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2-1.嵐の前の静けさ

 葬儀から十日。季節は晩夏から秋へ。


 シュッツェは額縁に収められた、家族写真を見た。

 憲兵学校への入校日に、父と妹と撮った。たった半年前のこと。


 もう学校へ戻ることはないだろう。公世子こうせいしは、いずれ大公になる宿命。

 この時のために、地獄の日々を過ごしたのだ。


 シュッツェは十二歳から六年間、異国の名門寄宿学校で過ごした。

 一般常識に帝王学にマナーはもちろん、音楽にスポーツ。

 否応なく、あらゆる知識を叩き込まれた。


 当然、公世子として生まれたことを恨んだ。

 しかし、抗うことは決して許されない。


 もちろん、胸中は重圧に押し潰されそうだ。

 摂政を立てた方がいいのでは。と内心では考えていた。


 ネクタイを締め、シャツの襟を正す。

 スーツジャケットに袖を通し、髪を整えた。

 姿見に顔を寄せると、目の下にはクマが広がっている。


 レーヴェみたいに、化粧でもしようか。

 そんなことを考えつつ、シュッツェは自室を出た。


「おはよう」と、アインが微笑ほほえんだ。


 動くたびに、プラチナブロンドが煌めく。

 アクアオーラのような水色の目が、優しげに細められた。


 アイン・フェヒターは、クローネ公国の国家憲兵。

 正式な肩書きは『公族警護課・公世子付き警護官』。

 いうまでもなく、他の憲兵の憧れだ。 


「ちゃんと眠れているかい? ひどいクマだ」

 自身の目元を指差し、アインは顔を曇らせる。


「大丈夫、そのうち治るさ」


「いいや、簡単には治らないよ」と、アインが即答した。


「逃げられない宿命に、苦悩しているんだろう?」

 

「……全部お見通しか」

 鋭い指摘に、シュッツェは足を止めた。


「……なぁアイン」

 作り笑いが消えた口が、ためらいがちに開かれる。


「俺は、大公に相応しいのかな」

 何度も喉元まで迫り上がってきては、言えなかった言葉。


 アインから、ため息が漏れる。

 しかし、否定の言葉は返ってこなかった。


「いつ言い出すかと待っていたが、随分と遅かったな」


「え?」


「私もそうだったから。お前の気持ち、痛いほどわかるよ」

 でも。とアインは呟く。


「『宿命』は存在する。お前の宿命は、大公になること。私は励ますことしかできない」


「……だよな。俺がアインだったら、そう答えるよ」

 シュッツェは、降参のため息を吐いた。


 宿命だから。そうやって割り切るしかないのだろう。


「だけど一人で抱え込むなよ。愚痴でも悩みでも何でも聞こう。お前が大公になっても、それは変わらない」


「ありがとな」

 目を閉じ、シュッツェは柔らかく微笑んだ。


「行こう。叔父上が待っている」

 腕時計の文字盤を叩き、アインは歩き出す。


 現在、兄妹の叔父が訪問中だ。

 父の訃報を知らせた時、叔父は一番に駆けつけ、声を震わせて泣いた。

 仮に摂政を任命するなら、彼に託そう。とシュッツェは考えていた。


 二人は居住階を下り、来客用の離れへ向かう。

 談話室の前まで来ると、レーヴェの笑い声が聞こえた。


 きっかけは母の死だ。激務の父は子を励ますことも、そばにいることもできない。

 そんな兄妹に手を差し伸べたのは、母の弟──叔父だった。

 以来、菓子と笑い話を持ってくるのだ。


 会話が途切れた隙を見計らい、アインが扉を叩く。


「はい」

 公女付き警護官のシュテル・バッハが顔を出した。アインと双璧を成す女憲兵だ。


「やぁ。話したいことがあってね。押しかけてすまない」

 リーベンス・ヴェルテュヒ・シックザールが声を上げた。

 眼鏡の奥の目は、優しげに細められている。


「叔父さんは、いつでも大歓迎ですよ」

 妹の隣に座り、シュッツェは首を振った。


「それで、話って?」


 ここまでは、普段と変わらないやり取り。


「クローネの全領土を、ビエール共和国に譲渡したんだ」

 リーベンスは笑みを浮かべたまま、穏やかな口調で答えた。

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