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File18 治療〈前編〉

2012年 5月12日 


 吐き気に似た緊張感がここ数日続いた。貧血症状が一番ひどかったこの時期の5月13日に僕の本格的な治療でもあるATG療法が行われる決まっていた。 


 それに際し、1番ベッドが大幅に改造されることになった。


 アイゾレーター。ベッドの枕元に設置し、後ろから吹く微風で菌をベッドの外へ飛ばすといった機械である。それをつけた1番ベッドはビニールの天蓋をつけたかのような出で立ちになった。


 アイゾレーターの設置を終えた緒方さんは僕に一言。


「マーベリックくん、今日から白血球の数値が安定するまで、病室の外に出られません。それと面会も近親者だけになります」


 突然の宣告だった。この入院生活での数少ない楽しみでもあった人との関わりを断つ……この瞬間、僕は英検の勉強の最中に覚えたひとつの英単語を思い出した。Isolate―――孤立させるという英単語を。


 そう、この機械は使用者を菌から孤立させるのだ。無論、それを運ぶ人間からも。


「……わかりました」


 この時のマーベリックの白血球の数値は0.9。ちょっとした事で肺炎などの感染症にかかってしまい、そのウィルスともろくに戦えず命を落とす可能性もあるほどだった。本当に死が近い状況。空気に潜む目に見えない死神からの唯一の防衛手段がこのベッドで孤独に耐えることのだけ。


 ベッドに僕を縛る理由はもう一つある。それは階段や医療スタッフの目が及ばない場所において貧血症状で倒れる事を防ぐためだ。普通の人が倒れるのは良い。しかし、この時のマーベリックの血小板も見つけるのが難しいほどに減少していて、軽く頭部を打っただけで脳内出血を起こし、止血もできずにくも膜下出血などになりかねなかった。そう、どこぞの装甲騎兵並みの防御性能なのだ。


 そんな状況にもかかわらず、外をほっつき歩いて生きて帰れたマーベリックは間違えなく異能生存体かもしれない。いや、ほんと。マジで……



 以来、僕は自販機や売店にもいけなくなってしまった。コーラが飲みたくなったらナースさんを呼んで、お金を渡して売店に買っていってもらい、友人もこられなくなり出来る事といったら勉強と読書。そして、『少年と空』の執筆とYoutubeやニコ動などで時間をつぶす事だけ。


 まぁ、それはそれでよし。「細かすぎて伝わらないものまね」を延々と見ていたら時間もつぶせたし、寂しさもまぎれた。


 だけど、根本解決にはならない。


 孤独と笑いの少なくなった砂漠のような狭い空間に己を押し込めて、ただその時を息を潜めるかのように待ち続けた。治るその瞬間。治ってみんなと笑うことが出来る瞬間。心が折れそうになう度にその事を持ち前の妄想力で描きまくった。


 「絶対なんてない」そんな事クソ喰らえだ。絶対に治ってやる。絶対に生き抜いてやる。絶対に元の自分に戻ってやる。この心だけが血中物質が欠如し弱りきった肉体の中で炎々と燃え上がえいた。


 そんな火を心につけてくれたのは紛れもなくこの時に支えてくれた父と母だった。


 治療前日の夜に父はベッドに横たわり貧血で苦しむ僕に言った。


「いいかい。自分を救えるのは神様じゃない。自分を救えるのは自分だけ。だから、治ることを信じてがんばってな」


 ここでマーベリックが父親と不仲でこれが理由で仲を修復できたということにすれば劇的な展開だが、それはしない。普通に仲の良い親子だから。


 しかられぶん殴られるが、仲の良い親子で時々酒を飲んで冗談やら何やらを言い合える父親がいった言葉は僕の中にいた神を殺した。その代わりに心の中に炎を生み出した。


「わーってるよ。てか、それって『チャングム』からっしょ?」


「お、解かっちゃった?『病は患者が治すもの』ってね」


 父親は韓流ドラマ『チャングムの誓い』の大ファン……と、いうよりヲタだ。映像見ただけで話数を言い当てられるほどの。ちなみにマーベリックはそれを『1stガンダム』と『マクロスゼロ』でできる。かえるの子はかえるって感じで。


 それでも勇気が出た。冗談めかして言ったけれど、これは父親が出来る精一杯のエールであることは解かる。




 そしてその数時間後に僕の一世一代の大勝負が始まる。ATGによる再生不良性貧血への治療が。


 成功率は7割。だけど完治は1割に満たない治療法。


 その晩、寝る前に大きな勝負の前に必ず聴く和田光司さん『bravery』を聴いた。


 譲れないモノ――――自分を病魔から取り戻す戦いのゴングが鳴りつつあった。

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