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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
一章 忘却少年
14/36

【14】テオの英雄

 呪い憑き(カースド)となった人々の救助は、鉱夫達が率先して行ったため、テオにできることはない。なので、テオは走って街に戻り、灰色騎士ベリルの姿を探した。

 パラパラと降っていた雨はほとんど止み、通りには人の姿がまばらに見える。

 ベリルの砂色の髪や褐色の肌、巻きスカート風に改造した灰色の制服は、それなりに目立つのだが、街中には見当たらない。


(もしかしたら、アレンと一緒にいるのかも)


「テオ!」


 背後でテオを呼ぶ聞き慣れた声──アレンだ。先ほど決闘に使った木剣を抱えている。少し後ろには、苦しげに息を切らしているオリビアの姿もあった。

 ただ、灰色騎士ベリルの姿はない。


「アレン、オリビア母さん、大変だ。炭鉱に複尾持ち(ペイン・テール)が……」


 その時、テオの視界の端を何かがかすめた。黒い影、それが二つ。

 テオが「あ」と声を発するのと、アレンが動くのは同時だった。

 アレンがテオを突き飛ばす。飛来した黒い影の一つはテオの眼前を通り抜け、近くの壁を抉った。


尾刺棘(ブラッド・テール)!)


 そして、テオの視界を掠めたもう一つの尾刺棘(ブラッド・テール)は──オリビアの脇腹に刺さっていた。

 鮮血がパタパタと地に滴り、オリビアの体が地面に崩れ落ちる。

 そんなオリビアに、呪魔(テルメア)尾刺棘(ブラッド・テール)が呪いを流しこんだ。破れた衣類の隙間から見える皮膚が、赤黒く染まっていく。

 尻餅をついたまま、テオは瞬時に理解した。

 二本の尾刺棘(ブラッド・テール)は、それぞれテオとオリビアを狙っていた。それに気づいたアレンは、苦渋の選択でテオを救ったのだ。

 テオは尾刺棘(ブラッド・テール)が飛んできた方角に目を向ける。

 屋根の上に見えるのは、蛇の巨体を持つ呪魔(テルメア)。ただ、頭と体の一部が屋根の上に見えるだけで、その全貌までは見えない。体の大部分は、建物の影や路地に隠れているのだ。

 路地からニョロリと伸びた尾は二股に分かれていて、それぞれの先端に尾刺棘(ブラッド・テール)がある。

 二つの尾刺棘(ブラッド・テール)を持つ複尾持ち(ペイン・テール)。おそらく、先ほど炭鉱にいたものと同一個体だ。


(なんで、街の中に呪魔(テルメア)が……!)


 エルバートが炭鉱に潜り、複数ある入り口はカルラが見張っていたはずだ。それなのに、どうやってこんな短時間でエルバート達の目を掻い潜って、街まで辿り着いたというのか。

 呪魔(テルメア)を観察していたテオは気づいた。呪魔(テルメア)の表面が濡れているのだ。雨あがりなので分かりづらいが、至るところに濡れた体を引きずった跡がある。


(雨で濡れた? ……いや、もしかして水の流れる所から外に出たのか? ……そうか!)


 炭鉱の厄介者と言えば、水とガス、そして呪魔(テルメア)──炭鉱で掘削作業をしていると地下水が湧いてくることがあるのだ。

 大量の地下水は発掘の妨げとなるので、汲み上げ機を使って炭鉱の外に排水している。

 おそらくあの呪魔(テルメア)は、そこから脱出したのだ。本来はそのまま海に流されるところだが、途中で陸に上がり、こうして街に戻ってきた。


(あの呪魔(テルメア)は、そんなことまで、できるのか)


 今まで見てきた二等級以下の呪魔(テルメア)とは、あまりにも身体能力が違いすぎる。

 立ち尽くすテオの前で、アレンが木剣を構えた。


「無理だ、アレン! 訓練用の剣じゃ呪魔(テルメア)を傷つけることはできない……!」


「…………」


 テオが叫んでも、アレンは動じなかった。

 恐怖で凍りついているわけではないのだろう。何故なら、ピリリと張り詰めた空気がアレンから伝わってくる。

 次の瞬間、アレンの姿がテオの視界から消えた。

 あっ、と思った瞬間にはアレンは尾刺棘(ブラッド・テール)のそばに移動し、木剣を振り下ろしていた。

 訓練用の木剣を幾ら振り回したところで、呪魔(テルメア)を切断することはできない。だが、信じられないことに、アレンの木剣は尾刺棘(ブラッド・テール)の半分ぐらいまで食い込んでいる。

 オリビアに刺さっていた尾刺棘(ブラッド・テール)がズルリと抜けた。

 テオは咄嗟に駆け寄り、地面に崩れ落ちたオリビアを支える。


「オリビア母さんっ、しっかり……オリビア母さんっ!」


 既にオリビアの右半身は、手の爪まで呪斑で赤黒く染まっていた。


(これが全身に回ったら……オリビア母さんが、呪魔(テルメア)に……!!)


 青ざめるテオに、アレンが木剣を構えて怒鳴る。


「テオ、母さんを連れて逃げろッ!」


 アレンが呪魔(テルメア)に突っ込む。訓練用の木剣だけを握りしめて。


「アレン! 無茶だ! アレン──っ!」


 呪魔(テルメア)が二本の尾刺棘(ブラッド・テール)をアレン目掛けて振り下ろす。アレンは冷静にそれを木剣で弾いた。

 太い尾刺棘(ブラッド・テール)の攻撃は、それなりに重さがあるはずだ。それなのに、アレンの腕はビクともしない。

 本来、呪魔(テルメア)を切断するには、純度の高い赫鋼(かくこう)の剣がいる。それをアレンは木剣一本で凌いでいた。


 ──改めて、思い知る。


 アレンは本当に強い。おそらく、テオが知っているよりもずっと、ずっと。

 普段の訓練はテオに合わせていただけで、本気になれば彼は、テオを片手でいなすこともできたのだろう。


(ほら、やっぱり、アレンはすごいんだ……赫鋼(かくこう)の剣さえあれば、あの巨大な呪魔(テルメア)にだって負けないのに!)


 呪魔(テルメア)尾刺棘(ブラッド・テール)でアレンではなく木剣を狙った。太い針が木剣に深々と刺さり、そこから更に亀裂が走る。パキッと軽い音を立てて、木剣が砕け散った。

 尾刺棘(ブラッド・テール)の針が、無防備になったアレンを狙う。アレンは高い身体能力で、一本目の尾刺棘(ブラッド・テール)をかわした。

 だが、隙を狙っていた二本目の尾刺棘(ブラッド・テール)が、バランスを崩したアレンの胴を狙う。

 テオは無我夢中で飛び出した。


「アレン──!!」


 こんなところで、アレンを死なせるものか。

 アレンはテオの大事な幼馴染で、親友で、家族で……この街でただ一人、テオを見つけてくれた人なのだ。

 テオにとってエルバートは憧れの英雄だけど、アレンだって、そうなのだ。


(アレンは、僕の英雄なんだ)


 叶うなら、その英雄を支えられる相棒でありたかった。

 聖騎士になって、胸を張ってローレンス性を名乗って、アレンの家族でもあり、相棒でもある、そんな存在になりたかった。

 アレンの前に飛び出したテオの胸を、尾刺棘(ブラッド・テール)がブスリと貫く。

 その太く鋭い針は肉を穿ち、骨をすり抜け、心臓に届こうとしていた。


「テオ──っ!!」


 激痛の中、アレンの叫びを聞いて、テオは場違いなほどホッとした。

 だって、アレンはちゃんとテオの名前を呼んでくれる。きっと、忘れないでいてくれる。

 この街が覚えてくれないテオのことを、テオの英雄は覚えていてくれる。



 * * *



 炭鉱の周辺を、背中から赤黒い羽を生やした少女が飛び回り、巡回していた。サラサラと風に揺れるのは、艶のない真っ白な髪。坑道を見据える目は深い赤。

 背中からは蝙蝠に似た羽が広がり、その手には大鎌が握られている。

 羽を生やした少女──灰色騎士のカルラは、こうして飛び回ることで、複数ある坑道の穴全てを警戒していた。

 現在、大型呪魔(テルメア)討伐のため、聖騎士エルバートが坑道に潜っている。

 ただし、坑道は迷路のようになっていて、敵が別の穴から外に出てくる可能性もあった。そのための見張りがカルラだ。

 カルラの武器は、顕現した大鎌と蝙蝠に似た羽である。この羽で飛び回り、大鎌で敵を切り裂くのがカルラの戦い方だ。

 ただし、カルラは肉体強化が得意ではないので、今回のように大型の呪魔(テルメア)だと苦戦する。呪魔(テルメア)は、とにかく体積を減らさないと殺せないからだ。

 呪魔(テルメア)との戦闘は一撃で切断、もしくは爆破するのが理想である。カルラの腕力だと、あの大きさの呪魔(テルメア)を一撃で切断はできない。

 更に言うなら、坑道のような狭い場所だと、飛行能力と機動力が活かせない──今回の大型呪魔(テルメア)は、とにかくカルラと相性が悪かった。だからこそ、エルバートはカルラを坑道には入れず、見張りにしたのだろう。

 炭鉱を見下ろすカルラは、ボンヤリとした表情をしているが、警戒と索敵の手を緩めることはない。戦闘が始まれば、きちんと呪魔(テルメア)に意識を向けられる。

 ただ、その日のカルラは少しだけ、本当に少しだけ、その意識を避難した人間に向けていた。

 思い出すのは、一緒に仮面を探してくれた男の子。ちょっと気の強そうな顔立ち、金髪、三つ編み。

 差し出された優しさと言葉が、不思議とカルラの胸をくすぐる。

 思い出に揺蕩うカルラに、あの少年は言ってくれた。


『君にそんな風に思ってもらえる奴は、幸せだな』


 そうなのかな、そうだと嬉しいな──と、あの時のカルラは思ったのだ。


(あの人、ちゃんと街まで逃げられた……かな)


 少年が気になったカルラは、坑道の出口だけに向けていた意識をほんの少し街に向けた。

それ故、誰よりも早く気づいた。

 丘の上の炭鉱街、その建物の合間に見える黒い影に。


(街には、あの人が……)


 葛藤は一瞬。カルラは大鎌の柄をきつく握りしめ、街に向かって飛翔した。


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