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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
二章 灰色騎士団
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【5】新入りぃ〜ちょっとパン買ってこいよぉ〜

 私物をアーチボルドに預けたテオは、肩にレニーを乗せて、基地の二階に下りた。

 二階の大部屋の内の二つが、男性の寝室だ。個室を持っているのは、団長のJJと管理官のアーチボルドのみで、あとは基本的に大部屋である。

 現在は灰色騎士の何人かが西の最果て(ウェスト・エンド)の防衛戦に行っているため、テオと同じ部屋の人間で、留守番をしているのは一人だけらしい。


「失礼します」


「めう!」


 大部屋にはベッドが六つ並び、一番奥のベッドに一人の少年が寝そべり、本を読んでいた。

 年齢はテオと同じか少し上ぐらいだろうか。オレンジ色の髪にソバカス顔の少年だ。灰色騎士団の制服を着崩しており、首に赤黒い呪印がある。

 少年はベッドの上で上半身を起こすと、ジトリとした目でテオを見た。


「あ? なにお前?」


 なにお前? と訊かれたらするべきことはただ一つ。自己紹介だ。いつも人から忘れられるテオは、自己紹介が得意である。


「今日から灰色騎士団の一員になった、テオといいます。こっちは相棒のレニーです。よろしくお願いします!」


 そのまま礼をすると、肩の上のレニーが落ちてしまうので、テオはレニーを両手で抱えてから、礼をした。ワンテンポ遅れて、レニーが「めふっ」と声を漏らす。

 オレンジ色の髪の少年は、ベッドの上であぐらをき、己の足に頬杖をついてテオを見上げた。


「へぇ、新人かよ。歳いくつ?」


「一応、一四歳です」


 一応、とつけたのは正確な年齢が分からないからである。


「それなら、俺の一つ下かよ。へぇ〜……」


 オレンジ色の髪の少年は、そばかす顔にニヤニヤ笑いを浮かべると、やけに語尾上がりのねちっこい口調で言った。


「俺はヒューゴだ。おい、新入りぃ。ちょっと、ブラウン・テール買ってこいよぉ」


 テオは困惑した。ブラウン・テールが何か分からなかったのだ。


「すみません、ブラウン・テールとは何ですか?」


「あ? ブラウン・テールを知らねぇのかよ? あぁん? お前、どこの田舎から来たわけ?」


「ウォルグです。中央西地方(レガート)の炭鉱街の」


「あぁ? 田舎じゃん。まっ、俺は生まれも育ちも中央部(エリントン)だけどよぉ?」


 ヒューゴはやけに語尾上がりの「あぁ?」を強調する喋り方をした。そういう訛りなのだろうか。


「そんなことより、早くひとっ走り買ってこいよ。ブラウン・テールも知らないなんて、こっちじゃ笑いもんだぜ? あぁ?」


 なるほど、つまりヒューゴは、中央部(エリントン)のことをテオに教えようとしてくれているのだ。

 ブラウン・テールが何かを調べることも含めて、そういう課題なのだろう。


「分かりました、買ってきます。代金をお預かりしてもよろしいでしょうか?」


「はぁぁぁ? あんで、俺が出すんだよ。お前が買ってこいよ、新入り」


「ですが、僕は私財を全て没収されていて……」


「はぁーあぁーあぁー? そこは頭使えよ、お前ぇ? おぉん? あぁん?」


 テオは言われた通り頭を使い、先輩の言葉の意図を考える。

 先ほど管理官のアーチボルドは言っていた。


『灰色騎士は、入団の際に私物と私財を全て本部に預けることと定めている』


 だが、それはあくまで入団する時の話。入団してから、私財を蓄えたり、私物を持ち込んだりしてはいけない、とまでは言われていない。

 だから、蒸気機関車の中でベリルはキャンディを持っていたし、目の前にいるヒューゴも娯楽小説らしき物を読んでいるのだ。


(ただ、現時点で僕は私財と呼べる物がない。ブラウン・テールが何かも分からない。ならば……)


 ヒューゴは頭を使えと言った。これはちゃんと考えれば、解決できる問題なのだ。


「分かりました。ブラウン・テールを探してきます!」



 * * *



 ブラウン・テールを探してくる、と言って部屋を出ていった新人の背中を見送り、ヒューゴは拳を握りしめた。


(っしゃ! 舐められないよう最初に一発かます作戦、大成功!)


 新入りが来ると聞いた時、ヒューゴは内心とてもヒヤヒヤしていた。

 なにせ灰色騎士団の人間ときたら、やばい能力持ちのおっかない連中が多いのだ。そういう人達を、ヒューゴは兄さん、姐さんと呼び、下手に出て持ち上げている。

 だからこそ、強気に出られる舎弟のような存在が欲しかったのだ。

 あの新人──テオは、見るからに育ちの良いお坊ちゃんという雰囲気だ。こちらが強気に出れば、ビビって逆らったりしないだろう、とヒューゴは踏んでいた。


(まぁ、新入りなら、まだ給金貰ってないし、そもそも外出申請の仕方も分からないだろうから、ブラウン・テール買いに行けるはずもないし?)


 あの新人が困り顔で戻ってきたら、こう言ってやるのだ。「やれやれ仕方ねぇなぁ、ヒューゴ先輩が次の外出の時に買ってやるから感謝しろよな」と。そうして外出申請について教えてやるのだ。

 プスーと鼻を鳴らし、ヒューゴはしばし小説に没頭した。

 この燃え滓邸(シンダー・ハウス)の談話室には、古本を集めた本棚がある。本棚には各自が持ち込んだ本や遺品の本が雑多に詰め込まれていて、好きに持っていって読むのだ。中にはちょっと過激な本もある。

 こういった物にアーチボルド管理官は良い顔をしないが、JJの指示で目を瞑っているらしい。


(……寧ろ、こんだけおっかない奴ばかりなのに、なんで団長があんなに緩いんだろ。紙袋被ってるし)


 昔の灰色騎士は給金すら出ず、死ぬまで呪魔(テルメア)と戦わせられていたと聞く。その時代をヒューゴは知らないが、今の団長になってから、だいぶ待遇が良くなったそうだ。

 入団時に私財が没収されるが、それ以降は一応給金が出るし、酒や娯楽用品の持ち込みも大目に見てもらえる。

 希望すれば、家族に仕送りもできるらしい。逆に受け取ることはできないが、家族と縁を切られたヒューゴには意味のない話だ。

 ペラリと本のページを捲る。美しい親子愛の話で腹が立った。たかだか血が繋がっているだけのことを、どうしてこうも美化できるのか。

 続きを読むのはやめようか、だが、物語のオチは気になるのが悩ましい。

 悩んでいると、扉の開く音がした。


「失礼します」


 新人が戻ってきたのかと思いきや、部屋に入ってきたのはエプロンを付けた黒髪の少年だ。

 彼は燃え滓邸(シンダー・ハウス)の準職員で、名前をノアという。年齢は一三歳とヒューゴより二つ年下だが、ヒューゴの舎弟ではない。

 燃え滓邸(シンダー・ハウス)には、アーチボルド管理官のように歩く呪い(マッドウォーカー)ではない人間もいる。調理場や雑務を担う準職員がそうだ。

 ノアもその一人で、この時間は主に調理場の手伝いをしている。

 ノアは不快感を隠さない、じとっとした目でヒューゴを見て言った。


「……新人さんをけしかけるの、やめてくれませんか? こっちの迷惑も考えてください」


「はぁ?」


 その時、ノアの背後から皿を持ったテオが姿を見せた。足下では、白い毛玉がじゃれている。


「レニー、危ないから進行方向にいないでくれ! ……あっ、ヒューゴさん、お待たせしました! シナモンシュガーの揚げパン……ブラウン・テールです!」


 そう言ってテオは、ヒューゴに皿を差し出す。

 皿にのっているのは、シナモンシュガーをまぶした楕円の揚げパン。

 まごうことなく、首都(グランリウム)で親しまれている、こんがり揚げたブラウン・テールである。

 ノアが迷惑そうな雰囲気を隠さず言った。


「この人、調理場に押しかけてきて、ブラウン・テールは何かとか、どうやって作るのかとか訊いてきたんです」


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