最適化された狂気
探求期初日の世界は、思った通りに荒れていた。
システム掲示板は、開くだけで目が疲れる速度で更新されている。主要レイドボスの全滅報告、新ギミックの断片、耐性装備の急騰、真偽不明の攻略メモ、情報屋の買い取り告知、配信者の悲鳴混じりの宣伝。
そのすべてが、同じ方向へ走っていた。
最短で正解へ辿り着くこと。
誰よりも早く新しい攻略法を見つけ、誰よりも高く売り、誰よりも目立つこと。
効率の戦争。
そう呼ぶのが、一番しっくりくる。
俺は視界の端に掲示板を開いたまま、内容をざっと流し見した。見ないと言っておきながら見ているあたり、自分でも職業病だと思う。だが、流れを把握しておくことと、その流れに飲まれることは違う。
現時点で価値のある情報は、三つ。
一つ。主要ボスの一部に、従来の弱点属性反転が起きている。
二つ。上位ギルドの初動部隊が、少なくとも二箇所で想定外の撤退をしている。
三つ。古代文明系フィールドで、探求期更新後に環境反応が増えているという未確認報告がいくつかある。
最後の情報だけ、俺は少し長く目を止めた。
古代文明系フィールド。
環境反応。
未確認報告。
おそらく、俺たちが見ている流砂や古代羅針盤も、その一種なのだろう。探求期の更新は、ボスの行動だけを変えたわけではない。世界の古い層に沈んでいたものを、いくつか表へ押し上げている。
だが、掲示板の連中はまだ気づいていない。
彼らは、金になる大きな反応を探している。ボス、ドロップ、レア素材、上級職、隠しダンジョン。値段をつけやすいものだけが、声を大きくする。
流砂の道に落ちている、歯車の欠片。
青燐茸の光の強弱。
白狐が尾を揺らす角度。
そういうものに、まだ値段はついていない。
だからこそ、今はまだ静かだった。
「アイズド、見すぎじゃないですか?」
隣からルナが覗き込んでくる。
「見なくていいって言ってたのに」
「見なくていい情報と、見ておいたほうがいい流れがある」
「難しいです」
「簡単に言えば、みんながどこを見ているかだけ確認している」
「みんなが見ていないところへ行くために?」
「そういうことだ」
ルナは、なるほど、という顔をした。
本当に分かったかは怪しい。
だが、少なくとも今の彼女は、知らないことをそのまま騒がなくなった。第六話の録画事件から考えれば、だいぶ進歩している。
俺は掲示板を閉じた。
目の前には、砂に半ば沈んだ巨大な門がある。
白狐の紋章。
二つのくぼみ。
一つは《白狐の欠けた道標》と噛み合う形。
もう一つは空白。
おそらく、第二の道標片が必要だ。
最前線がレイドボス相手に悲鳴を上げている同じ時間、俺たちは地図にも載らない流砂の奥で、開かない門を前に立っている。
効率で言えば、最低。
だが、胸の奥は妙に静かだった。
ーーーーーー
同じ頃、白騎士団の作戦室では、初動攻略の配信準備が進んでいた。
ミレイは回復役の位置に座り、震えそうになる指をそっと握り込む。
目の前には、新フェーズ最初の攻略対象に選ばれた中級レイドボスの資料が表示されていた。前サイクルまでなら、白騎士団にとって決して難しい相手ではなかった。レオンの火力なら押し切れる。若手たちの練度を見せるにはちょうどいい。神崎マネージャーが配信初回に選んだ理由も分かる。
分かる。
分かってしまう。
だからこそ、不安だった。
「ミレイ、軽減は前のパターンでいいよな?」
レオンが言った。
声には自信がある。いつものように明るく、少し強引で、周囲を前へ引っ張る力がある声だ。
「前のパターンは、もう通用しないかもしれない」
ミレイは慎重に答えた。
「探求期に入ったから、行動順が変わっている可能性が高いわ。最初の二分は、様子を見たほうが」
「でも、それだと配信が地味になる」
神崎マネージャーが口を挟んだ。
責める口調ではない。むしろ、確認に近い。配信の絵作りを考える彼にとっては、当然の視点だった。
「探求期初日の初動で、白騎士団が様子見に徹しているように見えるのは避けたい。レオンの開幕火力で主導権を取る形にしたいんです」
「ですが、初見の行動が」
「そこは、ログを見ながら対応しよう」
レオンが笑った。
「大丈夫だって。俺たちは白騎士団だ。ジンさんがいなくても、今までの積み重ねは残ってる」
若手たちが頷く。
その言葉に、間違いはない。
積み重ねは残っている。
ジンが残したマニュアルもある。過去ログもある。メンバーの経験もある。白騎士団は、ジン一人で成り立っていたわけではない。
それでもミレイは、胸の奥に小さな穴が開いたような感覚を拭えなかった。
ログを見ながら対応する。
その対応を、これまで誰が最初にやっていたのか。
誰が、言語化される前の危険を拾っていたのか。
誰が、レオンの開幕火力が通るように、見えない場所で盤面を整えていたのか。
その問いを、今ここで口に出すことはできなかった。
配信開始まで、あと三分。
作戦室の壁に、白騎士団の紋章が白く輝いている。
ミレイは、ジンが遺したマニュアルをもう一度開いた。
そこには、最後のページに短い一文が書かれていた。
――探求期初日は、正解を出そうとするな。まず、間違いの形を集めろ。
その一文を見て、ミレイは唇を噛んだ。
レオンはもう、出撃準備を終えていた。
ーーーーーー
「まず、条件を分ける」
俺は巨大門の前の砂地に、拾った細い石片で線を引いた。
ルナは隣にしゃがみ込み、真剣な顔でそれを見ている。
「条件?」
「ああ。この門を開ける条件だ。今分かっているのは三つ。一つ、《白狐の欠けた道標》が一つでは足りないこと。二つ、白狐の案内が道の起動に関係していること。三つ、青燐茸と古代根系残響が地下の方角を示していること」
「はい」
「つまり、次に探すべきものは、第二の道標片だ。ただし、それがどこにあるかは分からない」
「白狐さんについていけば、分かるんじゃないですか?」
ルナが少し離れた場所に座る白狐を見る。
白狐は、金色の瞳でこちらを見ていた。急かすでもなく、答えを教えるでもなく、ただ黙っている。
「案内はしてくれる。だが、全部は教えてくれない。少なくとも今のところはな」
「試されてる感じですか?」
「たぶん」
「白狐さん、可愛いのに厳しいですね」
「可愛さと厳しさは両立する」
「名言みたいに言いましたね」
「忘れろ」
俺は砂地に簡単な地図を描く。
現在地。
古代羅針盤。
白狐が案内した流砂の道。
青燐茸の群生。
埋もれた遺物の位置。
巨大門。
地図システムに残せない以上、記録は自分で取るしかない。スクリーンショットも座標保存も使わない。情報が漏れるリスクを減らすためだ。
だから、頭で覚える。
砂に描く。
確認したら消す。
「これ、めちゃくちゃ面倒じゃないですか?」
ルナが言った。
「面倒だな」
「普通に地図に保存したら駄目なんですか?」
「駄目だ。保存ログは、設定次第では同期対象になる。外部ツールと連携しているプレイヤーも多い。お前がまた変な設定を触ったら漏れる」
「私への信用が低すぎます」
「昨日までの実績が低すぎる」
「ぐうの音も出ません」
「出ないなら学習しろ」
ルナはむっとしたが、反論はしなかった。
俺は流砂の方向を確認する。
砂の流れには規則がある。完全なランダムではない。白狐が通った道は一時的に固まり、一定時間が過ぎるとまた流砂へ戻る。青燐茸の光が強い場所は、地下の古代根系に近い。歯車型の遺物がある場所は、おそらく古代方位端末の補助点。
なら、第二の道標片は、単純に門の反対側にあるわけではない。
地下の根系残響が強い地点。
白狐が直接案内しない地点。
そして、流砂の流れが不自然に避けている場所。
俺は砂地の地図に、いくつか丸をつけた。
「候補は三つ」
「多いですね」
「少ないほうだ」
「これを全部見に行くんですか?」
「行く。ただし、順番を決める」
「近いところから?」
「違う。危険が少なく、戻り道を失わない順だ」
ルナが目を瞬かせる。
「近いところからじゃないんですね」
「近さは重要だが、最優先じゃない。流砂の道は時間で変わる。最初に奥へ入りすぎると、帰り道が沈む可能性がある。だからまず戻り道に近い候補を確認する。その次に、白狐が待機している位置から見て反応が強い候補。最後に、最も奥で、危険が読みにくい候補だ」
「なるほど」
「本当に分かったか?」
「ちょっとだけ。迷子にならない順ですね」
「雑だが、だいたい合ってる」
俺は立ち上がった。
やっていることは、攻略とは呼びづらい。
経験値も入らない。
金も増えない。
何が手に入るかも分からない。
だが、俺の頭は白騎士団時代と同じくらいの密度で動いていた。
無駄な探索を、徹底的に最適化している。
笑える話だ。
効率から逃げたはずの男が、効率の外側にあるものを探すために、結局また盤面を組んでいる。
ただ、違うことが一つだけある。
今の盤面は、誰かを勝たせるためのものではない。
俺が、俺の見たいものを見るためのものだ。
ーーーーーー
第一候補は、古代羅針盤からそう遠くない砂溜まりだった。
流砂の道から少し外れた場所に、半分だけ埋もれた石柱がある。柱の上部には白狐の尾に似た紋様。周囲には青燐茸が少しだけ生えているが、光は弱い。
俺はルナを道の上に残し、一人で柱へ近づいた。
「私は行かないんですか?」
「足場が分からない。まず俺が確認する」
「私、避けるのは得意ですよ」
「流砂は避ける相手じゃない。踏んだら落ちる」
「はい。待ちます」
素直でよろしい。
俺は《射装》へ変形し、腕の照準光で砂の表面をなぞる。撃つためではない。照準の揺れで、足場の高低差と流れを確認する。普通のプレイヤーならやらない使い方だが、使えるものは使う。
一歩。
二歩。
砂は沈まない。
石柱の根元まで行き、周囲を観察する。
古代文字。
だが、欠けている。
翻訳システムは反応しない。白狐も動かない。機装の反応も弱い。
外れ。
「ここじゃない」
俺はすぐに戻った。
「早いですね」
「違う場所に時間を使う理由はない」
「でも、ちょっと残念です」
「残念がるのは三つ全部外れてからにしろ」
「全部外れることもあるんですか?」
「ある」
「厳しい」
「探索だからな」
第二候補は、青燐茸の群生が強く光る小さな窪地だった。
ここは、少し奇妙だった。
流砂が窪地の周囲を回り込むように流れている。まるで、そこだけ避けているように。中央には、割れた歯車のような遺物が沈んでいた。
白狐が、少しだけ近づいた。
さっきの石柱のときは動かなかった。つまり、ここには何かある。
「ルナ、三歩後ろ。俺が合図するまで動くな」
「はい」
「光ってるからって触るな」
「触りません」
「本当に?」
「本当にです」
俺は頷き、窪地へ降りた。
足元の砂は浅い。だが、中央の歯車に近づくほど抵抗が強くなる。まるで、下から引かれているような感覚があった。
《盾装》へ変形。
盾を地面へ突き立てる。
沈み込む速度を測る。
遅い。
だが、確実に沈んでいる。
長居はできない。
俺は歯車の周囲を素早く確認した。
中央に、小さなくぼみがある。
道標片を差し込む形ではない。むしろ、何か丸いものを置く形だ。
青燐茸。
俺はインベントリから一つ取り出し、くぼみに置いた。
反応。
青い光が歯車の溝を走る。
砂が一瞬だけ止まる。
視界にログが出た。
《根系残響点を確認》
《方位情報を補正しました》
《第二道標片の位置を推定中》
当たりだ。
だが、道標片そのものではない。
ここは、補助点。
羅針盤の機能を補正するための地点だ。
「ルナ、下がる準備」
「はい!」
歯車が回り始めた。
周囲の砂が、急に沈む。
俺は《盾装》を解除し、《射装》へ変形する。照準を窪地の外側の岩へ向け、短い射撃を撃つ。弾丸そのものではなく、反動を利用して身体を後ろへ飛ばす。
無茶な使い方だ。
だが、間に合う。
窪地が崩れ、青い砂が渦を巻く。
俺はぎりぎりで外へ転がり出た。
「アイズド!」
「問題ない」
「今の、問題ない動きじゃなかったです」
「結果的に問題ない」
「結果論です」
「探求期はだいたい結果論だ」
ルナが納得していない顔をする。
だが、窪地の中心には変化が起きていた。
青い光が一本の線になり、第三候補の方向へ伸びている。
第二道標片の位置。
推定。
まだ完全ではないが、十分だ。
白狐が、静かに立ち上がった。
金色の瞳が、俺を見る。
行け。
そう言っているようだった。
ーーーーーー
第三候補は、最も奥にあった。
流砂の道から外れ、崩れた石柱群を抜けた先。地形は複雑で、砂の流れも早い。地図にも表示されない。白狐の案内がなければ、そもそも辿り着くことさえ難しかっただろう。
ルナは周囲を見回しながら、小さく呟いた。
「ここ、なんだか静かですね」
「ああ」
音が少ない。
砂の流れる音も、風の音も、さっきより遠い。まるで空間そのものが一段沈んでいるようだった。
奥に、半壊した祭壇があった。
高さは腰ほど。
中央には、白狐の尾を模した紋章。
その周囲に、古代文字。
翻訳システムが、ゆっくりと反応する。
――声高き者、道を失う。
――沈黙せし者、尾を得る。
――己が足跡を売る者に、根は眠らず。
ルナが、息を潜める。
「また沈黙の話ですね」
「ああ」
「本当に、試されてるんですね」
「だろうな」
このルートは、徹底して情報公開を嫌っている。
座標を売る者。
足跡を公開する者。
声高く成果を誇る者。
そういうプレイヤーを弾くように作られている。
外界の効率社会と、根本から相性が悪い。
だから残った。
だから、俺たちがここにいる。
祭壇の上には、何もない。
だが、白狐が祭壇へ飛び乗ると、紋章が淡く光った。
次の瞬間、視界にシステムログが流れた。
《秘匿状態を確認》
《公開記録なし》
《外部共有なし》
《座標登録なし》
《沈黙条件、一部成立》
俺は思わず笑いそうになった。
「本当に見てるのか」
「何がですか?」
「録画、共有、座標登録。俺たちが情報を外に出していないか、このルートは判定している」
「そんなことできるんですか?」
「システムならできる。少なくとも、ゲーム内の操作履歴は見られる。外部の口約束までは知らんが、録画や共有設定なら判定できるだろう」
「怖いですね」
「怖いが、筋は通ってる」
声高き者、道を失う。
沈黙せし者、尾を得る。
情報を金にする世界で、情報を売らない者だけが進める道。
性格が悪い。
そして、面白い。
「アイズド、また楽しそうです」
「気のせいだ」
「気のせいじゃないです」
「黙れ。沈黙条件がある」
「それ、便利に使ってません?」
「使えるものは使う」
ルナは口を押さえて笑った。
白狐が、祭壇の上で尾を揺らす。
その尾の先から、白い光がこぼれた。
祭壇の中央が開く。
中から現れたのは、小さな石片だった。
形は、第一の道標片とよく似ている。だが、こちらは少し曲線が強く、狐の尾の先端を思わせる形をしていた。
俺は慎重に手を伸ばす。
視界に通知。
《白狐の欠けた道標・尾片》を入手しました。
説明文が開く。
白き尾が残した、未完成の方位片。沈黙を守る者にのみ姿を現す。古代の根の残響に反応し、眠る門への道を補う。別の道標片と組み合わせることで、羅針機能が一部復元する。
「手に入った」
俺が言うと、ルナが小さく拳を握った。
「やりましたね」
「ああ」
「これで門が開くんですか?」
「たぶん、一段階は進む。完全に開くかは分からない」
「また、たぶん」
「初見だからな」
だが、今回はかなり近い。
二つの道標片。
沈黙条件。
古代羅針盤。
砂に沈んだ門。
これで進まなければ、次は別の条件があるということだ。
白狐は祭壇から降りると、俺たちの前に立った。
そして、来た道ではなく、砂に沈んだ門の方角へ歩き出す。
戻れ、ということだろう。
俺は道標片をインベントリへしまい、ルナを見た。
「戻るぞ」
「はい」
「走るな」
「分かってます」
「光ってる遺物に触るな」
「分かってます」
「流砂に石を投げるな」
「それはもうしません」
「したのか」
「さっき、ちょっとだけ」
「お前な」
ルナは気まずそうに目を逸らした。
白狐が振り返り、ルナをじっと見た。
「小狐さんにも怒られました」
「当然だ」
俺はため息をつきながらも、少しだけ笑っていた。
無駄な探索を、ここまで徹底的に詰める。
情報を売らないために、記録すら残さず、地形と光の強弱を頭で覚え、沈黙条件を守りながら道標片を探す。
効率から逃げたはずなのに、やっていることはどうしようもなく最適化されている。
ただし、目的が違う。
金のためではない。
チームのためでもない。
レオンの見せ場のためでも、神崎の配信計画のためでも、スポンサーへの説明のためでもない。
俺が見たいものを見るために、無駄を最適化している。
それはたぶん、外から見れば狂気だ。
だが、俺にとっては久しぶりにまともな遊びだった。
ーーーーーー
砂に沈んだ巨大門へ戻ると、二つのくぼみが静かに光り始めた。
俺はまず、最初に手に入れた《白狐の欠けた道標》を左のくぼみへ嵌める。
かちり、と乾いた音。
次に、《白狐の欠けた道標・尾片》を右のくぼみへ嵌める。
今度は、低い駆動音が門全体へ走った。
白狐の紋章が白く輝く。
二つの道標片の間に光の線が結ばれ、欠けていた羅針の形が一瞬だけ浮かび上がった。
視界にログ。
《道標片の接続を確認》
《簡易羅針機能を復元》
《地下環境制御層への門を仮開放します》
《注意:正式な受注条件が存在しません》
《注意:当該経路は通常クエストとして記録されません》
《注意:進行ログは限定的に処理されます》
俺は最後の三行に目を細めた。
正式な受注条件が存在しない。
通常クエストとして記録されない。
進行ログは限定的。
なるほど。
ここから先は、システムがプレイヤー向けに整備したクエストではない。
クエストマーカーも、報酬一覧も、推奨レベルもない。
受注すらできない。
ただ、道が開くだけ。
「アイズド?」
ルナが不安そうに聞く。
「何か、変なログが出ました?」
「ああ。次の問題が分かった」
「問題?」
「これは、クエストじゃない」
門が、砂を落としながらゆっくりと開き始める。
その向こうには、地下へ続く暗い階段があった。
冷たい風が、下から吹き上がってくる。
青燐茸の光に似た粒子が、暗闇の奥で揺れていた。
白狐は、階段の入口で振り返る。
金色の瞳が、俺たちを見る。
来るか。
そう問われている気がした。
ルナが、片手剣を握り直す。
「行くんですよね」
「行く」
「クエストじゃないのに?」
「ああ」
俺は左腕の袖を少し上げた。
《古代変形機装》の竜眼が、暗闇の奥へ向けて青白く光っている。
「クエストじゃないから、まだ誰も来ていない」
俺は階段の先を見た。
「そういう場所ほど、面白い」
ルナは少しだけ笑った。
「アイズド、本当に楽しそうです」
「うるさい」
門の奥へ、一歩踏み出す。
探求期初日。
世界中が正解を奪い合う朝に、俺たちは受注すらできない道へ降りていく。
効率から見れば狂っている。
だが、今の俺にはそれが一番まともに思えた。




