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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
二章 灰色騎士団
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【23】この顔にピンときたら……


 燃え滓邸(シンダー・ハウス)に戻ると、黒髪の少年──いつも無愛想な準職員のノア少年が、ぶっきらぼうに言った。


「おかえりなさい、テオさん(、、、、)


 テオは衝撃を受けた。ノアは歩く呪い(マッドウォーカー)でも加護持ち(ブレスド)でもない一般人だ。故にテオの忘却の呪いの影響を受ける。

 存在を認識することはできても、顔や名前を思い出すのが難しいのだ。

 テオが驚いていると、ノアは無言で玄関ホールの壁を指さした。そこには一枚の紙が貼ってある。

 紙に描かれているのは金髪に三つ編み、肩に白い毛玉を乗せた少年。絵の横に書き添えられている文字は……。


『この顔にピンときたら、忘却のテオ』


 テオは頬を引きつらせて呻いた。


「これ、指名手配犯の手配書じゃ……」


「アーチボルド管理官のアイデアです。これを各所に貼っておけば、僕達でもテオさんのことを思い出せるでしょう」


 ハッとするテオに、ノアは淡々と言う。


「テオさんを忘れてしまうことが呪いのせいだと分かっているのなら、対策をすれば良いんです。繰り返しこの紙を見れば、記憶が定着するかもしれませんし」


「ノア君……君はなんて良いやつなんだっ」


 自分を覚える努力をしてもらえる、というのは嬉しいことだ。テオが目頭を熱くしていると、ノアは駄目人間を見るような目を向けた。


「……というか、泣くほど気にしていたんなら、さっさと自分で検証すれば良かったのでは?」


「うっ……この手の検証には協力者がいるから、付き合わせるのも悪いというか……」


「まぁ、俺はそんなモンなくても忘れたりしないけどな」


 調子の良い声は廊下の奥から聞こえた。ヒューゴだ。


「それ良いだろ。俺が書いたんだぜ。特に『この顔にピンときたら、忘却のテオ』ってキャッチフレーズが秀逸だろ?」


 なるほど、テオのことを思い出せるよう張り紙を作る指示をしたのがアーチボルドで、手配書紛いのチラシを仕上げたのはヒューゴというわけだ。

 ヒューゴはテオの恨めしげな視線をものともせず、カルラに軽く片手を振った。


「時間稼ぎご苦労さん。おいテオ、いつまでも突っ立ってないで、さっさと食堂に行けよ」

「言われなくても行くさ」


 買ってきた物をモラン夫人に渡したら、その足で司令室に行って帰還報告だ。ズンズンと早足で歩くテオのポケットで、レニーが「めぁー」と鳴く。

 ふとテオはヒューゴの言葉が気になった。モラン夫人がいるのは大抵、厨房なのだ。それなのに、ヒューゴは食堂に行けと言った。


(モラン夫人は食堂にいるのか?)


 それならばとテオは食堂の扉を開け、目を見開いた。

 まだ夕食の時間には早いのに、食堂のテーブルには食事が並んでいる。牛の塊肉のオーブン焼き、鶏肉とキノコのクリーム煮、豆のスープ、ハムやチーズが数種類。なかなかのご馳走だ。

 テーブルの前には、紙袋を被ったJJ、厳しい管理官のアーチボルド、陽気なお姉さんのベリル、いつも酒を飲んでいるロゼ、スキンヘッドの男ハルクがそれぞれ着席している。


「今日の主役の到着〜。おかえり、テオ」


 ベリルがウィンクをして片手を振る。テオが困惑している間に、後からやってきたヒューゴやカルラが、それぞれ着席した。ノア少年はモラン夫人を手伝い、食器を運んでいる。

 テオはベリルに訊ねた。


「今日は誰かの誕生日ですか?」


「テオの歓迎会だよ。うちでは新入りが来たら、燃え滓邸(シンダー・ハウス)に残ってるメンバーで宴会すんの」


 歓迎会! だからカルラは時間を気にしていて、ヒューゴは「時間稼ぎ」などと言ったのだ。

 ベリルが飲み物の瓶のコルクを抜きながら言う。


「ちなみに団長の奢りな」


「どうも、灰色騎士団の財布です」


「団長、そういう自虐ギャグは真面目な若者が困っちゃうからさ」


「え、そうなの。空気読めなくてゴメンネ? あ、ちなみに、アーチボルドもちょっと出してくれてるよ」


 ベリルとJJのやりとりに、つまみ食いをしていたヒューゴが、ボソッと言う。


「財布二号じゃん」


 アーチボルドがこめかみに青筋を浮かべてヒューゴを睨んだ。そのまま小言が炸裂するより早く、ベリルが声をあげる。


「はいはい、それじゃ乾杯しよっか。ベリルさんが若者達のために、美味しいオレンジジュースを買ってきたぞー。あっ、ロゼにはワインな」


 虚ろな目でグラスを見ていたロゼが、ピンクがかった髪を揺らしてユラリと頭を持ち上げる。


「酒……解禁……」


「程々にしとけよ。チェリービューティー。今日の主役はテオだ」


 スキンヘッドの大男、ハルクがロゼを窘め、グラスにワインを注いでやる。太い指がグラスを勧める仕草は、とても手慣れていてスマートだ。


「湿っぽい酔い方は無しで頼むぜ。祝いの酒は陽気に飲むもんだ」


 大人だ。かっこいい。

 飲酒は一六歳の成人になってからと決まっている。自分も酒を飲める歳になったら、ハルクみたいに大人の飲み方をしよう。


「テオ」


 不意に、アーチボルドがテオの名を呼ぶ。

テオは驚いた。一般人であるアーチボルドはテオの名前を覚えるのに苦労していたはずだ。ヒューゴの作った張り紙は、確かに効果があるらしい。


「灰色騎士の手紙は基本的に検閲をする。これは私が中身を確認したから、受け取って良い」


 そう前置きをしてアーチボルドが一通の封筒を差し出す。

 差出人の名を見て、テオは息を呑んだ。


 ──オリビア・ローレンス。


(間違いない、オリビア母さんの字だ……!)


 正直、見るのが怖い。オリビアはテオの存在を忘れてしまったけれど、アレンから事情を聞いているはずだ。家にはもう一人子どもがいたことも、その子どもが呪いを撒き散らしていたことも。


(……もし、二度と家に帰ってくるなと書いてあったら……)


 震える手で手紙を開く。テオへ、から始まる手紙には、楚々とした人柄を思わせる字でこう記されていた。


『アレンから話は聞きました。私にもう一人の息子がいたことも、その息子を忘れてしまったことも。思えば先日から違和感はあったのです。アレンのものではない私物や食器、家のそこかしこに、私が忘れているもう一人の痕跡がありました。その事実に違和感を覚えることはできても、私はその痕跡の主が思い出せないのです。私はそのことを、とても歯痒く思います。


 貴方を思い出せない私に、アレンは沢山の話を聞かせてくれました。しっかり者で、努力家で、騎士に憧れている弟、テオのことを。

 先に私は貴方に謝らなくてはいけません。アレンがこんなに話を聞かせてくれても、私は貴方を思い出すことができないのです。

 アレンは言っていました。貴方は自らを呪った呪魔(テルメア)を倒し、呪いを打ち破ったら帰ってくると。自分もまた、テオを呪いから解放するため、聖騎士として呪魔(テルメア)を討ちに行くと。ならば、私はそれを待ちます。いつまでも。


 テオ、貴方を思い出せなくてごめんなさい。

 それでも、何かを失ったという喪失感だけは、確かに私の中にあるのです。その喪失感こそが、貴方の存在を私に証明してくれる。だから私は、このたった一つを失わないよう、日記を書くことにしました。私が忘れてしまった息子のことを、いつかきっと帰ってくると信じて、明日の私に伝えるために。


 テオ、私の息子。貴方が帰ってくる日をいつまでも待っています。

 素敵なハンカチをありがとう。大事にします』


 騎士は強くあるべきだけど、家族を想って泣くぐらいは許してもらえるだろうか。

 テオは服の袖で涙を拭いた。きっとこの手紙は、オリビアからアレンの手に渡り、アレンからエルバート、そしてテオが知らない沢山の人を経て、アーチボルドの下に届いたのだろう。


「ありがとうございます、アーチボルド管理官」


「……私は私の仕事をしたまでだ」


 レニーがテオの膝の上に飛び乗り、「めふぅ」と鳴く。なんだか「良かったな、相棒」と言われた気がして、テオは「うん」と頷いた。

 手紙は丁寧に畳んで封筒にしまう。部屋に戻ったら何度も読み返そう。

 グスグスと鼻を啜るテオの顔に、ハンカチが押し当てられる。清潔感のある綺麗なハンカチ──それを押さえる手はグローブに覆われた厳つい手。ハルクだ。


「へい、ボーイ。乾杯の挨拶を頼むぜ。モラン夫人のご馳走が冷めちまう」


「はいっ」


 テオは借りたハンカチで顔を拭い、立ち上がった。

 自分のために歓迎会を開いてくれた人達、手紙を届けてくれた人達、全てに感謝を込めて、今ここで自分が騎士であることを誓おう。

 これは、灰色騎士テオの初めての宣誓だ。


「皆さん、本日はわたくしめのために、このように立派な催しをしていただき、深く感謝申し上げ……ヒューゴつまみ食いは良くない。えー、若輩者ではありますが、騎士として相応しい振る舞いを心がけ……あの、ロゼさんまだ飲まないでください……灰色騎士団の一員として貢献できるよう……レニー! テーブルにのっちゃ駄目だっ! あぁ、もうっ、えーと、とにかく頑張りますので、よろしくお願いしますっ!」


 沢山の笑い声と共に、乾杯の声が響き渡った。


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