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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
二章 灰色騎士団
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【4】魅惑のフワフワ

「僕の相棒のレニーです!」


 必死のテオをよそに、レニーは「めぁー」と気の抜ける声で鳴く。


「灰色騎士は、入団の際に私物と私財を全て本部に預けることと定めている。ペットも同様だ」


 アーチボルドの言葉に、テオはギョッとした。それではまるで、俗世を捨てる修道女ではないか。

 だが灰色騎士の場合、修道女のそれとは意味合いが違うのだ。

 これまでの聖騎士やアーチボルドの反応から察するに、逃亡を防ぎ、徹底管理するためなのだろう。だからベリルは、蒸気機関車の中でキャンディを食べてしまえと言ったのだ。


(……あれ? それだと、ベリルさんはどうやってキャンディを手に入れたんだ?)


 アーチボルドは上着を脱ぎ、床を転がり逃げるレニーにバサリとかけた。上着の下でモゾモゾしている毛玉を、アーチボルドは素早く上着で包んで確保する。

 テオは慌ててアーチボルドに取り縋った。


「レニーは、ペットではなく僕の相棒です。初めて呪装顕現した時に出てきました」


「……なに?」


 アーチボルドが眉根を寄せて、JJを見る。

 紙袋がカサッと音を立てた。どうやらJJが、紙袋の下で小首を傾げたらしい。


「んー……ちょっと、その白いフワフワちゃん、近くで見せてもらっていい?」


「どうぞ」


 テオが頷くと、アーチボルドは渋々という様子で上着を執務机にのせた。その間も片手はずっと腰のサーベルに添えられたままだ。

 上着がペロリとめくれて、白い毛玉が姿を見せた。


「めふぅ」


「おぉう、魅惑のフワフワ……」


 JJの言葉を褒め言葉と受け取ったのか、レニーは「めうー」と得意気に鳴き、そのまま後ろにコロンと転がった。

 多分あれは、胸を張った拍子にバランスを崩して尻から倒れたのだろう。レニーは毛玉の中に四本足が隠れているが、ストッパーの役割すら果たせない短足なのだ。故にこうなる。

 JJは両手でレニーをすくい上げ、紙袋越しにまじまじと眺めた。


「……ん、確かに使役体(ファミリア)の一種? のようだな。具体的なことは、ドクターが戻ってきたら調べてもらえばいい」


「灰色騎士団には、常駐医の方がいらっしゃるのですか?」


「そうそう、うちの呪魔(テルメア)博士。今は、ちょっと研究所に出張中だけど、戻ったら、テオの呪印や能力について調べさせるよ」


 そう言ってJJは、執務机にレニーをそっと置いた。小動物にするような優しい手つきだ。


「ほい、フワフワちゃん返すわ。ちゃんと自分で世話すれば、特に文句は言わんよ」


「ありがとうございますっ!」


 きちんと礼を言い、テオはレニーに手を伸ばす。レニーは短い手足を懸命に動かし、テオの手から肩までよじ登った。

 おかえり相棒、と小声で囁くと、レニーはフワフワの体をテオの頬に擦りつける。


「そんじゃ、あとはアーチボルドに任せた。よろしくー」


 アーチボルドは苦渋の表情でテオとレニーを交互に睨み、「ついてこい」と命じる。

 司令室を出たテオは、同じ三階にある別室に連れて行かれた。そこで、制服や着替え一式を渡される。


「ここで、私財と私物は預かる」


「はい、分かりました」


 渡された着替えには、制服以外にも下着や、簡素なシャツとズボンもあった。

 檻で囲まれ、見張りの立つ建物。没収される私物と私財。扱いはまるっきり囚人のそれだ。


「もしも僕が自分の呪いを解いたら……この荷物は返してもらえますか?」


 あまり考えたくはないことだが、灰色騎士の私財を没収し、そのまま着服することは容易だろう。

 アーチボルドは眉間の皺を深くし、眼鏡を指先で持ち上げる。


「保管は十全に行われる。横領や不正はない──が」


 眼鏡の奥の目が、刺すような鋭さでテオを睨んだ。


「灰色騎士が殉職した時、この私物を棺に入れる。空の棺に私物だけを入れることも何度かあった」


 それはつまり、殉職した灰色騎士の亡骸が行方不明になったか、或いは呪魔(テルメア)化したということだろう

 呪魔(テルメア)化した人間が、棺で埋葬されることはない。呪魔(テルメア)の亡骸は埋葬ではなく、南部の処理施設に運び込まれて処分されるからだ。


「己の呪いを解き、退団できた者は一人もいない。それが現実と胸に刻め」


 そう言って、アーチボルドは小さい札に日付を書き込んだ。どうやら、いつ誰から預かった荷物か、記録をつけているらしい。

 ところが、その手が日付を書き込んだところで止まる。

 アーチボルドは手帳を取り出し、何かを確認してから、札に「テオ」と書き込んだ。


(やっぱり……)


 その様子を見て、テオは確信する。


「アーチボルド管理官は、歩く呪い(マッドウォーカー)ではないのですね」


 テオの忘却の呪いは、加護持ち(ブレスド)歩く呪い(マッドウォーカー)には効きづらいという性質がある。

 だが、アーチボルドは初めて出会った時から、テオの名前を覚えるのに苦戦していた──彼は、加護持ち(ブレスド)でも歩く呪い(マッドウォーカー)でもないのだ。


「私は近衛歩兵連隊(ロイヤル・フェザー)から出向中の身だ。ここでは灰色騎士団の制服を着ているが、正式な団員ではない」


近衛歩兵連隊(ロイヤル・フェザー)!?)


 正直テオは、度肝を抜かれた。

 中央(エリントン)軍に属し、ウィリアム王太子の指揮下にある──とそれだけなら、灰色騎士団と同じに聞こえるが、近衛歩兵連隊(ロイヤル・フェザー)はエリート中のエリートだ。飾り羽根のついた正装用の帽子がその名の由来で、高貴な方々の護衛を務めることもある。

 家柄もさることながら、剣術、馬術、語学など、あらゆることに長けていないと所属はできない、中央部(エリントン)では聖騎士に並ぶ、皆の憧れの存在である。


中央(エリントン)軍の人かと思っていたけど……まさか、近衛歩兵連隊(ロイヤル・フェザー)だったなんて)


 何故そんなすごい人が、灰色騎士団に出向しているのだろう。

 テオの表情が、そのまま疑問を物語っていたのだろう。アーチボルドは素っ気ない口調で言う。


「私はローガン・アーチボルド。王太子殿下の命で、灰色騎士団の監視をしている」


 アーチボルドは家名だったらしい。そういう意味でも彼は、姓を奪われる灰色騎士団の人間とは違うのだ。

 アーチボルドは腰から下げたサーベルの柄に、軽く手を添える。

 呪魔(テルメア)を切断するには頼りない剣。当然だ。彼の仕事は呪魔(テルメア)と戦うことではないのだから。


「貴様ら歩く呪い(マッドウォーカー)どもの呪魔(テルメア)化が進行したら、このサーベルで首を刎ねる。そのために、私はここにいる」


 思えばアーチボルドは初対面の時から、歩く呪い(マッドウォーカー)に対する嫌悪を隠していなかった。当然だ。彼は歩く呪い(マッドウォーカー)ではなく、それを処刑する側の人間なのだから。

 サーベルの柄に手をかける彼の立ち姿から、テオは一流の剣士の怖さを感じた。アレンが本気を出した時の、底の見えない怖さと同じだ。

 今のテオには、自分とアーチボルドの実力差がどれほどのものか分からない。それほどまでに、圧倒的な実力差がある。


「呪いの力は、暴走すると呪魔(テルメア)化が進行する。それを肝に銘じておけ」


 アーチボルドの忠告に、テオはゴクリと唾を飲む。そして、勢いよく頭を下げた。肩に乗っていたレニーがコロリと床に落ちる。


「ご忠告ありがとうございます、アーチボルド管理官!」


「…………」


「呪いに頼りすぎぬよう自戒し、剣の腕も磨きます」


 アーチボルドは、呪いの力に頼りすぎるな、呪魔(テルメア)化が進行するぞ、と忠告してくれているのだ。

 誠実な人だなぁ、と感心するテオの足下では、テオの肩から転がり落ちたレニーが「めふぶぅ」と不満そうに鳴いていた。



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