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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
二章 灰色騎士団
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【15】少女は本を探している


 見上げた空は夕方の橙と夜の群青が重なり合い、美しい層を描いていた。都会を離れた空は、赤みがかった灰色の雲が少なく、空が澄んで見える。

 夕日は既に半分ほど沈んでいた。じきに暗い夜が来る。

 夜の闇は呪魔(テルメア)の味方だ。呪魔(テルメア)は全身が感覚器官のようなものなので、暗い所での活動が得意だし、暗い色の体を闇が隠してしまう。

 オズワルド・グレゴリーは村の人間に事情を話し、住居地周辺にありったけの火を焚いてもらっている。

 おかげで今は、祭りの夜のように強い灯りが村と麦畑を照らしていた。


「グレゴリー隊長、配置完了しました。灰色騎士三名も、所定の位置に着いたようです」


 くすんだ金髪の若者──部下の聖騎士マシューの言葉に、オズワルドは「あぁ」と頷く。

 オズワルドの部下は精鋭揃いだ。ここにいるマシューは、まだ若いが〈破壊〉の加護持ち(ブレスド)で、目端がきく。

〈破壊〉の天使の加護を持つ者は身体能力が向上する。この場合の身体能力とは、大抵筋力に割り振られるもので、オズワルドもそのタイプである。

 一方マシューの場合、筋力はそれなりで、視力と聴力が強化されている珍しいタイプだった。

 人より優れた視力と聴力は、日常生活では不便も多いが、こういった連携が必要な作戦で役に立つ。


「珍しいですね、隊長」


「……?」


 マシューは任務の最中に雑談を好む気質ではない。いつもジトっとした目で、一歩引いて仲間達を見ているクールな男だ。

 そんな彼が、命懸けの作戦の前に「珍しい」などと言うものだから、オズワルドは少し気になった。


「珍しいとは、何がだ」


 オズワルドが訊ねると、マシューは村の集会所に目を向ける。そこには小さな人影が見えた。

マシューの目には、オズワルドよりハッキリと見えているのだろう。灰色騎士の三人だ。


「慎重な隊長が、灰色騎士に命を預けるなんて。正直、予想外でした」


「……そうだな。不本意ではある」


 灰色騎士はいつ呪魔(テルメア)化してもおかしくない、危険な存在だ。

 それを頼りにするなんて、「慎重であれ」という彼の信念に反する。


「だが、他に作戦がないのも事実だ」


「あの金髪の小さい子……テオ君でしたっけ? どこまで戦えますかね。自分は彼の呪装顕現を見ていないのですが」


 オズワルドは唇を引き結び、先ほどの戦闘を思い出す。自然と眉間に皺が寄った。


「剣の型が、聖騎士のそれだった」


「テオ君が?」


 マシューが驚くのも無理はない。

 聖騎士の剣は、人ではなく呪魔(テルメア)を倒すための剣だ。想定している敵が人間ではないので、対人戦闘を想定した剣術の流派とは異なる部分が多い。

 あれは、市井の子どもが街の剣術道場で身につけられるものではないのだ。

おそらく、まだ呪装顕現に慣れていないのだろう。急上昇した身体能力に、動きが馴染んでいない感じがした。

 それでも、呪魔(テルメア)の分身体を正確に切断した集中力は大したものだ、とオズワルドは密かに驚いていた。

 いずれ呪装顕現に慣れれば、聖騎士団でも指折りの剣士であるオズワルドに届くだろう。無論、負ける気はないが。


「今は、中央(エリントン)軍第二基地の訓練に参加しているようだが……何故、誰も話題にしていないんだ?」


「えっ、話題になるほどですか?」


 オズワルドは返す言葉に迷った。

 彼は、英雄エルバート・ランドルフをはじめ、超越者とも言える天才達を知っている。なので、こと剣術において、あまり他人を褒めることはしない。


(あの少年の剣は、天才の剣ではない。だが……)


 テオの剣は、何度も何度も負けて負けて負け続けて、プライドを叩き折られてコテンパンにされて、それでも心折れずに剣を振ってきた者の剣だ。自分がそうだったから分かる。

 オズワルドは顔の古傷に指先で触れた。


「……あの歳にしては、相当できる」


 オズワルドは加護持ち(ブレスド)のため、テオの忘却の呪いの対象とならない。普通にテオを認識できる。

 故に、彼は見落としていた。

 テオがどれだけ頑張っても、一般人には「影の薄い金髪の少年」程度にしか認識されない。

 だから中央(エリントン)軍の訓練に参加して、大の大人を相手に勝利しても、灰色騎士テオのことは話題にならないのだ。



 * * *



「おー、来た来た。ゾロゾロと」


 ヒューゴの言う通り、森の方から、ゾロゾロと出てくる傀儡達の姿が見える。先頭の者は既に畑に侵入を始めていた。いずれ、住居区に辿り着くだろう。

 それをテオは、ヒューゴ、カルラと共に村の集会所の屋根の上から見守っていた。

 既に村人達は、村の西側に避難させている。そちらには聖騎士のニコラが護衛についているので、テオの相棒ことフワフワ毛玉のレニーもニコラに預けてきた。ミレーヌが不安がっていたら、慰めになると思ったのだ。

 それ以外のオズワルドを含む聖騎士四名は、村人から借りた馬に乗って左右に回り込み、作戦開始の時を待っている。

 屋根の上で待機するのは、テオ、カルラ、ヒューゴの灰色騎士三人のみだ。

 テオは傀儡の動きをつぶさに観察する。敵の動きから見えてくる情報を、一つたりとも漏らさないように。


(傀儡の動きは意外と遅い……しばらくは、目標地点に到達しないだろうな)


 作戦を練っている間は、あんなにも時間が足りないと焦っていたのに、いざこうして敵を惹きつけることになると、途端に時間が長く感じた。

 ヒューゴが震える声で問う。


「な、なぁ、もう始めていいか?」


「……駄目。ギリギリまで惹きつけないと、呪魔(テルメア)が出てこない」


 カルラが首を横に振り、ヒューゴが舌打ちをする。チッ、チッ、チッ、と一定のリズムで繰り返される舌打ちは、きっと焦燥の発露なのだろう。だけどテオは思った。


「ヒューゴはリズム感が良いんだな」


「……お前さぁ、この状況でなに、気の抜けること言っちゃってんの?」


「すまない。あまりにリズムが正確な舌打ちだったから」


 別にヒューゴの緊張をほぐそうと思ったわけではない。純粋にそう思ったから、つい口にしてしまったのである。

 ヒューゴはフンと鼻を鳴らし、口をつぐむ。

 もしかしたら、呪装顕現前で意識を集中していたのに、邪魔してしまっただろうか。それは悪いことをしてしまった、とテオが反省していると、ヒューゴが言った。


「おい、他に何かないのかよ」


「他にって?」


「だから、なんかこう良い感じに俺を褒めて、やる気出させろよ」


「えぇ……」


 面倒臭い男である。テオは大真面目にヒューゴを諭した。


「他人の褒め言葉を動力源にすると、安定して実力を発揮できない。どんな状況でも実力を発揮できるよう、まずは自分自身を鼓舞することから始めたら良いんじゃないかな」


「お前……人のヤル気を削ぐ天才か?」


「今は、ヤル気があってもなくても、奮起しないといけない状況だろう?」


「俺が欲しいのは正論じゃねぇんだわ。おだてて良い気にさせろっつってんだよ」


 テオは反応に困った。おだてと分かっていたら、良い気がしないのではないだろうか。

 騎士たるもの、誠実たれ。味方をおだててその気にさせるのは、騎士がとるべき行動ではない。

 なので、テオは正直かつ誠実に応えた。


「すまない。そういうお世辞は苦手なんだ。ヒューゴの実力を見てすごいと思ったら、その時は心から称賛を送るから許して欲しい」


「お前なぁぁ……!」


「ヒューゴは、その才能に全てを注いできたんだろう?」


 今朝の口論を思い出したのか、ヒューゴが苦い顔をする。

 自分に何か一つ秀でたものがあれば、と零すテオに、ヒューゴは苛立ちを隠さず言った。


 ──お前さぁ、今よりちょっと頑張れば、『何か一つ』が手に入るとか思ってるわけ? 何か一つ優れたものを持ってる奴は、他のことを諦めて我慢して、『何か一つ』に時間費やしてんだよ。


 ヒューゴは持っていたのだ。他人に誇れるたった一つのものを。

 それが彼の在り方、彼だけの呪装顕現だ。


「……才能じゃねぇ。今はもう、呪いだよ」


 ヒューゴは卑屈に吐き捨て、チラリと横目でカルラを見る。


「お前の呪いが不老不死なんて、初めて聞いたぜ。マジで死なないわけ?」


「そう」


「何年生きてんの?」


「数えていないから分からない」


 ヒューゴは自分の呪いについて語るのが嫌で、カルラに話を振ったのだろう。

 カルラは特に気を悪くした様子もなく、いつもの淡々とした口調で応じる。

 テオはふと気がついた。


「もしかして、カルラが仮面を被っているのは……不老不死を隠すため?」


「そう。歩く呪い(マッドウォーカー)を知らない人から見たら、わたしは不自然な存在だから」


 歩く呪い(マッドウォーカー)のことを知る灰色騎士や聖騎士なら、そういう呪いと言われれば納得できる。だが、事情を知らない一般人にしてみれば、容姿の変わらぬカルラは不気味な存在だ。

 故に、市民が灰色騎士に恐怖や疑念を抱かぬよう、顔を隠しているのだという。

 灰色騎士を連れ歩く聖騎士にしても、灰色騎士に市民が悪感情を抱くのは好ましくないのだろう。

 カルラは顔の上半分を覆う仮面に、指先で触れる。その華奢で繊細な指が、テオにはなんだかとても綺麗に見えた。

 ヒューゴが屋根の上に胡座をかいて、カルラを見上げる。


「不老不死ってことはさぁ、その気になれば、灰色騎士団から逃げられんじゃねぇの? 自由になろうとか思わねーわけ?」


「わたしは、もうずっと長い間、灰色騎士団に飼われてるから、他の生き方が分からない。ただ……」


 最後の一言に、少しだけ感情がのったように聞こえたのは、テオの気のせいだろうか。

 カルラは前方を見据えたまま、ポツリと呟く。


「ずっと、探してるの」


 その声が寂しげに聞こえて、気づけばテオは訊ねていた。


「何を?」


「……本」


 真っ白な髪が夜風に揺れた。

 その髪を押さえる少女の白い指を、テオはなんとなく目で追いかける。


「もう一度巡り会えたら、他に何もいらない。そのためだけに生きてる」


 そう言って、カルラは背中から赤黒い羽を伸ばす。彼女は呪装顕現に言葉を必要としない──今ならその理由が分かる。

 わざわざ言葉にする必要がないぐらい、彼女はその力を使いこなしているのだ。

 一体どれだけの時間、灰色騎士として戦い続けてきたのだろう。


「……来た」


 カルラの視線の先、麦畑のカカシの辺りに傀儡達が辿り着いた。作戦が始まるのだ。

 いつも怠そうに立っているヒューゴが、背筋を伸ばし、声を張り上げる。


「『呪装顕現──聖歌の奉仕を』」


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