月白色の罪
翁笑わば子笑う、翁舞わば囃子立つ──
重ねた罪が色づいていく。
翁謳い祈れば平穏を──
月に彩られた罪は明けを迎えそうだ。
翁躍り願えば成長を──
去り際の影は薄く歪んだように笑うのだ。
翁狂い祀るのはただ一人の命──
何を喜ぶのか。
翁祝うは──
誕生を……
【おはようだ、い、い、ん、ち、ょ、う】
「っがは──。はぁ、はぁ、ぁ」
見やる右手のカフスは……まだ、まだ大丈夫だろう。
「何だってまた……」
寝起きは過去最悪だが、もう時間はない──行こう。
「クルス君、おはよう」
「おはよーっす、委員長。どうしたんです? 顔色悪いっすよ、今日は休んだ方がいいんじゃないっすか」
今日もこの時間が続けばいいと、そう願っていた日々を慙愧したい。本質を見失っていたんだ、僕は。
「ヨシ君、おはよう」
「あっ、おはようございます。委員長、今日は一緒に行きましょうか」
罪を軽くしていたのは僕自身のモノをだ。
確かに幾らかは結果を残したのかもしれない──それは結局、副次的なものでしかなかった、利己的なものでしかなかった。
「メイ君、おはよう」
「いいんちょー、もう少しだけダラダラさせて下さい」
触れ合うことが怖くなった僕は、君たちを利用していた。
この子であれば、このクラスであれば、この学園であれば──僕は、僕らしくいられた。
「ハラ君、おはよう」
「お早うございます──あー、なんすか委員長?」
そうして僕は癒されてきた、そんな自覚すらなく──酷く自分が汚く見える。
皆、本当はどう思っているのだろう。
「ミナ君、おはよう」
「おはようございまーす。委員長、これから一緒にご飯なんてどうですか?」
救われて、罪に溺れてようやく気付く。
僕の罪、心の片隅で感じる恐怖。今と大して変わらないかもしれない学園生活で得た恐怖──僕という人間の拒絶。
「テラト君、おはよう」
「お早うございます、委員長。今日は少し大所帯ですね」
だからこそあの場所にだけには向かえない──こんなにも汚い僕が、姫の元で等と、考えるだけでも悍ましい。
「……タチ君。君なんだろ──こうして皆が朝を迎え、僕を迎えてくれるのは」
少し、妬ましいよ。
【あいつだ。あいつがおまえをこけにしたれんちゅうとどうちがう? きづいてるだろ、あいつはおまえのてきだ】
やめろ……そんな言葉は今更、
「……サラ君、おはよう」
「委員長、今日もお早うございます」
きっと君も協力してくれているんだろ?
「ああ」
「なんです? 皆さんお揃いで」
長く苦しんでいたんだろう?
「これから食事らしい」
「いいですね、私も参加したいです」
ありがとう──君になら任せられる。
「ああ、構わない」
「では、早速行きましょうっ」
ウルス君の部屋の前にいるのは──タチ君……。
【ほらな。あいつはおまえのばしょをうばっていくぞ。このままにしていいのか】
聞くまでも、ない。
一日が終わる。
一日と、こうも長く感じられる日々は久しぶりかもしれない。
【おれのおかげなんだぜ、それ】
知っている。
はぁ、こいつとの付き合いも今日で三日になった──明日にでも……。
【まてまて、なんでそうなる? おまえのほんしんはそんなことをのぞんでいない】
それも知っている。
【ならすこしだけでいい、おれにゆだねてみないか?】
冗談だろ?
【このみっかかん、おまえはなにをみた、なにをかんじた?】
うるさい……。
【そうだ、たちだ。あいつがいれば、ぼくはいらない? そうはおもわなかったはずだ。あいつらにじゃない、おまえにあいつらがひつようなんだ】
違う。
【わかってるだろ? かりにおれといってみたが、おれとおまえはおなじだ。おれがかんがえることはおまえがかんがえること、じもんじとうのむなしさとむきあおうぜ】
どうしたいんだよ、君は?
【わからないやつだな。おまえのしこうはおれのしこう──こたえはすでにあるはずだ】
君、僕のわりに性格悪いな。
【じぶんでいってたら、せわないぜ。おまえがためにためた、つみののこりっかすさ──いいせいかくなわけがないだろ】
成程、納得した。
【このばしょはさ、すべてをゆるしてくれるんだ】
そうかな。
【そうだとも。おまえがかかえた──さいごのさいごまでのこった、このつみとむきあえるさいごのきかいだ】
このままあの場所に帰って、僕は再び歩いて行けると思うか?
【いーや、むりだねぇ──けっきょくおまえは、あのひめさまにすらこくはくできなかったじゃないか。もちろん、じぶんがかかえたつみのはなしだぜ】
余計なことまで口にしなくていい。
【わるかったよ。で、どうする? すこしならちからになれるぜ】
嘘つき野郎。
【それはおたがいさまっていうか、おまえがうそつきでええかっこしいなんだ】
ああ、本当は彼女と一緒にいたかったのかもしれない。
【だったらあいにいこうぜ】
簡単に言うね。
【わかってる、つみのせいさんをっていうんだろ? だったらいこうぜ。しってるだろ、たちのやつがくらすのれんちゅうをあつめてなにかをたくらんでるって】
ああ。
【そこにこたえがあるとおもわないか?】
否定はしないが、君の力を借りる程のことじゃない。
【おまえ、わかってていってんのか? おまえがこのがくえんでまだいれられるのは、だれのおかげだ】
君、というか僕の罪が残っているからだろう。
【めんどくさいやつだな、おまえは。なら、そっちょくにいおう──おまえはもう、おれをうけいれなければいっぽもうごけない】
わかってる……だから消えようかと思っていたんだ。
【なら、なぜしこうをとめた──ほんとうはひめにあいたいんだろ?】
ああ──……会いたいなぁ。
【つみとむきあうのもそうだが、ひめとむきあえるのだってこのきかいがさいごだぞ。おまえはそれでいいのか?】
君、名前はないのか?
【なんだ、とつぜんに?】
君じゃ呼びづらいし、他人行儀にすぎる。かといって僕の名前で呼ぶのは抵抗があるってことだ。
【そうか、やるか】
皆には少し、迷惑をかけてしまうな。
【ここのやつらが、おれみたいのをこうくべつするってのはある。だが、なをにんしきしたらあともどりはできないぞ】
今更だな。
【りょうかいした──おれのなは】
「【月白の罪:翁熊】」
月白と呼ぶには蒼い──暮れ際の、瑠璃色の空が降るようにソレは瞬いた。
「まーた考えてるんですか、タチさん」
「こういうことには考えすぎるくらいで丁度いいと思うんです」
人の命というのでは違うかもしれないけれど、人の在り方がかかっている。
「……今回はすいませんでした。私、何も力になれずお手伝い程度しか出来ませんでした」
「いえ仕方ないんだと思います。ブルートさんだって言っていたじゃないですか『アイツには何度も伝えてきた。それでも首を縦には振らなかった』と、委員長はウルスさんとは違う形で受け入れていたんだと思います」
委員長の場合は特別だと、ウルスさんと同じようにブルートさんも話してくれた。それでも、委員長が罪に呑み込まれてしまうのであれば対応しないといけないらしい。その力がそんな状態で発揮された時、周りに与える影響は多岐にわたるとのことだ。
「罪の力──私もまだ詳しくは聞かされていないんです。唯、その力は天使にも匹敵する力であり、人が人であるための力でもあると」
「何時までもこの場所でいたいというのは間違いなのでしょうか」
そんな益体もない言葉が自然と出ていた。
「タチさんはこの学園がどういう風に出来たか、なんて考えたことはありますか?」
「……いえ」
「そうですよね。タチさんはこんなにも善行をなせますが、本当は来たばかりですもんね──元を辿れば、人の罪がこの学園を生んだのですよ。僕の罪がこうして許されてほしい、私の罪を聞いて欲しい、俺の罪を許してくれ、あたしを罪から救ってほしいと。人が思い描ける願いであればこうして叶えられるんです。この学園のような規模となると、絶対数が必要みたいですけどね」
「つまりは委員長の思い次第、と言うことでしょうか?」
人が人であるための力……というのは、まさに言葉のままということか。
「もちろん、その絶対数に逆らうことになる訳ですから生半可の思いでは叶えられません」
「そう……ですか」
「だから私達が背中を押すんです。その準備をタチさんはしてきたでしょう──大丈夫です。きっと最後には誰かが望む未来になる筈です」
「思いついたのはサラさんで、皆の協力が叶ったからこそですけどね」
「ええ。サラさんが思いつくに至ったのも、皆が協力してくれたことも、タチさんがいたからです」
「少し頑張りました」
いつかの誰かに恥じぬように。
「ええ、ですからくれぐれも無理はしないで下さい。ここから先は、人の剥き出しの想いに触れます。タチさんが思っているよりも危険な部分があるかもしれません」
「大丈夫です、心得はウルスさんから叩き込まれましたし──僕は信じています」
二人の絆を。
「──あなたは結局、怠惰ではいられなかった」
「それは──っ」
「きゃっ」
一つの答えを手にしようとした時、山を崩すような轟音と震動が学生寮を襲った。
「大丈夫ですか、天使さん? それにしても、なんだ今の音は」
『おいっ、大馬鹿野郎っ! お前何しやがったっ!? いや、そんなことより、天使たちに報告を。そしてお前は今直ぐ──逃げろっ!』
「ウルスさん?」
「【タチィィーー】」
山をも崩した怪物が、僕の名を呼んでいた。




