【2】進化する脅威、呼び出された二人
「さて、本題に入ろう」
諍いが一段落したところで、ロス総長が話を切り出す。
「まずは先月、炭鉱街ウォルグに現れたという、蛇を模した呪魔について……ランドルフ団長、説明を」
ロス総長に促され、聖騎士団の英雄エルバート・ランドルフは口を開いた。
「私が先月ウォルグで遭遇した呪魔について。詳細は既に報告したから省くが、幾つか不可解な点がある」
(……あー、あれか)
ディエゴは先日目を通した資料を思い出す。
ウォルグの炭鉱内に現れた五等級の呪魔、主として取り込んだ生物は蛇と推定。
主として、とつくのは、呪魔が複数の生物を取り込むパターンもあるからだ。なので、形状・性質がもっとも表層に表れている生物を「主として取り込んだ生物」とする。
(ウォルグに現れた呪魔は蛇の形状をしていたが、体積が明らかに蛇のそれではなかった。他の何かを取り込んだ証拠だ……なるほど、これはやばい)
その呪魔は、炭鉱の穴から頭を覗かせてもなお、胴体が炭鉱内に残るほどだったという。
あと一歩で、五等級(規格外)を超えた呪災級になるほどの怪物だ。
「あの呪魔は、私が攻撃を仕掛けたところ、一度炭鉱内に引っ込み、身を隠した。その後、炭鉱内にある排水用の管を通って外に出たと思われる……が、幾つか不可解な点がある」
室内の空気が張り詰める。
エルバートは指を一つ立てた。
「一つ目。鉱夫達の証言及び、炭鉱出口の擦過痕から考えるに、あの呪魔は炭鉱内で肥大化したものと思われる」
「不可解である」
口を挟んだのは、ルドルフだ。
ルドルフは眼鏡を指先で押さえ、強面をしかめた。
「呪魔が巨体化するには、それ相応の質量を取り込まねばならない。炭鉱内に、それだけの糧があったとは思えないのである」
ディエゴも同意見だ。
呪魔が肥大化するのは、主に人間以外の生物を取り込んだ時だ。
牛や羊のいる農場を襲ったのなら、呪魔が肥大化するのも分かる。だが、炭鉱の中でどうやって、大量の生物を取り込んだのか?
パーシバルが腕組みをしながら言った。
「炭鉱に、鉱夫達の知らない出入り口があった、という線はないか?」
「勿論、その可能性もゼロではない。だがそれにしても、あの呪魔は質量が大きすぎる。そして、不可解な点の二つ目」
エルバートが二本目の指を立てた。
「あの呪魔は、炭鉱内にある排水用の管を通って外に出た──それが、偶然なら良いのだが、もし呪魔にそれだけの知能があったとしたら?」
ステラが「あっ」と声を上げて腰を浮かせた。
どうやら、それがいかに「やばい」ことか理解したらしい。
「呪魔は水中移動を得意としている……上下水道や地下水路に棲みつかれたら、呪災級の大惨事になるぞ!」
ステラの懸念に、ロス総長が小さく頷く。
「過去にそういう呪魔はいなかった。だが、それは過去の話だ。今回のが偶然か、呪魔が知恵をつけたかは分からんが、対策は必要だろう」
「だが、上下水道や地下水路の定期調査には、人手と金が必要である」
守銭奴ルドルフ・マリオットの言葉は正しい。
教皇庁が絶大な権力を奮えるのは、レイエル聖区外だと「呪魔の危機に晒されている土地」──ここで重要なのは、実際に被害が出ているか否かだ。
呪魔の目撃情報や被害者がいれば、教皇庁及び聖騎士団は多少事を荒立てても許される。
だが、「呪魔がいるかもしれない」程度では、地主が納得しないのだ。
ロス総長が、重い口調で言う。
「マリオット団長の言う通り、これは教皇庁の力だけでは、どうにもならないことだ。国王陛下に丁重にお伺いを立てなくてはならない」
教皇と国王の関係は、端的に言って微妙である。
先王は大変信心深く、教皇と信頼関係にあった──と言えば聞こえは良いが、羽十字教に傾倒しすぎていたのだ。その反動か、現国王は教皇の干渉を嫌がる。
現国王アンドリュー三世には子が四人いる。
第一王子リチャード王太子は、中央軍の実権を握っている人物で、父王同様、教皇に反発している。最近は、灰色騎士団の体制改革をしており、聖騎士団に対応しているのではないか、という噂も聞く。
第二王子ジェームズは病で、もう十年近く小宮殿にふせっている影の薄い王子だ。
そして、第一王子、第二王子とは腹違いの王女ベアトリスと、第三王子フィリップ。
ベアトリス王女は熱心な羽十字教徒で、第三人王子フィリップはまだ子どもだ。
(まぁ、第二王子以下は大した問題じゃない。厄介なのは、陛下とリチャード王太子だ)
特にリチャード王太子の辣腕ぶりは、傭兵時代に何度か耳にしている。
教皇庁が下手に出たら、ここぞとばかりにつけ込んでくるだろう。
その上で、ディエゴはあえて軽口を叩いた。
「上下水道と地下水路の定期調査をする名誉を、中央軍に譲って差し上げればいいんじゃないですかね」
「なるほど素晴らしい名誉だ。ところで、私が中央軍の元大佐ということは知っているかね?」
ロス総長が眠たげな目でジトリとこちらを見てきたので、ディエゴは「初耳であります、サー」と惚けた。
少し逸れた話の流れを、エルバートが元に戻す。
「ウォルグの呪魔とは別の話になりますが、先週レジルナに現れた四等級の蛙の情報共有も徹底すべきです」
エルバートの部下、オズワルド・グレゴリー隊長が灰色騎士三名と協力して討伐したという、四等級の呪魔は、なんと一度に百以上の分身体を飛ばし、呪い憑きを傀儡として操ったという。
こちらも、前例にはない呪魔だ。
(分身体を作ったり、呪い憑きを傀儡にしたり、ってのは稀に見るが……それが百体以上は尋常じゃねぇな)
ディエゴは素直に思ったことを口にした。
「正直、その戦力でよく耐え切れたもんだ。グレゴリー隊長は慎重すぎるのが難点かと思っていたが、どうしてどうして」
「グレゴリー隊長と灰色騎士達が、共に力を合わせたからこそだ。私は、グレゴリー隊長を支えてくれた灰色騎士達にも感謝している」
いかにも高潔な英雄らしいエルバートに、反発したのは生真面目なステラだった。
ステラは不満を隠さない顔で吐き捨てる。
「私は灰色騎士の運用に反対だ。灰色騎士は呪魔の被害者として扱うべきだろうに」
その言い草がいかにも彼女らしかったので、ディエゴはつい失笑してしまった。
「あぁ、ステラちゃんは灰色騎士の戦いぶりを、あまり見たことがないんだっけか?」
「どういう意味だ」
ムッと唇を曲げてこちらを睨んでくるステラに、ディエゴはどうとでも取れる薄笑いを返した。
「一度見たら分かるよ。加護持ちの俺から見ても、あの力は凶悪だ。保護するより、戦力として呪魔にぶつけるのが妥当だろ」
〈破壊〉〈再生〉〈創造〉の天使に祝福された加護持ちは、一般人よりも身体能力が高い。
そして、呪いを武器にする歩く呪いは、そんな加護持ちに匹敵する──時に凌駕する力を持つ。
あれは、戦況を変えうる力だ。今まで粗悪だった灰色騎士の扱いを、リチャード王太子が変えたというのも頷ける。
ディエゴの言葉に、守銭奴のルドルフと熱血漢のパーシバルが同意した。
「使えるものは使うべきである」
「戦う意志があるなら、尊重するべきだな!」
灰色騎士の戦場送りに抵抗のあるステラ、戦力として数えるディエゴ、ルドルフ、パーシバル──そんな中で、エルバートだけが穏やかに笑っている。
エルバートが穏やかな微笑を崩さぬように、ロス総長も特に表情を変えることなく、眠たげな目のまま発言した。
「つい先ほど、その灰色騎士の件で、教皇聖下より一つの命を賜った」
聖騎士団長達の空気が張り詰める。
教皇が灰色騎士に言及すること自体が、極めて珍しいからだ。
灰色騎士は教皇庁の管轄ではない。リチャード王太子が実権を握る中央軍の管轄である。
「教皇聖下は、レジルナの呪魔討伐に当たった、灰色騎士の新入り二名──〈忘却〉と〈支配〉の灰色騎士に会いたいと仰せだ」
ディエゴは苦笑を噛み殺した。
忘却と支配だなんて、随分とまぁ悪巧みの役に立ちそうな能力ではないか。




