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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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効率の呪縛と、無駄を楽しむ冒険


荒涼とした赤茶けた岩山を抜け、俺たち――アイズドとルナの奇妙なパーティは、西のフィールドに点在するNPCの拠点『砂風の野営地』へと到着した。

ここは、エリュシオンから旅立った初心者プレイヤーたちが最初に立ち寄る小規模な安全地帯セーフエリアだ。

粗末なテントがいくつか張られ、武具の修理を行う鍛冶師NPCや、ポーションを売る商人NPCが焚き火を囲んでいる。

そして、野営地の中央には、木製の巨大な『クエストボード』が設置されていた。



「さて、と。本格的にレベルを上げる前に、まずはクエストを受注するぞ」



俺はクエストボードの前に立ち、空中に無数の羊皮紙――クエストのホログラムウィンドウを展開させた。

EHOにおけるクエストは、単なるお使いではない。

達成することでまとまった《経験値(EXP)》と《仮想通貨ゴルド》が手に入るだけでなく、特定のスキルをアンロックするための重要なフラグになっていることもある。



「ええと、色々ありますね! 『はぐれボアの討伐』に、『岩塩の採掘』……どれにしましょうか、アイズドさん!」



ルナが目を輝かせながらウィンドウを覗き込んでくる。

俺は前髪の隙間から三白眼を細め、ずらりと並んだクエスト群を一瞥しただけで、頭の中にある演算領域スーパーコンピューターを起動させた。



「……まずは『荒野の狼狩り』、『サボテンの粘液採取』、それから『ゴブリンの討伐』の三つを同時受注しろ」



俺は淡々と、しかし絶対の自信を持って指示を出した。



「え? 一気に三つもですか?」

「そうだ。狼のポップ地点は野営地の南、サボテンの群生地はそのすぐ東、そしてゴブリンの巣穴は北東にある。つまり、野営地を出て時計回りに半円を描くように狩りを進めれば、移動のロス《ダウンタイム》を極限までゼロにできる」



俺はさらに、空中にマップのホログラムを展開し、赤ペンで効率的なルートを引きながら解説を続ける。



「お前は《素浪人ファイター》だから、まずは狼の連続攻撃をフレーム回避する練習をさせる。サボテンの粘液は俺の《古代変形機装》の弾薬素材にもなるから、俺が集める。ゴブリンは群れで襲ってくるから、俺がタンク職になってヘイトを集め、お前が背後から斬る連携の練習だ。これを繰り返せば、時給換算タイム・パフォーマンスで約六百の経験値と三百ゴルドが安定して稼げる。完璧なルーティンだ」



俺は胸を張った。

何百時間もかけて頭の中に叩き込んできた「初心者から最速でレベルキャップに到達するための育成チャート」。その完璧な理論に、俺自身が酔いしれていた。



「さあ、ルナ。さっさと受注ボタンを押――」

「…………」



返事がない。

俺がマップから視線を外すと、そこには、信じられないものを見るような――いや、明確に『ドン引き』している顔の美少女が立っていた。



「……なんだよ。俺の完璧なルート構築に、感動して言葉も出ないか?」

「あの、アイズドさん」



ルナは、スッと半歩だけ俺から距離を取り、蔑むようなジト目を向けてきた。



「……ゲームを、エクセルの表計算か何かだと思ってるんですか?」

「は?」

「時給換算ってなんですか。ダウンタイムってなんですか。それ、完全に『お仕事』じゃないですか。……引きますわぁ」



ルナはこれ見よがしに両腕をさすり、ブルッと身震いしてみせた。



「なっ……! 引くってなんだ! MMOにおいて、レベリングの効率化は絶対の正義だろうが! 無駄な移動時間や非効率な狩りなんて、ただの命の無駄遣い――」



俺が声を荒げようとした、その時だった。



「私は、こっちの方がいいです!」



ルナは俺の言葉を遮るように、クエストボードの隅に貼られていた、古びた一枚のクエストを指差した。



『消えたキャラバンの足跡』

【依頼内容:数日前、西の砂漠で砂嵐に巻き込まれたキャラバンの荷物を探してほしい。娘に宛てた「星屑のオルゴール」だけでも見つけ出してくれたら……】

【報酬:経験値十、五十ゴルド】




俺は、その報酬欄を見て絶句した。



「……おいおい、正気か? 経験値十だぞ? ゴブリンを一匹倒すだけで手に入る量だ。しかも探索エリアは、さっきのルートから完全に外れた北の流砂地帯だ。移動だけで片道二十分はかかる。効率コスパで言えば、最悪どころかマイナスだぞ」



どんなベテランプレイヤーから見ても、こんなものはフレーバーテキスト(雰囲気作り)だけが無駄に凝った、典型的な『罠クエスト』である。

だが、ルナは一歩も引かなかった。

彼女はサファイアブルーの瞳を真っ直ぐに俺に向け、力強く言い放った。



「効率なんてどうでもいいです! だって……こっちの方が、絶対に『楽しい』じゃないですか!」

「楽しい……?」

「はい! ただ敵を順番に倒して作業みたいにお金を稼ぐより、迷子になった荷物を探して、依頼人のNPCさんを笑顔にする方が、ずっとずっと『冒険』してるって感じがします!」



ルナは、胸の前で両手をギュッと握りしめた。



「私は、効率の良い作業がしたいんじゃありません。アイズドさんと一緒に、この綺麗な世界を『冒険』したいんです」

「…………ッ」



その言葉は。

物理的なダメージなど一切ないその言葉は、俺の胸の奥底――『ゲーマーとしての魂』に、これ以上ないほど鋭く突き刺さった。



(……俺は、何をやってるんだ)



俺は、ハッと息を呑み、己の手を見つめた。

最適化されたマニュアルに縛られる日々に嫌気がさしていたはずだ。



「誰の目も気にせず、ただ自分のためだけにこの世界を遊び尽くす」と、数時間前に意気込んでダイブしたはずだったではないか。

それなのに、いざゲームにログインし、レベリングという命題を前にした途端。

俺は無意識のうちに、数字と効率だけを追い求めるつまらない『効率厨』の思考へと逆戻りしていたのだ。

時給換算。最適化。無駄の排除。

それは、ゲームを「楽しむ」ための言葉ではない。ゲームを「消化する」ための言葉だ。

(……アホくさ。俺はまた、自分で自分に鎖をかけようとしてたのか)

俺は、顔を覆うように片手を当て、低く喉を鳴らして笑い出した。



「くっ……ふははっ、あははははっ!」

「あ、アイズドさん……? ど、どうしたんですか、急に笑い出して……」



不審がるルナを前に、俺は笑い転げた後、大きく息を吐き出して顔を上げた。

そこにはもう、効率に縛られた窮屈な顔はなかった。あるのはただ、純粋にこの世界を楽しむことを決めた、一人の男の憑き物が落ちたような顔だ。



「……悪かったな、ルナ。お前の言う通りだ。さっきのは完全に『仕事』の顔だった」



俺は、空中に展開していた効率的なルートマップのウィンドウを、指先で弾いて消去した。



「右も左もわからない初心者の分際で、ゲームの『楽しみ方』を説教するとはな。お前、本当にいい度胸してるぜ」

「えっ……じゃ、じゃあ!」

「ああ。そんなクソ不味い報酬のクエスト、普通の連中なら見向きもしないだろう。だが……『だからこそ』やる価値がある」



俺はクエストボードから『消えたキャラバンの足跡』のホログラムを引き剥がし、受注ボタン(ACCEPT)を力強く押下した。



「誰も見向きもしない無駄なクエストの果てに、とんでもない隠しボスや未知の財宝が眠っているかもしれない。無駄を楽しむことこそが、最高に贅沢なゲームの遊び方だからな」

「アイズドさん……!」



ルナの顔がパァッと明るくなり、サファイアブルーの瞳が嬉しそうに輝いた。



「よーし、そうと決まったら出発だ! 目指すは北の流砂地帯だぞ、お姫様。道中のモンスターは全部お前に斬らせてやるから、覚悟しておけよ!」

「はいっ! 剣の振り方は、ちゃんと見て覚えましたから!」



俺は漆黒の《古代変形機装》をカチャリと鳴らし、ルナは不格好ながらもショートソードを構える。

俺が元プロゲーマーであることなど、今は語る必要はない。

効率も、最適解も、タイムアタックも、もう俺たちには関係ない。

俺たちはただ、この『終わらない神ゲー』の果てしない荒野を、心から笑い合いながら歩き始めたのだった。

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