【3】紙袋の人(偉い人)
首都南方郊外、中央軍第二基地の敷地内には、鉄柵で囲まれた三階建ての建物がある。
かつて火災があったものの、何度も修繕を繰り返して使っている古びたその建物こそ、歩く呪い達を集めた灰色騎士団本部である。
テオは灰色騎士団が百人程度の規模だと思っていたのだが、馬車の中でベリルやアーチボルドに聞いたところ、団長も含めて、たったの一〇人前後しかいないらしい。
現在は呪魔との戦闘の激戦区である西の最果ての戦線に、何人か出向しているため、基地には半分もいないだろう、とのことだった。
どうりで灰色騎士団の存在が知られていないはずである。
歩く呪いはいつ呪魔化するか分からない、というリスクがある。戦力として扱うことに反対する市民もいるだろう。だから、国はその存在を伏せているのだ。
門の前には、見張りの兵士が二人いた。赤い制服──中央軍だ。アーチボルドを見ると、兵士二人は敬礼し、すぐに門の鍵を開ける。
ベリルがテオに囁いた。
「ここが灰色騎士団本部──通称『燃え滓邸』。もしくは犬小屋な」
基地を囲う鉄柵は、外部からの侵入者を防ぐためのものではなく、中にいる灰色騎士達を閉じ込めるためのものなのだ。
外出に首輪が必要なことと言い、なるほど待遇は良くなさそうである。
「『清貧とか貞潔とかは、どーでもいいから、とにかく従順たれ』──それが方針なんだよ」
冗談めかして呟くベリルを、アーチボルドがジロリと睨む。
「私はこれから、新人を司令室に連れて行く。お前達は次の任務まで、部屋で待機しているように」
アーチボルドの指示に、ベリルは軽く片手を振る。
「はいはい、お疲れ様ー。テオ、まったなー」
そんなベリルをジッと見上げていたカルラが、テオの方を向いてぎこちなく片手を振る。どうやら、ベリルの真似をしているらしい。
「色々ありがとうございました、ベリルさん、カルラ」
テオは丁寧に礼を言い、ちょっとだけ片手を振ってみた。あまり騎士らしくない仕草だが、二人がテオに向けたのと同じ気持ちを返したかったのだ。
アーチボルドは早足で、階段を上っていった。古い建物だが、造り自体はしっかりしているらしく、床や階段がギシギシと軋むことはない。
やがて、アーチボルドは三階の、とある部屋の前で足を止めた。
「これからお前に会わせるのは、灰色騎士団の団長だ。失礼のないようにしろ」
アーチボルドがノックをして扉を開ける。
部屋の奥、執務机の前には一人の人物が座っていた。
特に大柄でも痩せてもいない、灰色騎士団の制服を着た体──の上には紙袋。
その人物は、頭に紙袋を被っていた。目のあたりに丸い穴が空いているから、一応こちらは見えているのだろう。
テオは横目でアーチボルドを見た。アーチボルドは厳しい顔で何も言わない。つまり、これはアーチボルドにとって非常事態ではないのだ。
(僕は……何を言えば……)
テオが悩んでいると、紙袋の中から声がした。あまり覇気のない中年男性の声だ。
「入っていいよー」
「は、はいっ、失礼いたします」
テオは室内に足を踏み入れると、きちんと姿勢を正した。
どんな時でも、挨拶は大事だ。
「拝謁を賜り誠に光栄です。わたくしはこの度、灰色騎士団の一員となりました、テオと申します」
「あー、うん。団長のJJです、どうも」
変わった名前だ。顔を隠していることといい、素性を明かせない難しい立場なのだろうか。
「年齢だけど、君は一四歳なんだって?」
「はい、拾われ子なので、正確な年齢は分かりませんが」
「そっかー。うーん……」
JJが腕組みをして唸る。紙袋のせいで表情は分からないが、困り顔をしている気がした。
「本当はね、一六歳未満の未成年は灰色騎士見習いとし、戦場には出さないものとする、って規約を作りたいんだけど、なかなか上に通らないのよ。だから、君みたいな子も、普通に灰色騎士として戦場に出なきゃいけないんだわ……力及ばず、ゴメンネ?」
「元より、僕は騎士として戦う覚悟ですので問題ありません。ですが、戦いを望まぬ子どもが戦場に出るなど、あってはならないこと。団長の申請が通ることを心より願っております」
「あ、うん、ありがとー……」
目の前の男から大物特有の風格は感じなかった。喋る声は抑揚が少なく、力強さや張りがない。端的に言って、くたびれたオッサンの喋り方である。
(でも、良い人だ)
何より、見た目が不審者で中身がくたびれたオッサンだろうと、目の前にいるのは灰色騎士団の団長。テオの上司なのだ。失礼があってはならない。
テオはきちんと背筋を伸ばして、挨拶を続けた。
「若輩者ではありますが、市民を呪魔の脅威から守れるよう誠心誠意努めますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「うん、よろしくー」
会話が終わった。
「…………」
「…………」
JJでも、アーチボルドでもいいから、何か言ってほしい。
せめて退室を促してくれないだろうか。テオが密かに考えていると、JJが言った。
「なんか、訊きたいことある?」
「これからの生活に必要なことは、アーチボルド管理官からお話があるのではないかと……」
「いや、訊いていいよ。なにその紙袋〜って、思うでしょ? 思ったでしょ?」
思った。すごく思ったので、テオは葛藤の末に声を絞り出した。
「……お訊ねしても、よろしいでしょうか?」
「うん、寧ろ聞いてほしかった。ほら、陰でさー、『うちの上司、紙袋被ってんの、ありえなくないー?』って若い子にヒソヒソ言われたら悲しいでしょ」
「陰口など、恥ずべき行いです」
「真面目だなぁ。あ、それでね、紙袋だけど……」
JJは目の形にくり抜かれた穴を指さす。
茶色い紙袋にある二つの穴は黒く、向こう側の様子が見えない──否、それはおかしいだろう、とテオは気づく。
丸い穴が空いていたら、目の周囲の肌色と、白目ぐらいは見えているはずではないか。
「俺ね、顔の上半分が呪印で真っ黒なのよ」
目を凝らしたテオはギョッとした。肌色だけじゃない。紙袋から見えるJJの目は、白目も虹彩も全てが黒く染まっているのだ。
「視力に問題はないんだけどね、顔の上半分が真っ黒って、ちょっと目立つじゃない? しかも、髪色も派手なことになっちゃって……歩く呪い化して五年以上経つとさ、髪色とか色々変わってくんのよ」
「そ、そうなのですか」
「だから、顔隠すと楽なんだよねぇ。ちょっと気合い入ってない顔してても許されるし。うっかり鼻毛飛び出しててもバレないし」
呪印の位置は、呪魔の尾刺棘で呪いを流し込まれた位置を意味する。
ベリルは両脚、カルラは背中、そしてテオは心臓。JJの場合、それが顔なのだ。尾刺棘の鋭さを思い出し、テオは顔を歪めた。
「それは……大変でしたね。団長が尾刺棘に狙われた時のことを思うと、とても痛ましく思います」
テオの言葉に、紙袋の動きがピタリと止まる。今までは相槌を打つたびにカサカサ揺れていたのに、どうしたのだろう。テオは焦った。
「も、申し訳ありません。不躾な発言を……」
「いや、あんまり良い子でビックリしただけだから……ほんとに真面目な子が来たなー……」
JJは紙袋のズレをカサカサ直すと、改めてテオを見た。
「既に報告は受けている。テオ」
「はい」
「まずはウォルグの呪魔討伐に尽力してくれたことに感謝を。呪装顕現にも成功し、勇敢な闘いぶりだったと聞いている」
相変わらず覇気はないが、それでも感謝を告げる声には、今までにない深みがあった。
呪魔討伐は褒められたくてやったわけではないが、褒められれば当然嬉しい。まして、忘却の呪いで人から覚えてもらえないテオは、いつも褒め言葉に飢えている。
「……勿体ないお言葉です」
テオはサッと頭を下げる。嬉しさに唇がムズムズしているところを見られたくなかったからだ。
わぁ、褒められた! どうしよう、嬉しい! とはしゃぐのは騎士じゃない。
「灰色騎士団は君を歓迎する。君が自らを呪った呪魔を見つけ出し、討つ日が来ることを心より願っている」
「はい、精一杯努めます!」
「めうっ!」
足下で鳴き声がした。
アーチボルドが目を剥き、JJが「……めう?」と首を捻って、テオの足下を見る。
テオのブーツの辺りで、コロンコロンと左右に揺れているのは白い毛玉──レニーだ。
「あ、レニー。鞄から出てきたのか!?」
「なんだ、その毛玉は!」
アーチボルドが眉を吊り上げ、テオの足下でコロコロしている毛玉を拾い上げようとする。ところがレニーはコロリ、コロリ、と転がって、アーチボルドの手から器用に逃げた。
「えぇい、逃げるな……なんだこれは? 太ったネズミか?」
呪装顕現の時に、なんか出てきた毛玉(推定:白馬)です! ──とも言えず、テオは必死で言葉を選んだ。
「僕の相棒のレニーです!」




