第3章 国王謁見 1
久しぶりに例の夢を見て、変な時間に目を覚ました。
ヒーズルから日本へ渡った直後にも見た夢。
幼い頃の僕が魔法使いゴッコをして、父らしき人物に説教をされている夢。
あれは、過去の記憶だったということなのか。
――父さん、お父様、親父、父上……。
父親の呼び方なんて様々だが、いざ自分が呼びかけるとなると、どれを使っていいものか選択に困る。
物心ついた時には、既に両親はいなかった。
「可哀そうに……」
「大変ねえ……」
同情の言葉を掛けられるのが常だったが、いつも不思議に思っていた幼少期。両親がいない生活しか知らないのに、人より不幸かどうかなんてわかるはずもない。
確かに同級生の一般的な家庭を羨ましく思ったり、孤独感を植え付けた親を恨んだりした時期もある。
だが今思えば、それはただの反抗期のようなもの。
それに同じことを繰り返し言われ続ければ、そんな気にもなってしまうものだ。
六歳の時から養護施設に入って以来十六年。
天涯孤独が日常だった僕に、今さら両親と言われても困惑しかない。それに、降って湧いた妹のアザミの存在もだ。
アザミは兄の存在を知っていたから、あんなに素直に受け入れられるのだろう。
『兄さま』と慕ってくれて悪い気はしていないが、僕の気持ちとしては実の妹という感覚はない。近所の年下の女の子が、年上の僕に『おにいちゃん』と懐いているようなイメージだ。
両親を恨んでなどいない。しかし、会いたいと思ったこともない。
元々、自分の中では存在しないものなので、関心自体がないのだ。こんな気持ちで謁見なんてできるのだろうか。
ぼんやりと考えているうちに、いつしか再び僕は眠っていた……。
「さぁ、王子。今日はわたくしも、ケンゴ様の捜索はお休みさせていただいて、稽古を見学させていただきます。なんでしたら、わたくしがお相手いたしましょうか」
「ちょっと、父さんは余計なことしないでよ。もう年なんだから、大人しく見てて」
「聞き捨てならんな。まだまだ、お前には負けんよ」
「あらー? この間、ちょっと走っただけで息切れしてたのは誰でしたっけ?」
(思えばあの二人って、微笑ましい親子だよな……)
昨夜、妙なことを考えながら寝たせいか、モリカド親子を見る目まで変わってしまったらしい。
時々カズラの誹謗が気になるが、それも愛嬌。傍から見ても、羨ましい親子関係。
あんな関係を今さら構築しなおすなんて、可能なんだろうか。
いやいや、今は稽古中。余計なことを考えるのはやめよう。
「王子、魔法も撃てるようになったそうですし、ぜひともこの生意気な小娘をとっちめてやってください。好きなだけ魔法の的にどうぞ」
「そうやって追い込んだら逆効果なのよ。父さん、邪魔しないでちょうだい」
「左様でしたか。申し訳ございません、王子」
昨日僕が魔法を放った現場に、一人だけいなかったマスター。
きっと、今日こうして稽古を見学しているのは、僕が魔法を放つところを見たいからなのだろう。
何しろ昨夜は、ケンゴの捜索から戻ってその話を聞くなり、手が付けられないほどの喜びようだったのだから。
しかし、未だに狙い通りに魔法は発動できない。
期待の目を向けられても、応えられるのは当分先だろう。
「さぁ、国王謁見に向けて特訓開始よぉ。王族が得意とする重力系の魔法を中心に、訓練をしていきましょうかぁ」
「いよいよ正念場ですな、王子」
「会うのに特訓が必要なんですか……?」
「あったり前じゃなぁい。あの国王よぉ? 魔力絶対主義の元締めよぉ? 満足に魔法も撃てないんじゃぁ、会ってくれるわけないでしょぉ」
また魔力絶対主義か……。
この言葉を、幾度となく悪い意味で聞かされてきた。そして今のアヤメの発言にしても、国王を良くは思っていない、含みのある言い方だ。
今までは客観的立場で共感し、憤りを感じていた。だが、その根源が実の父かと思うと心境も複雑になる。
そして、今までは気にしていなかったが、アザミはどう思っているのだろう。
実の父親に嫌悪感を持つ言葉を聞かされ続けて、肩身の狭い思いをしてきたのではないか?
そう思ってアザミに目を向けてみたが、優しく微笑み返すばかり。逆に不思議そうな顔で首を傾げられてしまった。
その表情からは、本心をうかがい知ることはできなそうだ。
「国王の前で血統魔法を披露すれば、王子と認めてもらえるんですか?」
「それだけでは不十分ですな。親子かどうかは、二人の血液を混ぜて特殊な魔法をかけることで判別いたします」
「まだ、そんな難関が残ってるんですね」
DNA鑑定のようなものか。
この世界の血液鑑定の信頼度がどんなものかはわからないが、王子として認められるための道筋は見えてきた。
そこで王子と認められれば、やっとアザミに平穏を与えてやることができる。
もちろんその後に、王位を継承しなくて済む方法も見つけないとだが……。
「ここまでくればもう、国王様のご長男に間違いはございませんよ。とにかく後は、謁見さえ果たせればきっと大丈夫です、王子」
我が事のように、嬉しそうなマスター。
なにしろ苦節十六年の大願成就だ、嬉しくないはずがないだろう。
そして、長年の念願が叶った人物がもう一人。穏やかな笑顔にうっすらと涙を浮かべ、弾むような口調で嬉しさを溢れさせる。
「カズト様やアヤメ様のお墨付きをいただけて、やっと夢じゃないんだと実感が湧いてきました、兄さま。これでやっと、家族みんなで過ごすことができるんですね」
「アザミはずっと、私邸で寂しい思い続けてきたものね。こんな頼りない男だけど、今まで甘えられなかった分、わがまま言ってやりなさい」
「兄さまは頼りなくなんてないよ、カズラ――」
そう言って笑うアザミは、僕の実の妹。だがやはり、まだ実感は湧かない。
血の繋がりを意識しながら一緒に過ごしていれば、そのうち家族と実感できるようになるのだろうか……。
いくら一緒に過ごしても、赤の他人としか思えなかったらどうしよう。
そんな不安も頭を駆け巡る。
「――兄さまも、一日も早く一緒に暮らせるように、謁見に向けてのお稽古頑張ってくださいね。お手伝いできることなら、なんでもしますから」
そう言って再び笑いかけてくるアザミ。
少なくとも今は、この笑顔のために頑張るとしよう。
「――さぁ、今日も呼吸法の訓練からよぉ。頑張っていきましょうねぇ」