【4】魅惑のフワフワ
「僕の相棒のレニーです!」
必死のテオをよそに、レニーは「めぁー」と気の抜ける声で鳴く。
「灰色騎士は、入団の際に私物と私財を全て本部に預けることと定めている。ペットも同様だ」
アーチボルドの言葉に、テオはギョッとした。それではまるで、俗世を捨てる修道女ではないか。
だが灰色騎士の場合、修道女のそれとは意味合いが違うのだ。
これまでの聖騎士やアーチボルドの反応から察するに、逃亡を防ぎ、徹底管理するためなのだろう。だからベリルは、蒸気機関車の中でキャンディを食べてしまえと言ったのだ。
(……あれ? それだと、ベリルさんはどうやってキャンディを手に入れたんだ?)
アーチボルドは上着を脱ぎ、床を転がり逃げるレニーにバサリとかけた。上着の下でモゾモゾしている毛玉を、アーチボルドは素早く上着で包んで確保する。
テオは慌ててアーチボルドに取り縋った。
「レニーは、ペットではなく僕の相棒です。初めて呪装顕現した時に出てきました」
「……なに?」
アーチボルドが眉根を寄せて、JJを見る。
紙袋がカサッと音を立てた。どうやらJJが、紙袋の下で小首を傾げたらしい。
「んー……ちょっと、その白いフワフワちゃん、近くで見せてもらっていい?」
「どうぞ」
テオが頷くと、アーチボルドは渋々という様子で上着を執務机にのせた。その間も片手はずっと腰のサーベルに添えられたままだ。
上着がペロリとめくれて、白い毛玉が姿を見せた。
「めふぅ」
「おぉう、魅惑のフワフワ……」
JJの言葉を褒め言葉と受け取ったのか、レニーは「めうー」と得意気に鳴き、そのまま後ろにコロンと転がった。
多分あれは、胸を張った拍子にバランスを崩して尻から倒れたのだろう。レニーは毛玉の中に四本足が隠れているが、ストッパーの役割すら果たせない短足なのだ。故にこうなる。
JJは両手でレニーをすくい上げ、紙袋越しにまじまじと眺めた。
「……ん、確かに使役体の一種? のようだな。具体的なことは、ドクターが戻ってきたら調べてもらえばいい」
「灰色騎士団には、常駐医の方がいらっしゃるのですか?」
「そうそう、うちの呪魔博士。今は、ちょっと研究所に出張中だけど、戻ったら、テオの呪印や能力について調べさせるよ」
そう言ってJJは、執務机にレニーをそっと置いた。小動物にするような優しい手つきだ。
「ほい、フワフワちゃん返すわ。ちゃんと自分で世話すれば、特に文句は言わんよ」
「ありがとうございますっ!」
きちんと礼を言い、テオはレニーに手を伸ばす。レニーは短い手足を懸命に動かし、テオの手から肩までよじ登った。
おかえり相棒、と小声で囁くと、レニーはフワフワの体をテオの頬に擦りつける。
「そんじゃ、あとはアーチボルドに任せた。よろしくー」
アーチボルドは苦渋の表情でテオとレニーを交互に睨み、「ついてこい」と命じる。
司令室を出たテオは、同じ三階にある別室に連れて行かれた。そこで、制服や着替え一式を渡される。
「ここで、私財と私物は預かる」
「はい、分かりました」
渡された着替えには、制服以外にも下着や、簡素なシャツとズボンもあった。
檻で囲まれ、見張りの立つ建物。没収される私物と私財。扱いはまるっきり囚人のそれだ。
「もしも僕が自分の呪いを解いたら……この荷物は返してもらえますか?」
あまり考えたくはないことだが、灰色騎士の私財を没収し、そのまま着服することは容易だろう。
アーチボルドは眉間の皺を深くし、眼鏡を指先で持ち上げる。
「保管は十全に行われる。横領や不正はない──が」
眼鏡の奥の目が、刺すような鋭さでテオを睨んだ。
「灰色騎士が殉職した時、この私物を棺に入れる。空の棺に私物だけを入れることも何度かあった」
それはつまり、殉職した灰色騎士の亡骸が行方不明になったか、或いは呪魔化したということだろう
呪魔化した人間が、棺で埋葬されることはない。呪魔の亡骸は埋葬ではなく、南部の処理施設に運び込まれて処分されるからだ。
「己の呪いを解き、退団できた者は一人もいない。それが現実と胸に刻め」
そう言って、アーチボルドは小さい札に日付を書き込んだ。どうやら、いつ誰から預かった荷物か、記録をつけているらしい。
ところが、その手が日付を書き込んだところで止まる。
アーチボルドは手帳を取り出し、何かを確認してから、札に「テオ」と書き込んだ。
(やっぱり……)
その様子を見て、テオは確信する。
「アーチボルド管理官は、歩く呪いではないのですね」
テオの忘却の呪いは、加護持ちと歩く呪いには効きづらいという性質がある。
だが、アーチボルドは初めて出会った時から、テオの名前を覚えるのに苦戦していた──彼は、加護持ちでも歩く呪いでもないのだ。
「私は近衛歩兵連隊から出向中の身だ。ここでは灰色騎士団の制服を着ているが、正式な団員ではない」
(近衛歩兵連隊!?)
正直テオは、度肝を抜かれた。
中央軍に属し、ウィリアム王太子の指揮下にある──とそれだけなら、灰色騎士団と同じに聞こえるが、近衛歩兵連隊はエリート中のエリートだ。飾り羽根のついた正装用の帽子がその名の由来で、高貴な方々の護衛を務めることもある。
家柄もさることながら、剣術、馬術、語学など、あらゆることに長けていないと所属はできない、中央部では聖騎士に並ぶ、皆の憧れの存在である。
(中央軍の人かと思っていたけど……まさか、近衛歩兵連隊だったなんて)
何故そんなすごい人が、灰色騎士団に出向しているのだろう。
テオの表情が、そのまま疑問を物語っていたのだろう。アーチボルドは素っ気ない口調で言う。
「私はローガン・アーチボルド。王太子殿下の命で、灰色騎士団の監視をしている」
アーチボルドは家名だったらしい。そういう意味でも彼は、姓を奪われる灰色騎士団の人間とは違うのだ。
アーチボルドは腰から下げたサーベルの柄に、軽く手を添える。
呪魔を切断するには頼りない剣。当然だ。彼の仕事は呪魔と戦うことではないのだから。
「貴様ら歩く呪いどもの呪魔化が進行したら、このサーベルで首を刎ねる。そのために、私はここにいる」
思えばアーチボルドは初対面の時から、歩く呪いに対する嫌悪を隠していなかった。当然だ。彼は歩く呪いではなく、それを処刑する側の人間なのだから。
サーベルの柄に手をかける彼の立ち姿から、テオは一流の剣士の怖さを感じた。アレンが本気を出した時の、底の見えない怖さと同じだ。
今のテオには、自分とアーチボルドの実力差がどれほどのものか分からない。それほどまでに、圧倒的な実力差がある。
「呪いの力は、暴走すると呪魔化が進行する。それを肝に銘じておけ」
アーチボルドの忠告に、テオはゴクリと唾を飲む。そして、勢いよく頭を下げた。肩に乗っていたレニーがコロリと床に落ちる。
「ご忠告ありがとうございます、アーチボルド管理官!」
「…………」
「呪いに頼りすぎぬよう自戒し、剣の腕も磨きます」
アーチボルドは、呪いの力に頼りすぎるな、呪魔化が進行するぞ、と忠告してくれているのだ。
誠実な人だなぁ、と感心するテオの足下では、テオの肩から転がり落ちたレニーが「めふぶぅ」と不満そうに鳴いていた。




