸に抱き、祈りを捧げる老夫婦。
いくつもの旗が、誇らしげに揺れていた。
葬儀は淡々と、滞りなく進んだ。
霊廟まで続く道が終われば、父との永遠の別れ。
先頭を歩く、兄妹の目は力強い。
子供ではなく、公世子と公女として気丈に振る舞っている。
それが、国民に見せるべき姿だと信じて。
葬儀が終わっても、レーヴェは墓前から動かない。
その肩を、シュッツェは慰めるように叩く。
兄が妹にできる、唯一の不器用な優しさだった。
泣き腫らしたわけでもないのに、シュッツェは清々しさを覚えていた。
葬式など儀式にこだわってばかりで面倒だと、思春期は思っていたのだ。
だが、葬式は故人のためではない。残された者が、未練を断つために行うのだ。
ひねくれ少年も、少しは成長したらしい。
「母さん。父さんもそっちへ行ったよ。会えるといいね」
去り際に、シュッツェは墓標に呟いた。