72.アルトマイアー家
アルトマイアー家の本拠は純白の壁と赤い三角屋根が印象的な城である。
五百を超す私兵が住む兵舎、使用人たちが住む別棟、一族の者たちが住む本棟の三つの区画に分かれていて、バルたちが通されたのは中央の本棟にある貴賓室であった。
彼らがたっぷり30平方メートルはある貴賓室の茶色の高級ソファーに腰を下ろすと、すぐに若いメイドが現れて紅茶を三人分出してくれる。
そしてほとんど入れ違いでオットーがやってきた。
「叔父上、ありがとうございます。そしてバルトロメウス様、お久しぶりでございます」
彼は人なつっこい笑みを浮かべながら両手を広げ、客人の来訪を歓迎する意を表現した。
「当主交代の儀式以来だから、数年ぶりだな、オットー」
バルのほうも両手を広げて応え、彼らは軽く抱擁する。
両者とも拝礼を省略したところから、ミーナにも彼らの親しさがうかがえた。
バルが仮面を持ってこなかったのも、そういう理由からだろう。
離れてからオットーの視線は彼女へ向けられた。
「初めまして、あなたがヴィルヘミーナ様ですね。オットー・ヴェストハーレン・アルトマイアーです。よしなに」
拝礼を行ったのは彼女が八神輝だからだろう。
「ヴィルヘミーナです」
彼女は無愛想に拝礼を返す。
アルトマイアー家の当主にではなく、バルの知己に対する礼儀である。
「今日は当家の宴に参加していただけるとのことで、大変光栄です。お手数ですがお召し物を着替えていただくことになります」
「分かっている。ミーナもいいな?」
「はい」
バルに問われてミーナは返事した。
「バルトロメウス様とは旧交を温めたいところですが、何分仕事に追われる身でして」
オットーは本当に心苦しそうに弁明をする。
貴族の当主本人がこうして出迎えることがどれだけ異例なのか、バルはよく知っていた。
「承知している。何しろ、子どものころに何度も遊びに来たのだからな。私たちにかまわないでけっこう」
「バルトロメウス様ならそうおっしゃると承知しておりますが、そういうわけにもまいりません」
バルの発言に対してオットーはいっそう苦しそうな表情になる。
八神輝をふたり、もてなしもせずに放置するなどまともな神経の持ち主ではできないことだ。
「では私が相手をしていよう。それでいいだろう」
ユルゲンの申し出を聞いたオットーは複雑そうな顔へ変わる。
ユルゲンは今回の催しの主役で、本来ならばもてなす側になってはいけない人物だ。
しかし、この場合はやむを得ないだろう。
「叔父上、お願いします。妻と子どももじきによこしますから」
オットーは何度も礼をして名残惜しそうに去っていく。
「大変そうですね、あいつも」
バルは子どものころの友達の現状を見て、そう評した。
「貴族の当主となれば様々な役目があり、しがらみも増えるからな。同情するならたまには顔を出してやれ」
「そうしましょう」
ユルゲンの言葉に彼は素直にうなずく。
そんな弟子にユルゲンは防音魔術を展開して気になっていたことを尋ねる。
「ところで魔界元帥と遭遇して倒したそうだな。どれくらいの強さだった?」
「リミッターをふたつ壊されました。強さとしてはマヌエル、シドーニエ級とみてよさそうです」
バルは正直に打ち明けた。
「そいつらは確か八神輝の中で四番手争いをするくらいだったか。元帥がその強さであれば、上に位置するという魔王や四公爵がどの程度なのかが気がかりだな」
元帥が八神輝でも中堅クラスの強さしかないと喜ばないあたりが、ユルゲンの冷静さであろうか。
「まあ同じ元帥の中でも強さに差はあるでしょうから、安心しないほうがいいと思いますが」
「その通りだ。上層部は誰も浮かれていないようで何よりだ」
と言ったユルゲンに対し、ミーナが遠慮がちに話しかける。
「バル様がリミッターふたつとなるとイングウェイら下位三名では難しい相手ですからね。当然、八神輝以外では勝算はほぼゼロです」
「元帥七名が全員マヌエル、シドーニエ級だと仮定すると、魔界の戦力は低く見ても帝国に匹敵するのではないかと思いますね」
バルが己の予想を師匠に伝えた。
「魔界の戦力が思ったほどではないように感じるのは、我らが発展し強くなったということか……?」
ユルゲンは少しも楽観していない顔でつぶやく。
インヴァズィオーンが終結してから千年以上の時が流れている。
その時間は地上界を飛躍的に成長させた反面、魔界を進歩させなかったのだろうか。
「ただ、帝国並みの戦力を持っているのであれば、帝国以外の国はまともに抵抗できるか危ういな」
ユルゲンの言葉にミーナが同意を示す。
「はい。それに死体を利用するネクロマンシーの使い手でもいれば、敵の戦力は飛躍的に増します。帝国以外の国をまず叩き潰し、対帝国用の戦力を充実させられると、かなり厄介なことになるでしょう」
彼女のどこか他人事のような発言にバルとユルゲンは表情をくもらせる。
「ネクロマンシーの使い手なんぞいるはずがないと言いたいが、魔界に地上の常識は通用しないのだろうな」
「決めつけるのは危険でしょうね」
師匠の嘆きにバルはため息をつきながら答えた。




