【22】あなたと××がしたい
首都からレイエル聖区を目指す馬車の中、聖騎士オズワルド・グレゴリーの部下マシューが、窓の外を見て言った。
「今、灰色騎士の子がいましたね。テオと……もう一人は、カルラでしょうか?」
オズワルドは目を凝らしたが、人混みの中からテオ達の姿を見つけることはできなかった。気づくことができたのは、マシューの視力が非常に良いからだ。
「首都でなら、聖騎士の見張り無しで外出できるだなんて……歩く呪いには贅沢な話だ」
「あの首輪が導入されてからですっけ。〈創造〉の聖女様が関わった……」
「あぁ」
オズワルドは渋面で相槌を打ち、腕組みをする。
灰色騎士団の現団長は、あろうことか聖女の協力を取り付けたのだ。そんなのレイエル聖区の上層部でも簡単にできることではない。
「灰色騎士団の現団長は只者じゃない。実力と権力の双方を兼ね備えた、恐ろしい切れ者なのだろう……少なくとも、王太子殿下の息がかかった人物であることは間違いない」
灰色騎士団の現団長は、その来歴が全て伏せられており、レイエル聖区でも一部の上層部の人間しか素性を知らないらしい。
そして、灰色騎士団は第一王子リチャード王太子が実権を握っている中央軍の所属。つまり、あの歩く呪い達は第一王子の尖兵でもあるのだ。
呪魔に対抗できる加護持ちは、レイエル聖区がほぼ独占状態にある。
故に第一王子は、加護持ち以外で呪魔と戦える戦力が欲しいのだろう。
やがて馬車がレイエル聖区に着いた。
レジルナの村、及びその隣村に現れた呪魔に関しては現在も調査中だ。
今回の件では、傀儡を操る四等級の呪魔が一体。その呪魔に呪いを植えつけられ、呪魔化した被害者が五名出ている。
重要なのは、行方不明者と呪魔化した者の照合である。ここで一人でも漏れがあると、呪魔が野に放たれることになってしまう。
オズワルド達が倒した呪魔と被害者の数は一致しているが、念のため、しばらく聖騎士が周辺の見回りをすることになっていた。
そういったことの報告をするため、オズワルドは一度レイエル聖区の騎士団本部に戻ることになったのである。
「なんだか、いつもより騒がしいな?」
騎士団本部に足を踏み入れたところで、オズワルドは辺りを見回した。別にオズワルドの帰還にざわついている風でもない。
耳の良いマシューが、小声で言った。
「……新しい入団者のことで、騒いでいるようです」
慎重な男オズワルド・グレゴリーは当然に、新規入団者のリストにも目を通している。
「そんなに騒ぐような者がいたか?」
「断片的にしか聞こえませんが、特別に引き立てられたとか、ランドルフ団長の従騎士になるとか……」
「なんだと!?」
オズワルドは目を剥いた。第一騎士団団長エルバート・ランドルフ。この世で唯一、その身に三つの加護を宿す英雄にして、オズワルドの上司である。
(そんな話、俺は聞いていない……一体、どこの貴族の子息だ?)
正規の手続きを踏まず、あの英雄の従騎士になるなんて、貴族筋の人間が無理やりねじ込んだとしか思えない。
その理不尽に怒りを募らせていると、誰かがオズワルドに話しかけてきた。
「あれ、その顔の傷……もしかして、オズさんじゃないですか?」
オズワルドはギョッとした。接近に気づかなかったのだ。
目の前にいるのは、優しげな顔立ちの茶髪の青年だ。誰だこいつは、と思った瞬間、オズワルドの顔を斜めに走る古傷が疼く。
遡ること八年前、聖騎士見習い達の訓練で、とある九歳の少年が注目を浴びていた。
その少年は二つの加護を持っている加護持ちなのだが、周囲を見下している嫌なクソガキだったのだ。そのくせ悪魔のように強く、当時一五歳だったオズワルドは手も足も出なかった。顔に傷を負ったのもその時だ。オズワルドが慎重になった由縁である。
「お前は……まさか……」
かつて、冷ややかな目で他者を見下していた少年が、ニコッと温和そうに微笑んだ。
「はい、今日から騎士見習いになりました、アレン・ローレンスです」
悪魔ぁぁぁ! と叫びそうになるのを、オズワルドは必死で堪えた。
アレン・ローレンスは悪魔だ。圧倒的才能に恵まれたが故に、他人の気持ちが分からない、無造作に人の心を踏みにじる問題児。
かつてオズワルドのプライドを砕き、そのくせ聖騎士にもならずレイエル聖区を立ち去ったあの少年が今、成長してここにいる。これが悪夢でなくて何なのか。
(しかし、本当に同一人物か……?)
オズワルドの知るアレンは、冷笑が板についた子どもだった。あの頃のアレンは周囲を皆見下していて、六歳歳上のオズワルドに対しても舐め腐った態度を取り続けていたのだ。
そんなアレンが、こんなにも人懐こそうにニコニコ笑っているなんて……正直、気持ち悪い。
「そういえば、オズさんは歓迎会では見かけませんでしたね」
「……歓迎会?」
「えぇ、少々手荒な歓迎会をしていただいたんですけどね、うっかり全員医務室送りにしてしまって」
「…………」
聖騎士団は神に仕える高潔な騎士であるべきだが、中には素行の良くない者もいる。
そういった連中はエルバートの従騎士になったアレンを妬み、暴力的な洗礼を試みるも返り討ちにあったらしい。
アレンははにかみながら、微笑んだ。
「俺、口下手なので……暴力に走ってくれて助かりました」
こういう奴なのだ。どんなに外面を良くしても、中身は大して変わっていないらしい。
オズワルドはアレンから顔を背けた。ニコニコ笑うアレンが、視覚の暴力だったからだ。
「我々はレジルナから一時帰還したばかりだ。すまないが急ぐので、昔話は後にしてくれ」
オズワルドが素っ気なく言うと、アレンは声を弾ませる。
「レジルナ! ……ということは、オズさんだったんですね。俺の弟と一緒に呪魔討伐をしたのは」
「おと、うと……?」
唐突に何の話だ。困惑するオズワルドに、アレンはニコニコしながら言う。
「テオです。灰色騎士の」
「…………」
「後で、テオの話を聞かせてくださいね」
悪夢だ。悪夢兄弟と名付けよう。とオズワルドは虚ろな目で思った。
* * *
首都は部分的に高低差のある土地で、石畳の階段を上っていくと、ゴードレール城がよく見える場所がある。
石畳の階段を上りきったところで、レニーがテオのポケットからコロリと転がり落ちた。階段を上る苦労を主人に押しつけた、強かな毛玉である。
だが、そんな相棒の横着も気にならないぐらい、テオは素晴らしい眺めに心震わせていた。
「わぁ……すっっっごいなぁ……」
ゴードレール城は中央部でも特に歴史の深い、荘厳な佇まいの城だ。元は砦として作られた物だが、増設と改修を繰り返し、新旧両方の様式が取り入れられて、今に至る。
かつては国王の居住地であり、政治の中心の場でもあったその城は、政治の中心がヴァルガン宮殿に移った今も王室の所有物であり、現在はプリンス・オブ・ルケイオンことリチャード王太子が使っているらしい。
ゴードレール城を眺めていると、不思議とテオの胸は疼いた。
(なんだろう、すごく懐かしいような、でも、僕が知ってるそれと違うような……)
「めうー」
レニーが足下でピョコピョコ飛び跳ねている。テオはレニーを拾って、胸に抱いてやった。
「ほら、レニー。あれがゴードレール城だって」
「……ゴードレール城の横にある赫鋼鉄橋を渡った先にあるのが、レイエル聖区……で、あの青い屋根が大聖堂。向こうは聖騎士団本部と教皇庁」
カルラの説明に、テオは「あそこにエルバート様が!」と胸を躍らせた。
レイエル聖区といえば、そろそろアレンが到着した頃だろうか。
(アレンは元気かな。食べ過ぎて周りに呆れられてないかな……まぁ上手くやっているだろう、アレンだし)
アレンは本物の剣の天才で、英雄の素質のあるすごい奴だ。きっと今頃、聖騎士団に暖かく迎えられ、「ようこそアレン君、君が次世代の英雄だ!」と歓迎されているに違いない。
心ゆくまで景色を眺め、テオはカルラに礼を言った。
「カルラ、今日はありがとう。すごく楽しかった」
一緒に屋台通りを歩いてジャムの入った焼き菓子を食べたり、大道芸を見たり、書店を見つけてついつい時間を忘れそうになったり、本当に楽しい時間だった。
カルラは自分から積極的にあれをしたい、これをしたいとは言わなかったけれど、楽しめたのだろうか?
(僕だけ楽しんじゃったかな)
今更気にするテオを、カルラはじっと見つめる。
初めて会った頃のカルラは、いつも焦点の曖昧なボンヤリした表情だった。
長く生きる彼女は、大事な思い出を忘れないよう、何度も何度も反芻していたという。それこそ、呪魔との戦闘任務中以外は、ずっと思い出に揺蕩っていたのだろう。
だけど今の彼女は、過去よりも現在を見ている──そう感じるのは、高慢だろうか?
カルラは少しだけ目を伏せる。思い出に揺蕩うためではなく、自分の中にあるものと向き合っているような、そんな風に感じた。
「わたしは、大事な思い出を忘れないようにって、そればかり考えていたけど」
「うん」
「新しい思い出を……作ってみようと思ったの」
カルラが作る新しい思い出、その中にはきっとテオも含まれるのだ。それは、なんて素敵なことだろう。テオが胸躍らせていると、カルラはヒラリと転落防止の柵に飛び乗った。
「カルラ、危ないからそこに上っては駄目だ」
「わたしは……」
近寄るテオを上から覗き込むみたいに、カルラが手を伸ばす。その距離に何故か既視感があった。
テオを見下ろす少女の唇が、密やかに囁く。
「あなたと……がしたい」
その時、午後三時を告げる鐘が鳴り、カルラの声に被さった。
「すまない、カルラ。今なんて……」
カルラは手すりから飛び降り、テオを見る。
「他に行きたい場所は、ある?」
誤魔化された気がする。だけど、カルラが追及してほしくないなら、それ以上訊ねるのも悪い気がした。
カルラは嘘や誤魔化しがあまり上手に見えない。そういう子にしつこく追求するのは、なんだか意地悪だと思うのだ。
「見たいものは全部見られたし、少し早いけど戻ろうか」
既に頼まれた物──やや稀少な調味料や、コーヒー豆等の嗜好品だ──の買い物は終わっている。
テオは基本的に良い子なので、時間ギリギリまで遊ぼうとは考えない。こういう時は余裕を持って戻るべきだ。
ところがカルラは、目に見えて狼狽えだした。
「だ、駄目っ」
いつも冷静なカルラにしては珍しい狼狽ぶりだ。
キョトンとしているテオに、カルラは視線を彷徨わせながら言う。
「えっと、早いのは、駄目……」
どうやらテオには言えない事情があるらしい。
もしかして、燃え滓邸に客人、或いは要人が来るのではないだろうか。
「分かった。なら、予定時刻の五分前に帰れるように調整して戻ろう」
秘書気質のテオは、そういう予定の調整が得意なのだ。
テオの提案にカルラは心底ホッとしたような顔をした。




