【9】そう、俺は慎重な男……
聖騎士団の第一騎士団所属、オズワルド・グレゴリー隊長は今年で二三歳の若者である。鍛えられ、引き締まった長身。濃い金髪と鋭い目の精悍な面差し──その顔には斜めに大きな傷がある。この傷は、若き日の油断がもたらしたものだ。
敵を侮り、返り討ちにあって以来、オズワルドは慎重たれと自身に言い聞かせ、何事にも油断せず堅実に生きてきた。
その慎重さたるや、パンツを履く前に必ず裏表が逆になっていないかを確かめるほどの徹底ぶり。戸締りは必ず指差し確認、備品の補充も常に完璧、ついた渾名が備品王、或いは第一騎士団の小姑。
その几帳面さは仕事にも活かされており、任務を受けた時は事前確認を怠らない。遠方に赴くなら、持ち物リスト(鞄に入れたら、リストの□にチェックを入れよう!)を作って部下達に配るほどのマメさであった。
だが、どれだけ入念に準備をしても、他者の介入によって訪れる想定外は多々ある。
その日、彼の任務に灰色騎士団が同行することになったのも、そういう想定外の一つだった。
「灰色騎士のテオです、よろしくお願いいたします!」
灰色騎士団司令部──通称燃え滓邸の前にて、オズワルド達にハキハキと挨拶をしたのは、金髪に小さな三つ編みの小柄な少年だった。
オズワルドは彼のことを覚えている。
「汽車で、ランドルフ団長に馴れ馴れしかった子どもじゃないか」
中央西地方の炭鉱街ウォルグから、中央部に戻るエルバートに同行した聖騎士の一人がオズワルドだ。
テオの方も、オズワルドのことを覚えていたらしい。
汽車の中で、ベリルに飴を勧められたエルバートに進言をし、窘められたのがオズワルドだ。そのやりとりが印象に残っているのだろう。
テオは緑色の目をキラキラさせて、オズワルドを見上げた。
「僕のこと、覚えていてくれたんですか!」
「……覚えているに決まっているだろう」
オズワルドは渋面で唸る。
この少年は歩く呪いのくせに、英雄エルバートに馴れ馴れしく話しかけ、激励されていたのだ。なんて分不相応な。羨ましい。
(何故、俺達が灰色騎士を迎えに来てやらねばならんのだ……)
灰色騎士は、いつ呪魔化してもおかしくない危険な連中だ。故に、燃え滓邸を出るには許可がいるし、任務で遠方に赴く際は聖騎士が同行して見張りにつく。
その都合で、聖騎士は燃え滓邸前まで馬車で赴き、灰色騎士を拾っていくのだ(「迎えに行く」だと癪に障るから、オズワルドとしては「拾いに行く」と言いたい)。
燃え滓邸の鉄柵の向こう側では、褐色の肌の女──灰色騎士のベリルが「頑張れよ〜」と手を振っていた。若者達の見送りらしい。暇なことである。
「……俺は隊長のオズワルド・グレゴリーだ。乗れ」
オズワルドが促すと、テオ、カルラ、ヒューゴの灰色騎士三名が乗り込む。鉄柵の向こう側で、見送りのベリルが「いってらっしゃーい」と投げキスをした。
(……相変わらず破廉恥な女だ)
やがて馬車が動き出すと、オズワルドは改めて今回の顔触れを眺めた。オズワルドは任務で共闘することがあるので、灰色騎士のことは大体知っている。
仮面で顔の上半分を隠した白髪の少女はカルラ。彼女は陰で灰色騎士団の切り裂き人形と呼ばれている。実力は確かだが、あまりにも人間みが薄く、薄気味悪いのだ。
そして、オレンジ色の髪の少年ヒューゴ。彼はいかにも卑屈そうな顔で、聖騎士達をチラチラと見ている。
オズワルドはヒューゴをジロリと睨んで、吐き捨てた。
「そこのお前は、以前も任務に参加していたな。ろくに働きもせず、逃げ回っていたので覚えている」
灰色騎士団は決して品行方正とは言い難いが、それでも呪魔と戦う意志を持つ者達の集団だ。
何を考えているか分からないカルラですら、ひとたび呪魔と対峙すれば、黙々と戦闘を始める。
それなのに、ヒューゴは過去の任務でろくに仕事をしていないのだ。他の灰色騎士のそばをチョロチョロしているだけで、戦闘時はいつもどこかに隠れていた。
オズワルドの指摘に、ヒューゴは不貞腐れたようにそっぽを向く。
「……俺は戦闘向きの能力じゃねぇし」
その言い訳じみた態度が気に入らない。
灰色騎士は、自ら志願してなった者は殆どいない。それは分かっているが、こうもあからさまにやる気のない態度を取られると、何故自分がこんなお荷物の見張りをしなくてはならないのだと怒りたくもなる。
オズワルドが一喝してやろうと息を吸うと、それより早く、テオがヒューゴに話しかけた。
「なら、今回は一緒に頑張ろう、ヒューゴ!」
「だからお前は、なんでそんな張り切ってんだよ!」
「初任務なんだ、張り切るのは当然だろう? 君は僕の先輩なのだから、手本を見せてほしい」
真っ直ぐな目のテオに、ヒューゴが顔をしかめる。そこに、仮面の少女カルラがポソポソと小声で言った。
「お手本……わたしも……見せる、から」
お手本。この人形じみた少女が、誰かに先輩らしい振る舞いをするところを、オズワルドは初めて見た。
オズワルドの内心の動揺をよそに、テオは目をピカピカさせて頷く。
「うん、勉強させてほしい」
「お手本……呪魔が出たら、いっぱい斬る……」
そんな雑なお手本があるか、とオズワルドは突っ込みたかった。だが、テオは感心した様子で「カルラは勇敢なんだな」などと言っている。
このままだと、この新人がお手本通り呪魔に突っ込んでいきかねない。
オズワルドはピクピクと眉を震わせ、怒鳴った。
「お前達の仕事は待機だ! 余計なことはするな! 以上!」
* * *
テオの育った炭鉱街ウォルグや、首都は工業地帯が多く、空はいつも赤みがかった灰色の煙で覆われている。
だが、首都より南西は中央部の貴重な農業地だ。見上げた空は澄んだ水色をしている。
呪魔の目撃情報があったレジルナの村はそれなりに大きな農村である。春は種や苗の植えつけが始まる忙しい季節で、住民達は呪魔の目撃情報に気が気ではないらしい。
聖騎士の到着を彼らは歓迎し、村の集会所として使っている二階建ての建物を、聖騎士達の滞在用にと提供した。
その一室で待機中のテオは、椅子に座り膝の上で拳を握りしめ、唸っていた。
「仕事……仕事がしたい……」
「はぁ? お前ばっかじゃねーの。何もしないで給料貰えんなら、それが一番じゃん」
そう言ってヒューゴは、村民が用意した茶菓子をボリボリ食べている。怠惰だ。
カルラは文句も言わず、置物のように椅子に座ってジッとしている。
テオは助けを求めるように、見張り役の若い聖騎士を見た。
見張りの聖騎士ニコラ・ロンはオズワルドの部下で、茶髪を首の後ろで尻尾髪にしている。初対面の挨拶で「ニコラでいいよ」と言ってくれた、気さくなお兄さんだ。
「ニコラさん、何か仕事はありませんか? 書類の整理とか予定の管理とか帳簿付けとか、何でも良いので……」
「ないねぇ。次からは暇潰し用の本でも持っておいでよー」
「ううううう……」
テオが不服そうに唸っていると、カルラがポツリと言った。
「あの隊長は、珍しい人……」
テオは困惑した。カルラの言う「珍しい」が何を指しているのか、よく分からなかったのだ。
カルラはそれを察したのか、ボソボソと小声で言葉を付け足した。
「現場では……わたし達に全部やらせる人も、いる、から」
「つーか、それが普通じゃん。俺達灰色騎士なんて、使い捨ての駒なんだからよぉ」
菓子を食べていたヒューゴが、やさぐれた態度で吐き捨てる。
「俺の体感だけど、聖騎士連中の灰色騎士への対応ってさぁ、大体三つに分かれんの。『灰色騎士は使い捨ての駒だからガンガン前線に出す派』『共に戦う仲間扱いで、そこそこ友好派』」
ヒューゴの言葉通りに受け取るなら、英雄エルバート・ランドルフは友好派だろう。エルバートは灰色騎士のベリルやカルラに対しても、他の者と変わらない対応をしていた。
ヒューゴは頬杖をつき、ジロリとニコラを睨んだ。
「でもって、あの堅物隊長みたいな、『灰色騎士は信用できないから、隔離したい派』」
ヒューゴの棘のある言葉に、ニコラは苦笑を浮かべた。
「グレゴリー隊長は慎重なんだよ。あの人は、任務に不確定要素が混じるのが嫌なんだ」
「ハッ! 不確定要素だってよ。やっぱ、信用してねーってことじゃん」
ヒューゴは皮肉たっぷりに鼻で笑うが、テオはオズワルド・グレゴリー隊長の考え方が、そんなに間違っているとは思わなかった。
灰色騎士は歩く呪い、いつ呪魔化してもおかしくない危険な存在なのだ。そんな存在が、蒸気機関車の中でエルバートのそばに座っているなんて、オズワルドは気が気じゃなかっただろう。
(それに、僕達が現場に来ると、その見張り役に人員を割かなくちゃいけないわけだし……)
灰色騎士を使い捨ての駒と考え、無理な突撃を命じる者よりは、現場から遠ざけようとするオズワルドの方が優しい、とテオには思えるのだ。
勿論、できることなら信頼関係を築いて、一緒に戦えるのが一番だが。
ニコラが寂しそうな顔をした。
「俺は友好派なんだけどなー」




