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ループ5:時遠夏芽の終着点

前回から期間あきましたが続きです。


 「ハッ」


 目が覚めると、見慣れた天井が目に飛び込んでくる。

 ここは………俺の部屋か。

 

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………!」


 ついさっきまでの光景を思い出し、思わず息が上がる。

 脳裏に焼き付いて離れない。

 突き飛ばされて落ちていく俺を見る翔太のあの顔が、今でも忘れられない。


 「まただ! また殺された!

 何で! 何で俺を殺すんだよ!

 あの日って何なんだよ! 過去に一体何があったっていうんだよ!! 俺が何をしたって言うんだよ!! もう全然わかんねぇよ!!!」


 俺の叫びが静かな部屋の中に木霊する。

 途端に虚しさがこみあげてくる。


 「………………………違う、嘘だ」


 そうだ。本当はもう、わかってるんだ。

 翔太は『あの日』のことを恨んでいる。

 その『あの日』がいつのことなのか、俺はもうとっくにわかってたはずなんだ。

 分かっていたのに俺は逃げてきた。今までずっと。

 思えば、翔太はいつからか性格が変わった。まるで昔の俺のように明るくなった。

 あいつが変わってしまったこと、少し無理して見えること、全部気付いていて、俺は見て見ぬフリして受け入れてきた。

 俺は恐いんだ。

 あの日を思い出すのが、思い出してしまうのが恐い。

 

 「………………だけど、もういい加減に前に進まないとな」


 前回のループであきちゃんに言われた言葉を思い出す。


 『過去から逃げちゃだめだよ』『そうやって逃げてばかりだと何も変わらないよ』


 本当にその通りだ。

 俺が逃げている限り、俺は何も変わらない。

 いい加減、過去と向き合わなきゃいけない。

 だけど、一人は恐い。

 相変わらず、あきちゃんが死んでしまった日に何があったのか、俺は思い出せない。脳が思い出すことを拒否しているんだ。

 あの日の記憶は間違いなく、俺にとって嫌な記憶だ。

 そんな記憶に向き合うなんて、俺一人では心細い。


 「………そうだ」


 一人だけいた。俺の過去の事情を知っていて、今俺が抱えている問題にもかかわっている人物が。

 俺はアラームの電源を切ると、急いで学校に向かう支度を始めた。

 だいぶ遅くなってしまったが、今度こそ俺は過去と向き合わなくちゃいけない。





※※※※※※※※※





 いつものように学校に着くと、俺は自分の教室に向かうのではなく、別の教室へと向かった。

 他クラスに行くなんて初めてのことだから何だか緊張する。

 後ろのドアから教室内を覗いて、目当ての人物の姿を探す。

 

 「………いた」


 窓際の席に、探していた二つ結びの後姿を見つけて、俺は意を決して教室の中に足を踏み出す。

 教室に入っていくと、いろいろな生徒が物珍しそうにこっちを見てくる。

 うっ………他クラスに入った時のこの視線、苦手なんだよな。

 視線が集まって何だか居心地が悪いが、そんなことを気にしている暇はない。

 俺は足早に窓際の席まで歩いていく。

 目的の人物は本を読むのに集中していて、こっちに気付いている様子はない。


 「彩本さん」

 「………………………え?」


 声をかけると、彩本さんは驚いたように、視線を上げる。

 俺と目が合うと、大きな瞳がさらに開かれる。


 「時遠くん!? こんなところに、どうしたの?」

 「ごめん、荷物を持ってちょっと来てほしい」

 「え? どういうこと?」

 「いいから。ループの件で、ちょっと用事があるんだ」

 「………わかったわ」


 彩本さんは戸惑いつつも、ループの件と伝えると、俺の言う通り荷物をまとめ始めてくれた。

 さすが、彩本さん。物分かりが良くて助かる。

 教室内には相変わらず、生徒たちの視線が俺に集中しているのが分かる。

 うぅ………気まずい。確かに「荷物を持って来てほしい」なんて用事は中々ないとは思うが。

 彩本さんは机の上の筆箱と本を鞄にしまうと、コートを羽織って赤いマフラーを首に巻いていく。


 「………準備できたわよ」

 「ありがとう。それじゃ行こうか」

 「ええ」


 俺はクラスの視線を一身に浴びながら、彩本さんを連れて廊下へ出る。


 「えっと、それで、どこに行くつもりなの?」

 

 彩本さんは首を傾げてこちらを見てくる。

 身長差もあって、彩本さんは自然と上目遣いで俺を見ることになる。

 

 「っ」

 

 陰キャの俺は、久しく女子の上目遣いを間近で見る機会がなかったため、思わずドキッとしてしまう。

 頬が何だか暑い。


 「どうしたの?」

 「………なんでもないよ。それより、ちょっと付き合って欲しい場所があるんだ」

 「どこに?」

 「………俺たちの通ってた小学校だよ」

 「え? どうしてそんなところに? それに授業はどうするの?」


 彩本さんは不思議そうに俺を見ている。

 確かに、彩本さん真面目そうだし、授業サボるという概念なさそうだもんな。


 「授業はサボるんだよ。どうせ俺たちは何回も繰り返してるから授業に出なくても内容覚えてるだろ?」

 「授業を、サボる………?」

 

 彩本さんは心底不思議そうな顔で首を傾げている。

 え、俺はそんなに難しいことを言っただろうか?


 「彩本さん、大丈夫?」

 「じゅぎょうを、さぼる………」

 「彩本さん?」

 「じょぎょう、さぼる」

 「ちょっと」

 「ジュギョウ、サボル」 

 「彩本さん!? ちょっと、戻って来て!」

 「ハッ」


 彩本さんは俺の声に驚いて顔を上げる。

 そんなに授業をさぼるというのが衝撃的だったのだろうか。

 なんて真面目なんだ彩本さん!


 「ごめんなさい。私にはちょっと刺激が強い言葉が出てきて取り乱したわ」

 「そんなに!? 彩本さんは本当に真面目なんだな」

 「私は普通よ。まさか時遠くんが不良だったなんて」

 「こっちの方が普通だって。彩本さんが真面目すぎるんだよ」

 「そういうものかしら?」


 彩本さんはサボることに葛藤があるのか眉を寄せて考え込んでいる。

 本当に彩本さんは真面目だな。それが彩本さんの良いところなんだろうけど。

 思えば、彩本さんはいつも俺を助けようとしてくれた。

 自分だって怖い思いをしているのに、俺が殺されないように行動してくれた。

 …………そんな彩本さんに、俺は前回のループで酷いことを言ってしまったんだな。前回の俺は切羽詰まってたとはいえ、なんて馬鹿なことをしたんだ。


 「………彩本さん、ごめん」

 「え? どうして謝るの?」

 「前回のループで、俺、酷いこと言っちゃったから。本当にごめん。もっと早く謝るべきだったのに」

 「………いいわよ。時遠くんがああ言うのもわかるし。

 実際、私は時遠くんにとって疫病神みたいなものだから」

 「そんなことないよ! 彩本さんがいなかったら俺、こうやって過去と向き合う気になることなかったと思う。今だって一人で向き合うのが怖いから、君に付き合ってもらおうとしてるんだ」

 「そうだったのね。

 ………わかった。一緒に小学校に行きましょう。私も、あの日のことまだ引きずっているから」

 「彩本さんも?」

 「ええ。アキがいなくなってから、やっぱり私の心にはぽっかりと穴が開いたままなの。

 私も、アキが死んだって聞いた日のこと、今でも思い出すの怖いもの」

 「そっか。俺だけじゃないと思ったら、心強いよ。

 一緒に小学校に行ってあの日を思い出しに行こう」

 「ええ」


 頷き合うと、俺たちは早足で廊下を歩いていく。

 この状況を翔太に見られるわけにはいかないからだ。


 「なるべく急ごう」

 「裏庭の方から外に出たら良いんじゃないかしら?」

 「彩本さん、天才!」


 俺は彩本さんの言う通り、正門ではなく裏庭にある門を目指すことにした。

 翔太はいつも正門から登校するから、裏門から出れば鉢合わせになる可能性は低い。

 まぁ、どっちにしろ外に出るには一度、昇降口で靴をとる必要があるが。


 「時遠くん、そっちじゃないわ」


 階段を下りて、昇降口に向かおうとしたところで、彩本さんに呼び止められる。


 「え、でも靴履かないといけないだろ?」

 「そうじゃなくて、職員室に行って先生に早退しますって言っておかないと!」

 「…………………彩本さん。いや」


 彩本さんの迷いのない顔を見て、俺はもう何も言えなかった。

 そうこうしていると、彩本さんはスタスタと先へ歩いていく。


 「それじゃあ行きましょう、時遠くん」

 「ごめん、やっぱ待って! 職員室にじかに言いに行くのはまずいから!

 こういう時は、電話で具合悪い感じの声で『休みます』っていうもんだから!」

 「まさか、そんな方法があったなんて………時遠くん、さすがだわ」


 彩本さんは心底驚いた様子でなぜか俺に感心している。

 ………うん。うすうす感じてたけど、彩本さんは真面目過ぎるが故にちょっと天然なのかもしれない。

 俺は無言でほほ笑むと、昇降口で靴を履き替えて彩本さんと一緒に裏門へ回った。

 裏門を出てちょっと歩いたところで、俺がガサガサの声で学校に電話しているのを見て彩本さんはまた俺に感心していた。

 



 

※※※※※※※





 2021年12月21日、午前10時11分。

 俺は彩本さんと一緒に電車に乗って、俺の家の近くまで来ていた。

 

 「今更だけど、本当に良かったの? 俺の問題に付き合ってもらちゃって」

 「本当に今更ね、時遠くん。もう学校に休みの電話しちゃったじゃない。

 それに言ったでしょ、私もあの日のことまだ引きずってるって」

 「それはそうだけど。

 でも、本当に久しぶりだな。小学校に行くの」

 「ええ、私も引っ越してからはこっちの方に来ることなくなっちゃったから、何だか懐かしいわ」

 「この辺特に何もないから用事がないと中々来ないよな………あ、あそこが俺の家だよ」

 

 見慣れた道を歩いていくと、俺の家が見えてくる。


 「いよいよね」

 「ああ」


 これから始めるのは、あの日の再現だ。

 あの日の朝、目が覚めると、外は雪が降っていた。

 俺はアキちゃんのことが気がかりだったし、いつもより少し早めに家を出て学校に向かったんだ。


 「行こう」

 「ええ」


 俺は、彩本さんと一緒にかつての通学路を歩き始める。

 小学校は俺の家から徒歩5分くらいの距離にある。

 だけど、まだ子供の俺の足ではもう少し時間がかかっていたっけ。

 通学路を進んで行くと、いつも通行人に吠えかかってくる犬がいるお宅が見えてくる。

 そういえば、あの日も犬に吠えられて、急いでこの家の前を走って通り抜けてたな。


 「懐かしいな。ここの犬、通る人みんなに吠えてくるんだよ」

 「何の種類の犬なの?」

 「普通の柴犬だよ。でも最近はもう年取って爺さんになってきたから吠えてこなくなったんだ」

 「へぇ、大人になって落ち着いてきたのね。あ、あの子のこと?」


 家の前まで来ると、例の柴犬は犬小屋の中に入ってこちらを気だるげに見つめている。

 犬小屋には大きく「たかす」と名前が書かれている。


 「あの犬、たかすくんっていうの?」

 「ああ。苗字みたいで変な名前だよな」

 「確かに」

 「………………」

 「………………」


 気まずい。俺から誘っておいてなんだけど、会話が続かない。

 思えば俺は女子と久しく会話していないなかった。

 それなのに、いきなり女子と二人きりというこの状況はかなり厳しいんじゃないか!?

 なにか、なにか気の利いた話題でも出さないと。

 でも、女子が好きそうな話題って、何だ?

 駄目だ! 考えるほどわからなくなってきた!

 

 「………ごめんなさい」

 「え、なんで彩本さんが謝るの!?」

 「だって、もとはと言えば私のせいだから。

 私が時遠くんに相談しようとしなければ、時遠くんが殺されることはなかったのに。

 巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」


 びっくりした。会話が続かないことを謝っているのかと思った。

 それにしても、彩本さんはまだ自分が巻き込んだって思っているのか。俺が翔太に殺されるのは俺が過去に何かをしてしまったからなんだし、気にしなくていいのに。


 「彩本さんのせいじゃないよ。もとはと言えば、過去に俺が翔太に何かしちゃったのが原因なんだし、それを俺が忘れているからこんなに面倒なことになってるっていうか………………とにかく、俺が過去から逃げてるのが悪いんだよ」

 「………優しいのね。やっぱり時遠くんは昔から変わってない」

 「そんなことないよ。俺は変わったというか、根暗になったし本当ダメな奴だよ」

 「時遠くんはダメな奴なんかじゃないわ。昔からみんなの人気者で、どんな子にも声をかけて仲間に入れてあげて、困っている子を放っておけない人。そんな時遠くんだから、私は………………」

 「ん?どうかした?」

 「………いや、なんでもないわ」

 「そう? でも、ありがとう。彩本さんがそんなに俺のこと評価してくれてたとは思わなかったよ」

 「時遠くんはもっと自分を評価するべきよ。そうすればきっと、もっといろんなことができると思うわ」


 彩本さんはそう言って微笑むと、足早に先を歩いていく。

 評価、か。

 俺のこと、ちゃんと見てくれてる人がいたんだな。

 思えば俺はあの日のことがあってから、周りが見えていなかった。

 あきちゃんのことがショックで、俺はずっと殻に閉じこもって周りを見ることから逃げて来た。

 だから、翔太の変化にも、あいつが俺に何かを隠しているのも今まで気づくことができなかったんだ。

 でも、もう俺は逃げない。過去と向き合うって決めたんだ。だからもう自分の殻に閉じこもるのも終わりだ。

 俺は顔を上げて前を向いて歩く。

 この先の角を曲がれば、小学校はもうすぐだ。

 あの日、小学校に行って何があったのか、俺は今度こそすべて思い出すんだ。


 「………着いたわ」

 「うん」


 校門の隣には「狭間小学校」の文字が刻まれた石板が付いている。

 門は閉ざされているが、校庭には小学生らしき子供たちが遊具で遊んでいる。

 先生の姿はなく、特に授業中という訳ではなさそうだ。


 「そういえば、小学校はもう冬休みに入ったんだったわね」

 「へぇ、小学校の方が早いんだな」

 「確かうちの小学校って、休みの日でも自由に入って校庭で遊べたのよね」

 「ああ、そうだった! 俺もよく友達と遊びに来てたなぁ」

 「今思うと、セキュリティとか大丈夫なのかしら?」

 「まぁ、ここって割と田舎だし、今の俺らにとっては好都合だよ」


 門に手をかけると、簡単に横にずらすことができる。やはり鍵はかかっていない。


 「………それじゃあ、行こうか」

 「ええ」

 

 あの日、学校に着いた俺は、真っすぐ昇降口に向かった。

 早く、あきちゃんに謝らなきゃって思ったんだ。

 俺は彩本さんと一緒に校門の中に足を踏み入れる。

 懐かしい校内の光景が目に飛び込んできて、頭の奥が鈍く痛む。


 「っ」

 「大丈夫、時遠くん!?」

 「………大丈夫。先に進もう」


 一歩一歩歩くたびに、頭の奥が鈍く痛む。

 頭が、あの日を思い出すことを拒否している。

 でも、逃げてはだめだ。俺は今度こそ、全てを思い出さないと。

 あの日は雪が積もっていて、昇降口に行くのも一苦労だった。

 子供だった俺は雪に足をとられながらゆっくり昇降口へと向かっていった。


 「………着いた」


 成長した今の俺たちは、あの頃とは違いあっという間に昇降口の前に来ていた。

 子供のころは大きな入口だと思っていたのに、高校生になってから来ると大したことないように感じる。

 そうだ、ここで俺は―――――


 「うっ」

 「時遠くん!?」

 

 頭が、頭が痛い。

 立ってられない。


 「時遠くん! しっかりして!」

 「………大丈夫。あと、もう少しなんだ」


 そうだ。あの日、俺はここで、目の前に何かが降って来て驚いてしりもちをついたんだ。

 そして、目の前を見ると、雪が真っ赤に染まっているのに気が付いた。

 最初は何かわからなかったんだ。一体何が起きたんだ? 何が落ちて来たんだろうって混乱した。

 そして、気が付いてしまった。

 それは、俺がよく知っているあの子―――あきちゃんなんだって。

 それに気づいた俺は、俺は………………

 

 「俺は………」


 頭が痛い。痛くて痛くてたまらない。まるでそこから先を思い出すのを脳が拒否しているようだ。

 一体何があった? あの日、あきちゃんが屋上から落ちてきて、それで俺は………


 「………………そうだ。俺は、あきちゃんが落ちてきた方を見たんだ」

 「え?」

 「あの日、目の前にあきちゃんが落ちてきて、俺は何が起こったのか分からなくて、とりあえずあきちゃんが落ちてきた方を見たんだ」

 「それは、屋上ってこと?」

 「ああ。俺はここから屋上を見上げたんだ。そしたら、そこに」

 「そこに?」


 俺はあの日と同じように屋上を見上げる。

 彩本さんも俺に釣られて屋上を見ている。

 そこには、あきちゃんのことがあってから取り付けられた背の高いフェンスが見えるだけで、当然何もない。

 でも、あの日は違った。

 俺が見上げた先、屋上に確かに見たんだ。


 「………………そこに、人影があった」

 「人影? まさか、その人影がアキを………?

 じゃあ、あれは自殺なんかじゃなかったってこと!?」

 「それは………っ」

 「時遠くん!」


 頭が痛い。頭が割れそうだ。

 でも、俺は思い出さないといけない。

 あの日に何を見たのか、向き合わないといけない。

 あの日、屋上を見上げて、そこで俺は―――――


 「………………………屋上にいたのは、翔太だった」

 「え――――」

 「そうだった。屋上を見上げた時、俺は、確かに翔太を見たんだ」

 「本当なの!? 何で、九条がアキを………」

 「わからない。だけどあの日、俺は翔太が屋上にいるのを見たんだ。

 どうして、こんな大事なことを忘れてたんだ………」

 「じゃあ、九条がアキを殺したってこと!?」

 「それは、わからない。俺はあきちゃんが落ちる瞬間を見たわけじゃないから。

 ただ、翔太があきちゃんの死について何か知っているのは確かだよ」

 「じゃあ、九条はアキのことで何かを隠しているってこと?」

 「多分そうだと思う。

 だから、あの日唯一翔太が屋上にいたのを見た俺のことを、翔太は殺すんだと思う」

 「でも、何で今になって九条は時遠くんを殺すの?

 時遠くんは実際過去のことを忘れていたんだし、殺す必要なんてないじゃない」

 「それは………………多分、彩本さんだよ」

 「え?」

 「俺は高校生になってから、あきちゃんのことを知っている人と関わることがなくなったんだ。もちろん翔太を除いてだけど。

 だから、翔太は俺があの日のことを思い出すことはないって思ってたんじゃないかな」

 「………………そこに、私が現れたってことね」

 「………………………本当のことは翔太に聞かないとわからない。あくまで憶測だよ。

 でも、翔太はあの日、俺が翔太を見たことをばらされるのを恐れてる。それは確かだよ。

 今まで殺された時も、『あの日のことを話すのか』って言っていたし」

 「まさか、九条がアキを………………………これからどうするの?

 時遠くんは、このことを誰かに言うの?」

 「まだわからない。言ったところで、翔太があの日あ屋上で何をしていたかは結局分からないし。

 とりあえず、俺はあの日に何があったのかを翔太に聞きたい」

 「………………そうね。まだ九条がアキを殺したと決まったわけじゃないし。

 まずは何があったのか聞くのが先よね」

 「うん。とりあえず明日、俺は学校で翔太に話を聞こうと思う。

 だから、彩本さん、本当にありがとう。彩本さんがここまで付き合ってくれたから、俺はようやく前に進めそうだ」


 俺は感謝の気持ちを込めて彩本さんに微笑んだ。

 だが、彩本さんはそんな俺を見てため息を吐く。


 「何終わりみたいに言ってるのよ時遠くん。私も最後まで付き合うわ」

 「え?」

 「私が一緒にいると危険なのはわかるけど、私もあの日に何があったのか知りたい。

 それに、九条にはいろいろと言いたいこともあるし、私にはその話し合いに立ち会う権利があると思うわ」

 「彩本さん………………

 わかったよ。明日の放課後、翔太を屋上に呼び出そうと思う。彩本さんも一緒に来てくれる?」

 「もちろん。明日、このループに決着を付けましょう」

 「ああ。そうなるよう、がんばろう」


 俺たちは頷き合うと、校門へと引き返し始めた。

 その足取りに迷いはない。

 ループの終わりはもう近い。

 明日、翔太と話し合って、そこですべてを終わらせてやる!





※※※※※※※※





 2021年12月22日、午後3時45分。

 

 「それで、話ってなんだよ夏芽。こんなところに呼び出して」

 「ああ、ちょっとな」

 

 放課後、俺は翔太と一緒に高校の屋上にやって来た。

 彩本さんの姿はまだない。

 

 「何? 教室じゃできない話なのか? 

 あ、もしかして、恋愛相談とか!? まじかよ! ついに夏芽にも春到来か!?」

 「………いや、そういうんじゃないよ」

 「なんだよ、なんか今日ノリ悪くない? まだ昨日の体調不良が治ってないとか?」


 翔太は最初はふざけていたものの、今は心配そうに俺のことを見ている。

 そういえば、昨日は仮病を使って学校サボったんだったな。

 そんな俺のことを心配してくれるなんて、これから話す内容のことを思うと胸が痛んだ。

 翔太は俺にとって、幼馴染で親友だ。

 ………………そう思いたい。手放しにそう思えたならどれだけよかったことか。

 でも、俺は知ってしまった。翔太が今までのループで豹変して俺や彩本さんを殺すことを。

 あの日、アキちゃんが死んだ日のことで何かを隠していることを。

 今日は、今日こそは、はっきりさせなければいけない。

 彩本さんが来たら、全てが始まる。

 ついに、この理不尽なループに終わりを告げる時だ。


 ギィィー


 屋上に続く唯一の寂れた扉が音を立てて開かれる。

 そこには、待っていた人物の姿があった。


 「………………………なんで」


 翔太は、扉から出てきた人物を見て言葉を失っている。

 そんな翔太に一瞥すると、彩本さんはゆっくりと俺たちの方へ向かって歩いてきた。


 「俺が呼んだんだ」

 「何で! 何で、夏芽が彩本さんを? お前たちは交流ないはずだろ!」

 「そんなにおかしいか? 同じ小学校、中学校の同級生じゃん」

 「っ! いや、でも、夏芽が彩本さんと話してるところなんて見たことないぞ!」

 「放課後とか、翔太が一緒にいないときに割と話してるよ。ね、彩本さん?」

 「ええ、そうね時遠くん」


 俺の作り話に彩本さんが頷くのを見て、翔太は顔色を変える。


 「いや、そんなのおかしい! だって、放課後はいつも………………」

 「いつも?」

 「いや………………………」

 

 翔太はそれ以上何も言えず俯いてしまう。

 そりゃそうだろう。いつも放課後は翔太が彩本さんのことをつけているから、俺と彩本さんが話してるわけがないと言いたいんだろうが、それを言ってしまえばストーカーしていることがバレちゃうもんな。

 だけど、俺たちはもう全部知っているんだ。


 「翔太、お前が放課後に彩本さんにしていることは知ってるよ」

 「………は?」

 「何でそんなことをするのか、それも聞きたいけど、それよりも先に話したいことがあるんだ」

 「なんだよ、夏芽、お前は一体何のことを言ってるんだ?」


 翔太はおびえた様子で一歩後ろに下がる。

 だが、後ろにあるのはフェンスだけ。

 まるで、前回と立場が逆になったみたいだ。


 「アキちゃんが死んだ日のことを、話に来たんだ」

 「………………………………」


 翔太は俺の言葉を聞いて、目を見開く。

 顔色は悪く、冷や汗が出ている。

 どうしてそんな反応をするのか、俺は聞かないといけない。


 「翔太、俺、全部思い出したんだ」

 「………………何を?」


 翔太の声は震えている。

 どうして、そんなにお前はおびえるんだ?


 「俺はずっと、あの日のことがショックで、あの日と向き合うこと、そして人と向き合うことから逃げて来たんだ。

 俺は、アキちゃんのことを分かってあげられなかった。だから死んじゃった。そこから、人と関わることが恐くなったんだ。だけどきっと、俺が人と関わらなくなった理由はそれだけじゃなかったんだ」

 「なんだよ?」

 「あの日、見たんだ」

 「………………」

 「アキちゃんが死んだあの日、俺はアキちゃんが落ちて来た屋上の方を見上げて………」

 「やめろ」

 「屋上からアキちゃんの方をのぞき込む」

 「やめろ!!」

 「翔太、お前を見たんだ」

 「………………………」


 翔太は、力が抜けたかのようにその場に座り込んだ。

 俯いていて、表情はわからない。

 

 「九条くん、あなたがアキを屋上から突き落としたの?」

 「………………」


 彩本さんのストレートな問いに翔太は答えない。

 相変わらず俯いてばかりで、翔太が何を考えているのかわからない。


 「翔太、俺はお前が分からないよ。

 あの日から俺は、人と関わるのを避けてばかりで、翔太のことを分かろうとしてこなかった。

 あの日、お前が屋上で何をしていたのか、それを知るのが恐くて、俺はきっと無意識に記憶に蓋をして忘れようとしたんだ。

 だけどもう、そうしているわけにもいかない。

 じゃないと、俺も彩本さんも翔太も、みんな前に進めないから」

 「………………………前に進む? 何を今更」

 「翔太?」


 急に、翔太の様子が変わる。

 それは、今までのループで経験した豹変の仕方にも似ていて、俺は警戒を高くする。


 「今更!! お前だけ先に進んでいくのかよ、夏芽!!」


 翔太は急に叫ぶと、立ち上がる。

 俺は彩本さんの前に立って、彩本さんをかばう形をとる。


 「俺が屋上にいたこと、知っていて黙っていたくせに!!

 お前が、お前だけが見ていたのに! 何で黙ってたんだよ!!

 おかげで俺はずっと! あの日に捕らわれたままなんだよ!!!」

 「………なんだよ、それ」

 「ずっと苦しかった! 誰にも言えなくて。

 でも、いつバレるかもしれないと思ったら不安でいっぱいで!!

 ………………友達といても、心から笑えない。何も心から楽しめない。俺はずっと、あの日に捕らわれたままなんだ!」

 「翔太、お前………」

 「だけど、それでも良かったんだ。だって俺には夏芽がいるから。

 夏芽もあの日から逃げていて、先に進めない。俺を置いていかない限りは、俺の罪を知っていたとしても関係なかった」

 「罪って、まさかお前はアキちゃんを………………」

 「そうだよ。俺が殺したんだよ」


 翔太の言葉に、俺と彩本さんは息をのむ。

 翔太は笑っていた。まるで、やっと言えたと安堵しているかのように。


 「なんで、何でアキを殺したのよ!!」

 

 彩本さんの悲痛な叫びが屋上に木霊する。

 翔太は彩本さんを見ると、嬉しそうに近づいていく。

 俺は咄嗟に彩本さんを隠すように前に出る。


 「待て翔太! お前が俺のこと恨んでいて、執着するのはわかる。でも彩本さんは関係ないだろ! どうして彩本さんにまでそんなに執着するんだ!」

 「………だって、彩本さんも俺と同じだから」

 「え?」

 「中学の時、俺泣いていたんだ。アキちゃんのことが事件性なしって言われて、俺は一生この罪から解放されることはないんだって絶望したんだ。

 そんな時、彩本さんが声をかけてくれたんだよ。その時に『ずっとこれからも忘れられない。いつまでも辛いまま生きていくと思う』って言っていたんだ。

 彩本さんも俺と同じであの日に捕らわれている。

 それから彩本さんのことが気になりだしたんだ。でも、彩本さんは俺ではなく夏芽を見ていることを知った」

 「え」

 「ちょっと!」


 突然彩本さんが焦ったように声を荒げる。

 だが翔太は気にせずに先を続ける。


 「夏芽、俺はずっとお前が羨ましかったんだ。

 俺、実はアキちゃんのことが好きだったから。だけど、アキちゃんはお前のことが好きだし、お前はいつも人気者で俺が持っていないものをすべて持っていた」

 「翔太、お前………」

 「だから、俺はお前をマネするようになった。そうしたら今まで手に入らなかったものが手に入るようになったんだ。お前の真似をすれば、友達もたくさんできたし、クラスの人気者にもなれた!

 ………………だけど、俺の築いてきたものは所詮偽物だ。偽物の俺が手に入れた、偽物の友情ばかりだった」

 「それは違う! 翔太だからみんな友達になったんだよ! 人気者なのも、翔太が明るくていい奴だったから」

 「違うよ夏芽。みんなの前で明るく笑っていた俺は、本当の俺なんかじゃない。全部お前の真似をしただけだ。お前も知ってるだろ? 本当の俺は引っ込み思案で根暗で、どうしようもない奴だってこと」

 「俺は、そんな風に思ったことないよ」

 「夏芽、お前にはわからないよ。真の人気者のお前には。

 虚しいんだよ。誰も本当の俺を見てくれない。見てくれるのはいつも、万人受けするように作った偽りの九条翔太だけ。だけど、そんな偽物が作った友情や信頼も、失うのが恐いんだ。

 俺にはそれ以外、何もないから」


 そう言った翔太は、今にも消えてしまいそうだった。

 さっきまでは翔太のことを怖いと思っていたのに、いつの間にか翔太を助けなきゃって思うようになっていた。何だか嫌な予感がする。


 「そんなことない! お前には俺や家族だっているだろ!」

 「夏芽、やっぱりお前は何もわかってないよ。

 もう今更、罪を暴かれても俺には何も残らない。お前たちだけ先に進んで行くんだ。

 そんなの耐えられない。一人は恐い………………………だからもう、こうするしかないんだ」

 「え」

 

 急に翔太は体の向きを変えると、走り出した。

 先にあるのは腰の高さくらいしかないフェンスだけ。


 「………まさか」

 「ちょっと!」


 俺と彩本さんは翔太の意図を察して、慌てて翔太を止めるために走り出す。

 だが運動神経抜群の翔太はすぐにフェンスまでたどり着くと、フェンスに手をかけて上に飛び乗る。


 「おい、翔太!!」

 「………………じゃあね、()()()()

 「っ!!」


 まるで、昔の翔太に戻ったように最後に俺の名を言うと、翔太の体がフェンスの外へ傾いていく。


 「きゃあ!!」

 「翔太!!!」


 俺たちの叫びもむなしく、翔太の体は屋上から見えなくなった。

 

 ドサッ


 遅れて聞こえて来た鈍い音と、生徒たちの悲鳴が下から聞こえてくる。


 「そんな………」

 「翔太、どうして………」


 こんなはずじゃなかった。俺はただ翔太を問い詰めて、あの日屋上で何をしていたのかを知りたかっただけだ。

 俺があの日のことを思い出したって言ったら、翔太は諦めて俺や彩本さんを殺さなくなるんじゃないかって思ったんだ。そうなればいいって、思っただけだったのに………

 

 「何で、お前が死ぬんだよ………」

 「時遠くん、私たち、どうしたらいいのかしら………」

 

 彩本さんは、翔太が飛び降りたフェンスの方をぼんやりと見つめている。


 「私、九条が許せなかった。ストーカーするし、私や時遠くんを何度も殺して、それにアキのことも殺していたなんて、本当に絶対許せない、地獄に落ちればいいのにって思ってたの」

 「彩本さん………」

 「………でも、こんな風に死んでほしかったんじゃない。

 ただ、罪を償ってほしかっただけなの。死んでほしいわけじゃなかったの。

 何で、私たちこんなことになっちゃったんだろう」


 彩本さんはそう言うと泣き出してしまった。

 俺もつられて涙が出てくる。

 彩本さんの言う通りだ。俺も、翔太のことが許せなかった。実際今までのループでアイツに何度も殺されたんだから。

 でも、翔太に死んでほしかったわけじゃない。

 俺はただ、あいつが俺たちを殺す理由が知りたかっただけなんだ。

 その理由を知って、殺されないように未来を変えたかっただけなんだ。

 なのに、目の前で死ぬなんて………………………


 『じゃあね、夏芽くん』


 昔のようにそう俺のことを呼んだ翔太は、悲しそうに笑っていた。

 俺は、翔太に不幸になってほしかったわけじゃない。

 あいつは苦しそうだった。ずっと罪を抱えて生きてきて、でも本当の自分をさらけ出すことができなくて、きっとずっと苦しかったんだ。

 俺は親友とか言っておいて、結局逃げてばかりで翔太のことを知ろうとしてこなかった。

 俺が高校生になって学校に行き始めた時に、翔太は声をかけてくれて、仲良くしてくれて、今まで不登校だった俺はすごく救われたっていうのに、俺は翔太に何もしてあげていない。


 「………………こんなの、駄目だ」

 「時遠くん?」

 

 俺は、ゆっくりと翔太が落ちた方へと歩き始める。

 思い出すのは、翔太と過ごした他愛のない高校での日々ばかり。

 でも、それが俺にとって大切な日常だったんだと今更になって気づいた。


 「翔太、俺はお前が恐かった。だけど今は、お前がいないと寂しいよ」

 「時遠くん、駄目! 戻って来て!」


 彩本さんは俺がやろうとしていることに気が付いたのか、慌ててこっちに向かってくる。


 「来ないで!!」

 「っ」

 「………ごめんね彩本さん、大きな声出して」

 「いいえ。ねぇ、時遠くん、何をするつもりなの?」


 彩本さんの声は震えている。


 「ごめん。ループは今日で終わらそうって言ってたけど、やっぱりもう一回付き合ってくれないかな?」

 「………」

 「俺、やっぱり翔太のことも助けたいんだ。

 翔太も彩本さんも俺も、全員揃っていないと駄目なんだ」

 「………わかったわ。時遠くんがそれでいいのなら、私は何度でも付き合うわ」


 彩本さんはそう言って俺に微笑んだ。


 「ありがとう。じゃあ、そろそろ行くよ。彩本さんは後ろを見ていて」

 「わかった。………じゃあね、時遠くん。また21日に会いましょう」

 「ああ。またね、彩本さん」


 最後に手を振り合い、彩本さんが後ろを向くのを確認すると、俺は一気にフェンスの向こうへ体重を傾けた。

 視界が回転し、浮遊感が体を支配する。

 地面は見たくない。俺は目を閉じて来るべき衝撃を待った。

 

 「今度こそ、お前を助ける」


 小さな俺の呟きは、衝撃と鈍い音にかき消されて消えていった。

 俺はこの日、初めて自殺した。

 

 

 



 

最後までお読みいただきありがとうございました。

続きも投稿できるよう頑張ります。

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