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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
四章 暗躍の夜
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【11】急げど焦らず


 廊下には先ほどの女性以外にも、何人か倒れている者がいた。皆呪い憑き(カースド)化しており、大体全身の四分の一から三分の一程度が、呪痕で赤黒くなっている。

 いずれも怪我自体は軽いものだ。そもそも、呪魔(テルメア)は人を殺さない。生きた人間に呪いを植え付けないと、仲間を増やせないからだ。

 呪魔(テルメア)の被害で人が死ぬ時とは、呪魔(テルメア)を増やさないよう、人が呪い憑き(カースド)を殺す時──つまりは人が人を殺すのだ。これ以上の犠牲を出さないために、と己に言い聞かせて。

 聖騎士団は討伐した呪魔(テルメア)の数より、手にかけた呪い憑き(カースド)の方が多いという。嫌な話だ。


(早く呪魔(テルメア)を倒さないと、この人達も……っ)


「テオ坊、『急げども焦るな』だ。焦ると人は、雑になることを己に許してしまう」


 はやるテオに、ハルクが釘を刺す。

 雑になるではなく、それを己に許してしまう、という言葉がテオの身にしみた。

 己を律する高潔な騎士を目指すなら、雑になることを許す甘えがあってはいけない。


「気をつけます……ハルクさんは、聖職者みたいですね」


「悪いな、説教くさかったか」


「いえ! 背筋が伸びます!」


 本当だ。ハルクは軽口まじりの喋り方をするが、その言葉は物事の本質をついていて、どこか誠実だとテオは思う。

 その時、廊下の角の向こう側で物音がした。何かが建物にぶつかる、荒事の音だ。

 ハルクが廊下の角から少しだけ顔をのぞかせ、前方を確認する。


「いたぜ」


 おそらく茶室に繋がるであろう扉の前に、赤黒い塊がブヨブヨと揺れていた。大きさは決して大きくない。元はカルラの胴体なのだ。小柄な少女がうずくまったぐらいの質量しかない。動物で言うと、中型から大型の犬程度だ。

 それでも、その呪魔(テルメア)の周囲には、呪い憑き(カースド)化した聖騎士達が転がっている。

 呪魔(テルメア)の体から赤黒い触手が伸びた。尾刺棘(ブラッド・テール)だ。一般的な尾刺棘(ブラッド・テール)は先端が針のように尖っているが、その呪魔(テルメア)尾刺棘(ブラッド・テール)は三日月のような鎌の形をしていた。

 それが三本──つまり、厄介な複尾持ち(ペイン・テール)だ。


(あの鎌……カルラの呪装顕現と同じだ)


 呪魔(テルメア)の鎌は大鎌というほどの大きさではない。せいぜい草刈り鎌より少し大きいぐらいだ──が、呪魔(テルメア)が触手を振り回すと、先端の鎌は扉をやすやすと切り裂いた。

 壊れた扉の向こう側には、テーブルや椅子が積み上がっている。おそらく、バリケードにしていたのだ。バリケードの隙間に人影が見える。おそらく、ジェームズ王子だ。

 呪魔(テルメア)が再び、三本の鎌を振り上げる。扉を容易く破壊した威力なのだ。バリケードを壊すぐらいわけないだろう。


「扉から離れろ!」


 室内の人間に叫んで、ハルクが先陣を切った。

 ハルクは呪魔(テルメア)尾刺棘(ブラッド・テール)の攻撃をかわし、その勢いのまま呪魔(テルメア)の胴体に剣を振り下ろす。

 赫鋼(かくこう)製の剣は呪魔(テルメア)の体を深々と切り裂いた──が、その刃が途中で止まる。

 呪魔(テルメア)が、再生した体の圧で剣を包み込んでいるのだ。

 端的に言うと、切り裂かれた部位が即座にくっついて、剣を締めつけている。そのせいで、ハルクは剣を振り切ることも、引き抜くこともできなくなってしまった。

 呪魔(テルメア)は元々、再生能力の高い生き物だが、その速さが段違いである。


「カルラの不老不死の特性か……とは言え、死なねぇわけじゃねぇ」


 ハルクは冷静に剣を手放し、呪魔(テルメア)の鎌を回避した。そうして、聖騎士が床に落とした剣を拾って構え直す。その間に、テオはバリケードの向こう側に声をかけた。


「ジェームズ殿下ですね? 危ないので、扉から離れていてください!」


「わ、分かった……」


 バリケードの向こう側には使用人らしき高齢の男女が二人、そして、明らかに質の良い寝間着姿の男がいた。年齢は三十代半ば程度で、リチャード王太子より幾らか若く見える。彼が第二王子ジェームズなのだろう。病状と聞いていたが、思ったより健康そうだ。


(回避ばかりしていると、背後のバリケードを壊されてしまう。なるべく盾で受け流すんだ)


 この呪魔(テルメア)はカルラの胴体に、呪魔(テルメア)の呪いを植え付けたものだ。

 故に、カルラの再生能力を有している。しかも、複尾持ち(ペイン・テール)で鎌まで再現しているときた。


(ということは、おそらく飛行能力も……)


 テオの予想通り、呪魔(テルメア)から赤黒い羽が広がる。コウモリに似た羽も、カルラが呪装顕現で扱うものだ。

 ここが室内で良かった、とテオは密かに考える。屋外で飛行能力持ちと戦うのは、かなりきつい。

 赤黒い羽で飛び上がった呪魔(テルメア)は、三本の尾刺棘(ブラッド・テール)を振るった。それをテオが盾で防ぎ、ハルクが攻める。


「こいつぁ、チェリービューティーを連れてくるべきだったかもな」


 ハルクの言う通り、ロゼなら途中で武器に圧がかかっても、力任せに刃を振り抜くことができただろう。

 おそらくテオの知る灰色騎士団の中で、最も一撃の威力が重いのがロゼだ。次点がハルクだが、二人の間には大きな壁がある。テオは更にその下だ。

 こういうタイプの敵には、どう対応すれば良いのか。テオが考えていると、ハルクが冷静に言う。


「こういう敵は地道に端から削るしかねぇ。長期戦になるから、呪装顕現を飛ばしすぎるな。適度に温存しろ、テオ坊」


「鉱夫見習いだったので、体力には自信があります」


「良い返事だ。頼むぜ、タフガイ」


 呪魔(テルメア)が触手を伸ばし、その先端にある鎌を振り回した。鎌の攻撃というとカルラに似ているが、実際は触手の先端にある鎌を振り回す形になるので、攻撃パターンがだいぶ変則的だ。

 テオは触手の動きを見極めながら、慎重に盾で攻撃を受け流す。


(急げども、焦るな。焦って雑になることを、己に許すな)


 前回のレジルナの村の任務で使った〈忘我〉の力。そして大剣の顕現。あれはどちらも強力だが、こちらにも隙ができる。

 

(大剣は駄目だ、室内向きの武器じゃない。でも、〈忘我〉は……決まれば敵の動きを止められる)


 ただし、〈忘我〉は敵の懐に飛び込まないといけないし、テオ自身も数秒、隙だらけになる。

 テオは盾で攻撃を受け流しながら、隙を待つ。ハルクと連携の練習をしたことはないが、昔からアレンと連携をとる練習をしてきたことが活きた。なによりハルクが連携を意識した戦い方をしてくれるので、やりやすい。

 ハルクが隙を見て、攻撃に転じた。彼の剣が触手の一本を切り落とす。胴体程度の質量だと、超再生の圧で剣が止まってしまうが、細い触手ならいけるのだ──そう思った瞬間、触手から高速で鎌が飛び出した。

 尾刺棘(ブラッド・テール)の再生は本来、早くても数秒はかかるはずなのだ。それが一秒足らず。異常な速さだ。


(駄目だ、ハルクさんのフォローが間に合わない……!)


 触手の先端の鎌がハルクの首を狙ったその時、バリケードが内側から壊れた。飛び散る机や椅子が盾となってハルクを尾刺棘(ブラッド・テール)から守る。

 同時に飛び込んできたのは、両手両足を獣の手足で武装した褐色の肌の女。


「パーティなら、おねーさんも交ぜてくれよ」


 ベリルのポケットから顔を出したレニーが、「めふん」と鳴いた。


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