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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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2/20

狂人の解放とアイズドの誕生

午前十時。アラームの鳴らない朝を迎えたのは、一体何年ぶりだろうか。

現実の自室。俺――神代かみしろ 冬司とうじは、キングサイズのベッドから身を起こし、オートメーションで開く遮光カーテンの向こうを見つめた。

プロeスポーツチーム『白騎士団』から追放され、契約解除の書類にサインしたのが昨日のこと。

振り込まれた多額の違約金とプロゲーマーとしての貯蓄のおかげで、当面、いやこの先十数年は働かなくても生きていけるだけの余裕がある。

あまりにも唐突に訪れた「完全な自由」を持て余した俺は、とりあえず外の空気を吸ってみることにした。

――しかし。



「……暇だな」



行きつけのスポーツジムで軽く汗を流し、カフェで無駄に高いコーヒーを飲んでみたものの、頭の中を占めているのは別のことばかりだった。


『あのギミック、別の解法があったんじゃないか』

『次のアップデートで来る新装備のステータス効率は――』


無意識のうちに、ゲームのことばかり考えている。



「結局、俺にはこれしかないってことか」



自嘲気味な笑みを浮かべながら、俺は足早にマンションへと帰還した。

洗面所の鏡の前に立つ。

そこに映っていたのは、世間が持っている「知的で冷静なプロゲーマー・ジン」のイメージとは程遠い男の姿だった。

完全没入型フルダイブVRゲームにおける極限の操作精度と長時間のパフォーマンスを維持するためには、現実の強靭な肉体と体幹が不可欠である。そのプロとしてのストイックなデータに基づき、日々の過酷な筋トレをルーティンとしてこなしている俺の体は、百七十二センチという平均的な身長ながら、服の下は無駄のないバキバキの筋肉質に仕上がっている。

だが、ゲームに没頭するあまり身なりの手入れを怠ったせいで、漆黒の髪は肩にかかるほど伸びきっており、前髪の隙間からは獲物を狙う獣のような鋭い三白眼がギラギラと光を放っていた。



「……猫被ってんのも、いい加減肩が凝ってたところだ」



未来や希望だけを見て無謀に突っ走る若さはもうない。だが、俺には過去の膨大な経験から自分の限界を正確に見極め、その限界の先にある「仕様の穴」を突き詰める、大人特有の泥臭い執念がある。

誰かのための最適化。スポンサーのための勝利。そんな『労働』としてのゲームはもう終わった。

自由を手に入れた俺の足は、吸い寄せられるように部屋の奥――漆黒の流線型を描く完全没入型VRカプセルへと向かっていた。



「ようやく、好き勝手遊べるぜ」



凶悪な笑みがこぼれる。純粋で狂気的なゲームゲーマーとしての本性が、ついに解放された瞬間だった。

カプセルに横たわり、生体センサーの端子をこめかみにセットする。

空中に展開したインターフェースから『新規キャラクター作成』のボタンを押下した。

アバターの容姿は、面倒くさいので現実の俺の姿をそのままスキャンさせる。続いて、名前の入力欄が表示された。



「昔から好きなカードの名前だしな……『アイズ』っと」



エンターキーを叩く。

『Error:その名前は既に他のプレイヤーに使用されています』

システムからの無機質な警告音に、俺は露骨に舌打ちをした。



「……チッ。まあ、よくある名前だからな」

バックスペースキーを叩き、適当に一文字付け足す。

「じゃあ『アイズド』だ。これで文句ねえだろ」



『登録が完了しました。EHOの世界へようこそ、アイズド』



なんともクソダサいネーミングになってしまったが、まあいい。

深呼吸を一つ。目を閉じ、網膜投影の網目に意識を委ねる。



「――《ダイブ・イン》」



刹那、重力が消失し、五感が漆黒の空間へと溶け落ちる。

無限に続く虹色の光のトンネルを、意識だけが弾丸のような速度で駆け抜けていく。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚。あらゆる感覚情報が電子の海で分解され、再構築されていく圧倒的な全能感。

光の奔流が弾け、眩い閃光が視界を白く染め上げた直後――ざあっ、と。仮想の鼓膜を、心地よい風の音が撫でた。



「……おお」




目を開けた俺は、思わず息を呑んだ。

そこは、EHOの新規プレイヤーが降り立つ初期都市『エリュシオン』の中央広場。

白亜の城壁と中世ヨーロッパ風の尖塔が立ち並び、透き通るような青空には巨大な幻鳥が悠然と舞っている。噴水からは清らかな水が湧き出し、石畳に反射する陽光が眩しい。

プロゲーマーとして最前線のレイドダンジョンに籠りきりだった俺が見ていたのは、無機質な鋼と石、そして血みどろのダメージエフェクトばかりだった。

効率と最適化だけを求め、風景の美しさなど一顧だにしていなかったのだ。



「すげえな……。こんなに綺麗な街だったのか」



大通りは、行き交うプレイヤーたちと、彼らを呼び込むNPCノンプレイヤーキャラクターの商人たちの活気でごった返していた。



「そこの兄ちゃん! 獲りたてのボア肉の串焼き、いかがかね! スタミナ回復に最適だよ!」



屋台の親父NPCが、肉を焼きながら気さくに声をかけてくる。

その表情の機微、額に浮かぶ汗、肉が焼ける香ばしい匂いと脂の跳ねる音。世界の管理者である超高度AI『アルファ』によって制御された彼らは、単なるプログラムの羅列とは思えないほど精巧で、まるで本当にそこで生活しているかのような錯覚すら覚える。

初めてこのゲーム(EHO)にダイブした数年前の、あの純粋な感動が胸の奥で蘇ってくるのを感じた。



「……ふっ、悪くねえ」



ステータス画面を開く。


名前:アイズド。

レベル:一。職業は『初期アバター(無職)』


装備は粗末な布の服と、なまくらなショートソードのみ。

文字通り最弱のどん底だが、心は羽が生えたように軽かった。

大通りを抜け、街の景観を楽しみながらあてもなく散策する。

すれ違うプレイヤーたちが、俺の無頓着な長髪と鋭い三白眼、そして無駄に筋肉質なアバターを見て「うわ、絶対PKプレイヤーキラー志願だろあれ」とヒソヒソ囁きながら道を開けていくが、気にも留めない。

東の城門へと続く裏路地をショートカットとして抜けようとした時だった。

湿った石壁の奥から、複数のプレイヤーの押し殺したような声が聞こえてきた。




「だからさぁ、この『導きの護符』があれば、獲得経験値が三日間ずっと二倍になるんだって。初心者応援キャンペーンってことで、お姉さんにだけ特別に一万ゴルドで譲ってあげるよ」


「え、ええと……でも私、本当にゲームを始めたばかりで、初期支給金しか持っていなくて……」


「大丈夫だって! 足りない分は、とりあえずフレンド登録して後からリアルマネーで振り込んでくれればいいからさ。な? お得だろ?」



俺は石壁の影でピタリと足を止めた。

(……典型的な『初心者狩り(カモねぎ)』か)

EHOには公式に金銭換算リアルマネートレードシステムが存在するため、こういったアイテムの効果を偽って初心者を騙し、ゲーム内通貨や現実の金を巻き上げようとする底辺の詐欺集団が後を絶たない。

声のする方へ視線をやると、三人の柄の悪い男プレイヤーたちに壁際まで追い詰められている、一人の少女の姿があった。

――思わず、ゲーマーとしての冷徹な思考が数ミリ秒ほど停止した。

目を奪われるほどに美しい、陽光を反射して輝くようなプラチナブロンド(白銀)のストレートロングヘア。透き通るようなサファイアブルーの瞳は、困惑と怯えに揺れている。

スレンダーだが健康的なプロポーションは、誰もが着るような初期装備の簡素なチュニックすら、計算し尽くされた高級なドレスのように見せていた。

頭上に浮かぶアバター名は『ルナ』。

現実世界の容姿を色濃く反映するこのゲームにおいて、これほどまでに圧倒的で清楚な美貌を持つプレイヤーは、プロのストリーマーでもそうそうお目にかかれない。

彼女のその無駄に目立つ白銀の髪と、いかにも「何も知りません」というおどおどした態度が、下劣なハイエナどもを引き寄せてしまったのだろう。

プロ時代の『ジン』なら、迷わずスルーしていた。

他人のトラブルに首を突っ込むのはタイムアタックにおいて致命的なロス(無駄)であり、スポンサーからも「炎上リスクのある行動は控えるように」と厳命されていたからだ。

だが――今の俺は、誰の目も気にしない、ただの自由な狂人ゲーマー『アイズド』だ。


「……最高のカモの匂いがするぜ」


俺の口角が、三日月のように吊り上がる。

なまくらな初期ソードの柄に手をかけながら、俺は薄暗い路地裏の奥へと、静かに足を踏み出した。

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