禁薬
「村長さま」
喉の奥に残る違和感に時折むせながら、玥寧は村長のもとを訪ねる。その彼女の様子に、邪魔をするなと言われ大人しく家にいた承武も村長も驚いたような顔を見せる。
「お前、どうしたんだ?」
薄っすらと目が赤らんでいる。
だが玥寧はそのことには一切触れず話を進めた。
「星漢のやつ、薬をやってないか?」
「……薬?」
一層険しい表情で承武が訊ね返すと、玥寧は数回空咳をしてから話を続ける。
先ほどから喉の奥が気持ち悪くて仕方がない。
「あいつの状態を見てきたが、あれはどう見ても重度の薬物中毒を思わせるものだった」
「薬物中毒って……」
「お前も知らないわけじゃないだろ? 麻薬だよ」
その言葉に、承武たちは驚いたように目を見開き、息を呑んだ。しかし、すぐ後に村長が首を横に振ってその可能性を否定する。
「いや……しかし、この村に麻薬になるような植物はない。そもそもここは、麻の栽培に適した環境ではないからな」
「加工品もか?」
「ない。入手手段も全くないとは言えんが、無いに等しい。あったとしても、麻薬を買うだけの資金がある人間は、この村にはいないだろう?」
そう言われると、確かにそうだ。皆日々を食い繋ぐだけで精一杯の村だ。病気になっても薬を買う金さえ捻出に悩んでいると言うのに、どうして高額取引されている麻薬を入手できるだろう。
「……じゃあ、あれは何なんだ」
玥寧は首を傾げるしかない。
実際に薬物中毒に侵された人間の姿は実際に見たことはないが、その症状については話に聞いて知っている。その話と寸分違わない星漢の姿に、麻薬以外で何が説明できるだろう。
「玥寧……お前、大丈夫なのか?」
「何がだ?」
「酷く苦しそうだ」
承武の言葉に、玥寧は自分が肩で息を吐いていることに気付く。異様に口の中が渇いた感覚もあり、喉の奥が張り付いているような感覚も感じられた。
僅かに視線をそらしながら、呟く。
「……少し、吸い込んだのかもしれない」
「!」
「念のため、ここに来る前に口の中をすすいできたんだけどな……」
もう一度軽く咳き込み、玥寧は承武を見た。
「奥の部屋からは何とも言えない強烈なニオイがしてた。もし麻薬じゃないんだとしたら、何か別に原因があると思う。あとな……あいつ、悪霊に憑りつかれてる」
去り際に見た白い靄。あれはどこかで野垂れ死んだ女の悪霊だろう。どういうきっかけで星漢に憑りついたのかは分からないが、その悪霊が星漢に干渉しているのは間違いなさそうだった。
「ともかく、私は急ぎ星漢に憑いている悪霊を祓ってくる」
「お、おい! その体で行くのかよ」
承武が止めようと手を伸ばすと、玥寧は乱雑にその手を払い除けて睨みつけた。
「邪魔するなって言っただろ」
「玥寧……」
「これは私の仕事だ。一度ならず二度も邪魔されたくない」
拒絶に近い眼差しを前に、承武はそれ以上何も言えなくなる。
頑固と言われれば確かにそうなのだろう。だが、別に意固地になっているわけではない。ただ、自分に任された仕事は、最後まで自分一人の力で片付けたいだけだった。
承武が心配していることも理解しているし、その気持ち自体はありがたいとさえ思う。
――けど、私は祖父さんのような道士になりたいんだよ。
玥寧は星漢の家の前に立つ。そして鞄から聖水の入った小瓶と護符を数枚取り出し、それを家の壁に貼り付けていく。
壁、窓、扉、柱と等間隔にぐるりと家を取り囲むように貼り付けると、手にしていた聖水の蓋を開け、満遍なく護符の上に振りかけて回っていると、まるで家が生きているかのように震え始めた。
地震ではない。だが、明らかに星漢の家だけがガタガタと小刻みに揺れ始めている。
――これで、星漢が正気に戻ればいいんだが……。
家を回り、玄関前に戻って来ると小瓶の底に残った聖水を自分の手と体にも振りかけた。
「……どこの女だか知らねぇが、出てってもらうぞ」
玥寧がパンッと両手を叩くと、身の毛もよだつ様な甲高い悲鳴が辺りに響き渡る。だが、村人たちはその声に気付いている様子は無い。玥寧が作った結界の中だけで起きている事象となっていた。
家がミシミシと大きく軋む音を立て、悪霊が暴れ回っているのか家の中で色々なものが蹴倒されるような音が止めどなく聞こえてくる。
「逃がすかよ!」
苦しさのあまり窓を蹴破って外に出ようとしているのだろう。何度も内側から強い衝撃音が響き渡り、その間も止めどない悲鳴が耳障りだった。
玥寧の作り出した結界は強固だ。あちこちの窓や扉がたわむが、それ以上開くことはなく弾き返されている。
――星漢、もう少しだけ待ってろよ。
玥寧は聖水で湿った手で印を結び、立てた二本の指を屋内で暴れ回る悪霊に向かい剣を突き立てるように素早く差し出す。その瞬間、特別大きな悲鳴と共に家の窓と言う窓のガラスが弾けるように割れ、やがて先ほどまでの騒々しさが嘘のように静まり返った。
「……ふぅ」
玥寧はため息と共に緊張した体から力が抜けた。
正直、体調が悪い。それでも、星漢の様子を見ておかなければと、布を口元に当て割れた窓から中を覗き込む。
中は悲惨な状態だった。物は散らかり、土塀は所々崩れ落ちている。物が先ほどよりも散乱した状態の中、横たわっている星漢の姿が見える。
「星……」
声を掛けようとして、息を呑む。
星漢は、焦点の合わない虚ろな目で大量の涎を流し、ブツブツと独り言を続けている。
――星漢がこうなったのは、悪霊のせいじゃない……。
玥寧は眉間に深い皺を刻む。他に何か原因があると言うのは分かるのだが、それ以上原因の追究ができるほど体力が残っていない。
玥寧はふらりと意識が飛び、その場に倒れてしまった。




