道標の価値と、秘匿される冒険
『ユニークシナリオ【古代竜の残響・第一章〜砂漠の隠れ里〜】を受注しました』
虚空に浮かび上がった黄金色のシステムログ。
それが意味する絶対的な価値を理解している俺――アイズドの背筋に、痺れるような悪寒と高揚感が駆け抜けた。
「……ハッ。マジかよ」
「ゆにーく、しなりお……? アイズドさん、これってすごいクエストなんですか?」
ルナが、キョトンとした顔で首を傾げる。
だが俺は、彼女の質問に答えるより先に、獲物を狙う肉食獣のような鋭い三白眼で周囲をギロリと睨み回した。
ここ『砂風の野営地』は初心者向けのエリアとはいえ、武具の修理やアイテム補充のために立ち寄るプレイヤーは少なくない。
現に、少し離れた焚き火のそばには、数組のパーティがたむろして談笑している。
俺たちの目の前で、ヒューマンの老商人NPCが、突然『フェネックの獣人』という未発見種族に姿を変えたこと。
そして、それに伴って何らかの隠しクエストが発生したこと。
もし今の光景を、他のプレイヤーに少しでも見られていれば――。
「……おい、爺さん。いや、砂耳族の商人」
俺は声を極限まで潜め、目の前で震えている小柄な獣人に話しかけた。
「お前が俺たちに頼みたい『一族の秘境』とやらの話、こんな開けた場所でするつもりはないよな?」
「ハッ……! も、申し訳ございません。あまりの喜びに、つい我を忘れておりました。どうか、私の天幕の奥へ……!」
フェネキアの商人は、長い狐の耳を伏せながら周囲を警戒し、野営地の端にある薄汚れたテントへと俺たちを案内した。
テントの入り口の布をくぐった瞬間、システム特有の微かな膜を通り抜ける感覚があった。
どうやらこのテントの内部は、クエスト進行者だけが立ち入れる『インスタンスエリア(隔離空間)』として処理されているらしい。これで、外部のプレイヤーに会話を聞き耳される心配はなくなった。
「ふぅ……。とりあえずは一安心だな」
俺はテントの片隅にあった木箱に腰を下ろし、大きく息を吐き出した。
「あの、アイズドさん。どうして急にコソコソ隠れるんですか? せっかく珍しいクエストを見つけたんだから、もっと喜べばいいのに」
ルナが、不思議そうにサファイアブルーの瞳を瞬かせる。
俺は彼女を見据え、真剣なトーンで口を開いた。
「ルナ。お前、さっき俺が話した『ワールドクエスト』のことは覚えてるか?」
「えっと……三ヶ月に一度のアプデで追加される、みんながクリア方法を探して死にまくるやつ、ですよね?」
「そうだ。ワールドクエストは、EHOの世界そのものを巻き込む超大規模なレイドイベントだ。そして、それを最初にクリアしたパーティには、莫大なゲーム内資金と、現実世界で億単位の価値になる『次期パッチの先行情報』が与えられる」
俺は、ルナの目の前で人差し指を立てた。
「じゃあ、今俺たちが引き当てた『ユニーククエスト』とは何か。……それは、そのワールドクエストの核心に直接繋がる『道標』だ」
「みちしるべ……?」
「ああ。発生条件が完全にブラックボックス化されているワールドクエストを、手探りで何万回死にまくりながら解き明かすのが普通のプロのやり方だ。だが、この『ユニーククエスト』を拾いさえすれば、あとはシナリオに沿って進めていくだけで、ワールドクエストの発生条件や、古代文明の謎そのものに、最短距離で到達できると言われている」
俺の言葉に、ルナの顔からスッと笑みが消えた。
「それって、つまり……」
「そうだ。このクエストの存在自体が、超弩級の『爆弾』なんだよ。もし俺たちが、この『フェネキアのNPCに特定のアイテムを渡せばユニークシナリオが始まる』という情報を、攻略サイトの掲示板に書き込んだり、巨大ギルドに持ち込んだりしたらどうなると思う?」
俺は悪役のように目を細め、ニヤリと笑った。
「その情報だけで、一般人が十年間、毎日豪遊して暮らせるだけの現実通貨が振り込まれる。それくらい、狂った価値がある」
「じゅ、十年……っ!?」
ルナは信じられないというように口元を両手で覆い、ガタガタと震え出した。
「わ、私……そんなとんでもないものを、砂場から掘り出しちゃったんですか……!?」
「だから、周囲の目を警戒したんだ。金のなる木があれば、そこにハイエナどもが群がるのは現実でもネトゲでも同じだ。もし情報が漏れれば、トッププロの連中や巨大ギルドが、手段を選ばずにこのクエストの進行権を俺たちから奪いに来るだろうな。PKによる妨害工作なんて可愛いもんだ。リアルで特定されて、脅迫される可能性だってある」
プロゲーマーとして、情報戦の恐ろしさと大企業のドロドロした裏側を散々見てきた俺だからこそ、その危険性は痛いほど理解していた。
EHOの利権争いは、ただのゲームの枠を優に超えているのだ。
「そ、そんな……! じゃあ、このクエスト、破棄したほうがいいんじゃ……」
「バカ言え」
俺は、怯えるルナの額を軽く指で弾いた。
「痛っ!」
「誰が手放すか。こんな極上の『遊び』、他の連中に渡してたまるかよ」
俺は、ギシィッとガントレットの拳を握りしめた。
「プロの連中は、このクエストを『金』と『名誉』のために利用するだろう。だが俺たちは違う。俺たちはただ、純粋にこの世界の謎を知りたいから、誰よりも先へ進みたいからやるんだ。……そうだろ、ルナ?」
俺が不敵に笑いかけると、ルナは額を押さえながら、ポカンとした表情で俺を見つめ――やがて、そのサファイアブルーの瞳に、強い決意の光を宿した。
「……はい! そうです! 私がせっかく見つけた『冒険』を、顔も知らないおじさんたちに横取りされるなんて、絶対に嫌です!」
「その意気だ。無用な争いを避けるためにも、このユニークシナリオは、俺とお前の二人だけで、完全に秘密裏に進める。いいな?」
「はいっ!」
ルナの元気な返事を聞いて、俺は満足げに頷いた。
そして、ずっと俺たちの会話を黙って待っていた、フェネキアの老商人に向き直る。
「待たせたな、爺さん。あんたの正体も、この『古代の記録晶』の価値も、だいたい理解したつもりだ」
俺はインベントリから、青く光るクリスタルを取り出して見せた。
「これをあんたに渡せば、あんたの故郷である『砂漠の隠れ里』への道が開けるんだな?」
「おお……! はい、間違いございません!」
フェネキアの商人は、感極まったように長い耳を震わせた。
「かつて、我々フェネキアの一族は、古代の『竜』と『機巧』の禁忌から逃れるため、砂漠の最深部にある結界の中に里を隠しました。しかし、数日前の不自然な大砂嵐によって結界の要が乱れ、私は里への道標であるこの記録晶を持ったまま、外の世界へと弾き出されてしまったのです」
老商人は、祈るように両手を組んだ。
「どうか、腕に覚えのあるお二人にお願いしたい。この記録晶を用いて里の結界を正常化し、我が一族を、迫り来る『古代の悪意』から救ってはいただけないでしょうか!」
『ユニークシナリオ【古代竜の残響・第一章】を開始しますか? YES / NO』
視界の中央に、最終確認のホログラムウィンドウが浮かび上がる。
「古代の悪意、ね。……上等だ。どんな理不尽なギミックが出てこようが、全部俺がへし折ってやる」
俺は一切の躊躇なく『YES』のボタンを押し込んだ。
ここから先は、攻略サイトにもマニュアルにも存在しない、完全な未知の領域。
プロのしがらみから解放された狂人的ゲーマーと、類まれなセンスを持つ白銀の初心者の、世界の根幹を揺るがす秘密の冒険が、今まさに幕を開けたのだ。




