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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
二章 灰色騎士団
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【7】灰色騎士団の朝


 朝起きて、布団を畳み、顔を洗ったら、灰色騎士団の制服に袖を通す。

 テオはこの制服をとても気に入っていた。パリッと硬い布地の制服を身につけると、それだけで気持ちが引き締まる。

 着替えをしながら、今日の予定を確認。テオが灰色騎士になってから一週間。基本的に任務らしい任務もなく、待機を命じられているので、その待機時間は訓練と基地の手伝いにあてている。

 一房長い髪を編み、トレードマークの三つ編みを作ったところで、テオはまだベッドで寝ているヒューゴに声をかけた。


「おはよう、ヒューゴ。僕は訓練に行ってくる」


 ベッドがモゾモゾ動いて、「んぁぉ」という、寝言なんだか返事なんだかよく分からない声が聞こえた。ヒューゴはいつも朝食の時間ギリギリまで起きないのだ。

 ヒューゴ反り返り事件(ベリル命名)以降、テオとヒューゴは少しだけ打ち解けた(とテオは思っている)。今では敬語も使わず、名前を呼び合う仲だ。

 テオは床の上をコロコロしているレニーを肩に乗せる。最近では、ここがすっかりレニーの定位置となっていた。


「行くぞ、レニー!」


「めう!」



 * * *



 テオは灰色騎士団司令部と外を繋ぐ門を出ると、門番に元気良く挨拶をする。

 門番は中央(エリントン)軍の人間で、テオを忘れてしまう人達だと分かっているけれど、それでも挨拶は大事だ。


「おはようございます!」


 テオの挨拶に門番二人は「おう、おはよう」「いってらっしゃい」と、のんびり応じた。

 灰色騎士団司令部は、中央(エリントン)軍第二基地の敷地内にある。灰色騎士団を隔離するための鉄柵を越えれば、すぐそこで中央(エリントン)軍が訓練をしているのだ。

 なので、テオはアーチボルドに申請し、この訓練に参加させてもらっていた。

 申請の書類作りはそれなりに手間だったが、テオはその手の事務仕事が嫌いではない。寧ろ得意だ。分からないところは、アーチボルドが教えてくれた。彼はその手の事務仕事に詳しいのだ。寧ろ団長であるJJの方が「へー、こんな書類あるんだ」などと言っていた。

 早朝訓練は基礎体力作りが主となる。

 歩く呪い(マッドウォーカー)となったテオは、呪装顕現をしている間は身体能力が飛躍的に向上するが、そうでない時は以前と変わらない。

 基礎体力作りは重要だ。呪装顕現は使える時間が限られているから、それだけに頼った戦い方はしない方が良い。



 訓練場に向かうと、中央(エリントン)軍の赤い制服にまじって、灰色の制服が一つ見えた。巻きスカートに改造した制服──ベリルだ。

 ベリルは赤い制服の軍人達と談笑していたが、テオに気づくと「おはよー」と片手を振ってくれた。


「おはようございます。ベリルさんも、訓練ですか?」


「そうそう、テオに感化されてさ。久しぶりに体を動かそうと思って。おねーさん、こう見えても体動かすのが好きなんだ」


 体を動かすのが好き、というのは本当なのだろう。

 スラリとしたベリルの肢体はしなやかな筋肉があり、動きにキレと躍動感があるのだ。ウォルグの祭りで見かけたダンサーに似ている。

 ただ、テオは思った。もしかして、自分が訓練に参加したから、周りも参加するべきと圧がかかったのではないだろうか?


「……僕が参加してるから、気を遣わせてしまいましたか?」


「まさか!」


 テオの懸念をベリルはカラカラと笑い飛ばした。


「『楽しそうと思ったことは、とりあえずやってみる』──私はずっと、そうやって生きてきたんだ。訓練やってみるか〜、と思ったから、ここにいるんだよ」


 ベリルはパチンとウィンクをする。魅力的な人だ。

 なんというか、考え方がサッパリしていて、とても気持ち良い。

 ベリルはテオの肩に乗っているレニーをグリグリ撫でた。


「レニーも一緒にがんばろーなー」


「めう」


 なおこの愛らしい毛玉は、訓練中もその辺でコロコロしているだけである。



 * * *



 早朝訓練を終え、灰色騎士団司令部に戻ったテオとベリルは、玄関ホールの端っこにうずくまっている女を見つけた。

 手入れの行き届いていないパサパサの髪は、薄茶にピンクがかった不思議な色味をしている。彼女も灰色騎士の一人だ。

 テオは駆け寄り、女のそばにしゃがんで声をかけた。


「ロゼさん、またお酒ですか」


「そう、酒……探して……」


 ドロリと澱んだ目がテオを見る。暗い現実と夢の狭間を彷徨う者の目だ。

 顔は青白く、目の下には隈、水気のない唇はヒビ割れていて、一目で不健康と分かる有様である。

 彼女は下着みたいな服の上に、制服の上着を引っ掛けただけの格好だった。


「朝からお酒は駄目ですよ。あと、服! 服がはだけているのはいけません! 目に毒!」


 情けない声で「酒ぇ……」と繰り返すロゼの制服のボタンを、テオは目を逸らしながら留めてやる。これで胸元は隠れるはずだ。

 そのやりとりを見ていたベリルが、感心したように呟いた。


「テオは紳士だなー」


「騎士として当然のことです」


「古き良き騎士道精神、良いね。じゃあ、ちょっぴり感化されたおねーさんが、ロゼをベッドまで運んでやろう。ほーら、ロゼ、立てるかー? ゲロ吐くのは勘弁なー」


「うー……酒ぇ……」


 酒瓶を探して手を彷徨わせるロゼを、ベリルが肩を貸して立たせる。

 ベリルは女性の中では背が高い方だが、ロゼは更に高い。肉の薄い手足は、今にも折れそうなほど細かった。


「じゃーな、テオ。また後でー」


 そう言ってベリルは、ロゼを連れて行った。手伝おうかとも思ったが、女性の寝室に自分が入るのも良くないだろう。

 テオはベリルに一礼をして、次は調理場に向かう。扉の前で、テオはレニーを肩から下ろした。


「レニーは、ベッドで待っててくれるか?」


「めう」


 フワフワした毛玉の生き物は、調理場に連れて行くべきではないので、こういう時はベッドで留守番が常である。

 レニーはテオの呪いの一部なので、基本的に食事を必要としない。毛玉の中に口らしきものはあるのだが、今のところ飲食をしている様子は一度もなかった。

 レニーを見送り、テオは調理場の扉を開ける。


「おはようございます、モラン夫人、ノア君! お手伝いすることはありますか?」


 調理場では、準職員のモラン夫人と、ノア少年が朝食の用意をしていた。灰色騎士団の食事は主にこの二人が用意しているのだ。

 モラン夫人は白髪混じりの金髪をきちんとまとめた六〇代の女性、ノアは黒髪の一三歳の少年だ。ノアは歳が近く、身長もそんなに変わらないので、テオは勝手に親近感を抱いている。

 モラン夫人とノア少年は、別に血縁者というわけではない。それぞれの事情があって、灰色騎士団の準職員をしているのだ。

 元気に挨拶をするテオに、芋の皮を剥いていたモラン夫人がおっとりと言った。


「おはようございます、それでは、ハルクさんに食事を持って行ってあげてくださいな。もうそろそろいらっしゃるから」


「はい、分かりました。いつものパンと豆のスープですか?」


「そう、そこのお鍋のですよ。火傷に気をつけて。山羊のミルクはこっち」


 モラン夫人の声は、いつも柔らかくて耳に心地良い。その穏やかさと上品さは、故郷のオリビアを思い出させた。

 ウォルグで暮らしていた頃、テオはアレンと一緒にオリビアを手伝ったものだ。アレンがつまみ食いしようとするのをテオが阻止して、オリビアがアレンを叱って……あの頃が懐かしい。

 山羊のミルクをコップに注ぎながら、テオは泥酔していたロゼのことを思い出した。モラン夫人達にも伝えておいた方が良いだろう。情報共有は大事だ。


「さっき、ロゼさんが具合悪そうにしていました。朝食は無理かもしれません」


 あとで胃に優しいスープを持って行ってあげたい、とテオが続けるより早く、ノア少年が苦々しげに吐き捨てた。


「……あの人、またですか」


 そんなにキツい言い方しなくても、と思うが、ノアはいつもこんな感じなのだ。まだ一三歳と若いのにしっかりしていて、その分、大人を見る目が厳しい。

 この若さで灰色騎士団の準職員をしているぐらいだから、きっと色々と苦労してきたのだろう。

 テオは豆のスープと温めたパン、それと山羊のミルクを盆にのせると、食堂に向かった。

 朝食の時間にはまだ一時間ほど早いが、長テーブルの端に灰色騎士の制服を着た大柄な男が座っている。

 褐色の肌にスキンヘッドの男だ。年齢はおそらく四〇歳前後。呪印がある右手にだけ手袋をしている。


「ハルクさん、おはようございます」


「おぅ、悪いな。運ばせちまって」


 ハルクはいつも皆と違う時間に食事を摂る。静かに食べたい主義らしい。

 ハルクは無言で食事を始めた。食前の祈りは先に部屋で済ませているのだという。

 灰色騎士団の男性が寝室に使っている大部屋は二つあるので、年長者と年少者で部屋を分けている。テオはハルクとは別室で、話をする機会が少ない。なので、あまり彼のことを知らないが、真面目で実直な人という印象を抱いていた。

 ハルクは言葉遣いこそ荒っぽいが、話す声がとても落ち着いているのだ。


「そうだ、テオ坊。今日か明日が、お前さんのデビュタントだ。気合入れて呪装顕現(ドレスアップ)の準備をしときな」


「初任務ってことですか?」


「あぁ、団長と管理官がそんな話をしてた」


 灰色騎士が出動するということは、呪魔(テルメア)が出たということなのだ。

 テオは制服の胸元──丁度、呪印の真上の辺りをギュッと握り、気持ちを引き締めた。



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