【13】ペイン・テール
鉱夫頭の声は坑道の隅から隅まで響くもの──そう揶揄されている彼の大声が、断末魔じみた声で途切れる。
その生々しさにテオの背筋が震えた。
(複尾持ちだって!?)
呪魔は、個体の大きさと尾刺棘の数で等級が決まる。
小動物以下のサイズは一等級、先日テオとアレンが二人がかりで倒した、馬を取り込んだ呪魔は二等級。
複尾持ちは最低でも三等級以上と言われている。
(一体、どれほどの大きさの……)
その時、坑道で最も大きい横穴からそれは姿を現した。
大人が両腕で輪を作ったぐらいの大きな丸い頭は、つるりとしている。
それは赤い目を持つ蛇の頭だった。その口が大きく裂け、喉の奥から細く長い舌が二本伸びる──否、あれは舌ではない。尾刺棘だ。
尾などと呼ばれているが、呪魔の尾刺棘は必ずしも生物の尾の位置にあるとは限らない。
二本の長い舌──もとい、尾刺棘の一本が、逃げ遅れた鉱夫をからめとり、胴に鉤爪を食い込ませる。呪いを植えつけているのだ。
「やめろぉぉぉ!」
テオは坑道の入り口目指して走った。呪魔を倒すなら赫鋼の剣がいる。だが、その剣を置いている辺りに呪魔の頭があるのだ。
尾刺棘は二本。内、一本が鉱夫に呪いを植えつけ、残りのもう一本がテオを狙う。
(よく見て避けろ。できる)
テオは右に飛び、尾刺棘の攻撃を回避する。回避の際に勢い余ってゴロゴロ地面を転がったが、剣置き場に近づくことができた。
そのまま剣に手を伸ばした瞬間、横から強い衝撃──赤黒い大蛇がその巨体で、テオを押し潰したのだ。
(どれだけ大きいんだ、この蛇……!)
大蛇の体は坑道の奥まで続いていて、末端が見えない。それが恐ろしい。
テオは両手に力を込めて、大蛇の体を押し返そうとした。だが、まるで歯が立たない。
「うぎぎぎぎぎ……っ」
押し返すどころか、ますます圧迫されて骨が軋む。息がしづらい。
視界の端に、赤黒い尾刺棘が見えた。その先端の鉤爪がテオを狙っている。
(こんな、ところで……)
赤黒い鉤爪がテオの首筋を狙ったその時、黒い何かが視界を掠めた。
「……お仕事」
熱のない少女の声が、静かに囁く。
いつのまにか、白髪の少女が呪魔に肉薄していた。その手には、赤黒い大鎌が握られている。
大鎌の刃がテオを狙う尾刺棘を切断したのだ。
少女の手の中で大鎌がクルリと翻り、大蛇の頭部を浅く斬り裂く。
「掴まって」
少女は大鎌を握るのと反対の手でテオの手を掴むと、地面を蹴って飛び上がった──跳躍ではない。本当に飛んだのだ。テオの頬を、風と雨の雫が叩く。
地上にいる鉱夫達が、口々になんだあれはと声を荒らげている。
少女の手にぶら下がり、テオは目を剥いた。少女の背中には大鎌と同色の羽のようなものが生えている。
それは羽毛のある鳥の翼というより、皮膜のある蝙蝠の羽に似ていた。羽十字教では羽は尊いものだが、黒い羽は不吉を呼ぶと言われている──それなのに、目が離せないほど綺麗だ。
「君は……」
今更テオは気づいた。ボロボロだった少女の服、その襟の下に黒いチョーカーが見えるのだ。あれはベリルがつけていた物と同じではないか。
「もしかして……灰色騎士のカルラさん?」
白髪の少女──カルラはコクンと頷き、呪魔の尾刺棘が届かないギリギリのところに着地する。
大蛇の姿をした呪魔は、ズルズルと坑道から這い出てきた。
(そうか、彼女は呪魔を外に誘導して……!)
這い出た呪魔は、呪いを植えつけようとカルラに尾刺棘を伸ばす。
それをカルラは飛翔して回避し、またギリギリの距離に着地する。それを数回繰り返すと、大蛇の体が随分と坑道の外に出てきた。
「待たせたな」
響いたその声に、テオの胸が震える。
白い一太刀が、坑道からはみ出た大蛇の首に振り下ろされた。
「──己が血肉より剣与えし、天使の御恵みに感謝を」
〈創造〉の天使の加護──祝装顕現の力で生み出されたその剣は、紙を切り裂くような軽やかさで、大蛇の首を切り裂く。
祝福されし剣を振るうのは、三天使の加護を得た英雄──高位聖騎士エルバート・ランドルフだ。
鉱夫達が一斉に歓声をあげる。テオもまた同じように、わぁぁと喜びの声をあげた。
天使の加護を持つ聖騎士の剣は、赫鋼の剣よりもなお軽やかに、呪魔の体を切り裂くという。
エルバートの剣は洞窟からはみ出した大蛇の首をスパンと軽やかに切り裂いた。地に落ちた頭部は次第に硬化していく──が、洞窟の奥に残った体は、まだ硬化せずうねっている。
つまり洞窟の中には、切り落とした首以上の質量の本体が残っているのだ。その質量を想像するだけで、テオの背筋が凍る。
エルバートが切断した大蛇の首は、その断面が微かにボコボコ震えているが、再生はしなかった。
エルバートの剣が特殊だからか、それとも再生するだけの余力が敵にないのかは分からない。ただ、楽観は厳禁だ、とテオは自分に言い聞かせる。
「エルバート様!」
窮地を救ってくれた英雄への感謝と憧憬を込めて名を呼ぶ。エルバートは力強く頷いた。その表情が「もう大丈夫だ」と言っている。
首を切断された大蛇は、ズルズルと坑道の奥に引っ込んでいった。
エルバートは、大鎌を握りしめたカルラに声をかける。
「君は灰色騎士のカルラだったね。私が坑道に潜るので、君は空から坑道の出入口を見張ってほしい。中に潜った呪魔がどこから出てくるか分からないから」
なるほど、飛行能力のあるカルラなら、複数ある坑道の出入り口を空から見張れる。
更に言うと彼女の武器は大鎌。坑道内で振り回すには向かないのだ。
だが、エルバートの指示にカルラは眉根を寄せた。
「……立て直さなくていいの?」
坑道に現れた大蛇の呪魔は、どう見ても四等級以上──全長が分からないが、五等級もありえる大物だ。下手をしたら街が一つ、二つ滅びることもあり得る。
しかも、敵は坑道の中に立てこもっている状況。暗く狭い坑道は、人よりも呪魔に有利。聖騎士団に応援を要請するのが妥当である。
だが、エルバートは首を横に振った。
「呪い憑きの侵食速度が速い。おそらく五から七だ。急いだ方がいい」
エルバートとカルラの会話を聞いていたテオは、さあっと青ざめた。
先ほど呪魔に呪いを植え付けられ呪い憑きとなった鉱夫は、左半身が広範囲にわたって赤黒く染まっている。
あの赤黒い染みが──呪斑が全身に行き渡ったら、完全に呪魔化してしまうのだ。
この呪いが行き渡る速さは一〇段階に区切られている。一が最も遅く一週間。一〇は最悪の即呪魔化。
五から七は「かなり速い」で、およそ六時間から一八時間程度で呪魔化する。つまり一日も保たないのだ。応援を呼ぶ時間はない。
急いで呪いを植え付けた呪魔を殺さないと、呪い憑き化した人々が呪魔化してしまう。そうなったらもう、助からない。故にエルバートは、たった一人で坑道に乗り込もうとしているのだ。
居ても立っても居られず、テオは声をあげた。
「エルバート様、僕、坑道の道案内できますっ」
「ありがとう。気持ちは嬉しいが、君を守りながら戦うのは正直難しい」
優しいけれど厳しい声だった。今は、英雄エルバートにそう言わせるだけの状況なのだと、改めてテオは思い知る。
言葉を飲み込むテオに、エルバートは声音を和らげ告げた。
「ベリルを見つけたら、声をかけてくれないか? 灰色騎士のカルラが見つかったこと、私が坑道に潜ったことを伝えてほしい」
自分は足手纏いなのだ。それは悔しかったが、無理を言ってエルバートを困らせたくはない。
テオは素直に「はい、分かりました」と引き下がった。




