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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
三章 聖騎士団本部
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【2】進化する脅威、呼び出された二人


「さて、本題に入ろう」


 諍いが一段落したところで、ロス総長が話を切り出す。


「まずは先月、炭鉱街ウォルグに現れたという、蛇を模した呪魔(テルメア)について……ランドルフ団長、説明を」


 ロス総長に促され、聖騎士団の英雄エルバート・ランドルフは口を開いた。


「私が先月ウォルグで遭遇した呪魔(テルメア)について。詳細は既に報告したから省くが、幾つか不可解な点がある」


(……あー、あれか)


 ディエゴは先日目を通した資料を思い出す。

 ウォルグの炭鉱内に現れた五等級の呪魔(テルメア)、主として取り込んだ生物は蛇と推定。

 主として、とつくのは、呪魔(テルメア)が複数の生物を取り込むパターンもあるからだ。なので、形状・性質がもっとも表層に表れている生物を「主として取り込んだ生物」とする。


(ウォルグに現れた呪魔(テルメア)は蛇の形状をしていたが、体積が明らかに蛇のそれではなかった。他の何かを取り込んだ証拠だ……なるほど、これはやばい(、、、)


 その呪魔(テルメア)は、炭鉱の穴から頭を覗かせてもなお、胴体が炭鉱内に残るほどだったという。

 あと一歩で、五等級(規格外)を超えた呪災級になるほどの怪物だ。


「あの呪魔(テルメア)は、私が攻撃を仕掛けたところ、一度炭鉱内に引っ込み、身を隠した。その後、炭鉱内にある排水用の管を通って外に出たと思われる……が、幾つか不可解な点がある」


 室内の空気が張り詰める。

 エルバートは指を一つ立てた。


「一つ目。鉱夫達の証言及び、炭鉱出口の擦過痕から考えるに、あの呪魔(テルメア)炭鉱内で(、、、、)肥大化したものと思われる」


「不可解である」


 口を挟んだのは、ルドルフだ。

 ルドルフは眼鏡を指先で押さえ、強面をしかめた。


呪魔(テルメア)が巨体化するには、それ相応の質量を取り込まねばならない。炭鉱内に、それだけの糧があったとは思えないのである」


 ディエゴも同意見だ。

 呪魔(テルメア)が肥大化するのは、主に人間以外の生物を取り込んだ時だ。

 牛や羊のいる農場を襲ったのなら、呪魔(テルメア)が肥大化するのも分かる。だが、炭鉱の中でどうやって、大量の生物を取り込んだのか?

 パーシバルが腕組みをしながら言った。


「炭鉱に、鉱夫達の知らない出入り口があった、という線はないか?」


「勿論、その可能性もゼロではない。だがそれにしても、あの呪魔(テルメア)は質量が大きすぎる。そして、不可解な点の二つ目」


 エルバートが二本目の指を立てた。


「あの呪魔(テルメア)は、炭鉱内にある排水用の管を通って外に出た──それが、偶然なら良いのだが、もし呪魔(テルメア)にそれだけの知能があったとしたら?」


 ステラが「あっ」と声を上げて腰を浮かせた。

 どうやら、それがいかに「やばい」ことか理解したらしい。


呪魔(テルメア)は水中移動を得意としている……上下水道や地下水路に棲みつかれたら、呪災級の大惨事になるぞ!」


 ステラの懸念に、ロス総長が小さく頷く。


「過去にそういう呪魔(テルメア)はいなかった。だが、それは過去の話だ。今回のが偶然か、呪魔(テルメア)が知恵をつけたかは分からんが、対策は必要だろう」


「だが、上下水道や地下水路の定期調査には、人手と金が必要である」


 守銭奴ルドルフ・マリオットの言葉は正しい。

 教皇庁が絶大な権力を奮えるのは、レイエル聖区外だと「呪魔(テルメア)の危機に晒されている土地」──ここで重要なのは、実際に被害が出ているか否かだ。

 呪魔(テルメア)の目撃情報や被害者がいれば、教皇庁及び聖騎士団は多少事を荒立てても許される。

 だが、「呪魔(テルメア)がいるかもしれない」程度では、地主が納得しないのだ。

 ロス総長が、重い口調で言う。


「マリオット団長の言う通り、これは教皇庁の力だけでは、どうにもならないことだ。国王陛下に丁重に(、、、)お伺いを立てなくてはならない」


 教皇と国王の関係は、端的に言って微妙である。

 先王は大変信心深く、教皇と信頼関係にあった──と言えば聞こえは良いが、羽十字教に傾倒しすぎていたのだ。その反動か、現国王は教皇の干渉を嫌がる。

 現国王アンドリュー三世には子が四人いる。

 第一王子リチャード王太子は、中央(エリントン)軍の実権を握っている人物で、父王同様、教皇に反発している。最近は、灰色騎士団の体制改革をしており、聖騎士団に対応しているのではないか、という噂も聞く。

 第二王子ジェームズは病で、もう十年近く小宮殿にふせっている影の薄い王子だ。

 そして、第一王子、第二王子とは腹違いの王女ベアトリスと、第三王子フィリップ。

 ベアトリス王女は熱心な羽十字教徒で、第三人王子フィリップはまだ子どもだ。


(まぁ、第二王子以下は大した問題じゃない。厄介なのは、陛下とリチャード王太子だ)


 特にリチャード王太子の辣腕ぶりは、傭兵時代に何度か耳にしている。

 教皇庁が下手に出たら、ここぞとばかりにつけ込んでくるだろう。

 その上で、ディエゴはあえて軽口を叩いた。


「上下水道と地下水路の定期調査をする名誉を、中央(エリントン)軍に譲って差し上げればいいんじゃないですかね」


「なるほど素晴らしい名誉だ。ところで、私が中央(エリントン)軍の元大佐ということは知っているかね?」


 ロス総長が眠たげな目でジトリとこちらを見てきたので、ディエゴは「初耳であります、サー」と惚けた。

 少し逸れた話の流れを、エルバートが元に戻す。


「ウォルグの呪魔(テルメア)とは別の話になりますが、先週レジルナに現れた四等級の蛙の情報共有も徹底すべきです」


 エルバートの部下、オズワルド・グレゴリー隊長が灰色騎士三名と協力して討伐したという、四等級の呪魔(テルメア)は、なんと一度に百以上の分身体を飛ばし、呪い憑き(カースド)を傀儡として操ったという。

 こちらも、前例にはない呪魔(テルメア)だ。


(分身体を作ったり、呪い憑き(カースド)を傀儡にしたり、ってのは稀に見るが……それが百体以上は尋常じゃねぇな)


 ディエゴは素直に思ったことを口にした。


「正直、その戦力でよく耐え切れたもんだ。グレゴリー隊長は慎重すぎるのが難点かと思っていたが、どうしてどうして」


「グレゴリー隊長と灰色騎士達が、共に力を合わせたからこそだ。私は、グレゴリー隊長を支えてくれた灰色騎士達にも感謝している」


 いかにも高潔な英雄らしいエルバートに、反発したのは生真面目なステラだった。

 ステラは不満を隠さない顔で吐き捨てる。


「私は灰色騎士の運用に反対だ。灰色騎士は呪魔(テルメア)の被害者として扱うべきだろうに」


 その言い草がいかにも彼女らしかったので、ディエゴはつい失笑してしまった。


「あぁ、ステラちゃんは灰色騎士の戦いぶりを、あまり見たことがないんだっけか?」


「どういう意味だ」


 ムッと唇を曲げてこちらを睨んでくるステラに、ディエゴはどうとでも取れる薄笑いを返した。


「一度見たら分かるよ。加護持ち(ブレスド)の俺から見ても、あの力は凶悪だ。保護するより、戦力として呪魔(テルメア)にぶつけるのが妥当だろ」


〈破壊〉〈再生〉〈創造〉の天使に祝福された加護持ち(ブレスド)は、一般人よりも身体能力が高い。

 そして、呪いを武器にする歩く呪い(マッドウォーカー)は、そんな加護持ち(ブレスド)に匹敵する──時に凌駕する力を持つ。

 あれは、戦況を変えうる力だ。今まで粗悪だった灰色騎士の扱いを、リチャード王太子が変えたというのも頷ける。

 ディエゴの言葉に、守銭奴のルドルフと熱血漢のパーシバルが同意した。


「使えるものは使うべきである」


「戦う意志があるなら、尊重するべきだな!」


 灰色騎士の戦場送りに抵抗のあるステラ、戦力として数えるディエゴ、ルドルフ、パーシバル──そんな中で、エルバートだけが穏やかに笑っている。

 エルバートが穏やかな微笑を崩さぬように、ロス総長も特に表情を変えることなく、眠たげな目のまま発言した。


「つい先ほど、その灰色騎士の件で、教皇聖下より一つの命を賜った」


 聖騎士団長達の空気が張り詰める。

 教皇が灰色騎士に言及すること自体が、極めて珍しいからだ。

 灰色騎士は教皇庁の管轄ではない。リチャード王太子が実権を握る中央(エリントン)軍の管轄である。


「教皇聖下は、レジルナの呪魔(テルメア)討伐に当たった、灰色騎士の新入り二名──〈忘却〉と〈支配〉の灰色騎士に会いたいと仰せだ」


 ディエゴは苦笑を噛み殺した。

 忘却と支配だなんて、随分とまぁ悪巧みの役に立ちそうな能力ではないか。



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